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本編
第三十七話 二人で夜更かし
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「ねえねえ、嗣治さん」
「却下」
「……まだ何も言ってないじゃない」
ある日、ちょっとしたニュースを見た後、仕事から帰ってきた嗣治さんにワクワクしながら話しかけたらいきなりこれ。何も話していないのにってふくれて見せたら嗣治さんは溜め息をつきながらソファに座っている私の横に腰を下ろした。
「あのな、モモ。俺だって新聞も読めばテレビも見てるんだぞ。モモが何を言い出すかぐらい分かってる。特にあの写真を飾っているのを見れば」
そう言って嗣治さんが指差したのは壁に飾ってある額縁入りのお月様の写真。先月の十三夜の時に撮った写真が思いのほか綺麗に仕上がっていて写真屋さんの御主人にも褒めてもらった私の秀作。綺麗なお月様でクレーターまではっきりと写っている。望遠レンズまで引っ張り出したかいがあったと嬉しくなっちゃって、一番の出来栄えだと思ったものを引きのばして額縁に入れてみたのだ。最初にそれを見た嗣治さんは、これ、飾っておいてお供え物して拝みでもするのか?って首を傾げていたっけ。
「寒くなってきたこの時期に夜更かしして外にいるなんてとんでもないぞ」
「だから私、まだ何も言ってない……」
「これだろ?」
嗣治さんが手にした今日の朝刊。そして広げた紙面は市民版のところでここ暫く夜空を賑わわせている獅子座流星群の特集が組まれていた。朝、新聞を取り込んでからしっかりチェックしていたの気づかれたのかな。
「今日の深夜がピークって書いてある。ってことはモモが考えていることは一つしかないじゃないか」
「別に写真を撮ろうと思ってるわけじゃなくて、今年は大出現するかもしれないって言ってるんだよ? 新月だしお天気も晴れそうだし、次の日も休みだし……だから見たいなあって」
「寒い中、外で空を見るとか、風邪でもひいたらどうするんだ」
「でもでも! 厚着して外に出るし、あ、毛布でグルグル巻きにして出たらきっと寒くないよ」
だって一生に一度見ることが出来るかどうかの大出現が期待できるって書かれているんだもん。それに昨日の深夜も結構大きな火球が観測されたって言うし、何が何でも自分の目で見たい。しばらく二人して無言の押し問答が続いて途中で嗣治さんが唸るような溜め息を吐いた。やった! 勝ったかも!!
「風呂に入った後、俺が指定した完全防寒状態にならないと駄目だからな。それと毛布でくるまること。最低限ここまでしないと直ぐに部屋に逆戻りだから」
「うん、ちゃんと厚着するから大丈夫♪」
「それと俺も一緒に見る」
「嗣治さんも?」
驚く私に向かってちょっとしかめっ面を向けてくる。文句でも?ってな顔だけど、とんでもないよ、一緒に見れたら良いのになって思ってたんだから。だけど嗣治さんは明日も仕事だし遅くまで起きているのは無理だと思っていたから諦めてた。ほら、寝不足まま仕事に行ったら、仕事中にボーッとなっていつかのクッキーみたいに作る量を間違えちゃったら困るし。
「なんだ、文句あるのか?」
「そうじゃなくて、先に寝ちゃうつもりだと思ってたから」
「俺も明日は遅出だから遅くまでモモの流星観測に付き合う」
「やった~♪」
嗣治さんの考える完全防寒ってなかなか凄いと思い知らされたのはそれから数時間後。お風呂に入ってフランネル地のパジャマを着たところまでは何も言われなかったから、後で上から色々と着込めば良いやぐらいに思ってた。そろそろ見え始める時間って時に、嗣治さんは予備の部屋に行って何やらゴソゴソし始めた。
「嗣治さん、何してるの? そろそろだよ」
「分かってる」
部屋から引っ張り出してきたのはクローゼットに押し込んであった予備のマットレス。それをベランダに置いているのを見て首を傾げる。うちは角部屋だから何気に他のお宅よりバルコニー部分が広くてこういうものが楽に置けるだけのスペースがある。だから花火もここで皆で飲みながら見物できるというのが、ここを買った時に不動産屋さんが推していたおすすめポイントだった。だけどそれはイスを置いたりするのであって、こういうマットレスを置くことは想定されていないと思うんだな。
「なんでマットレス?」
「いくら厚着をして靴下を履いたってコンクリの上に長時間座っていたら腰が冷えるだろ? だから」
「なるほど、この上に座ればそれほど冷えないってことだね。なんだかピクニックみたい」
「ピクニック、か。だったらもっとそれらしくするか?」
「それらしく?」
「ポットにココアでも入れて持って出るとか」
「うん、それ楽しそう!」
「ココアは俺が用意するからモモはちゃんと厚着をしてこい、用意しているのを全部その上から着るんだぞ」
「分かった~」
嗣治さんに言われて急いで部屋に戻ると、そこには私が着なきゃいけないと嗣治さんが判断した服が置かれている。つまりはこれだけ着なければ出してもらえないってことだよね。パジャマの上から嗣治さんのフランネルのシャツを着て厚手の靴下を履く。それからモコモコのジャンパーに毛布に……。なんか着ぶくれして凄いことになってるよ。でも流星群を観る為だもんね、多少の不恰好さは気にしない。毛布を抱えてベランダに向かうとそこから空を見上げた。
「嗣治さん、早く早く。今、一つ流れたよ」
「そんなに急に流れ始めるものなのか?」
「そうみたい、これから明け方近くまでずっとなんだって。ねえ、リビングの電気、消して良い? ここが明るいと観にくいから」
「ああ」
リビングの照明を消すとキッチンの明かりを除いて真っ暗になる。確かここ暫くは星空の観測をしたい人達の為に松平市内全域でビルにある看板などの照明はこの時間になると落とされるらしい。防犯上どうなのかっていうことも問題にはなったみたいだけど、せっかくの天体ショーなんだから皆で楽しみましょうというのが市長さんの考えなんだって。なかなか粋なことをするよね、うちの市長さん。
今夜は晴天でしかも新月。駅ビルのライトも消されていて何となくいつもより夜空の星がクッキリハッキリ見えているような気がする。上を見上げていると音もなく光がスーっと流れた。うわあ、綺麗。これだけ長く見れるってことは願い事を三回唱えることが出来るかも!
「モモ、毛布をちゃんとかぶれ」
「うん、凄いよ、いま、大きいのが流れた」
「分かったから、ほら座って」
マットレスに座ると嗣治さんが後ろから抱きしめるような感じで座ってくる。
「嗣治さんも寒いでしょ? 一緒に毛布にくるまれば温かいよ」
「やっぱり寒いんだろ?」
「そんなことないですー。純粋な善意なんだからね、ほら、早く入ってくれないと本当に私が寒くなっちゃうよ」
二人で一つの毛布にくるまって空を見上げるのって何だか楽しいかも。魔法瓶タイプの水筒からコップにココアを注ぐと湯気がフワッと立ってチョコレートのいい香りが漂った。それを口にしながら空を見上げていると、ポツリポツリと流れ星が見え始める。
「思っていたより数が多いな」
「うん、それにハッキリ見えるのが……うわあ、凄いことになってきたっ」
それまでポツリポツリと見えていた流れ星が急にその数を増やして空は凄いことになり始めた。数が多いねって言っていたさっきとは比べ物にならない数の流星が長い光の尾をひいて流れている。後にこの時の流星群は大流星雨と呼ばれることになるんだけど、とにかく凄くてしばらく二人して話すこともココアを飲むことも忘れて空を見上げていた。それから急にシュウッって音がして真上をオレンジ色の大きな光が通り過ぎていく。
「今の火球だよね?!」
「音まで聞こえるなんて凄いな」
「ビデオカメラで撮影している人、いるかな。明日のニュースでまた見れたら良いのに」
「そうだな、うちのカメラやビデオではちょっと難しいかもしれないしな」
お月様みたいにそこでじっとしてくれていたらチャレンジしてみようかなって思うけど、この流星群を写真に撮るのはちょっと難しそう。だから今のうちにしっかりと見て記憶に留めておかないと。
「ね? 見て良かったでしょ?」
「その返事は保留。数日後にモモが風邪をひかないまま元気でいたら今夜の流星群観察はなかなか良かったって言ってやる」
「うわあ、なにそれ」
「何か文句でも?」
「……ありません」
「よろしい」
ちょっと首は痛くなっちゃったけど結局その日の夜は明け方近くまで二人で空を見上げることになった。
で、保留になった嗣治さんの感想はどうなったかって? 私が盛大なクシャミを連発したことに対して風邪か否かでちょっともめたとだけ言っておこうかな。
「却下」
「……まだ何も言ってないじゃない」
ある日、ちょっとしたニュースを見た後、仕事から帰ってきた嗣治さんにワクワクしながら話しかけたらいきなりこれ。何も話していないのにってふくれて見せたら嗣治さんは溜め息をつきながらソファに座っている私の横に腰を下ろした。
「あのな、モモ。俺だって新聞も読めばテレビも見てるんだぞ。モモが何を言い出すかぐらい分かってる。特にあの写真を飾っているのを見れば」
そう言って嗣治さんが指差したのは壁に飾ってある額縁入りのお月様の写真。先月の十三夜の時に撮った写真が思いのほか綺麗に仕上がっていて写真屋さんの御主人にも褒めてもらった私の秀作。綺麗なお月様でクレーターまではっきりと写っている。望遠レンズまで引っ張り出したかいがあったと嬉しくなっちゃって、一番の出来栄えだと思ったものを引きのばして額縁に入れてみたのだ。最初にそれを見た嗣治さんは、これ、飾っておいてお供え物して拝みでもするのか?って首を傾げていたっけ。
「寒くなってきたこの時期に夜更かしして外にいるなんてとんでもないぞ」
「だから私、まだ何も言ってない……」
「これだろ?」
嗣治さんが手にした今日の朝刊。そして広げた紙面は市民版のところでここ暫く夜空を賑わわせている獅子座流星群の特集が組まれていた。朝、新聞を取り込んでからしっかりチェックしていたの気づかれたのかな。
「今日の深夜がピークって書いてある。ってことはモモが考えていることは一つしかないじゃないか」
「別に写真を撮ろうと思ってるわけじゃなくて、今年は大出現するかもしれないって言ってるんだよ? 新月だしお天気も晴れそうだし、次の日も休みだし……だから見たいなあって」
「寒い中、外で空を見るとか、風邪でもひいたらどうするんだ」
「でもでも! 厚着して外に出るし、あ、毛布でグルグル巻きにして出たらきっと寒くないよ」
だって一生に一度見ることが出来るかどうかの大出現が期待できるって書かれているんだもん。それに昨日の深夜も結構大きな火球が観測されたって言うし、何が何でも自分の目で見たい。しばらく二人して無言の押し問答が続いて途中で嗣治さんが唸るような溜め息を吐いた。やった! 勝ったかも!!
「風呂に入った後、俺が指定した完全防寒状態にならないと駄目だからな。それと毛布でくるまること。最低限ここまでしないと直ぐに部屋に逆戻りだから」
「うん、ちゃんと厚着するから大丈夫♪」
「それと俺も一緒に見る」
「嗣治さんも?」
驚く私に向かってちょっとしかめっ面を向けてくる。文句でも?ってな顔だけど、とんでもないよ、一緒に見れたら良いのになって思ってたんだから。だけど嗣治さんは明日も仕事だし遅くまで起きているのは無理だと思っていたから諦めてた。ほら、寝不足まま仕事に行ったら、仕事中にボーッとなっていつかのクッキーみたいに作る量を間違えちゃったら困るし。
「なんだ、文句あるのか?」
「そうじゃなくて、先に寝ちゃうつもりだと思ってたから」
「俺も明日は遅出だから遅くまでモモの流星観測に付き合う」
「やった~♪」
嗣治さんの考える完全防寒ってなかなか凄いと思い知らされたのはそれから数時間後。お風呂に入ってフランネル地のパジャマを着たところまでは何も言われなかったから、後で上から色々と着込めば良いやぐらいに思ってた。そろそろ見え始める時間って時に、嗣治さんは予備の部屋に行って何やらゴソゴソし始めた。
「嗣治さん、何してるの? そろそろだよ」
「分かってる」
部屋から引っ張り出してきたのはクローゼットに押し込んであった予備のマットレス。それをベランダに置いているのを見て首を傾げる。うちは角部屋だから何気に他のお宅よりバルコニー部分が広くてこういうものが楽に置けるだけのスペースがある。だから花火もここで皆で飲みながら見物できるというのが、ここを買った時に不動産屋さんが推していたおすすめポイントだった。だけどそれはイスを置いたりするのであって、こういうマットレスを置くことは想定されていないと思うんだな。
「なんでマットレス?」
「いくら厚着をして靴下を履いたってコンクリの上に長時間座っていたら腰が冷えるだろ? だから」
「なるほど、この上に座ればそれほど冷えないってことだね。なんだかピクニックみたい」
「ピクニック、か。だったらもっとそれらしくするか?」
「それらしく?」
「ポットにココアでも入れて持って出るとか」
「うん、それ楽しそう!」
「ココアは俺が用意するからモモはちゃんと厚着をしてこい、用意しているのを全部その上から着るんだぞ」
「分かった~」
嗣治さんに言われて急いで部屋に戻ると、そこには私が着なきゃいけないと嗣治さんが判断した服が置かれている。つまりはこれだけ着なければ出してもらえないってことだよね。パジャマの上から嗣治さんのフランネルのシャツを着て厚手の靴下を履く。それからモコモコのジャンパーに毛布に……。なんか着ぶくれして凄いことになってるよ。でも流星群を観る為だもんね、多少の不恰好さは気にしない。毛布を抱えてベランダに向かうとそこから空を見上げた。
「嗣治さん、早く早く。今、一つ流れたよ」
「そんなに急に流れ始めるものなのか?」
「そうみたい、これから明け方近くまでずっとなんだって。ねえ、リビングの電気、消して良い? ここが明るいと観にくいから」
「ああ」
リビングの照明を消すとキッチンの明かりを除いて真っ暗になる。確かここ暫くは星空の観測をしたい人達の為に松平市内全域でビルにある看板などの照明はこの時間になると落とされるらしい。防犯上どうなのかっていうことも問題にはなったみたいだけど、せっかくの天体ショーなんだから皆で楽しみましょうというのが市長さんの考えなんだって。なかなか粋なことをするよね、うちの市長さん。
今夜は晴天でしかも新月。駅ビルのライトも消されていて何となくいつもより夜空の星がクッキリハッキリ見えているような気がする。上を見上げていると音もなく光がスーっと流れた。うわあ、綺麗。これだけ長く見れるってことは願い事を三回唱えることが出来るかも!
「モモ、毛布をちゃんとかぶれ」
「うん、凄いよ、いま、大きいのが流れた」
「分かったから、ほら座って」
マットレスに座ると嗣治さんが後ろから抱きしめるような感じで座ってくる。
「嗣治さんも寒いでしょ? 一緒に毛布にくるまれば温かいよ」
「やっぱり寒いんだろ?」
「そんなことないですー。純粋な善意なんだからね、ほら、早く入ってくれないと本当に私が寒くなっちゃうよ」
二人で一つの毛布にくるまって空を見上げるのって何だか楽しいかも。魔法瓶タイプの水筒からコップにココアを注ぐと湯気がフワッと立ってチョコレートのいい香りが漂った。それを口にしながら空を見上げていると、ポツリポツリと流れ星が見え始める。
「思っていたより数が多いな」
「うん、それにハッキリ見えるのが……うわあ、凄いことになってきたっ」
それまでポツリポツリと見えていた流れ星が急にその数を増やして空は凄いことになり始めた。数が多いねって言っていたさっきとは比べ物にならない数の流星が長い光の尾をひいて流れている。後にこの時の流星群は大流星雨と呼ばれることになるんだけど、とにかく凄くてしばらく二人して話すこともココアを飲むことも忘れて空を見上げていた。それから急にシュウッって音がして真上をオレンジ色の大きな光が通り過ぎていく。
「今の火球だよね?!」
「音まで聞こえるなんて凄いな」
「ビデオカメラで撮影している人、いるかな。明日のニュースでまた見れたら良いのに」
「そうだな、うちのカメラやビデオではちょっと難しいかもしれないしな」
お月様みたいにそこでじっとしてくれていたらチャレンジしてみようかなって思うけど、この流星群を写真に撮るのはちょっと難しそう。だから今のうちにしっかりと見て記憶に留めておかないと。
「ね? 見て良かったでしょ?」
「その返事は保留。数日後にモモが風邪をひかないまま元気でいたら今夜の流星群観察はなかなか良かったって言ってやる」
「うわあ、なにそれ」
「何か文句でも?」
「……ありません」
「よろしい」
ちょっと首は痛くなっちゃったけど結局その日の夜は明け方近くまで二人で空を見上げることになった。
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