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本編
閑話 もう一組のおめでたカップル
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『青いヤツと特別国家公務員』の二人が登場です。
++++++++++
「あ、京子ちゃん?」
遅ればせながらのインフルエンザの予防接種をしてもらうために休みの日にクリニックを訪れると、そこで見知った顔に出会った。昌胤寺さんちの次男坊の恭一君の婚約者である京子ちゃん。なかなかお互いに仕事の都合で会うこともないから元気にしているのかなってちょっと気にはしていたんだよね。だけどまさか同じクリニックだったなんて驚きだ。あ、もしかして籐子さんに紹介してもらったのかな?
「桃香さん! ご無沙汰です」
「元気だった? 体調は?」
「お陰様で悪阻も朝だけだし元気ですよ、桃香さんは?」
「うん。私は元気すぎるって周りから言われてる」
「あははは、何だか嗣治さんのぼやきが目に浮かぶようです」
「え、そうかな?」
まあ確かにいつも“モモは元気すぎる”って口癖のように言っているけど。それってやっぱりぼやきだったのか……。
「うんうん。あ、ところで今日は何しに? もしかして予防接種とか?」
「そう。私、電車通勤しているから途中でインフルエンザなんて貰ったら大変でしょ? いつもは打つつもりでいても仕事が忙しくて忘れちゃうんだけど今年は嗣治さんが煩くて忘れるに忘れられずにって感じで来たの」
「実は私も健診も兼ねて注射してもらいに来たんですよ」
「へえ。ってことは恭一君もここに来てるの?」
「はい。桃香さんの後ろにいますよ」
「?」
京子ちゃんの視線を辿るようにして後ろを振り返ると、すぐ後ろに恭一君が立っていた。なかなか実家に帰ってこないからちゃんとご飯を食べているか心配だわって大奥さんが言っているのをよく聞かされていたけど、見た感じ以前より精悍な顔つきになったかなっていう変化以外は健康そうだし、頬のところにできた消えかけの擦り傷の様子からして訓練はきついんだろうけど、少なくともひもじい思いはしていないように思う。
「どうも」
「こんにちは。お仕事が忙しそうだからなかなか帰ってこれないってお母さんが言ってたけど」
「今日は特別なんですよ。上官に行って来いって命令されて無理やり駐屯地から追い出されてきました」
「なんだか酷い言われ方してるよ、京子ちゃん」
「良いんですよ、いつものことだから。今は桃香さんの前だから格好つけてますけど家ではデレデレで、今から先が思いやられる状態です」
「そうなの?」
京子ちゃんの言葉に恭一君の顔を見るとちょっとだけ赤くなったような気がした。
「そんなことないですよ、いたって普通にしてます」
「普通じゃないよ、デレデレだっつーの」
「そうやって蹴るのやめろって」
自分の隣に立った恭一君の足を軽く蹴る京子ちゃんに注意をする恭一君。うは~何だかラブラブだねえって微笑ましくてニヨニヨ笑いが止まらないよ。
私が初めてこの二人に会ったのは施設を出て一人暮らしを始めてから直ぐの事。身元保証人の件で葛木さんの御隠居さんに昌胤寺さんを紹介してもらった時だったように思う。当時はお兄さんの秀一さんも大学卒業間際で若奥さんともまだ結婚していなくて、恭一君と京子ちゃんなんてまだ高校生だった。ま、あの頃から二人は今みたいな感じで仲良しだったけどね。そんな二人が今や社会人になって結婚して親になろうとしているっていうんだから月日が流れるのって早いなあってしみじみしちゃう。
立ち話も何なのでお互いの順番が来るまではってことで三人で受付前にある待合室のピンク色のソファに座った。お腹の大きなお母さん達の姿が殆どなので何となく恭一君はちょっと落ち着かない様子だ。一緒に来た時に落ち着き払っていた嗣治さんと違って恭一君はまだ若いからなのかな。あ、それとも嗣治さんが落ち着き過ぎなだけなのかも?
「ところで……」
あれこれと赤ちゃんの為に買うモノの話を京子ちゃんと話し込んでいると、恭一さんがちょっと疑問があるんですがと私に声をかけてきた。
「なあに?」
「さっき後ろに立っていたのを見ても驚きませんでしたよね? 俺がいるの分かってました?」
「ううん。振り返るまで恭一君が立っていることなんて全然分かんなかったよ。本当に気配を消すのが上手だよね、感心しちゃった」
「でも、俺を見ても驚かなかったですよね」
「何て言うか職業柄か突発的な出来事に出会うってことが多くてね。例えば物証からいきなり虫が飛び出てきたりとかそう言う感じな諸々が。だから大抵の事では驚かない方かな。ただ他の妊婦さんにするのはやめておいた方が良いと思うよ?」
「ですよね」
恭一君が安堵の表情を浮かべたので不思議に思ってちょっと首を傾げてしまう。
「そんなに私が驚かないのが意外だった?」
「いえ、気配を消しきれてない俺の練度が低いのかなって思って」
「そんなことないと思うよ。ねえ、京子ちゃん、恭一君は優秀だよねえ」
「キーボ君を着たままでダッシュなんて普通は出来ませんよね」
「うんうん、あれからして十分に凄い人だと思うよ。バック転までしちゃうんだし」
「そうそう。しかも捻りを加えたバック転まで出来ちゃうんですからね」
恭一君は私と京子ちゃんの言葉に何とも微妙な表情をしてみせた。あれ? 褒めたつもりなんだけど嬉しくなかった?
「それを基準にされても何とも微妙な気分に……」
「そう? 身体能力が高くなければあんなこと出来ないんだから、十分に凄いんだってことで間違いなと思うんだけど?」
「そうなんですかね……」
まだ納得していないのか微妙な表情のままで黙り込んでしまった。
「そんなに浮かない顔するもんじゃないよ~? まだ二十二歳なんだし今から何でもかんでも完璧に出来るような人間だったら、これからの成長が見込めなくてあまり面白くないんじゃないかな。今の職場でも頑張り甲斐がなくてきっとつまんないよ?」
「そうかな……うん、そうですよね、まだまだ成長の余地があるから教官からも厳しくしごかれる訳だし」
「そうそう。伸びしろがたくさんあった方が先の成長が楽しみで良いじゃない」
そんな私の言葉に頷く恭一君に京子ちゃんがすかさず、だからと言って子供にまでラペリングを教えるのは反対だからねって釘を刺さしていた。そんなことを教えようとしていたのか恭一君……。
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「あ、京子ちゃん?」
遅ればせながらのインフルエンザの予防接種をしてもらうために休みの日にクリニックを訪れると、そこで見知った顔に出会った。昌胤寺さんちの次男坊の恭一君の婚約者である京子ちゃん。なかなかお互いに仕事の都合で会うこともないから元気にしているのかなってちょっと気にはしていたんだよね。だけどまさか同じクリニックだったなんて驚きだ。あ、もしかして籐子さんに紹介してもらったのかな?
「桃香さん! ご無沙汰です」
「元気だった? 体調は?」
「お陰様で悪阻も朝だけだし元気ですよ、桃香さんは?」
「うん。私は元気すぎるって周りから言われてる」
「あははは、何だか嗣治さんのぼやきが目に浮かぶようです」
「え、そうかな?」
まあ確かにいつも“モモは元気すぎる”って口癖のように言っているけど。それってやっぱりぼやきだったのか……。
「うんうん。あ、ところで今日は何しに? もしかして予防接種とか?」
「そう。私、電車通勤しているから途中でインフルエンザなんて貰ったら大変でしょ? いつもは打つつもりでいても仕事が忙しくて忘れちゃうんだけど今年は嗣治さんが煩くて忘れるに忘れられずにって感じで来たの」
「実は私も健診も兼ねて注射してもらいに来たんですよ」
「へえ。ってことは恭一君もここに来てるの?」
「はい。桃香さんの後ろにいますよ」
「?」
京子ちゃんの視線を辿るようにして後ろを振り返ると、すぐ後ろに恭一君が立っていた。なかなか実家に帰ってこないからちゃんとご飯を食べているか心配だわって大奥さんが言っているのをよく聞かされていたけど、見た感じ以前より精悍な顔つきになったかなっていう変化以外は健康そうだし、頬のところにできた消えかけの擦り傷の様子からして訓練はきついんだろうけど、少なくともひもじい思いはしていないように思う。
「どうも」
「こんにちは。お仕事が忙しそうだからなかなか帰ってこれないってお母さんが言ってたけど」
「今日は特別なんですよ。上官に行って来いって命令されて無理やり駐屯地から追い出されてきました」
「なんだか酷い言われ方してるよ、京子ちゃん」
「良いんですよ、いつものことだから。今は桃香さんの前だから格好つけてますけど家ではデレデレで、今から先が思いやられる状態です」
「そうなの?」
京子ちゃんの言葉に恭一君の顔を見るとちょっとだけ赤くなったような気がした。
「そんなことないですよ、いたって普通にしてます」
「普通じゃないよ、デレデレだっつーの」
「そうやって蹴るのやめろって」
自分の隣に立った恭一君の足を軽く蹴る京子ちゃんに注意をする恭一君。うは~何だかラブラブだねえって微笑ましくてニヨニヨ笑いが止まらないよ。
私が初めてこの二人に会ったのは施設を出て一人暮らしを始めてから直ぐの事。身元保証人の件で葛木さんの御隠居さんに昌胤寺さんを紹介してもらった時だったように思う。当時はお兄さんの秀一さんも大学卒業間際で若奥さんともまだ結婚していなくて、恭一君と京子ちゃんなんてまだ高校生だった。ま、あの頃から二人は今みたいな感じで仲良しだったけどね。そんな二人が今や社会人になって結婚して親になろうとしているっていうんだから月日が流れるのって早いなあってしみじみしちゃう。
立ち話も何なのでお互いの順番が来るまではってことで三人で受付前にある待合室のピンク色のソファに座った。お腹の大きなお母さん達の姿が殆どなので何となく恭一君はちょっと落ち着かない様子だ。一緒に来た時に落ち着き払っていた嗣治さんと違って恭一君はまだ若いからなのかな。あ、それとも嗣治さんが落ち着き過ぎなだけなのかも?
「ところで……」
あれこれと赤ちゃんの為に買うモノの話を京子ちゃんと話し込んでいると、恭一さんがちょっと疑問があるんですがと私に声をかけてきた。
「なあに?」
「さっき後ろに立っていたのを見ても驚きませんでしたよね? 俺がいるの分かってました?」
「ううん。振り返るまで恭一君が立っていることなんて全然分かんなかったよ。本当に気配を消すのが上手だよね、感心しちゃった」
「でも、俺を見ても驚かなかったですよね」
「何て言うか職業柄か突発的な出来事に出会うってことが多くてね。例えば物証からいきなり虫が飛び出てきたりとかそう言う感じな諸々が。だから大抵の事では驚かない方かな。ただ他の妊婦さんにするのはやめておいた方が良いと思うよ?」
「ですよね」
恭一君が安堵の表情を浮かべたので不思議に思ってちょっと首を傾げてしまう。
「そんなに私が驚かないのが意外だった?」
「いえ、気配を消しきれてない俺の練度が低いのかなって思って」
「そんなことないと思うよ。ねえ、京子ちゃん、恭一君は優秀だよねえ」
「キーボ君を着たままでダッシュなんて普通は出来ませんよね」
「うんうん、あれからして十分に凄い人だと思うよ。バック転までしちゃうんだし」
「そうそう。しかも捻りを加えたバック転まで出来ちゃうんですからね」
恭一君は私と京子ちゃんの言葉に何とも微妙な表情をしてみせた。あれ? 褒めたつもりなんだけど嬉しくなかった?
「それを基準にされても何とも微妙な気分に……」
「そう? 身体能力が高くなければあんなこと出来ないんだから、十分に凄いんだってことで間違いなと思うんだけど?」
「そうなんですかね……」
まだ納得していないのか微妙な表情のままで黙り込んでしまった。
「そんなに浮かない顔するもんじゃないよ~? まだ二十二歳なんだし今から何でもかんでも完璧に出来るような人間だったら、これからの成長が見込めなくてあまり面白くないんじゃないかな。今の職場でも頑張り甲斐がなくてきっとつまんないよ?」
「そうかな……うん、そうですよね、まだまだ成長の余地があるから教官からも厳しくしごかれる訳だし」
「そうそう。伸びしろがたくさんあった方が先の成長が楽しみで良いじゃない」
そんな私の言葉に頷く恭一君に京子ちゃんがすかさず、だからと言って子供にまでラペリングを教えるのは反対だからねって釘を刺さしていた。そんなことを教えようとしていたのか恭一君……。
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