彼と私と空と雲

鏡野ゆう

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今年は一緒に飛びません!

第七話 槇村優から葛城優に

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「私達がいない間にお父さんと何を話していたの?」

 ホテルに戻ってから尋ねる。

「男同士の秘密だ」
「えー……」
「優が心配することじゃないから安心しろ」

 そう言いながら腕をグルグル回している。どうやら柄にもなく緊張して肩が凝ってしまったらしい。

「そこに座りなよ、揉んであげるから」
「いや、風呂に入ってお湯に浸かったらほぐれるから」
「今日頑張った御褒美に揉んであげるんだから素直に揉まれなさい」
「俺としては別のものを揉んでほしいけどなあ……」
「うっかりねじ切っちゃって良いならいつでもどうぞ」

 怖い怖いと笑いながらもベッドに座ったところを見るとよっぽど辛いみたいだ。ベッドに上がると葛城さんの後ろに移動して肩に手を当てた。

「うわあ、カチカチだよ。よくもまあこんなに凝らしちゃったね、たった数時間で」
「自分でもまさかこれほど緊張するとは思わなかった」
「そんな風には見えなかったよ」
「なら良いんだが」

 それからしばらくは葛城さんの肩を揉むことに専念する。ゴリゴリしたところが消えたところで顔を覗き込んだ。

「どう? 少しは楽になった?」
「お陰様で。お代はきちんと払いますよ体で」

 そう言いながら振り返ると私のことをベッドに押し倒してきた。

「別に無理に払わなくても良いんだってば」
「いやいや遠慮なさらず槇村さん」

 笑いながらキスをしてくる。葛城さんのキスはさっきまで飲んでいたビールの味がした。

「まさか酔っぱらっているとかないよね?」

 唇が離れた隙をついて問い掛ける。

「まさか。優の親父さんに会うのにかなり緊張したから慰めて欲しいだけだ」
「葛城さんてば慰める必要があるほど繊細だとは思わないんだけどなあ……」

 そう言ったらちょっとだけ傷ついた顔をしてみせた。

「随分と薄情だな。俺が精一杯虚勢を張って頑張ったとは考えられないのか?」
「んー……どう考えてもそれは嘘っぽい」
「酷いな。そんな酷いことを言う槇村さんにはお仕置きが必要だ」
「ちょっと、どうしてそこでお仕置き! 肩揉みのお支払いが先でしょ?」
「それは無理に払わなくても良いって言ったじゃないか」

 そう言いながらブラウスのボタンを外し始める。その気になっちゃった葛城さんを止めるのは至難の業、いや、不可能に近い。

「もう! それだったら先にシャワーだけでも浴びさせて!」
「一緒に浴びるならいいぞ」
「なんでそんなに上から目線なのかなあ……」

 ブツブツ言いながら葛城さんを押し戻すと、当の本人はニヤニヤしながらそのまま私の腕をとって引っ張り起こしてくれた。

「この手のやり取りが好きだと思っていたけどな」
「嫌いじゃないけど時々ムカつく」

 私の言葉に葛城さんは可笑しそうに笑った。いや笑いごとじゃなくて本当にムカつく時があるんだってば、ちょっと聞いてますか、葛城さん? 貴方のことを言っているんですよ?

「じゃあお詫びの印に隅から隅まで洗って差し上げますよ」
「だから言葉遣いだけ丁寧にしても意味が無いんだってば」

 服をその場で脱がされてバスルームへと引っ張っていかれる。

「足を滑らせるんじゃないぞ」

 そう言いながらバスタブの中に私を立たせるとシャワーのお湯の温度を調節してくれた。葛城さんはまだ服を着たままだし、もしかしてこのまま一人で入らせてくれるとか?

「そんな訳ないだろ」
「?!」

 あれ? 私もしかして口に出して言っちゃってた?!

「優の顔を見れば何を考えているかぐらい分かるから」

 ニヤニヤ笑いながら葛城さんはシャツを脱ぎながらバスルームを出て行った。その間にお湯を浴びながらトイレを挟んで向こう側にある鏡に映っている自分の体を観察する。産婦人科の先生はそろそろお腹が膨らみ始める頃だって言っていたけど、今のところはまだ分からないかな。

「なにをしてるんだ?」

 戻ってきた葛城さんが私が鏡を見ながら体をあっちこっちに向けているのを見て首を傾げた。

「ほら、そろそろお腹が膨らみ始める頃だって言われてたからさ、どうかなって」
「ふむ……」

 葛城さんはどうだろうなと考え込みがらバスタブに入って来ると私の腰辺りからお腹の辺を撫でていく。

「膨らんできたと思う?」
「いや、俺にもまだ分からないな」

 そう言いながらお腹を撫で続けている。

「だけど間違いなくここにいるんだよな、俺達の赤ん坊」
「まだ見た目は分からないけどね」
「男か女か分かるのはまだ先か」
「もうちょっと先だって言ってたかな、先生」

 どっちだろうなと葛城さんは嬉しそうな顔をして微笑むとボディソープの瓶に手をのばした。ボディタオルの上に出した石鹸を泡立てて後ろに立つと、ゆっくりと私の肩から掌で円を描くように擦り始めた。自宅で使っているボディタオルよりもずっと柔らかくて気持ちいい。

「それ凄く柔らかいね。向こうでも探してみなくちゃ」
「そうか? 俺はもう少し堅めの方が好みだな」
「じゃあさ、後でこれで思いっ切り擦ってあげるよ」

 そう言いながら私が手にしたのはボディブラシ。多分、豚さんの毛のやつ。タオルに比べるとしっかりした堅さだ。

「おい」
「なに?」
「まさかそれで全身を洗ってやるとか言わないだろうな」
「え、全身に決まってるじゃない。気持ちいいんじゃないかな」
「洗車するのとはわけが違うんだぞ……」
「まあまあ、遠慮なさらず」

 もちろん体の前の部分をこれで洗うと言ったら葛城さんに断固拒否されたのは言うまでもない。

「まったく最近の優は急に逞しくなってきた感じだな」

 お風呂での一悶着がやっと終わって少しだけお互いに逆上せながらバスローブを羽織ってベッドに座った。葛城さんが冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを出してきて一本を手渡してくれる。

「そうかな? これが私の素なんだけど」
「いやいや、絶対に逞しくなった」

 横に座って水を飲みながら笑った。

「ってことは、葛城さんと付き合うならこのぐらい逞しくないとやっていけないってことじゃないの?」
「それって俺色に染まったってことでOK?」
「そんなロマンチックなものじゃないような気がするんだけどな……」

 お水を飲みながらぼやく。葛城さんは私が飲んでいるペットボトルの水が半分ぐらいに減ったところでそれを私の手から取り上げてベッドサイドに置いた。

「さて、お仕置きタイムだぞ、優」
「このまま寝ても良いですか?」
「俺にあれこれされながら寝られるとでも?」

 気合と根性で何とか眠りに落ちる……なんて絶対に無理だよね。そんなことを考えながら葛城さんの顔を見上げる。そう言えば私の妊娠が分かってから一度もエッチしていないんだよね、今夜は一ヶ月ぶり?

「なんだ?」
「え? ほら、一ヶ月ぶりだなあって」
「もしかして槇村さん、欲求不満で御立腹ですかな?」
「いやいや、欲求不満なのは葛城さんの方じゃないかなーって……」

 だったらエッチが激しくなったりしたら困るなって思うんだ。だってお腹には赤ちゃんがいることだし?

「実はそうでもないんだ」
「そうなの?」
「優の妊娠が分かってからはそっちにばかり気がいっちまってさ、なんて言うか性欲は何処かに消えてた」
「じゃあ今夜だってその性欲さんには何処かに隠れたままでいてもらえないものかと思うのですがー?」
「寝た子を起こしておいて何を言ってるんだ」

 そう言いながら私を押し倒して覆いかぶさってきた。……うん、確かに起きてるね……その子。

「お腹に赤ちゃんもいるから……」
「大丈夫、優しくする。病院に一緒に行った時に渡されたぞ、夫婦生活の冊子ってやつを」
「そうなの?」
「もしかして俺が性欲過多と思われたのかもしれないけどな」

 笑いながら葛城さんは優しくキスをした。そしてバスローブのサッシュをほどく。

「さっき腹に関しては分からないって言ったけど風呂で他のところで変わったなってところはいくつか見つけた」

 はだけたバスローブの間から手を滑り込ませて私の体を愛撫する葛城さんがキスの合間に呟いた。

「どの辺が? 自分ではさっぱり分からないんだけど」
「先ずはここが柔らかくなった」

 そう言って胸を両手で包み込む。

「それからここの色がちょっと濃くなったかな」

 更に指で胸の先端をなぞった。指先が触れただけなのに快感が電気のように走って体が震えた。それを感じた葛城さんが満足げに笑う。

「それに感じやすくなったってやつも加えておくべきか」
「そ、それは私も思った、かも……」
「ここも赤ん坊が生まれたら当分は独占できないんだよな」

 指で撫でていた場所にキスを落とすとゆっくりと口に含んで舌で転がしていく。前はこういうことをされても気持ちが良いって感じるだけだったのに、今は何故かあっと言う間に足の間が熱くなって濡れ始めているのが分かった。女性の体って妊娠したらこんなに変ってしまうものなのかな……? ちょっと気になったので冊子に書いてあったかどうか尋ねてみる。

「性欲が減退する女性もいれば逆に性欲が増す女性もいるって書いてあったな。感度に関しても同様。つまりはその人によって違うってことなんだろう。優の場合は感度が増すってやつか。それはなかなか」
「なかなか、なに?」
「色々と楽しめそうだなあと」

 久し振りに真っ黒い笑みが浮かぶのを目の当たりにしてちょっと心配になってきた。

「あ、あのさ……赤ちゃんいるから」
「分かっているさ、ちゃんと冊子で書かれている通りに挿れる時は優しくするよ、だがそれまではお楽しみタイムだよな?」
「お、お楽しみ……」

 だからそのニヤニヤ狼の真っ黒い笑みは勘弁してほしい……。

「あの、本当にお手柔らかに……?」
「この葛城一尉にお任せあれ」

 ニッと笑うと私の足の間に体を落ち着けた。

「だが今夜は優とこうやって愛し合うのが優先だな。お楽しみタイムはまた今度」

 そう言うと同時に熱いものが体の中へと入り込んできた。

「大丈夫か? 痛いとかないよな?」
「うん、大丈夫だよ」

 浅いところで探るように動いていたものがゆっくりと奥へと進んでいく。これだけエッチしない日が続いた後ならこっちが気絶しちゃうぐらい激しくしそうなものなのに、この日の夜の葛城さんはびっくりしちゃうぐらい優しく私のことを愛してくれた。


+++++


 そして札幌からこっちに戻った足で私達は先ず婚姻届を役所に提出することにした。

 これで法律的には正式に夫婦ってことにはなるんだけど、大人の事情ってやつで一緒に暮らせるのはもう少し先になりそうだし結婚式と披露宴に関しては更にその先。しかも仕事ではそれこそ大人の事情ってやつで当分は槇村優のままになるのでイマイチ結婚した実感がわかないのが悩みどころだ。

 その辺は葛城さんも同じ気持ちだったみたいで、だったらせめて結婚指輪だけでも早く作ろうって話になって次のお休みの時に一緒に見に行くことになった。


 結婚式も指輪も新婚暮らしもまだだけど、とにもかくにもこの日、私は槇村優から葛城優になりました。
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