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第二十二話 ボイラーの神様 3

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 年に一度の設立記念日ということもあってか、やってくる人達の数は、自分が想像しているよりはるかに多かった。

「神様責任者の神様と無事に会えるかな……」

 こちらから声をかけると言われていたが、見まわす限り、来訪者と自衛官さん達の姿しか見えない。

「しかたない、見つけてくれるまでは、中をブラブラしてようかな……」

 課長の話では、駐屯地の開放日には展示物が並んだり、屋台のようなお店が出ているらしい。そこを見物しながら、神様が見つけてくれるのも待つことにしよう。

 そんなことを考えていると、広報の腕章をつけた男性隊員さんに、呼び止められた。

「そちらのかた、よろしいですか?」
「え、あ、はい」

 不審人物と思われたのだろうかと立ち止まると、ニコニコしながら近づいてきた隊員さんに腕をとられた。そしてゲートを一緒に通り、少し離れた場所へと誘導される。ますます不審人物あつかい?と心配になってきた。

「あの、なにか……?」
八百万やおよろずハローワークの、羽倉はくらさんですよね?」
「……え?」

 ハロワの名前が出たということは、不審人物あつかいをされたわけではなさそうだ。この人は一体?

「私、こんななりをしていますが、こちらの責任者をしている神です」
「え?!」

 その言葉に失礼と思いつつ、相手の姿を上から下まで見つめた。どこから見ても自衛官さんだ。もちろん今までの神様責任者達も、人間の姿をしていたが、ここまでなじんではいなかった。

「神様責任者さんなんですか……」
「はい。視察、ご苦労様です」

 そう言って神様は敬礼をする。そのしぐさのせいで、ますます自衛官さんにしか見えない。

「えっと、あの、今日はよろしくお願いします」

 あわてて頭をさげる。

「では、ご案内しますね。ああ、すみません、忘れるところでした。これを、首からかけておいてください」

 神様から、『来客』と書かれたカードがついている、ネックストラップを渡された。

「あ、はい」

 渡されたストラップを首にかける。

「では、まいりましょう」

 横を歩いているのは、どこから見ても自衛官さんで、とても神様には見えない。しかも、たいていの神様は、ハロワ職員以外の人間には見えないのに、すれ違う隊員さん達とも敬礼をしあっている。つまりそのへんの人達にも、姿は見えているということだ。

「あのー……」
「式典と訓練展示を見学したいですか? それでしたら会場に向かいますが」

 ますます広報活動をしている自衛官さんだ。とても神様とは思えない。

「え? ああ、そういうことではなくて、どうしてその姿なのかなあと」

 その言葉に神様は笑った。

「ああ、これですか。自衛官の中には見える人間もいるので、ここでは隊員にまぎれて応対をしているのですよ」
「神様が見える隊員さんも、ここにはいるんですか」
「いろいろな人間が来ますからね、ここ」
「へえ……」

 妙なところで感心してしまう。神様達を見ることができるのは、八百万やおよろずハローワークの職員だけだと思っていたが、実はそうではないようだ。

「それに、施設内を案内するのには、この格好のほうが都合が良いのでね」
「なるほど。中を案内していただくのでしたら、隊員さんが一緒でないと、まずいですものね」
「そういうことです」

 納得しながらうなづく。そして納得すると、様々な疑問が頭の中に浮かんできた。

「あの、私はこのハローワークで勤務を始めてまだ数年なんですが、ここの神様って、どういう神様がいらっしゃるんですか? ボイラーの神様と、コンビニの神様がいらっしゃるのは、わかりましたが」
「そうですねえ……施設内ですと、トイレの神や水道の神がおりますね。あと、ボイラーの神も風呂場担当、空調担当、調理場担当と、わかれております」

 他には電気の神や水道の神様など、自分がよく知っている神様達もいるらしい。

「えーと、戦車の神様とかヘリコプターの神様とか、そういう神様もいらっしゃるんですか?」

 頭の中に浮かんだ、自衛隊にいそうな神様予想を口にする。神様はそれを聞いて笑った。

「あれ? もしかしてハズレですか?」
「いえいえ、間違っていませんよ。八百万やおよろずとはよく言ったもので、ありとあらゆる神がおりますからね、この国には」
「えっとつまり、レーダーの神様とか戦闘機の神様とか、そういう神様もいらっしゃると?」
「くわしくは話せませんが、そんな感じですね」
「は――」

 この口ぶりだと、自分の知らない神様がたくさん存在しそうだ。

「でも、その手の神様の募集って、こちらでは聞きませんが」
「その手の神は、ハロワさんにお願いすることなく、こちらで居場所を斡旋あっせんしているのですよ。基本的にここは、自分達だけで回しているのです。外部から新しい神を招き入れることは、非常にまれなのですよ」
「なるほど」

 きっと神様的にも、さまざまな機密事項的なものがあるのだろう。

「神様の世界も大変ですね」
「まあ、慣れてしまえば気にはなりませんけどね」

 案内された建物に入る。

「今回、そちらのハローワークに紹介していただいたボイラーの神ですが、こちらにいます」

 ほとんどの隊員さんは外にいるらしく、廊下も歩いていてもほとんど人の気配がしない。

「静かですね。こういう場所って、もっとザワザワしていると思っていました」
「普段もこの時間ですと、事務方以外の隊員は、ほとんど訓練で外にいますからね。皆さんが想像しているより、ずっと静かな場所ですよ」

 食堂に入ると、奥の厨房では隊員さん達が作業をしていた。

「もうお昼ご飯の準備ですか?」
「人数が多いですからね。ああ、来ました」

 厨房からエプロンをした隊員さんが出てきた。マスクと帽子で顔がよく見えないが、どうやらあの時の神様らしい。そしてやはり自衛隊の服を着ている。

「ボイラーの神様も、自衛隊仕様なんですね」
「出てくる時だけで、一緒に調理はしていませんがね」

 ボイラーの神様がマスクをとった。

「お久し振りです。あの時はお世話になりました」
「お元気そうでなによりです。今の厨房ちゅうぼうはどうですか?」
「子供達のはしゃぐ声はしませんが、元気に食事をする若い人達を見ているのは、非常に気持ちが良いものですよ」

 ニコニコしている顔を見る限り、この居場所で楽しく、神様の役目をはたしているようだ。

「それは良かったです。続けていけそうですか?」
「ええ、おかげさまで」
「もしよろしければ、食べていかれますか?」

 コンビニの神様が言った。

「え、よろしいんですか?!」
「昼ごはんの時間まで少し時間がありますから、少し時間をつぶしましょう」
「では、のちほど」

 ボイラーの神様は、敬礼をして厨房ちゅうぼうに戻っていく。その敬礼は神様責任者さんのとは違い、少しだけ不慣れなものに見えた。


+++


「おいしいです!」
「それは良かった」
「私、もっと肉肉したものを想像していました」

 目の前に出されたお昼ご飯を食べながら、感想を口にした。今日のお昼ご飯は天丼てんどんだった。付け合わせは、ほうれん草とにんじんのゴマあえと、お豆腐とわかめのお味噌汁。

「自衛隊だからですか?」
「だってほら、肉体派の隊員さんが多いようですし」

 食堂では、集まってきた隊員さん達が食事をしている。さすが自衛官さん、体格の良い人が多い。

「羽倉さんの食事は、お客さん用の盛りつけにしましたが、若い隊員達の量にしたら、食べ切れないと思いますよ?」
「え、そうなんですか?」
「ほら、あれが若い隊員達の食べる量です」

 神様が、席につこうとしている隊員を指でさす。トレーの上にある天丼てんどんは山盛りだった。

「うわー、さすがにあの量は無理です!」
「ですよね。もちろん、肉を使った献立もありますよ。今日はたまたま天丼てんどんですが。ああ、そうそう。新しい神が来てくれたお陰で、揚げ物の評判が良くなりました。天ぷらの衣がサクサクになると、非常に好評です」

 言われてみれば、いま食べている天丼てんどんのてんぷらの衣はサクサクで、とてもおいしい。揚げたてだからと思っていたが、それだけではなかったらしい。

「優秀な神を紹介していただき、感謝していますよ」
「それは良かったです。これからもよろしくお願いします!」

 見守るのが子供達から大人達になったが、ボイラーの神様はこれからも忙しそうだ。
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