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本編

第三十話 猫舌娘の恋愛話? side-桃香

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たかはし葵さん作【Blue Mallowへようこそ】とのコラボエピソードです。


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「そろそろ引っくり返して良いわよ」

 森崎さんの旦那さんが少し首を傾げたタイミングで奥さんが元気よく私達に指示を出す。広がりすぎることなくこじんまりした形のまま下のキジがしっかりと固まっているので簡単に引っ繰り返すことが出来た。なるほど、こうすれば中身が飛び散らなくてすむのねと璃青さんも納得したように呟く。ここで気持ち的にはコテでギュッて鉄板に押し付けたいんだけど駄目なんだよね、きっと。コテを持った手をウズウズさせて旦那さんを見れば、太い眉毛がピクリと動いた。あー……断固禁止って顔してるよ。

「鉄板に押し付けてしまいたいって顔をしているけどそこは我慢ね。飛び出した具を押し込むのと形を整えるぐらいで我慢して」

 他のお客さん達も何気に興味深そうにこちらを見ている。他の人達はどうやら旦那さんに先に焼いてもらったみたい。

「でも分厚いままだとそれなりに時間がかかりますよね」
「そうよ。だからビール飲んだり単品の料理を食べたりしてお喋りしながらって感じかな。家で焼く時は蓋をして蒸し焼きみたいにすると、それなりに早く焼けるわよ。そうするとフワフワになって美味しいから一度試してみて」

 旦那さんが厨房に戻り何かお皿を手にして戻ってくると私達の前に置いた。大根サラダとバターコーン。サイドメニューに載せてあったのは見たんだけど、私と璃青さんはとても食べれそうにないから注文しなかったんだよね。だってこうやって見るとお好み焼き、けっこう大きいよ。

「それでも食べて待ってろってことね。あと一回引っ繰り返したら出来上がりだから頃合を見て来てあげるから、それを食べながら待ってて。あ、それ、ウチの人からのサービスだから遠慮なくどうぞ」

 奥さんがヒラヒラと手を振りながらお店に入ってきたお客さんのところへ行ってしまい、旦那さんも厨房へと戻っていった。

「色々とつまみながらお喋りして焼けるのを待つっていうのが流儀なのね、きっと」
「お喋り好きな大阪の人達らしい楽しみ方ですよね。あ、きっと大阪ではこういう時に地元のプロ野球チームとかサッカーチームとかの応援しながらワイワイやるんですよ、きっと」
「テレビでもそういうシーンがあるものね」
「ですです」

 テレビで出てくるローカルな情報なんて極端すぎて信用できないものが多いって言うけど、こと大阪に関してはそのまんまなのかな?なんて思っちゃったりして。だけど御主人も奥さんも関西弁じゃないんだよね、その点は不思議だ。もしかして大阪の人じゃないとか?

 大根サラダをつつきながら二人で近況報告をしてしばらくすると目の前のお好み焼きがいい感じに焼けてきた。もしかしてもうそろそろ引っくり返して良いのかな? そんなことを思っていると奥さんが見計らったようにやってきてコテで裏を確認する。

「はい、もう一度引っくり返して良いわよ」
「やった♪」

 二人で揃って引っくり返すと美味しそうな焦げ目がついていた。そこに刷毛でソースをぬって青海苔と鰹節をかけて出来上がり。やった~やっと食べられる♪

「マヨネーズを最初からぬっちゃう場合もあるんだけど、まずはそのままで食べてみてからお好みでソースを足したりマヨネーズを足したりしてね」
「はーい」

 目の前でクネクネと踊っている鰹節を眺めながらコテで切り分けてようとすると奥さんがストップをかけてきた。あれ? なんか違う?

「お好み焼きはピザやホットケーキみたいには切らずに四角くなるように切っていくのよ、お二人さん。こんな感じで。まあ最初の四等分ぐらいは普通に切れば良いけど。ま、あとは御自由に。コテに拘らずに割り箸で普通に食べたら良いからね」

 そう言ってコテで切る動きをして見せてくれた。なるほどなるほど。もしかしてこれでお好み焼きの焼き方はマスターできたかな?なんてクスクスと笑いながら璃青さんと二つの丸いお好み焼きをそれぞれ切り分けていく。そして小皿に乗せて一口パクリ。

「「……あつっ」」

 二人して同じ言葉を発してしまったて思わずお互いに顔を見合わせてしまった。

「璃青さん、もしかして?」
「桃香さんも?」

 二人して猫舌だったとは意外な共通点に驚き。焼き立てだし鉄板の上だからなかなか冷めないアツアツのお好み焼きを二人してフーフーしながら食べた。

「じゃあ神神さんの小籠包なんて食べたら飛び上がっちゃいますね」

 私の言葉に璃青さんも頷く。

「猫舌だって分かっているから熱いものは避けてるんだけど、食べたいものもあるから悩ましいのよね」

 特にお店の人が見ているとなれば、冷めるまで置いておくのも申し訳ない気がして無理して食べて口の中を火傷する……そんなことを何度も繰り返しているのは私だけじゃないって分かって安心した。

「そういう意味では職場にもっていくお弁当は私にとって安心安全な食べ物なんですよ」
「お弁当持って行ってるんだ」
「まあ何ていうか……放っておくと何を食べるか分からないって嗣治さんが作ってくれているんです。結婚する前からなので、もうかれこれ一年以上になるかなあ」
「結婚する前から?」
「はい。なにせ私、嗣治さんの職場の前で行き倒れていたところを助けてもらったのが馴れ初めでして」

 誰に話しても“は?”な顔をされるんだよね。籐子さんのお兄さんも私達の馴れ初めの話を聞くと口をあんぐり開けていたし、話の後に嗣治が嫁だって言われているのが分かったような気がするって納得されちゃったし。璃青さんもお好み焼きを食べようとしていた手が途中で止まっている。

「最初がそんなのだったんで自分が世話しないと私が飢え死にすると思っちゃったみたいで。多分、今もそうだと思います」
「それがどう恋愛に発展して結婚まで?」

 あ、そこを聞きたいです? 改めて聞かれると実のところ困っちゃう話ではあるんだ。だって実際のところどうしてなんだか自分でも未だに良く分からないって思うことがあるから。だからと言って嗣治さんと結婚したことを後悔しているって訳じゃなくて。

「さあ……どうしてなんでしょう、実のところ私も良く分からないんですよね。気がついたら一緒にご飯食べたりお家で料理したりしてそうやって二人でいるのが当然みたいな雰囲気になっちゃってて。これからもずっと一緒にいたいなって思えたのは嗣治さんが初めてだったし、嗣治さんも同じ気持ちだったから結婚したっていうか」
「そんなものなの?」
「あ、もしかして大恋愛の話なんての期待してました? 残念ながらそういう盛り上がった話って無いんですよね、私達。一番の盛り上がりなんて嗣治さんのお父さんに会った時に少しもめことぐらいかも」

 その時だって結局のところ籐子さん達がそれとなくフォローしてくれて丸く収まったって感じで、嗣治さんが怒髪天になったのは別として二人でどうのこうのしたって程のことも無かった。

「でもね、恋愛って人それぞれじゃないですか。こうじゃなきゃいけないって形なんて無いと思うんですよ。だから、人からみたら大した盛り上りも無かった恋愛?な話かもしれないけど、私と嗣治さんにとっては出会ってから結婚するまでの一年って凄く貴重な一年間だったんです、色々な意味でね。だからドラマみたいな恋愛と取り換えて欲しいかって言われたら迷わずNOって答えるかな」

 それに、と付け加える。

「結婚することで悩まなかったって訳じゃないんですよ。何て言うか私みたいな仕事中毒な人間と結婚して嗣治さんは幸せなのかなって、これでも一応は人並みに悩んだんですけどね。それを嗣治さんに話したら話す端からあっという間に片付けちゃって……悩んでいた私の時間はなんだったのって」

 フーフーしてお好み焼きを一切れ口に入れる。うは、まだ私てきにはアツアツかも!!

「それで? 璃青さんはどうなんですか? 私ばっかに語らせて自分はだんまりってことはないですよねえ?」

 えへっ、ちょっと強引ではあるけど璃青さんに水を向けてみた。だってせっかくの女子会だし、私だってお節介と言われようが野次馬根性丸出しと言われようが璃青さんとユキ君が一体どうなっているのか知りたいんだからね。

 ただ、まさか璃青さんが愚痴りモードになるとは思ってなかったんだ。まあお蔭でお好み焼きが程よく冷めてくれて火傷することはなかったんだけど。もしかして森崎さんちの生苺サワーって凄くアルコール度が高かったのかな?
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