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本編

第二十三話 そろそろ天高く馬肥ゆる秋

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「こんばんは~~」

 最近の私の日課は毎晩のようにとうてつに寄って夕飯を食べるのと、籐子さんのお腹の中にいる子に挨拶をさせてもらうことだ。まだ目立って膨らんでもいないのに気が早いって笑われるしお前は旦那かって突っ込まれるけど気にしない。ただ、触ったりするのはお父さんとお母さんの特権だから嫌かな?ってちょっと心配だったから遠慮させてもらってるけど。

「よっこらせ」

 いつものカウンター席に座ると荷物を横の椅子に置いた。閉店間際だからカウンター席は私だけ。徹也さんは“じゃあツグ任せた”って言いながら奥の厨房に引っ込んでしまう。そんな気を遣ってもらわなくても……と思いつつ、徹也さんも籐子さんのことが心配だから大空君と閉店作業を手伝っているって気が付いてからは何も言わないようにしている。

「今日の嗣治さん的おすすめは~?」
「今日は食べる気になったのか?」
「うーん、この時間だと暑いのがマシだから少しは……」

 季節はもう十月が目の前に迫ってきているというのに今年は残暑が厳しい……って感じているのは私だけなのか、ここしばらく夏バテらしく体がだるい。もしかして夏休みに休みなんてとってはしゃぎすぎたせいかな?とか。普段からやり慣れないことはしない方が良いって典型なのかもしれないなって最近では思うようになった。

「モモ」
「え?」

 目を閉じていたらいつの間にかウトウトしていたらしてくて、嗣治さんに声をかけられて慌てて目を開けた。

「大丈夫か?」
「うん、ちょっと疲れたから目を閉じてただけ。もうね、毎日パソコンの画面と睨めっこしているから目がショボショボだよ。視力が落ちないのが不思議なぐらい」

 そんな私の目の前に置かれたのはブルーベリーと色々な果物が入った特製スムージー。これ、とうてつには無いメニュー。少し前に黒猫で“目が~”って冗談めかしに騒いでいたらユキ君が真面目な顔をして作ってくれたもので、嗣治さんがそのレシピを教えてもらって今ここに至るってわけ。勝手に厨房を使うのは公私混同だから良くないよって言ったら、実は家で作ってここに持ってきているだけなんだって。本当に嗣治さんってできた嫁だ。

「食べられるのか?」
「うん、食欲はモリモリだよ」
「そうか」

 嗣治さんは甘鯛の薩摩蒸しと蓮根の胡麻煮、それから栗ごはんを出してくれた。サツマイモが甘くて美味しくてほっこりしちゃうよ。やっぱり秋って食欲の秋だよね、天高く馬肥ゆる秋……あ、健康診断では標準で申し分ないですよとは言われているけど、また体重増えてたりして。

「モモ」
「……なに?」

 呼ばれて慌てて顔をあげる。何でそんな心配そうな顔してるの?

「どうしたの?」
「寝てたろ?」
「え? 寝てなんか……」

 嗣治さんが壁に掛けられている時計を指さす。なに? あれ? なんで十時過ぎ? 私、今夜は少なくとも九時にはここに来てたよね? 私の記憶が一時間近く欠落しているのは何故?!

「私、食べながら寝てた?」
「食べずに寝てた」

 目の前に出されていたものはそれぞれ少し減っているだけで殆ど手つかずな状態。せっかくのご飯が冷めちゃってるよ、勿体ない。そう思いながら慌てて食事を再開する。食事中に寝ちゃうことなんて今まで無かったんだけどなあ……やっぱり夏バテなのかな。栗ごはんの栗をお箸でつつきながら、もしかして年とって体力落ちた?とか考えて愕然としてしまう。まだ私、二十四歳なのに体力下降線とか悲しくない? 内勤ばかりで運動不足が今になって出てきたとか? やっぱりスポーツジムに通って運動した方が良いのかな? いやいや、今の勤務状態でジムに通うなんて物理的に無理だし、逆に体力尽きて倒れるかも。

「モモ」
「はいっ、なに、ちゃんと食べてるよ、食べてるから」

 私があたふたしているのを見て嗣治さんが溜め息をついた。考えごとをしてお箸が止まっていたのを寝ちゃったと思われたみたい。

「そろそろこっちも片づけにはいるから、ちゃんと寝てないで食べろよ」
「分かってるよお……」

 朝は食べるより寝ていたいって人の私だって夕飯はちゃんと食べている。……いや、正確には食べるようになった、が正しいかな。そう言えば旨味成分とかはグルタミン酸で、お肉を焼く時の反応ってのはメイラード反応とか言うやつで、結構お料理にも科学的な要素があるんだなあって最近になって知った。どれもこれも嗣治さんのお蔭。そっちで言われるとすんなりと頭に入るって言ったら桃香らしいって笑われたけどね。

「桃香ちゃん?」
「はい?!」

 げっ、もしかしてまた寝ちゃった?! 籐子さんの声にわたわたしながら半分落としかけていたお箸を握りなおした。うわあ、今夜の私はちょっと酷いよ? 春眠暁を覚えずとか言うけどまだ秋だよ?!

「ごめんなさい、食べながら寝ちゃうなんてお行儀悪いですよね……」
「お仕事、大変なの?」

 隣の椅子に座った籐子さんはこちらを心配そうに覗き込んできた。

「それはまあ、相変わらずって言うか……。でも今年は新しい入ってきた人が思いのほか優秀で少しは楽させてもらってますよ。日付が変わるまで残らなきゃいけないなんてことは無くなりましたし」

 以前はとうてつさんの閉店時間にギリギリ間に合うかって言う日が多かったけど、今年に入ってからはそういうことも全く無いとは言わないけどかなり少なくなった。事件が格段に減ったというわけではなくて、四月に本庁の鑑識から移動してきた二人と新人さん二人がとても優秀で今のところ辞めずに(ここ重要)仕事を続けてくれているから。お蔭で今までよりも各自が手掛ける仕事が少しずつ減って、以前に比べれば人間らしい勤務時間(特に所長は)で働けるようになったってってわけ。

「気持ち悪いとか無い?」
「そんなことないですよ、私、胃袋だけは頑丈ですから」
「急に気分悪くなったりとかは? 眩暈とか?」
「やだなあ籐子さん、私、大丈夫ですよ、体調が悪いとか全然ないですから。ちょっと夏バテが残っているかな~程度で。眠いのは……きっと嗣治さんのせい、です」

 言ってから恥ずかしくて顔が熱くなった。うぎゃー、なに言ってるんだ私!! い、いや、でも間違いなく最近の睡眠不足の一端を嗣治さんが担っていると思う。うん、そこは間違いない。

「桃香ちゃん、一度、お医者さんに行ってきた方が良いと思うわ」
「え? でも私、眠いのは別として元気もりもりですよ?」
「それは分かっているけれど診てもらった方が良いと思うの。ちょっと待っててね、病院でもらってきた診察カードに電話番号があるから控えてくるわ」
「え、いや、そんな……」

 私が止める間もなく籐子さんはお店の奥に姿を消してしまった。仕方ないので途中で止まっていた食べることを再開する。

「……診察カードって籐子さんの?」

 あれ? 籐子さん、診察カードって駅向こうにあるクリニックのやつ? あそこって産科婦人科の専門クリニックで睡眠外来とか無い筈だよね? 首を傾げながらご飯を食べ、それが終わる頃に籐子さんが戻ってきてカウンターにメモ書きをそっと置いた。

「あのう、籐子さん、ここって……」
「私が診てもらっているクリニックだから安心でしょ? 出来るだけ早く行った方が良いと思うわ」
「え?」
「ね?」

 籐子さんの顔を見詰めながら急に頭に浮かんだ二文字があった。まさか?

「えっと……」
「嗣治さんには黙っておくから早く診てもらうのよ?」

 それから数日後、普段通りに家を出た私は職場に体調が優れないので病院に寄ってきますと連絡をして出勤せず、籐子さんが教えてくれたクリニックに電話をかけて診察を予約をした。
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