桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう

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本編

第三十五話 中毒再発の気配? 3

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「ワオーン」

 駅を降りて空を見れば大きなお月様がぽっかりと出ているのが見えたので小さな声で遠吠えを真似てみる。

 なんでも今夜は十三夜のお月見の夜ってことで、今夜は彼女とお月見デートなんすよって澤山君のテンションがめちゃくちゃ高かったな。今頃は彼女さんとこの月を見上げている……なわけないか~。狼さん出現だよね、きっと。そんなことを考えたら楽しくなってきて疲れも少しだけマシになった。

 とは言え、澤山君が残業せずに帰ることが出来るのは仕事が暇になったと言う訳ではなく、目ぼしい遺留品検査が持ち込まれてこないってだけで例の事件は未だに未解決のままで一課が容疑者を探している状態だし、芦田さんは強盗事件がこれで終わるとは思っていないようで世の中は皆が考えているほど平和ってわけでもないのが現状。次の事件が起きるまでに何とか犯人が捕まれば良いんだがって話していた。

 そう言えば……ここの近くにもマンションに大きな企業の社長さんの御自宅があったような。確か重光先生と同じマンションだった筈。あ、しかも重光先生と言えば、お父さんの方の元重光議員だってかなりの資産家だって話だよね。ちゃんと警ら隊がパトロールしてるのかな? その点は警察に抜かりはないとは思うけど芦田さんに聞いてみなきゃ。

「こんばんは~」

 いつものように閉店時間が迫っているとうてつさんの暖簾をくぐる。今夜は週に一度の残業デー(いつのまにか決められていてその日以外は何故か職場を追い出されちゃうんだよ、私てきには物凄く納得いかない)で、ちゃんと遅くなるってあらかじめ決まっている曜日なので嗣治さんが店先で仁王立ちなんてことはない。

 だけど相変わらずカウンター席につけば何を食べた、いつ食べた、なんていう一課の芦田さん顔負けの尋問が待っているんだ。なので最近はちょっと工夫してみることにして、食べるものを写メして嗣治さんに送ることにした。ちゃんと食べてますよ~ってアピールのために。

「オススメにお団子があるんだね」

 ほくほくの栗ご飯を食べながら目についたのは手書きのメニューに月見団子の文字。お月見と言えばお団子だよね。そう言えばそれぞれのテーブルにはススキやイガ栗が飾られていてそれらしい雰囲気になっている。こういうのってさすがだな~っていつも思うんだ。黒猫さんもそうだけどお店に行くとその季節らしい飾り付けがされていて、それを眺めているだけでも結構楽しいし。

「団子、食うか?」
「食べたい!」
「何がいい?」

 籐子さん直筆のお品書きには、みたらし、胡麻、いそべ、焼いて醤油を塗ったもの、あんこ……五種類の味があるみたい。ううう、悩んじゃうな、全部それぞれ一個ずつ食べたいなんて言ったらきっと叱られちゃうかな。かと言って一本ずつ五種類頼むのはいくら甘い物は別腹とは言え食べ過ぎだよね……。

「えっと、みたらし」
「何本?」
「ん~と、一本」

 嗣治さんは何か言いたげな顔を一瞬だけして分かったと言ってお団子の準備を始めた。その間、私はいつもの紫色のスムージーを飲みながら待つ。しばらくしてお団子が乗った厚手の小皿が目の前に出された。

「いただきま~す♪」

 出来立てのお団子って柔らかくて美味しい。ちょっとした幸せを感じながら食べていると嗣治さんの手が伸びてきて小皿にもう一本お団子が置かれた。あれ? 私、頼んでないのに。チラリと嗣治さんの顔を見ればモモの考えなんてお見通しだって顔をされてしまった。実は二本って言いたかったのを我慢して一本って言ったんだけど、それがしっかりバレていたった話?

「き、きっとお腹の赤ちゃんが欲しがってるんだよ!」

 今更だけど大食いだって思われたくなくて思わず言い訳を口にしてみたけどそれもお見通しだよね、きっと。

「……モモ、最初から二本食べたいって言えばいいだろう」
「え、えへっ」

 ……お団子、美味しかったです、うん。


+++++


「お団子美味しかった♪ あれっておやつに持って行ったら駄目かな」
「職場に?」
「うん」
「固くなるから美味しさは半減するが、まあ出来なくはないだろ。なんだ、作って欲しいとか?」
「休み明けに持っていくことにすれば作るの手伝えるし」
「なるほど。五種類とも全部食べたいってことだな」
「そんなこと言ってないよ!」

 なんでバレたかな……。

 職場に持っていくお団子の種類を話し合いつつ、二人で商店街ではなく昌胤寺の前の裏通りを歩きながら空を見上げればさっき駅で見た大きなお月様が。なんだかさっきより大きく見える気がするのが不思議。

「モモ、上ばかり見て歩いていたら転ぶぞ」
「え、ああ、うん。綺麗なお月様だから。写メ、撮れるかな?」

 立ち止まって携帯を向けてみたけど撮れた写真はぼんやりと滲んだ光の塊みたいになってしまっている。うーん、科学雑誌に載っているように撮るのはやっぱり無理か、残念。

「携帯だとちょっと無理があるね……カメラと三脚なら家のベランダから綺麗なの撮れるかな」
「モモ、明日も仕事なんだろ?」
「だって悔しいじゃない、せっかく綺麗なお月様が出ているのにボンヤリしたチーズの塊みたいな写真しか撮れないなんて。せっかく晴れて綺麗なお月様が見えるんだもん、綺麗な写真が撮れるかチャレンジする」
「やれやれ……明日の朝、起きれないとか言っても知らないぞ?」
「そんな夜更かししませんー」

 そこへ後ろから赤色灯の点滅と共に車が近づいてくる気配。嗣治さんが私の肩を抱き寄せて端っこに寄るとパトカーがゆっくりとした速度で通り過ぎていく。運転している人を見れば見知った人で、あちらも私に気が付いたのかこちらをチラリと見て手を上げてきた。確か運転していたのは所轄警察署の警ら隊の人で森下さん、そして助手席に座っていたのは同じく四谷さん。轢き逃げか何かの事件の時に調査結果を届けに行って顔を合わせたことがある人達で、それ以後も何度か会っている。

「顔見知りか?」
「うん。松柴署にいる警ら隊の人」
「珍しいな、この辺りをパトロールしてるなんて」
「そうだね」
「もしかしてモモが調べている事件絡みか何かか?」
「さあ……私達は捜査に関しては何も教えてもらわないから。今の挨拶も私のことを覚えていたからだと思うし、特に意味は無いと思う」

 と言うのは建前で。

 今回の事件に関しては詳しいことは聞かされていないけど、ある程度の捜査の進捗状況などは現場の捜査に参加していない私達の耳にもそれなりに入ってくる。とくに芦田さんはうちに入り浸る人だから嫌でも耳に入ってくるんだよね。あれは絶対に私達に何か新しい発見は無いのかとプレッシャーをかけているんだと私は踏んでいる。で、今の森下さんが挨拶をしてきたのもそれなりに意味はあるんだと思うんだ。

 ああやって普段はしないパトロールをしているのを見掛けてしまうと色々な可能性が頭に浮かんできてしまう。もしかしたら次のターゲットにされそうな人のお宅付近を巡回しているの?とか。今度それとなく上から何か通達が来ているのか真田さんにでも聞いてみようかな。


+++


「モモ、俺が休みの時に遅くなるようなら迎えに行くから絶対に連絡しろよ」

 自宅に戻ると寝室のクローゼットに仕舞い込んでいたカメラと三脚を引っ張り出した。本気で撮るつもりなのかと嗣治さんは呆れた顔をしていたけど私は本気なの!って返事をしてそれをベランダに運んでもらう。そしてベランダでカメラを覗き込んでいた時に急に嗣治さんがそんなことを言い出したものだから驚いて振り返った。

「急にどうしたの?」
「以前なら痴漢に遭っても急所を蹴り上げて走って逃げろって言えば良かったが、今はそれが出来ないだろ? だから」
「裏道を通らないで商店街の中を通れば安全だよ。遅くなっても明るいし」
「返事は?」
「だいたい嗣治さんの休みの時は遅くならないようになってるから……」
「返事」
「……」
「……」
「……分かりましたぁ、嗣治さんがお休みの時に遅くなるようなら連絡するようにします~」
「なんだ、その嫌そうな返事は」
「だって急にそんなこと言い出すんだもん、せっかくお月様の写真を撮ろうとしてるのに」

 とブツブツ言いはしたものの、きっとさっきのパトカーを見て何か物騒なことが起きているんじゃないかって考えちゃったんだろうなって想像はできる。だから嗣治さんを安心させる為にちゃんと連絡するってもう一度言ったら宜しいって頷いていた。

「綺麗に撮れてると良いな~」

 新品のフィルムを使い切ってからカメラと三脚を片付けながらアッと声をあげた。

「ねえ、今夜はお供え物をしてお月見しなくても良かったのかな……」
「ああ、十五夜の時してなかったから今回はしない方が良いな」

 嗣治さんが言うには十五夜のお月見をしたなら十三夜のお月見もしなきゃ「片見月」と言って縁起が悪いんだとか。つまりは十五夜のお月見をしていないなら今夜のお月見はしない方が良いということらしい。

「あれ? 十五夜の時、確かお団子作るとか言ってたよね」
「そうなんだが……モモ、寝ちまってただろ?」
「あ……」

 そうだった。十五夜のお月見を楽しみにしていてお団子も作ろうねってその前の日に話していた筈なのに、私、その日は仕事から戻ってきて爆睡しちゃったんだった。

「え、じゃあ嗣治さんもお月見してないの?」
「俺が十五夜の月見をしたら今夜の月見をしなくちゃいけなくなるじゃないか。そうなると桃香が片見月になるから縁起が悪い。だったら最初から今年の月見はしないって方がお互いの為だろ?」
「……なるほど。ゴメンね、起こしてくれたら良かったのに」
「ま、来年の楽しみにしておけば良いさ。家族三人で月見をしよう」

 そう言って嗣治さんは三脚とカメラを寝室へと運んでくれた。
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