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本編
第十七話 杏奈さん宅にて 2
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「ところで杏奈さん」
「はい?」
シャワーを浴びた後、佐伯さんが兄貴のトランクスを微妙な顔をしながら穿いているのを見て夕飯のことより先に洗濯機を回した方が良いと判断した私は、ポストに入っていたのを残しておいた色んなデリバリーサービスのチラシを彼に渡した。そして何にするか決めてもらっている間に散らかったままの服を拾い集めて洗濯を始めることにする。そして洗濯機を回し始めて部屋に戻るとチラシを選んでいた佐伯さんが何かを思い出したのかそう言えばと口を開いた。
「色々な写真を送ってきてくれていたけど、あの金比羅宮で会ったっていうお婆さん、杏奈さんの知り合い?」
「いえ。お参りに行った時にたまたま居合わせたんですよ。そのお婆さんもお参りに来ていたみたいで確か……親子三代海の男とか言ってました。けど何で?」
結局のところあのお婆ちゃんは役所の関係者ではなかったみたいで、写真を見てもらった武藤さんも課長も知らないってことだった。つまりは会ったことがあるように思えたのは私の気のせいで、本当に海の男繋がりで偶然たまたま居合わせたってことらしい。佐伯さんが言い出すまでそう結論づけていた……んだけど。
「そうか、参ったな……」
何気に佐伯さんは思案顔。
「え? もしかして佐伯さんの知り合い? まさか先輩な神様の奥様とかじゃないですよね?」
「葛木先生の奥さんではないよ。……もっと怖い存在、かな」
「……え、なにそれ」
もっと怖い存在って何? 神様より怖い存在なんてあるの? なんだか聞きたくないような気がする。
「聞きたい?」
「聞きたいような聞きたくないような……」
「じゃあ教えない」
「ちょっと」
佐伯さんは私が唖然としているのを無視してチラシの一つを手にした。
「これ美味しそうだな。仕事中だとなかなか食べられないものだし、ここのピザを頼んでも良いかな杏奈さん。辛くない方が良いんだよね。あとサラダも頼んでおく? これ、美味そうだなあ……ビールは明日も早いからやめておくか、いや一本ずつぐらいなら問題ないかな……」
「もしもし?」
「だって聞きたくないんだろ?」
「正しくは“聞きたいような聞きたくないような気がする”、です」
「つまりは聞きたくないんだろ?」
「なんという理屈」
「一体どっちなのさ、どっちかハッキリしてくれないと俺としても話して良いのか悪いのか判断できないよ」
そして再びニヤニヤしながらチラシを見て何にしようかな~なんて呟いている。
「あの、いま聞かなくてもそのうち嫌でも分かっちゃったりします?」
「そうだねえ……そのうち分かるかもしれない」
「また何でそんな変な余韻を残すの……」
「杏奈さんが本当に知りたいなら今ここで話すさ。だけど聞きたくない気持ちもあるんだろ? そのうち分かる日が来るかもしれないから、それまで楽しみにとっておく?」
「それで問題ないんですか?」
「問題って?」
「……」
「なに?」
「……分かる日を楽しみにしてます」
「分かった。で、ピザは何が良い?」
佐伯さんの前に座るとちょっとジト目で見詰めてしまった。最初から教えてくれるつもりは無かったんだよね、この雰囲気からして。絶対に私があのお婆ちゃんの正体を知った時の驚く様子が見たいに違いない。なんだか悪趣味っていうか意地悪だ。
「杏奈さんが今どうしても知りたいって言うなら話すけど?」
「……もういいですよ、分かる日まで気長に待ってます」
「うんうん、その方が良いね」
なにが“その方が良い”なんだか……。自分で待つと言いながらも少しばかり納得いかない状態な気分のまま、ピザとサラダ、それから飲むかどうか分からない缶ビールを電話で注文して、待っている間にとお茶の用意を始めた。
それから暫くしてお茶を飲みながら二人してテレビを見ていると玄関のドアチャイムが鳴った。ん? まだ二十分も経ってないけどもう届けに来てくれた? もしかして今日は暇な日? 上から半纏を羽織って出ようとすると佐伯さんが引き止めた。
「俺が出るよ、まだ髪が乾ききっていないのに玄関で冷たい空気にあたって風邪でもひいたら大変だから」
「でも」
「大人しくここで座っておいで」
そう言うと自分のジャケットからお財布を出して玄関へと向う。ガチャリと鍵が開く音がしてドアが開く気配。……あれ、なんでピザ屋のお兄さんの声がしないのかな。前に友達が遊びに来た時にあそこで配達を頼んだ時はこっちが辟易とするぐらい無駄に元気なお兄さんだったのに。もしかして元気が良すぎるってクレームでも来て配達の担当さんが変わったとか? 不審に思って部屋から玄関の方を覗くと佐伯さんの背中越しに何処かで見た覚えのある厳つい顔をした大柄の男性が見えた。……あ、あの太い眉毛は!
「兄貴?!」
慌てて立ち上がると玄関に向う。うわうわ、なんでこんなタイミングで訪ねてくるかな。私の気配に二人が同時に振り返った。佐伯さんも兄貴も困惑した顔をしている。そりゃお互いに予想外の出会いだもの、困惑して当然だよね。
「何しに来たの、兄さん」
「お前がオヤジ達に隠れてコソコソと男と付き合っているらしいって耳に入ったから探りを入れにきたんだが。で、こいつか? その相手の男っていうのは」
そう言いながら佐伯さんを指さした。指をさされた佐伯さんは驚いたような顔をして私の方を見下ろした。
「杏奈さんのお兄さん?」
「はい」
兄貴の方に目を向けると何だかとても微妙な顔をして私のことを見下ろしている。
「別にコソコソなんてしてないよ。お正月休みに帰った時もあっちは仕事だったし忙しかったから何となく話しそびれただけ。それで? その話、誰から?」
私の質問に兄貴の目が泳いだ。
「……」
「だーれーかーらー?」
「市役所の消防安全課にいる楢橋」
「こそこそ?」
「いや、こそこそは俺が勝手に付け加えた」
気まずそうな顔をしている兄貴の後ろから元気な足音が聞こえてきてピザ屋のお兄さんの声がした。やっぱり相変らず無駄に元気な声だった。私と兄貴が睨み合っているのを見たお兄さんは珍しく困った顔をして立ち止まる。すると佐伯さんが空気を読んでピザやサラダを受け取ってお金を払ってくれて、先に置いてくるねと私に声をかけて奥に行ってしまった。多分、私と兄貴が話せるようにって気を利かせてくれたんだと思う。
「で?」
「だから偵察だよ、お前は大事な妹だからな。オヤジ達にもまだ何も言ってない」
「ふーん……楢橋さんから聞いたの」
「お前、楢橋に仕返しするとか言うなよ? お前が親友の妹だからってんで、誰かと付き合ってるみたいだぞって善意で知らせてくれたんだから」
「考えておく」
「……おい」
「で? 彼を見て気が済んだ? 済んだんだったらさっさと帰って欲しいんだけど」
「あいつ、泊まっていくのか?」
兄貴の視線が部屋の奥へと向けられた。
「それと兄さんと何の関係が?」
「そりゃ大事な妹だから……」
「妹だからってお付き合いしている人を泊めちゃいけないとか言わないわよね?」
「あー……」
その顔は“言いたいけど言えないよな、でも言いたい”と言っている。もう蹴り出しちゃっても良いかな。今は制服も着ていないし公務中じゃないから兄貴のことを蹴り出してもただの兄妹喧嘩で済むわよね。そこへ佐伯さんが戻ってきた。
「杏奈さんのお兄さんだったんですか。初めまして、御挨拶が遅れましたが、妹さんとお付き合いをさせていただいている佐伯圭祐と言います。ああ、服、お借りしています、すみません」
ニッコリと微笑んで兄貴に手を差し出した。兄貴の方もあまりに彼が自然に手を差し出してきたものだから反射的にその手を握ってしまった様子。そして二人は握手をしたまま動かなくなった。あれ、男同士で何か変な気分でも芽生えちゃったりしてないよね? 二人の顔を交互に見ても佐伯さんは微笑んだままだし兄貴は仏頂面のままだし。なに二人で見つめ合っちゃってるの?
「あの……?」
握手しているお互いの手の関節が何気に白くなっているのは気のせい? 二人して黙ったままで何をしているんだか。そろそろドアを閉めないと冷たい空気が吹き込んできて寒いんだけど。
「あの、二人とも……? 私お腹すているから、そろそろピザを食べに行っても良いかな? 二人ともお喋りしたいなら一緒に食べるとか?」
さっきからお腹がグーグー鳴っている私。この二人のことは放っておいて冷めないうちにピサを食べ始めちゃって良いかしら。私が声をかけても無視して向かい合ったまま動こうとしないので、もう良いやとキッチンに引き返してお皿とグラスを食器棚から出してテーブルに置いた。
「気が済んだらこっちに来て食べてね」
それだけ声をかけるとテレビのチャンネルを見たいニュース番組に変えてから箱を開けた。フワリとチーズの匂いが漂ってきて更にお腹がグーッて鳴る。チラリと後ろを見れば相変らず玄関先では膠着状態が続いているみたい。やれやれと溜め息をつきながら男共のことは放っておいて先に空腹を満たすことにする。
ニュースを見ながら二切れ目を食べていると二人がこっちにやってきた。見上げれば二人ともいたって普通でさっきのあれは何だったの状態。
「お、ピザか、うまそうだな」
箱の中を覗き込んだ兄貴が嬉しそうに言った。
「うまそうだなじゃないよ、本当にもう。連絡も無しに突然なにしに来たのよ」
「だからさっきも言った通り、最近お前がコソコソと男と会っているらしいって聞いたから偵察に来たんだって」
コソコソってまるで私と佐伯さんが不倫でもしているみたいな言い方じゃない、それって物凄くムカつくんですけど!!
「ま、お兄さんとしては実家を出て一人暮らしをしている妹さんが心配なのは仕方がないね」
「だろ?」
「なに二人して急に分かり合っちゃってるんですか」
さっきまでは一触即発みたいな感じだったのに急に打ち解けちゃって。ビールありますよ?とか今日は車で来たから酒はちょっととか……私を無視して何で仲良くしているのよ。あまりにも打ち解けちゃってるから、そのうち佐伯さんが今夜は泊っていきませんか?なんて言い出すんじゃないかハラハラしてしまった。
「でも自分の兄弟と恋人が仲悪かったら困るのは杏奈さんなんじゃ?」
「何だ、俺とこいつが分かり合ったらいかんのか?」
「こ、こいつって……」
「聞いたところによると俺の方が一つ年上らしいから。だから“こいつ”で十分」
「いくら兄さんの方が年上だからって初対面の人を何て呼び方するのよ……」
「俺は気にしてないよ。そういう職場で慣れているから」
「そういうこと。意外と似ているんだよな、俺達の職場環境って」
いつの間にお互いの職場のことまで情報交換したんだか。
「二人して何だかムカつく……」
「男同士の話っていうのは女には理解できないんだよ」
「あのねえ……」
「ほら、怒ってないで冷めないうちに食べないとせっかくの美味しいピザが台無しだよ」
「玄関先でも人のこと無視してモタモタしていた人達に言われたくありません」
「気を付けた方が良いぞ、こいつ、たまに容赦ないからな」
男二人に女一人ってことで数の暴力には勝てなくてちょっとムカつきながらピザを食べた。とにかく最初の出会いの妙な空気はともかく、佐伯さんとうちの兄貴は気が合うようで、その点に関してホッとしたのは事実。
それから暫くして兄貴は今度お互いの相手も交えて食事でもと言いながら帰っていったけど、何気にベッドから目を逸らしていたのがおかしかった。
「はい?」
シャワーを浴びた後、佐伯さんが兄貴のトランクスを微妙な顔をしながら穿いているのを見て夕飯のことより先に洗濯機を回した方が良いと判断した私は、ポストに入っていたのを残しておいた色んなデリバリーサービスのチラシを彼に渡した。そして何にするか決めてもらっている間に散らかったままの服を拾い集めて洗濯を始めることにする。そして洗濯機を回し始めて部屋に戻るとチラシを選んでいた佐伯さんが何かを思い出したのかそう言えばと口を開いた。
「色々な写真を送ってきてくれていたけど、あの金比羅宮で会ったっていうお婆さん、杏奈さんの知り合い?」
「いえ。お参りに行った時にたまたま居合わせたんですよ。そのお婆さんもお参りに来ていたみたいで確か……親子三代海の男とか言ってました。けど何で?」
結局のところあのお婆ちゃんは役所の関係者ではなかったみたいで、写真を見てもらった武藤さんも課長も知らないってことだった。つまりは会ったことがあるように思えたのは私の気のせいで、本当に海の男繋がりで偶然たまたま居合わせたってことらしい。佐伯さんが言い出すまでそう結論づけていた……んだけど。
「そうか、参ったな……」
何気に佐伯さんは思案顔。
「え? もしかして佐伯さんの知り合い? まさか先輩な神様の奥様とかじゃないですよね?」
「葛木先生の奥さんではないよ。……もっと怖い存在、かな」
「……え、なにそれ」
もっと怖い存在って何? 神様より怖い存在なんてあるの? なんだか聞きたくないような気がする。
「聞きたい?」
「聞きたいような聞きたくないような……」
「じゃあ教えない」
「ちょっと」
佐伯さんは私が唖然としているのを無視してチラシの一つを手にした。
「これ美味しそうだな。仕事中だとなかなか食べられないものだし、ここのピザを頼んでも良いかな杏奈さん。辛くない方が良いんだよね。あとサラダも頼んでおく? これ、美味そうだなあ……ビールは明日も早いからやめておくか、いや一本ずつぐらいなら問題ないかな……」
「もしもし?」
「だって聞きたくないんだろ?」
「正しくは“聞きたいような聞きたくないような気がする”、です」
「つまりは聞きたくないんだろ?」
「なんという理屈」
「一体どっちなのさ、どっちかハッキリしてくれないと俺としても話して良いのか悪いのか判断できないよ」
そして再びニヤニヤしながらチラシを見て何にしようかな~なんて呟いている。
「あの、いま聞かなくてもそのうち嫌でも分かっちゃったりします?」
「そうだねえ……そのうち分かるかもしれない」
「また何でそんな変な余韻を残すの……」
「杏奈さんが本当に知りたいなら今ここで話すさ。だけど聞きたくない気持ちもあるんだろ? そのうち分かる日が来るかもしれないから、それまで楽しみにとっておく?」
「それで問題ないんですか?」
「問題って?」
「……」
「なに?」
「……分かる日を楽しみにしてます」
「分かった。で、ピザは何が良い?」
佐伯さんの前に座るとちょっとジト目で見詰めてしまった。最初から教えてくれるつもりは無かったんだよね、この雰囲気からして。絶対に私があのお婆ちゃんの正体を知った時の驚く様子が見たいに違いない。なんだか悪趣味っていうか意地悪だ。
「杏奈さんが今どうしても知りたいって言うなら話すけど?」
「……もういいですよ、分かる日まで気長に待ってます」
「うんうん、その方が良いね」
なにが“その方が良い”なんだか……。自分で待つと言いながらも少しばかり納得いかない状態な気分のまま、ピザとサラダ、それから飲むかどうか分からない缶ビールを電話で注文して、待っている間にとお茶の用意を始めた。
それから暫くしてお茶を飲みながら二人してテレビを見ていると玄関のドアチャイムが鳴った。ん? まだ二十分も経ってないけどもう届けに来てくれた? もしかして今日は暇な日? 上から半纏を羽織って出ようとすると佐伯さんが引き止めた。
「俺が出るよ、まだ髪が乾ききっていないのに玄関で冷たい空気にあたって風邪でもひいたら大変だから」
「でも」
「大人しくここで座っておいで」
そう言うと自分のジャケットからお財布を出して玄関へと向う。ガチャリと鍵が開く音がしてドアが開く気配。……あれ、なんでピザ屋のお兄さんの声がしないのかな。前に友達が遊びに来た時にあそこで配達を頼んだ時はこっちが辟易とするぐらい無駄に元気なお兄さんだったのに。もしかして元気が良すぎるってクレームでも来て配達の担当さんが変わったとか? 不審に思って部屋から玄関の方を覗くと佐伯さんの背中越しに何処かで見た覚えのある厳つい顔をした大柄の男性が見えた。……あ、あの太い眉毛は!
「兄貴?!」
慌てて立ち上がると玄関に向う。うわうわ、なんでこんなタイミングで訪ねてくるかな。私の気配に二人が同時に振り返った。佐伯さんも兄貴も困惑した顔をしている。そりゃお互いに予想外の出会いだもの、困惑して当然だよね。
「何しに来たの、兄さん」
「お前がオヤジ達に隠れてコソコソと男と付き合っているらしいって耳に入ったから探りを入れにきたんだが。で、こいつか? その相手の男っていうのは」
そう言いながら佐伯さんを指さした。指をさされた佐伯さんは驚いたような顔をして私の方を見下ろした。
「杏奈さんのお兄さん?」
「はい」
兄貴の方に目を向けると何だかとても微妙な顔をして私のことを見下ろしている。
「別にコソコソなんてしてないよ。お正月休みに帰った時もあっちは仕事だったし忙しかったから何となく話しそびれただけ。それで? その話、誰から?」
私の質問に兄貴の目が泳いだ。
「……」
「だーれーかーらー?」
「市役所の消防安全課にいる楢橋」
「こそこそ?」
「いや、こそこそは俺が勝手に付け加えた」
気まずそうな顔をしている兄貴の後ろから元気な足音が聞こえてきてピザ屋のお兄さんの声がした。やっぱり相変らず無駄に元気な声だった。私と兄貴が睨み合っているのを見たお兄さんは珍しく困った顔をして立ち止まる。すると佐伯さんが空気を読んでピザやサラダを受け取ってお金を払ってくれて、先に置いてくるねと私に声をかけて奥に行ってしまった。多分、私と兄貴が話せるようにって気を利かせてくれたんだと思う。
「で?」
「だから偵察だよ、お前は大事な妹だからな。オヤジ達にもまだ何も言ってない」
「ふーん……楢橋さんから聞いたの」
「お前、楢橋に仕返しするとか言うなよ? お前が親友の妹だからってんで、誰かと付き合ってるみたいだぞって善意で知らせてくれたんだから」
「考えておく」
「……おい」
「で? 彼を見て気が済んだ? 済んだんだったらさっさと帰って欲しいんだけど」
「あいつ、泊まっていくのか?」
兄貴の視線が部屋の奥へと向けられた。
「それと兄さんと何の関係が?」
「そりゃ大事な妹だから……」
「妹だからってお付き合いしている人を泊めちゃいけないとか言わないわよね?」
「あー……」
その顔は“言いたいけど言えないよな、でも言いたい”と言っている。もう蹴り出しちゃっても良いかな。今は制服も着ていないし公務中じゃないから兄貴のことを蹴り出してもただの兄妹喧嘩で済むわよね。そこへ佐伯さんが戻ってきた。
「杏奈さんのお兄さんだったんですか。初めまして、御挨拶が遅れましたが、妹さんとお付き合いをさせていただいている佐伯圭祐と言います。ああ、服、お借りしています、すみません」
ニッコリと微笑んで兄貴に手を差し出した。兄貴の方もあまりに彼が自然に手を差し出してきたものだから反射的にその手を握ってしまった様子。そして二人は握手をしたまま動かなくなった。あれ、男同士で何か変な気分でも芽生えちゃったりしてないよね? 二人の顔を交互に見ても佐伯さんは微笑んだままだし兄貴は仏頂面のままだし。なに二人で見つめ合っちゃってるの?
「あの……?」
握手しているお互いの手の関節が何気に白くなっているのは気のせい? 二人して黙ったままで何をしているんだか。そろそろドアを閉めないと冷たい空気が吹き込んできて寒いんだけど。
「あの、二人とも……? 私お腹すているから、そろそろピザを食べに行っても良いかな? 二人ともお喋りしたいなら一緒に食べるとか?」
さっきからお腹がグーグー鳴っている私。この二人のことは放っておいて冷めないうちにピサを食べ始めちゃって良いかしら。私が声をかけても無視して向かい合ったまま動こうとしないので、もう良いやとキッチンに引き返してお皿とグラスを食器棚から出してテーブルに置いた。
「気が済んだらこっちに来て食べてね」
それだけ声をかけるとテレビのチャンネルを見たいニュース番組に変えてから箱を開けた。フワリとチーズの匂いが漂ってきて更にお腹がグーッて鳴る。チラリと後ろを見れば相変らず玄関先では膠着状態が続いているみたい。やれやれと溜め息をつきながら男共のことは放っておいて先に空腹を満たすことにする。
ニュースを見ながら二切れ目を食べていると二人がこっちにやってきた。見上げれば二人ともいたって普通でさっきのあれは何だったの状態。
「お、ピザか、うまそうだな」
箱の中を覗き込んだ兄貴が嬉しそうに言った。
「うまそうだなじゃないよ、本当にもう。連絡も無しに突然なにしに来たのよ」
「だからさっきも言った通り、最近お前がコソコソと男と会っているらしいって聞いたから偵察に来たんだって」
コソコソってまるで私と佐伯さんが不倫でもしているみたいな言い方じゃない、それって物凄くムカつくんですけど!!
「ま、お兄さんとしては実家を出て一人暮らしをしている妹さんが心配なのは仕方がないね」
「だろ?」
「なに二人して急に分かり合っちゃってるんですか」
さっきまでは一触即発みたいな感じだったのに急に打ち解けちゃって。ビールありますよ?とか今日は車で来たから酒はちょっととか……私を無視して何で仲良くしているのよ。あまりにも打ち解けちゃってるから、そのうち佐伯さんが今夜は泊っていきませんか?なんて言い出すんじゃないかハラハラしてしまった。
「でも自分の兄弟と恋人が仲悪かったら困るのは杏奈さんなんじゃ?」
「何だ、俺とこいつが分かり合ったらいかんのか?」
「こ、こいつって……」
「聞いたところによると俺の方が一つ年上らしいから。だから“こいつ”で十分」
「いくら兄さんの方が年上だからって初対面の人を何て呼び方するのよ……」
「俺は気にしてないよ。そういう職場で慣れているから」
「そういうこと。意外と似ているんだよな、俺達の職場環境って」
いつの間にお互いの職場のことまで情報交換したんだか。
「二人して何だかムカつく……」
「男同士の話っていうのは女には理解できないんだよ」
「あのねえ……」
「ほら、怒ってないで冷めないうちに食べないとせっかくの美味しいピザが台無しだよ」
「玄関先でも人のこと無視してモタモタしていた人達に言われたくありません」
「気を付けた方が良いぞ、こいつ、たまに容赦ないからな」
男二人に女一人ってことで数の暴力には勝てなくてちょっとムカつきながらピザを食べた。とにかく最初の出会いの妙な空気はともかく、佐伯さんとうちの兄貴は気が合うようで、その点に関してホッとしたのは事実。
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