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小話 2
日米空海合同訓練 前日 side - ちはる
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ちょっと珍しい共同訓練が行われたとニュースで出ていたのでそれを元ネタにしてお話を作りました。
お話の中になろうの佐伯瑠璃さんの『スワローテールになりたいの』『その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー』、島村ミケコさんの『【自衛隊青春小説】大空へ駆けのぼれ』に登場する人物の名前が出てきます。
※佐伯瑠璃さんと島村ミケコさんには許可をいただいています。お二人ともありがとうございます※
++++++++++
三ヶ月後に予定されている、米軍との合同演習の日程が決まった。場所は沖縄近海。しかも今回は、空自海自と空軍海軍合同で護衛艦と空母、そしてミサイル駆逐艦だけではなく航空機が参加するという、二ヶ国合同訓練としては非常に珍しいものだ。
めったにない今回のような空海混成部隊の合同訓練。この先なにが起きるかわからない情勢下、できるだけ各方面隊からパイロットを参加させて行いたいというのが空自の思惑で、それは米軍側も同様だった。
「というわけで」
「とは、どういうわけなんでしょう」
大塚空将補から直々に呼び出された時点で、イヤな予感はしていたのよね。司令がこういう顔をしている時って、大抵はロクでもないことを言い出すに決まっているんだから。
「君のコビーに、プローブ・アンド・ドロー式の給油装置を、試験的に追加装備することになった」
「それのどこが“というわけ”なんですか。それにお言葉ですが司令、あれは予算と運営状況から、もう少し先になると聞いていたのですが?」
航空自衛隊が保有しているKC-767Jに装備されている給油装置は、フライング・ムーブ式というもので米国空軍式の給油装置だ。この給油装置で給油可能な機体はイーグルとF-2に限られていた。今までならそれで問題はなかったのだけれど、これからさき導入されるF-35や陸自で調達予定のオスプレイには給油ができない。そこで防衛省は、新たにどちらにも給油が可能なKC-46の導入を決定したのだ。
「だから試験的にだ。最近の情勢は、KC-46が納入されるのを悠長に待っていられるようなものでは、なくなってきたからな」
「ですが、演習に参加する機体はイーグルとF-2なはずです。訓練に参加する機体数から、C-130ではなく大容量のKCを飛ばすのは理解できますが、こちらの給油をする分には、わざわざ新たに装備する必要もないと思うのですが」
しかもこんな土壇場になって。三ヶ月前よ、三ヶ月。どう考えたって無理がある。
「誰が空自の給油だけをすれば良いと言った? なんのための、物品役務相互提供協定だと思っているんだ。チビ共の食事係をさせるためだけに、KCを沖縄くんだりまで行かせるわけじゃないんだぞ」
「つまり米国海軍空軍機にも給油しろと?」
「そういうことだ。そのための合同訓練だからな」
「ですがあと三ヶ月でなんて、いくらなんでも無茶がすぎると言うものではないでしょうか。私も森田一尉も、プローブ・アンド・ドローの給油機は一度も操縦したことがありません」
以前飛ばしていたC-130に給油装置の装備が決まった時には、すでに私はこっちのパイロットとして飛んでいたし。見たことはあっても、一度もあれを飛ばしたことはないのだ。
「したことがあるかないか、できるかできないかの問題ではない。どうやってでも、三ヶ月後の合同訓練に間に合わせるんだ。これは命令でもあるんだぞ」
珍しく司令がいかめしい顔をして見せた。その言葉に、沖田一尉に給油した時に、自分が当時訓練中だった石川君に言ったことを思い出す。そうよね、何事にも初めてはあるんだし、この年で初めてを経験するなんてなかなか無いことだもの。せっかくなんだから、初心に戻って楽しまなくちゃ。
「わかりました」
「どちらにしろ、フライング・ムーブと原理は大して変わらない。肩の力を抜け三佐。そちらのクルーが希望するなら、401飛行隊の給油訓練に同行することを許可するが?」
「ぜひお願いします」
「わかった。早速手配しておこう。久し振りの古巣だな、懐かしいだろ」
古巣と言っても、同じ基地所属の飛行隊同士でお互いに目と鼻の先。小松に行く時に、いつも乗せてもらっているんだけどね。
+++
「今回の合同訓練、小松基地からは誰が参加するの?」
その日、雄介さんに電話してそれとなく聞いてみることにした。全国の飛行隊からそれぞれパイロットが一名か二名。パイロット以外の人間も含めると、かなりの人数が一度に移動することになる。だから小牧基地に近い基地の人員は私が運ぶことになる予定で、その中には小松基地の隊員達も含まれていた。
『飛行隊では俺が俺がの大騒ぎで、なかなか決まらないと司令が頭を抱えていたよ』
そのうち選考するための運動会でも始めるかもなと、電話の向こうで笑っている。
「雄介さんのところは? 教導群からも出すの?」
『複座は実戦向きではないんだが、ショットガンが昨日からうるさくてな。笠原と但馬をつれて行く』
「なになに、またアグレッサー対決でもするつもり? そんなことをしたら、また訓練そっちのけでお祭り騒ぎになっちゃうんじゃないの?」
雄介さんとショットガンことマクファーソン大佐が、昔、新田原で模擬空戦をしたことを思い出した。あの時は雄介さんに軍配が上がったのよね。その後は雄介さんが事故に遭ってイーグルを降りてしまったから、二度目の勝負はかなわなかったけれど。
『あいつ、勝ち逃げは許さんとか言ってうるさいんだよな。だからもう一度、特大の黒星をあの顔にぶつけてやるつもりだ』
「だからストームとスマイリーをつれて行くってわけ?」
『それが礼儀ってもんだろ』
隊長である笠原さんが、空自のイーグルドライバーの頂点であることは理解していた。だけどその隊長ですら「こいつは恐ろしいヤツだ」と言わせているのが但馬君だと知ったのは、つい最近のことだ。スマイリーというタックネームの通り可愛い笑顔の持ち主で、コブラの一人だとは信じられないなんて思っていたのに。本当に人って見かけによらない。
「だけどあ、っちにだって凄腕さんがいっぱいいるんでしょ? それに今度は海軍のパイロットも参戦するんだから。えっと、たしか羽佐間君のイトコ君だっけ? 彼もこっちの空母所属の飛行隊にいるのよね?」
『ああ。今回は色々と楽しみだな。普段は、なかなか米国海軍のパイロットとやり合うことなんてないから』
「なんだか楽しそうね」
『実際この目で見るのが楽しみだよ。それでちはるは大丈夫なのか? コビーになにか付録をつけるって話だったが?』
そう質問されて、新しく装備する給油設備のことを思い出した。
「そうなのよ。新しいことをこの年で始めるのって難しそうだから、ちょっと憂鬱なの」
『なに言ってるんだ。本当は楽しみでしかたがないんだろ?』
さすが雄介さん。私の性格を良くわかっていらっしゃる。
「ほら、C-130に給油装置が設置がされた時には、こっちに機種転換しちゃったでしょ? だから、一度ぐらいは経験しておきたかったなって、心残りには感じていたのよね。だから本音ではちょっと嬉しい。ただ三ヶ月って短期間で、なにもかも準備が整うかどうかかからないのが心配、ってのが正直なところかしら」
とにかく心配なのはそこだけだ。
「なんとしてでも間に合わせるのが、俺達の仕事だ。ただ飛ばす訓練にまで時間をかけていられないから、ちはるにお声がかかったんだろ」
「私、便利屋さんじゃないんだけどな」
「なに言ってる。頼られているうちが花だぞ? とにかくしっかり予行演習はしておいてくれよ、機長。太平洋に、日米の戦闘機がプカプカ浮かぶなんて事態は避けたいからな」
「はいはい、せいぜいママは頑張ります。……でもアメリカ海軍のホーネットは空母が近くにいるんだから、最悪、後回しにしても大丈夫よね?」
まったく困ったヤツだなと雄介さんは笑った。
+++++
そして那覇に向かう当日のブリーフィング。なぜか、関係のない人間が紛れ込んでいるように見えるのは気のせい? しかも一番前の席を陣取って。
「……ちょっと」
「ん?」
「なんだ?」
私の問い掛けに顔を上げる二人。無邪気な顔を装っているけど、中身がそうじゃないのは長い付き合いのお蔭でお見通しだ。よりによって座っているのは最前列。きっと私を怒らせるために、わざとここに居座ったに違いない。
「貴方達はうちのクルーじゃないでしょ? なんでここにいるの」
「俺達が見えるのか?」
「気のせいだろ。俺達はここにはいない」
まったくこの二人ときたら、子供みたいなことを言って。
「小松の司令がここからあっちに行くのはわかるけど、横田の一佐がどうしてここにって話よね?」
「依怙贔屓は良くないぞ、榎本三佐。俺だってKCに乗りたい」
「……まったくもう。わかりました。そのかわり、静かにしていないと廊下に放り出しますからね」
「「了解了解」」
そういうわけで、私達クルーが出発前のブリーフィングをしている間、二人の一佐はヒソヒソと二人で話し込んでいた。そんなに大きな声で話していないのに、そっちの会話が気になってしかたがない。この際だから白状するけど、二人が話している今回の共同訓練で行われる模擬空戦のこと、私だって聞きたいんだから!
「機長?」
「え? ああ、ごめんなさい。なんか雑音が酷くてムカついてるものだから。それで今回のお客さんの人数だけど……」
コーパイの森田一尉に声をかけられて、慌てて話に戻った。私の後ろでは、雑音だなんてあんまりじゃないか?なあ?なんて話しているのが丸聞こえで腹が立つったら。本気でぶっ飛ばしても良いかしら?
+++
私のムカつきはさておき、お客さん達を乗せて無事に離陸した後、雄介さんと葛城さんは、今度はコックピットの後ろにあるフライングムーブのオペレーター席に二人して居座って、訓練に参加するパイロットの名簿を見ながら話を始めた。
「もう、気が散るからあっちに行ってほしいんだけど。それにそこ、真柴一尉の席でしょ? 彼を何処に追いやったの?」
開いたドア越しに声をかける。
「ヤツなら俺の席に座っている、気にするな」
「たまには俺も、ちはるちゃんが操縦しているところを見学させてほしいから、あいつのことは気にするな」
見学したいと言うわりには、さっきからお喋りに夢中でまったくこっち見ていないじゃない。それってどうなの? 横の森田一尉に「ごめんなさいね」と口パクで謝罪すると、肩をすくめて苦笑いをしてきた。もう! これじゃあ部下に示しがつかないんだけど!!
「これが今回参加するパイロットの名簿なんだが、どうだ榎本、なにか模擬空戦の作戦立案はあるか?」
「どれどれ、千歳からは真下、長谷部、三沢からは千堂、倉橋、百里は稲津、那覇からは沖田。小松からは……なるほどな、築城からは誰が来るんだって? 成宮と篁か。ふーむ、そうなるとだなあ……」
「雄介さん、それ、誰が誰だかわかって言ってるの?」
雄介さんが、パイロットの名前を読み上げながらウンウンとうなづいているのを見て、不思議に思って尋ねてみる。
「ああ。だいたいはな」
「驚いた」
「そうでもないさ。覚えているのはパイロットのことだけだ」
そう言えば教導群の司令になってからまだ日が浅い頃に、あっちこっちの基地に出張だと言って出かけていたっけ。もしかしてあの時に、すべての飛行隊を見て回ったのだろうか。自分の旦那様ながら凄いと感心してしまう。
「ねえ、気になったんだけど。今回の訓練の視察、まさか一本釣りをするつもりで来てるの?」
そんな私の質問に、いち早く反応したのは葛城さんだった。
「おい、まじか榎本。俺達はお前の釣りのお膳立てをするために、パイロットの選抜をさせたわけじゃないぞ!」
「違うに決まってるだろ。うちの坊主どもの仕事ぶりを見るためだ。優秀だからといって、誰も彼もを釣り上げていたら、防空任務に穴が開くだろうが」
たしかにそうよねと私は納得したんだけれど、雄介さんと付き合いの長い葛城さんは、まだ疑い深い目でにらんでいる。
「その言葉を信じて良いんだろうな。気がついたら、根こそぎ釣り上げていたなんて御免だぞ」
「うちは今のところパイロットは足りている。まあ強いて言えば、腕のいい整備員が何人か欲しいな。この青井はどうだ? 腕は良いんだろ? うちによこしてくれないか?」
とたんに葛城さんの目が吊り上った。
「ダメダメ。小松にだって腕のいい整備員はたくさんいるだろ。今の浜松に余分な人員はいないから、よそを当たれ、ふざけんな」
「他の基地ならいいのか」
「いや、よくないに決まってるだろ」
葛城さんはまったく油断もスキもありゃしないなとぼやいた。そんな二人のやり取りを見て、思わず笑ってしまう。相変わらずなのよね、この二人。ああ、この二人っていうか、八重樫さんや桧山さん、そして岩代教官を含めた五人と言ったほうが良いかしら。誰も彼もがそろって、自分が含まれることに異議を唱えそうだけど。
「ちはるちゃん、そこで笑ってるけどな、こいつは君の亭主なんだぞ? もうちょっと手綱をしっかり握っていてくれよ。このコブラの親分はとんでもないぞ」
「でも、うちの人をその地位に無理やり座らせたのは八重樫さんなんだから、文句を言うなら八重樫さんに言ったらどうかと思うんですけど、葛城一佐?」
私がそう返すと、葛城さんは大きな溜め息をついて天井を見上げる。
「まったく。とうとうちはるちゃんにまで、お前の悪影響が出始めたじゃないか。お前達、空自の平安のために離婚しろ」
「なんだと失礼な。俺達の円満な夫婦生活をなんだと思ってるんだ。外に放り出すぞ」
「うるさい、偉そうなこと言うな、機長でもないくせに」
「ちはる、葛城を外に放り出すにはどうしたら良いんだ? 心配するな。パラシュートぐらいは背負わせてやる」
「もう二人とも黙って。森田一尉が笑いすぎて酸欠おこしかけてる」
さっきから森田一尉の肩は小刻みに震えっぱなしだ。これでも頑張って我慢してくれているんだら、少しは反省しなさいよね、そこのお二人さん。
「なんでだ。こっちはいたって真剣なんだぞ」
「だから黙れ、機長でもないやつは」
「それはお前もだろ。お前こそ黙れ」
「はいはい、もう二人ともあっちに行ってて。目的地に着く前にコーパイが寝込んだら、誰がうちの坊や達にミルクをあげるの? さっさとあっちに行きなさい。これは機長命令です」
ちょっと怖い顔をして二人を睨む。
「ママに叱られたじゃないか、お前のせいだぞ、まったく」
「お前が離婚しろとか言うからだろ」
しつこく言い合いをしながら、二人はやっと席を立って後ろの客室へと戻っていった。
「やれやれまったく。仲が良すぎるのも考えものよね……」
ほんと、先が思いやられちゃう。
お話の中になろうの佐伯瑠璃さんの『スワローテールになりたいの』『その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー』、島村ミケコさんの『【自衛隊青春小説】大空へ駆けのぼれ』に登場する人物の名前が出てきます。
※佐伯瑠璃さんと島村ミケコさんには許可をいただいています。お二人ともありがとうございます※
++++++++++
三ヶ月後に予定されている、米軍との合同演習の日程が決まった。場所は沖縄近海。しかも今回は、空自海自と空軍海軍合同で護衛艦と空母、そしてミサイル駆逐艦だけではなく航空機が参加するという、二ヶ国合同訓練としては非常に珍しいものだ。
めったにない今回のような空海混成部隊の合同訓練。この先なにが起きるかわからない情勢下、できるだけ各方面隊からパイロットを参加させて行いたいというのが空自の思惑で、それは米軍側も同様だった。
「というわけで」
「とは、どういうわけなんでしょう」
大塚空将補から直々に呼び出された時点で、イヤな予感はしていたのよね。司令がこういう顔をしている時って、大抵はロクでもないことを言い出すに決まっているんだから。
「君のコビーに、プローブ・アンド・ドロー式の給油装置を、試験的に追加装備することになった」
「それのどこが“というわけ”なんですか。それにお言葉ですが司令、あれは予算と運営状況から、もう少し先になると聞いていたのですが?」
航空自衛隊が保有しているKC-767Jに装備されている給油装置は、フライング・ムーブ式というもので米国空軍式の給油装置だ。この給油装置で給油可能な機体はイーグルとF-2に限られていた。今までならそれで問題はなかったのだけれど、これからさき導入されるF-35や陸自で調達予定のオスプレイには給油ができない。そこで防衛省は、新たにどちらにも給油が可能なKC-46の導入を決定したのだ。
「だから試験的にだ。最近の情勢は、KC-46が納入されるのを悠長に待っていられるようなものでは、なくなってきたからな」
「ですが、演習に参加する機体はイーグルとF-2なはずです。訓練に参加する機体数から、C-130ではなく大容量のKCを飛ばすのは理解できますが、こちらの給油をする分には、わざわざ新たに装備する必要もないと思うのですが」
しかもこんな土壇場になって。三ヶ月前よ、三ヶ月。どう考えたって無理がある。
「誰が空自の給油だけをすれば良いと言った? なんのための、物品役務相互提供協定だと思っているんだ。チビ共の食事係をさせるためだけに、KCを沖縄くんだりまで行かせるわけじゃないんだぞ」
「つまり米国海軍空軍機にも給油しろと?」
「そういうことだ。そのための合同訓練だからな」
「ですがあと三ヶ月でなんて、いくらなんでも無茶がすぎると言うものではないでしょうか。私も森田一尉も、プローブ・アンド・ドローの給油機は一度も操縦したことがありません」
以前飛ばしていたC-130に給油装置の装備が決まった時には、すでに私はこっちのパイロットとして飛んでいたし。見たことはあっても、一度もあれを飛ばしたことはないのだ。
「したことがあるかないか、できるかできないかの問題ではない。どうやってでも、三ヶ月後の合同訓練に間に合わせるんだ。これは命令でもあるんだぞ」
珍しく司令がいかめしい顔をして見せた。その言葉に、沖田一尉に給油した時に、自分が当時訓練中だった石川君に言ったことを思い出す。そうよね、何事にも初めてはあるんだし、この年で初めてを経験するなんてなかなか無いことだもの。せっかくなんだから、初心に戻って楽しまなくちゃ。
「わかりました」
「どちらにしろ、フライング・ムーブと原理は大して変わらない。肩の力を抜け三佐。そちらのクルーが希望するなら、401飛行隊の給油訓練に同行することを許可するが?」
「ぜひお願いします」
「わかった。早速手配しておこう。久し振りの古巣だな、懐かしいだろ」
古巣と言っても、同じ基地所属の飛行隊同士でお互いに目と鼻の先。小松に行く時に、いつも乗せてもらっているんだけどね。
+++
「今回の合同訓練、小松基地からは誰が参加するの?」
その日、雄介さんに電話してそれとなく聞いてみることにした。全国の飛行隊からそれぞれパイロットが一名か二名。パイロット以外の人間も含めると、かなりの人数が一度に移動することになる。だから小牧基地に近い基地の人員は私が運ぶことになる予定で、その中には小松基地の隊員達も含まれていた。
『飛行隊では俺が俺がの大騒ぎで、なかなか決まらないと司令が頭を抱えていたよ』
そのうち選考するための運動会でも始めるかもなと、電話の向こうで笑っている。
「雄介さんのところは? 教導群からも出すの?」
『複座は実戦向きではないんだが、ショットガンが昨日からうるさくてな。笠原と但馬をつれて行く』
「なになに、またアグレッサー対決でもするつもり? そんなことをしたら、また訓練そっちのけでお祭り騒ぎになっちゃうんじゃないの?」
雄介さんとショットガンことマクファーソン大佐が、昔、新田原で模擬空戦をしたことを思い出した。あの時は雄介さんに軍配が上がったのよね。その後は雄介さんが事故に遭ってイーグルを降りてしまったから、二度目の勝負はかなわなかったけれど。
『あいつ、勝ち逃げは許さんとか言ってうるさいんだよな。だからもう一度、特大の黒星をあの顔にぶつけてやるつもりだ』
「だからストームとスマイリーをつれて行くってわけ?」
『それが礼儀ってもんだろ』
隊長である笠原さんが、空自のイーグルドライバーの頂点であることは理解していた。だけどその隊長ですら「こいつは恐ろしいヤツだ」と言わせているのが但馬君だと知ったのは、つい最近のことだ。スマイリーというタックネームの通り可愛い笑顔の持ち主で、コブラの一人だとは信じられないなんて思っていたのに。本当に人って見かけによらない。
「だけどあ、っちにだって凄腕さんがいっぱいいるんでしょ? それに今度は海軍のパイロットも参戦するんだから。えっと、たしか羽佐間君のイトコ君だっけ? 彼もこっちの空母所属の飛行隊にいるのよね?」
『ああ。今回は色々と楽しみだな。普段は、なかなか米国海軍のパイロットとやり合うことなんてないから』
「なんだか楽しそうね」
『実際この目で見るのが楽しみだよ。それでちはるは大丈夫なのか? コビーになにか付録をつけるって話だったが?』
そう質問されて、新しく装備する給油設備のことを思い出した。
「そうなのよ。新しいことをこの年で始めるのって難しそうだから、ちょっと憂鬱なの」
『なに言ってるんだ。本当は楽しみでしかたがないんだろ?』
さすが雄介さん。私の性格を良くわかっていらっしゃる。
「ほら、C-130に給油装置が設置がされた時には、こっちに機種転換しちゃったでしょ? だから、一度ぐらいは経験しておきたかったなって、心残りには感じていたのよね。だから本音ではちょっと嬉しい。ただ三ヶ月って短期間で、なにもかも準備が整うかどうかかからないのが心配、ってのが正直なところかしら」
とにかく心配なのはそこだけだ。
「なんとしてでも間に合わせるのが、俺達の仕事だ。ただ飛ばす訓練にまで時間をかけていられないから、ちはるにお声がかかったんだろ」
「私、便利屋さんじゃないんだけどな」
「なに言ってる。頼られているうちが花だぞ? とにかくしっかり予行演習はしておいてくれよ、機長。太平洋に、日米の戦闘機がプカプカ浮かぶなんて事態は避けたいからな」
「はいはい、せいぜいママは頑張ります。……でもアメリカ海軍のホーネットは空母が近くにいるんだから、最悪、後回しにしても大丈夫よね?」
まったく困ったヤツだなと雄介さんは笑った。
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そして那覇に向かう当日のブリーフィング。なぜか、関係のない人間が紛れ込んでいるように見えるのは気のせい? しかも一番前の席を陣取って。
「……ちょっと」
「ん?」
「なんだ?」
私の問い掛けに顔を上げる二人。無邪気な顔を装っているけど、中身がそうじゃないのは長い付き合いのお蔭でお見通しだ。よりによって座っているのは最前列。きっと私を怒らせるために、わざとここに居座ったに違いない。
「貴方達はうちのクルーじゃないでしょ? なんでここにいるの」
「俺達が見えるのか?」
「気のせいだろ。俺達はここにはいない」
まったくこの二人ときたら、子供みたいなことを言って。
「小松の司令がここからあっちに行くのはわかるけど、横田の一佐がどうしてここにって話よね?」
「依怙贔屓は良くないぞ、榎本三佐。俺だってKCに乗りたい」
「……まったくもう。わかりました。そのかわり、静かにしていないと廊下に放り出しますからね」
「「了解了解」」
そういうわけで、私達クルーが出発前のブリーフィングをしている間、二人の一佐はヒソヒソと二人で話し込んでいた。そんなに大きな声で話していないのに、そっちの会話が気になってしかたがない。この際だから白状するけど、二人が話している今回の共同訓練で行われる模擬空戦のこと、私だって聞きたいんだから!
「機長?」
「え? ああ、ごめんなさい。なんか雑音が酷くてムカついてるものだから。それで今回のお客さんの人数だけど……」
コーパイの森田一尉に声をかけられて、慌てて話に戻った。私の後ろでは、雑音だなんてあんまりじゃないか?なあ?なんて話しているのが丸聞こえで腹が立つったら。本気でぶっ飛ばしても良いかしら?
+++
私のムカつきはさておき、お客さん達を乗せて無事に離陸した後、雄介さんと葛城さんは、今度はコックピットの後ろにあるフライングムーブのオペレーター席に二人して居座って、訓練に参加するパイロットの名簿を見ながら話を始めた。
「もう、気が散るからあっちに行ってほしいんだけど。それにそこ、真柴一尉の席でしょ? 彼を何処に追いやったの?」
開いたドア越しに声をかける。
「ヤツなら俺の席に座っている、気にするな」
「たまには俺も、ちはるちゃんが操縦しているところを見学させてほしいから、あいつのことは気にするな」
見学したいと言うわりには、さっきからお喋りに夢中でまったくこっち見ていないじゃない。それってどうなの? 横の森田一尉に「ごめんなさいね」と口パクで謝罪すると、肩をすくめて苦笑いをしてきた。もう! これじゃあ部下に示しがつかないんだけど!!
「これが今回参加するパイロットの名簿なんだが、どうだ榎本、なにか模擬空戦の作戦立案はあるか?」
「どれどれ、千歳からは真下、長谷部、三沢からは千堂、倉橋、百里は稲津、那覇からは沖田。小松からは……なるほどな、築城からは誰が来るんだって? 成宮と篁か。ふーむ、そうなるとだなあ……」
「雄介さん、それ、誰が誰だかわかって言ってるの?」
雄介さんが、パイロットの名前を読み上げながらウンウンとうなづいているのを見て、不思議に思って尋ねてみる。
「ああ。だいたいはな」
「驚いた」
「そうでもないさ。覚えているのはパイロットのことだけだ」
そう言えば教導群の司令になってからまだ日が浅い頃に、あっちこっちの基地に出張だと言って出かけていたっけ。もしかしてあの時に、すべての飛行隊を見て回ったのだろうか。自分の旦那様ながら凄いと感心してしまう。
「ねえ、気になったんだけど。今回の訓練の視察、まさか一本釣りをするつもりで来てるの?」
そんな私の質問に、いち早く反応したのは葛城さんだった。
「おい、まじか榎本。俺達はお前の釣りのお膳立てをするために、パイロットの選抜をさせたわけじゃないぞ!」
「違うに決まってるだろ。うちの坊主どもの仕事ぶりを見るためだ。優秀だからといって、誰も彼もを釣り上げていたら、防空任務に穴が開くだろうが」
たしかにそうよねと私は納得したんだけれど、雄介さんと付き合いの長い葛城さんは、まだ疑い深い目でにらんでいる。
「その言葉を信じて良いんだろうな。気がついたら、根こそぎ釣り上げていたなんて御免だぞ」
「うちは今のところパイロットは足りている。まあ強いて言えば、腕のいい整備員が何人か欲しいな。この青井はどうだ? 腕は良いんだろ? うちによこしてくれないか?」
とたんに葛城さんの目が吊り上った。
「ダメダメ。小松にだって腕のいい整備員はたくさんいるだろ。今の浜松に余分な人員はいないから、よそを当たれ、ふざけんな」
「他の基地ならいいのか」
「いや、よくないに決まってるだろ」
葛城さんはまったく油断もスキもありゃしないなとぼやいた。そんな二人のやり取りを見て、思わず笑ってしまう。相変わらずなのよね、この二人。ああ、この二人っていうか、八重樫さんや桧山さん、そして岩代教官を含めた五人と言ったほうが良いかしら。誰も彼もがそろって、自分が含まれることに異議を唱えそうだけど。
「ちはるちゃん、そこで笑ってるけどな、こいつは君の亭主なんだぞ? もうちょっと手綱をしっかり握っていてくれよ。このコブラの親分はとんでもないぞ」
「でも、うちの人をその地位に無理やり座らせたのは八重樫さんなんだから、文句を言うなら八重樫さんに言ったらどうかと思うんですけど、葛城一佐?」
私がそう返すと、葛城さんは大きな溜め息をついて天井を見上げる。
「まったく。とうとうちはるちゃんにまで、お前の悪影響が出始めたじゃないか。お前達、空自の平安のために離婚しろ」
「なんだと失礼な。俺達の円満な夫婦生活をなんだと思ってるんだ。外に放り出すぞ」
「うるさい、偉そうなこと言うな、機長でもないくせに」
「ちはる、葛城を外に放り出すにはどうしたら良いんだ? 心配するな。パラシュートぐらいは背負わせてやる」
「もう二人とも黙って。森田一尉が笑いすぎて酸欠おこしかけてる」
さっきから森田一尉の肩は小刻みに震えっぱなしだ。これでも頑張って我慢してくれているんだら、少しは反省しなさいよね、そこのお二人さん。
「なんでだ。こっちはいたって真剣なんだぞ」
「だから黙れ、機長でもないやつは」
「それはお前もだろ。お前こそ黙れ」
「はいはい、もう二人ともあっちに行ってて。目的地に着く前にコーパイが寝込んだら、誰がうちの坊や達にミルクをあげるの? さっさとあっちに行きなさい。これは機長命令です」
ちょっと怖い顔をして二人を睨む。
「ママに叱られたじゃないか、お前のせいだぞ、まったく」
「お前が離婚しろとか言うからだろ」
しつこく言い合いをしながら、二人はやっと席を立って後ろの客室へと戻っていった。
「やれやれまったく。仲が良すぎるのも考えものよね……」
ほんと、先が思いやられちゃう。
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