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第六話 井戸の神様 2

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 チーン!

 休憩室にある電子レンジが、派手な音をたてる。ドアをあけると、ふわっとピザとラザニアのいい匂いがただよった。

「いい感じに温まりましたよ、神様」
「おお、良きかな良きかな。早う食べたいのう」
「席に戻ってからですよー」

 熱々の耐熱容器を、ランチョンマットを敷いたトレーに乗せる。

「今の電子レンジって、にぎやか系な音が出るタイプも多いですけど、やっぱりこのシンプルな電子レンジが一番ですね。ザ・できあがりました!って感じで」

 休憩室に置かれている電子レンジは、かなり旧式で温める機能しかない。そのへんは税金で備品を購入している、お役所の現場の悲哀ひあいというやつだ。

「ご希望なら、音を変えますぞ?」

 電子レンジの上にちんまりと座っている、電子レンジの神様が言った。

 この神様は私がここに配属される前からいて、いわゆる八百万やおよろずハローワークの古参の神様の部類だ。全国に点在する八百万やおよろずハロワの物持ちが異様に良いのは、この神様達のお陰でもあった。ただしパソコンに関しては、セキュリティーの問題もあって、問答無用で買い替えられているが。

「いえいえ。私はこの、昔ながらの音のほうが落ち着きます。最近は、洗濯機もにぎやかな曲が出ますけど、落ち着かないんですよね、あれ」
「なるほど。そういう方も、多いのでしょうな」
「意外と私、電化製品に関しては、保守的なもので。じゃあ、今日もありがとうございました」

 そう言って、自分の席に戻る。

「うちのハロワ、なんでもかんでも物持ちが良いですけど、神様って本当にすごいんですね」
「神の働きもじゃが、お前さん達のお陰でもあるんじゃぞ?」
「どういうことですか?」

 イスに座って小さな紙皿にラザニアを取り分けた。

「ここの職員は全員、神が見えるじゃろ? で、さっきのように神にお礼を言ってるじゃろ? そういう感謝の気持ちが、神に力を与えるんじゃ」
「あー、そうだったんですか。あまり気にしてなかったんですけど、そういうものなんですね」

 配属されてきた時から、事務所のいたるところに神様がいたし、先輩達も普通にお礼を言っていた。だから自分も、自然とお礼の言葉を口にするようになっていたのだが、それが神様の力になっているとは知らなかった。

「人と神様の関係って、なかなか不思議ですね」
「人がいなければ神も存在できんのじゃ。つまり共存共栄きょうぞんきょうえいじゃな。おお、おいしそうじゃ!」

 切り分けたピザのチーズが、ビヨーンとのびた。近くに座っていた先輩達も「おお~」と言いながら、その様子を見ている。

「ここのチーズは、北海道の酪農家らくのうかさんと直契約して、作っているそうですよ。めっちゃのびるんです」
「これはなかなか、のびるのう」

 なかなか切れず、のび続けるチーズを見あげた。

「これは前に食べた、トルコアイスに迫るのびですねー」

 ラザニアの横に切り分けたピザを置く。そしてフォークをそえて、神様の前に置いた。

「どうぞ。石窯いしがまの神様ご自慢のピザと、オーナーさんおすすめのラザニアです」
「いただきますじゃ」

 いただきますをして、ピザをかじる。

「焼きたてもおいしいですけど、こうやって温めなおしても、十分においしいですね。一宮いちみやさんじゃないけど、あのお店のリピーターになりそう。あ、飲み物を持ってきます。神様はなにが良いですか?」
「お酒はダメじゃろうか?」

 その言葉にあきれてしまった。

「まだ仕事中ですよ?」
「なら、いつもの水で良いぞ」
「わかりました」

 席を立つと、給水機が置かれている場所に向かう。

「今日はまた、ハイカラなものを食べているんじゃな?」

 給水機の上に座っていた神様が話しかけてきた。

「そうなんです。そのせいでパソコンの神様、お酒がほしいと言い出しちゃって」
「残念じゃが、水でがまんせねばの」

 給水器のお水と、横に置いてあったヤカンのお茶をそれぞれのコップに注ぐ。

「ここのお茶もお水も、すごくおいしいですよね。使っている水って、井戸水でしたっけ?」
「普通の水道の水じゃ。浄水器をつけておるからの。夏もにおわんじゃろ?」
「浄水器と神様のおかげってことですね。いつもありがとうございます」
「なになに。ここの神達も飲む水じゃからな。味にうるさい神がいると大変なんじゃ」
「うるさいんですか?」
「それなりにの。神同士となると容赦なくて困るわい」

 神様はカラカラと笑った。

「なるほど。神同士だと遠慮なく物申すってわけですね」
「そういうことじゃな」

 考えてみたら、仕事が終わって私達が帰宅しても、ここには神様達が残る。人間がいない時間、神様達はどんな話をしているのだろう。意外と私達の失敗談を、酒のさかなにしていたりして。

「あ、そっか」
「なんじゃ、どうした?」
「あ、いえ。井戸の神様が新しい働き先を探しているんですけど、こういう給水器はどうなのかなと」
「まあ、有りじゃないかの? わしも元はそうじゃったから」
「あ、そうなんですか? しまった、先に話を聞いておけば良かった」

 とは言え、井戸の神様が来たのは今朝が初めてだったし、しかたがないと言えばしかたがない。

「人においしい水を飲ませることも好きみたいだし、そこのお宅の皆さんのことも好きみたいだし。今の環境と似たようなところを、次の場所として紹介してあげたいんですけど、悩むところなんですよね。神様はどうでした?」
「わしは神社の井戸を守っておった。そこの井戸水で、手水ちょうずの水をまかなっておったんじゃ」
「なるほど。今とはまったく違う環境ですね」
「そうじゃな。じゃが、今の仕事もなかなか楽しいぞ? 水の味にうるさい神はいるが」
「なるほどー……」

 私の思いと神様の思いは違うかもしれない。井戸の神様が次にここへ来た時は、そのへんのことも話してみよう。

「水はまだかのー? チーズが大変じゃー」

 テーブルでのびるチーズに悪戦苦闘あくせんくとうしている神様の声がした。

「早く戻らないと大変なことになっておるぞ?」
「あ、すみません。ありがとうございます!」
「また何かあれば、話は聞くからの」
「はい! その時はよろしくお願いします!」

 コップを手に、急いで席に戻った。

「お待たせしました」
「このチーズを切ってくれんかのう」
「わかりました」

 神様が持っているフォークでチーズを切った。

「のびすぎるのも考えものじゃ」
「クルクルって巻き取ったら良いんですよ。パスタみたいに。かなりのびるので、巻き取るのも大変ですけど」

 神様がピザを切り、のびたチーズをフォークに巻き取っていく。

「おお、なんとか切れたわい」

 そしてフォークに巻きついたチーズを、おいしそうに食べる。

「ところで給水器の神とは、なにを話していたんじゃ?」
「今日一番に窓口に来た、井戸の神様のことです。新しい居場所の候補に、給水器もありなのかなって。あ、でもやっぱりそこでも、電気の神様との相性ってありますよね……」
「今はほとんどの場所で、電気の神が関わっているからのう」

 そして困ったことに、なぜか電気の神様は、気難しい神様が多かった。

「モーターでくみ上げている井戸らしいので、そこのお宅の電気の神様との相性は、問題なさげなんですけどね」

 ラザニアを食べながら考えこむ。今の家で問題なくても、次の場所で問題が起きないとは言い切れない。そして問題が起きたら、それこそ課長と鎌倉かまくらさんの出番だ。

「まあ、わしみたいに、まったく違うことに挑戦するのも、良いじゃろうがの」
「それは、神様の気持ちしだいですよね?」
「まあの。大事なのは次の場所で、やりがいを感じられるかどうじゃの」
「次の時は、いろいろ話してみる必要がありそうです。あ、神様、食べるスピード、もうちょっと上げてください。レポートを書く時間を、確保しなきゃいけないので」

 腕時計を見ながら言った。私の言葉に、神様がため息をつく。

「やれやれ。わしも付き合わなければならんのか」
「だって、神様、私が使っているパソコンの神様じゃないですか。神様がいないと、話になりませんよ」
「やれやれじゃ。こういうのを社畜しゃちくというのかのう?」
「こんなの社畜しゃちくのうちに入らないでしょ。社畜しゃちくっていうのは、日付が変わっても残って仕事をしている、霞が関かすみがせきの官僚みたいなのですよ」

 ブツブツともんくを言う神様を無視して、自分も食べるスピードを上げた。
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