12 / 94
本編
第十二話 独白 2月15日深夜
しおりを挟む
お母さんが入院してからお父さんが家に帰ってくることが少なくなった。
お手伝いさんやたまに家に来るヒショさんからは“先生はコッカイで忙しいんですよ”と聞かされていたから、その頃の私は何の疑問も抱かずにその言葉を信じて、いい子にして留守番をしてなきゃって思ったものだ。
だから、その話をお母さんにした時、とても寂しそうな顔をしたのはきっと仕事で忙しいお父さんがなかなかお見舞いにこれないからなんだって思ってた。
「ねえ、お母さん、今日はお父さん帰ってくるかなあ……せっかく奈緒のお誕生日なのにお仕事なんて可哀想だねーコッカイギインって」
ケーキ買って待ってるから一緒に食べたいのになーって言った時のお母さんの顔は今でも忘れられない。泣きそうになりながら“ごめんね”って何度も私に謝っていたっけ。
お母さんが死んだのはそれから半年後。お葬式のことはあまり覚えてない。
私はお坊さんがナムナム言っているすぐそばの椅子に座り、黒い服を着た人がいっぱい来るのを眺めていた。お父さんの横には知らない女の人が座ってたのは何となく覚えている。その時は誰だろう? ヒショの人かなって思うぐらいでいたけど、おトイレに行った時におばちゃん達が“お葬式にアイジンを連れてくるなんて”って怒りながら話していたので、あまり良くない人なんだって子供心に感じたのを覚えている。
それから私の生活が一変したわけ。まあそれまでだって父親が帰ってこなかったり異常な環境ではあったんだと思う。だけど少なくともその時は入院中ではあったけれど母親が生きていたし、病身の母は私のことを精一杯愛してくれていたから、父親が帰って来なくて寂しくても何とか子供なりに折り合いをつけていたんだよね。
先ず家にお葬式でお父さんの横に座っていた女の人がやってきた。その人は“お父さんの新しい奥さん”だということだった。そう、父親の妻であって私の母親ではないということなんだな。家に自分の居場所がなくなるっていうのはああいう感じなんだろうなあって今なら分かる。自分の部屋はちゃんとあったけどね。本当にそこしか居場所が無かったんだよ。
おかしな環境の中でも横道に逸れることなく人生を歩んでこれたのはきっと先生や友達のお陰なんだと思う。それでも時々無性に寂しくなる時があって誰かの腕に縋りたいという気持ちが抑えられない時があった。そんな時にあったのが私の初めてをあげた先輩だったんだなあ。
結局のところ、その先輩も私が好きって言うよりも私の体が好きって感じだったし、会うたびにセックスするのも苦痛になったから私から話を切り出してお別れした。それ以後は勉強だけに集中した寂しい青春だった。お蔭で成績は爆上げ状態で希望通りの大学の医学部に合格することが出来たのはラッキーではあったけどね。
ただ家を出てから更にそれに拍車がかかったみたいで、今にして思えば大学には行くけど精神的には引き籠り一歩手前だった気がする、なんというか物理的にはそうでなくても精神的な引き籠りだったのかも。みゅうさんに会って“その年で枯れてんじゃないわよ”と言われてからは少しずつ交友関係も広がっているけど、みゅうさん曰く相変わらず私は油断すると引き籠る子らしい。
+++++
何故か温かいものに包まれている感触に目が覚めてしまった。後ろから逞しい腕が伸びていて私の胸の下で組まれている。
森永信吾さん。
昨日の晩、皆でお誕生日の飲み会に行ったお店で出会った人。そして抱き合っている間、ずっと私のことを愛してるって言い続けてくれる人。
先輩とのセックスは苦痛だったのに、この人とするのは泣きたくなるぐらい心地良いって感じてしまうのは何故なんだろう。単なる体の相性だけなのかな。
私が身じろぎしたのを感じたのか、ギュッと抱きしめていた腕に力が入った。まるで離さないって言ってるみたい。少しぐらい夢を見たっていいよね? ちょっとの間だけ、この人が私のことを世界一愛してくれている人なんだって。
森永さんの方に体を向けて温かい体に擦り寄ると更に強く抱きしめてくれた。温かい。人肌に触れることがこんなに落ち着くものだとは思わなかった。こんな心地良さを知ってしまったら、来週からどうやって過ごしたら良いのかな……。そんなことを考えたらちょっと悲しくなっちゃった。
「どうした?」
掠れた声が頭の上からする。
「……怖い夢みたの」
「そうか。俺がいるから大丈夫だ、安心してお休み」
「うん」
「愛してるよ奈緒」
「私も」
少しでも長くこの人といられますようにと思わずにはいられなかった。
お手伝いさんやたまに家に来るヒショさんからは“先生はコッカイで忙しいんですよ”と聞かされていたから、その頃の私は何の疑問も抱かずにその言葉を信じて、いい子にして留守番をしてなきゃって思ったものだ。
だから、その話をお母さんにした時、とても寂しそうな顔をしたのはきっと仕事で忙しいお父さんがなかなかお見舞いにこれないからなんだって思ってた。
「ねえ、お母さん、今日はお父さん帰ってくるかなあ……せっかく奈緒のお誕生日なのにお仕事なんて可哀想だねーコッカイギインって」
ケーキ買って待ってるから一緒に食べたいのになーって言った時のお母さんの顔は今でも忘れられない。泣きそうになりながら“ごめんね”って何度も私に謝っていたっけ。
お母さんが死んだのはそれから半年後。お葬式のことはあまり覚えてない。
私はお坊さんがナムナム言っているすぐそばの椅子に座り、黒い服を着た人がいっぱい来るのを眺めていた。お父さんの横には知らない女の人が座ってたのは何となく覚えている。その時は誰だろう? ヒショの人かなって思うぐらいでいたけど、おトイレに行った時におばちゃん達が“お葬式にアイジンを連れてくるなんて”って怒りながら話していたので、あまり良くない人なんだって子供心に感じたのを覚えている。
それから私の生活が一変したわけ。まあそれまでだって父親が帰ってこなかったり異常な環境ではあったんだと思う。だけど少なくともその時は入院中ではあったけれど母親が生きていたし、病身の母は私のことを精一杯愛してくれていたから、父親が帰って来なくて寂しくても何とか子供なりに折り合いをつけていたんだよね。
先ず家にお葬式でお父さんの横に座っていた女の人がやってきた。その人は“お父さんの新しい奥さん”だということだった。そう、父親の妻であって私の母親ではないということなんだな。家に自分の居場所がなくなるっていうのはああいう感じなんだろうなあって今なら分かる。自分の部屋はちゃんとあったけどね。本当にそこしか居場所が無かったんだよ。
おかしな環境の中でも横道に逸れることなく人生を歩んでこれたのはきっと先生や友達のお陰なんだと思う。それでも時々無性に寂しくなる時があって誰かの腕に縋りたいという気持ちが抑えられない時があった。そんな時にあったのが私の初めてをあげた先輩だったんだなあ。
結局のところ、その先輩も私が好きって言うよりも私の体が好きって感じだったし、会うたびにセックスするのも苦痛になったから私から話を切り出してお別れした。それ以後は勉強だけに集中した寂しい青春だった。お蔭で成績は爆上げ状態で希望通りの大学の医学部に合格することが出来たのはラッキーではあったけどね。
ただ家を出てから更にそれに拍車がかかったみたいで、今にして思えば大学には行くけど精神的には引き籠り一歩手前だった気がする、なんというか物理的にはそうでなくても精神的な引き籠りだったのかも。みゅうさんに会って“その年で枯れてんじゃないわよ”と言われてからは少しずつ交友関係も広がっているけど、みゅうさん曰く相変わらず私は油断すると引き籠る子らしい。
+++++
何故か温かいものに包まれている感触に目が覚めてしまった。後ろから逞しい腕が伸びていて私の胸の下で組まれている。
森永信吾さん。
昨日の晩、皆でお誕生日の飲み会に行ったお店で出会った人。そして抱き合っている間、ずっと私のことを愛してるって言い続けてくれる人。
先輩とのセックスは苦痛だったのに、この人とするのは泣きたくなるぐらい心地良いって感じてしまうのは何故なんだろう。単なる体の相性だけなのかな。
私が身じろぎしたのを感じたのか、ギュッと抱きしめていた腕に力が入った。まるで離さないって言ってるみたい。少しぐらい夢を見たっていいよね? ちょっとの間だけ、この人が私のことを世界一愛してくれている人なんだって。
森永さんの方に体を向けて温かい体に擦り寄ると更に強く抱きしめてくれた。温かい。人肌に触れることがこんなに落ち着くものだとは思わなかった。こんな心地良さを知ってしまったら、来週からどうやって過ごしたら良いのかな……。そんなことを考えたらちょっと悲しくなっちゃった。
「どうした?」
掠れた声が頭の上からする。
「……怖い夢みたの」
「そうか。俺がいるから大丈夫だ、安心してお休み」
「うん」
「愛してるよ奈緒」
「私も」
少しでも長くこの人といられますようにと思わずにはいられなかった。
67
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
契約書は婚姻届
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」
突然、降って湧いた結婚の話。
しかも、父親の工場と引き替えに。
「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」
突きつけられる契約書という名の婚姻届。
父親の工場を救えるのは自分ひとり。
「わかりました。
あなたと結婚します」
はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!?
若園朋香、26歳
ごくごく普通の、町工場の社長の娘
×
押部尚一郎、36歳
日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司
さらに
自分もグループ会社のひとつの社長
さらに
ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡
そして
極度の溺愛体質??
******
表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる