桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう

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本編

第二十四話 肩こり同盟へようこそ

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少し時間を遡ること数か月。
Blue Mallowが開店して二週間ほど経ってからの出来事。
たかはし葵さんの作品【Blue Mallowへようこそ】とのコラボ作品です。


++++++++++


 そのお店、Blue Mallowが開店したのはいつだったのかははっきりとは分からない。確か二週間ほど前だったと思うんだけど、何せ帰宅するのが遅いってこともあってここの前を通る時はいつもシャッターが閉まっていたから確証は無いんだ。だから開店状態の時を見るのは今日が始めてで、可愛い雑貨を扱っているお店だって今知ったところ。今まで知らずにいたなんて残念無念、知っていたらもっと早くに来ていたのに。

 今日このお店に入る気になったのは今迄つけていた携帯ストラップが割れてしまって、ここで何か気に入ったものを見つけられるかな……なんて考えたから。そんなことを考えながらも自然と他の可愛い雑貨に目がいってしまう。一人で暮らしていた時は好き勝手にあれやこれやと気に入ったものを買って飾っていたけど、今は嗣治さんもいるからそうそう無茶は出来ないし。

 だけど……。

「可愛いな、このニャンコ」

 目についたのはブックエンドになっているニャンコの置物。対になっていて何となくモモニャンとツグニャンに似ている。これ、売り物かな? 私が使っている本棚の上と下にそれぞれ使えるかな~なんて考えてしまった。

「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

 ブックエンドの前で悩んでいた私に声をかけてきたのはこのお店のオーナーさん。確か澤山さん、だったかな。お隣のビルにある黒猫さんに嗣治さんと飲みに行った時にチラリと澄さんから聞いたような気がする。

「あ、えっとですね、携帯用のストラップで何か可愛いのないかなって探してて……」
「それだったらレジの横にありますよ、こちらです」
「あの、それとこれなんですけど、売り物です?」

 そう言いながら猫の置物を指でさす。するとオーナーさんは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

「申し訳ありません、これは売り物じゃなくてディスプレイ用の置物なんです」
「ああ、そうなんですか。そう言えば値札、貼ってませんものね。すみません、可愛いから売り物なのかなって思っちゃって」
「ごめんなさい、紛らわしい置き方してしまって」
「いえいえ。よく見なかった私も悪いので。ストラップ、見せてもらいますね」

 ちょっ残念だなと思いつつ、休みの日にここの前を通ればこの猫の置物を見られるって分かっただけでも良いかも……なんて考える。売り物じゃなければ無くなることも無いだろうし、ちょっと癒される為にここまで足を運ぶのも良いかもしれない。

 そしてレジの横にたくさんある携帯用のストラップに目をやった。想像以上に色々と可愛いのがあってこれは迷っちゃうかも。どうしよう、直ぐには決められない、だけど何も買わずに出るのも申し訳ないしどうしたものか……。あれこれ手にして悩んでいると救いの神が元気よくお店に入ってきた。七海ちゃんだ。

「あ、桃香ちゃんだ~おひさ~~」
「七海ちゃん、いいところに来てくれた。携帯ストラップ選んで!」
「えー? 自分の好きなの選べば良いじゃん」
「だって可愛いのがいっぱいで決められない……」
「ああ、可愛いのが多くて迷ってるんだね、その気持ちは良く分かるよ。これね、殆どが璃青さんの手作りだよ~」
「璃青さん?」
「うん」

 七海ちゃんは頷きながらカウンターの向こうに立っているオーナーの澤山さんに目を向けた。どうやら二人は顔見知りらしくて親しげにお喋りを始めている。そっか、璃青さんって名前なのか、ちゃんと覚えておこう。七海ちゃんは澤山さんとあれこれ話しながらストラップを眺めたり手に取ったりしている。ううう、なんだか恋愛運とか魔除けとか健康運がどうしたこうしたって話をしながら選んでくれているんだけど、私には未知の世界過ぎて何が何だかさっぱりだよ。

「桃香ちゃんならやっぱりピンク色のイメージだよね、これなんてどうかな」

 そう言いながら七海ちゃんはピンク色の石がついたストラップをフックから外して差し出してきた。

「これも璃青さんの手作りだよ。えっと、これはローズクォーツだっけ?」

 七海ちゃんの言葉に澤山さんが頷き、その横についている小さな赤い石はインカローズよって教えている。鑑識でも鉱石が検出されることがあって色々な名前があがるけれど、アクセサリーで使われる石って名前からして可愛いんだなあ。

「へえ……なんだかこういうの作るのって肩こりが凄そうだね……」
「そうなんですよ、肩こりが凄いんです!」

 何気なく呟いた言葉に澤山さんが頷いた。

「目も疲れそう……」
「はい、かすみ目になるから目薬必須です!眼精疲労っていうんでしょうか。肩だけじゃなく頭も痛くなることがあるんですよ」

 アクセサリー作りなんて私には無縁の世界だと思っていたけど、どうやら目の疲れと肩こりという分野では私の仕事と共通項があるらしい。確かに細かい作業の連続って感じがするもんね、こういうのって。どうやって作るのか見当もつかないけど。

「桃香ちゃんも仕事のせいで肩こりが酷いっていつも言ってるもんね。良かったじゃん、肩こり仲間ができてさ」
「七海ちゃん、そんな仲間、嬉しくないよ?」
「でも、お兄さんは理解してくれないんでしょ?」
「それはそうなんだけど」

 嗣治さんは何故か肩こりとは無縁らしくて肩こりの辛さが良く分からないらしい。たまに揉んでくれるんだけど自分が肩こりした経験が無いものだから、まったく明後日な場所を揉んでくれるものだから全然気持ち良くないないんだよね。何でも出来る嗣治さんだけど肩もみに関してだけは全くダメダメなのだ。

「あの……桃香、さん?」

 澤山さんがおずおずと言った感じで私に声をかけてきた。

「はい?」
「私、ここに来たばかりで同世代の同性のお友達っていないんです。もしよろしかったら今度、黒猫さんで肩こり談義でもしませんか?」
「はい?」
「えぇと、普通にお茶でも構わないんですけど、七海ちゃんから聞いたところによると平日はお仕事で遅いってことですし、お休みの前の夜に黒猫さんならどうかなって。あの、嫌なら別にかまわないんです! ちょっと同世代の方がみえたので嬉しくて、つい……。これから仲良くしてもらえたら嬉しいな、って」
「肩こり仲間だしね」

 七海ちゃんがニヤニヤしながら言葉を挟んできた。

「七海ちゃん」
「なに?」
「もしかして今日ここにきたのは私が来たの分かったから?」
「んなわけないじゃん。桃香ちゃんがいつ来るかなんて分かるわけないでしょ?」

 無邪気な顔して私を見ているけど非常に怪しい、物凄く怪しいよ、七海ちゃん。まあ怪しい七海ちゃんのことはさておき、私もこの周辺で同い年ぐらいのお知り合いって少ないから澤山さんと仲良しになれるのは嬉しいかもしれない。

「私、仕事が超不定期でなかなか都合がつかないかもしれないんですけど、そんなので良ければ肩こり談義しましょう。うちの旦那さん、まったく肩こりに理解が無くて困ってるんですよ。この辛さを分かってくれる人とゆっくりお話がしたいです」

 そう答えると澤山さんは嬉しそうに笑った。最初はちょっととっつきにくい人かなって思っていたけど、こうやって笑うと可愛いしガラリと印象が変わる。うん、この人はいい人だ。肩こりを理解してくれているからって訳じゃないけどね。

 そんな訳で私と澤山さん……璃青りおさんは早速、第一回目の肩こり談義をするべく夜になってから黒猫さんに行く約束をした。未成年の七海ちゃんは黒猫さんに一緒に行けるのはもう少し先だねって二人で言ったら、少し不満げな顔をしていたけれどこればっかりは仕方が無いね~って笑った。
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