報酬はその笑顔で

鏡野ゆう

文字の大きさ
16 / 34
本編

第十六話 初デート 2

しおりを挟む
「思っていたより、きちんとドラマしていて意外でした」
「それは言えてる。俺もあの監督の作品だから、もっとハチャメチャなアクション映画だと思ってたよ」

 映画が終わってから、同じショッピングモール内にある洋食屋さんに落ち着く。そしてご飯を注文をしてから、お互いに映画の感想を披露ひろうし合うことにした。

「ですよね。私も監督さんと主役の俳優さんの組み合わせからして、絶対にミラクルアクションの連続だと思ってましたもん。意外と常識的でビックリ。あ、今までの映画に比べてってことですけど」

 私の感想に但馬たじまさんが笑う。

「いつもだとそんな感じだよね。今回のは楽しめた? それとも、ちょっとガッカリした感じ?」
「そこは問題なく楽しめましたよ。今までハズレ感を感じたことはないので、やっぱりこの監督さんと私の感性との相性は良いみたい。但馬さんは?」

 いつもと違った作風にちゃんと楽しめたか、心配になって聞いてみた。

「俺も面白かったよ。だけど、もっと派手なアクションシーンがあっても良かったかなあ……どこに入れたらいいかって具体的な提案はできないけど」
「なるほど。それだったら、予告編で流れてたお正月映画のほうが、但馬さんは楽しめるかもしれないですね」
「じゃあ、次の映画デートでなにを観るかは決まりかな」

 精一杯さりげない口調で言ったつもりなんだろうけど、〝映画〟と〝デート〟の間に、わずかな間があったのを私は聞き逃さなかった。だけどそこはあえて気づかないふりをする。だってあれこれツッコミを入れて、また怖いアグレッサーと同類に見られたらイヤだもの。

「決まりですね!」

 そこに頼んでいた定食が運ばれてきたので、映画の感想は一時中断。

「そう言えば但馬さん、知ってました?」
「なにを?」
「このシイタケのことなんですけどね」

 お箸でつまんだシイタケのフライを、目のまえにかざす。

「うん」
「海上自衛隊の潜水艦のご飯では、シイタケのフライが出る頻度ひんどが高いんですって」
「どうして?」

 私の言葉に、但馬さんは首をかしげた。

「シイタケってビタミンDがたくさん含まれているんですよ。で、ビタミンDっていうのは、カルシウムの吸収を助ける栄養素で、まあ簡単に言えば骨粗しょう症を防止する効果があるんです。海に潜ってる潜水艦乗りさんって、お日様にあたる機会が少ないから、ビタミンDが不足しがちになるそうです」
「へえ……さすが栄養学を学んでいるだけのことはあるね。俺、シイタケは旨味うまみ成分以外はなにもないと思ってた」

 自分のお皿に乗っていたシイタケフライをつまんで、しみじみと見つめている。

「これ、学校で習ったんじゃなくて、昨日の夜にやっていた自衛隊の特集で言ってたんですけどね」
「へー……知らなかったな、シイタケの話は」
「同じ自衛隊なのに?」
「同じと言っても、陸海空では色々と違うからね。意外に思うかもしれないけど、自分の職種以外のことは知らないことのほうが多いんだよ、俺達」

 そう言いながら、但馬さんはシイタケフライを口にした。

「そうなんですか」
「うん。でも着目点がそこっていうのは、ほなみちゃんらしいね。きっと潜水艦だけじゃなくて、色々とやってた番組なんだろ?」
「そうなんですけど、隊員さん達が食べているご飯が気になって、それ以外はほとんど見てなかったんですよね。せっかく貴重な番組をやってたのに、録画もし忘れたし惜しいことしましたー……」

 私がそう言うと、但馬さんが笑った。

「だけど、ほなみちゃんがそんなに自衛隊に興味があるとは、知らなかったよ」
「但馬さんのことがあるから、自衛隊つながりで見てみようって思っただけなんですけどね。私の頭では、ご飯以外のことはなんのことやらで、ほとんど理解できませんでした。当分は、航空自衛隊のことだけで精一杯かな」

 色んな装備を見るのはそれなりに楽しかったけど、それをきちんと理解できるかどうかは別問題だ。昨日の番組を見た限りでは、今の私の頭にはとても収まりそうにない。

「どうして航空自衛隊?」
「但馬さんのお仕事を、少しでも理解するために決まってるじゃないですか。ほら、やっぱりお付き合いをするなら、相手のお仕事のことを知っておいたほうが良いでしょ? あ、なんでそこでそんな顔するんですか」
「え、どんな顔……」

 但馬さんの表情が変わったのでそれを指摘すると、今度は困惑した顔つきになる。

「恥ずかしそうな顔ってやつ。デートに誘った但馬さんが照れてどうするんですか。あ、ほら、またそんな顔して!」
「え、別にそんな顔したつもりはないんだけどな……」
「思いっ切りしてますよ。但馬さんて、めちゃくちゃ分かりやすい」

 うん、間違いなく。

「そうかなあ。俺、お前はいつもニコニコしてるだけで、なにを考えてるか分からないから困るって、言われているんだけどな」
「そんなことないですよ。まあ、いつもニコニコは間違ってないけど」
「え……もしかして、気持ち悪い不気味スマイルとか思ってる?」

 但馬さんは、自分の顔に手をやりながら不安げな顔をした。

「不気味スマイルなんて言ってないじゃないですか。但馬さんのスマイルはいろんなバージョンがあるけど、その中に不気味スマイルはないですよ、安心してください」
「いろんなバージョン……」

 どうやら但馬さんは、自分のニコニコスマイルに色々なパターンがあることに、気がついていないらしい。

「てか誰ですか、不気味スマイルなんて失礼なこと言ったの」
本城ほんじょうさんにいつも言われてるんだ。ニコニコしているが、なにを考えているか分からない不気味スマイルだって」
「そんなことないですよ。但馬さんて、すぐ顔に出るからすごく分かりやすいです。本城さん、僚機さんなのに相棒がなにを考えているか分からないなんて、修行不足なんじゃ?」

 少なくとも、本城さんは私よりも但馬さんと付き合いが長いはず。出会ってからまだそんなに日が経っていない私ですら、営業スマイル的なものから面白がっている時のスマイルまで、色々あるのに気がついたのに。但馬さんがなにを考えているかわからないなんて、絶対に修行不足だと思う。

「だいたい失礼ですよ、不気味スマイルだなんて。次からそんなこと言われたら、一緒に飛んでる相棒のことが分からないなんて修行不足だって、言っちゃえばいいんじゃないですか?」
「先輩で階級的にも上官な相手に、それはちょっと……」

 但馬さんは私の提案に困ったように笑った。

「でも嬉しいかな。そうやって、航空自衛隊のことを知ろうとしてくれるのは」

 そんな但馬さんの笑顔を見ながら、但馬さんのお仕事中のスマイルってどんなものなんだろう……と、ちょっとだけ気になってしまった。


+++++


「映画も楽しかったし、ご飯もおいしかったし、今日は楽しかったー!」
「それは良かった」

 改札口から出ると、但馬さんは送っていくよと言って私と並んで歩きだす。

「しかも晩御飯ご馳走してもらっちゃって、ありがとうございました。でも次からは割り勘が良いかな」
「どうして? 俺は年上で社会人なんだし、問題ないと思うけど?」
「割り勘にしたほうが、私からも気にせずに但馬さんを誘えるじゃないですか」

 但馬さんはしばらく考え込んだ。その表情からして、大人としてのプライドと私の希望を天秤にかけているっぽい。そしてどうやら、私の希望を優先させることにしてくれたみたいだ。

「……分かった。ほなみちゃんがそのほうが良いって言うなら、次からは割り勘で」
「はい、そのほうが良いです。色々と見たい映画も目白押しだし、それを目指して頑張ってバイトしますから」
「だけど学生は勉強が本分だから、バイトはほどほどにしておかないとね。大学も自宅からそれなりに離れているし、通学時間も馬鹿にならないだろ? バイトをするのはけっこうなことだけど、無理は禁物。OK?」

 但馬さんは、少しだけ厳しい顔をして言った。

「それは両親にも言われているので大丈夫です。受験するって決めた時に言われたんですよ、ちゃんと勉強して留年しないことが最低条件だって」
「うん、御両親は正しい。そりゃあ、自分で自分のお小遣いをかせぐのはえらいと思うけど、学生の間は勉強が第一だからね。だから、たまにおごらせてもらえれば俺としては嬉しいかな」
「なかなか交渉上手ですね、但馬さん」
「そう?」

 ニッコリと微笑むと、そのまま歩き続ける。そして、いつもなら団地の敷地手前の歩道で別れるのに、今日は階段下までついてきてくれた。

「いつもの場所までで良かったのに。但馬さんだって、明日は普通にお仕事でしょ?」
「いつもはこんな遅い時間じゃないからね。ここは学校みたいに守衛さんがいるわけでもないから、俺としてはここまで送ってこないと安心できないよ」
「姉達がいたらどうするんですか。防壁になってくれるおチビちゃん達もいないから、捕まったら質問攻めですよ?」

 私がそう言うと、但馬さんはギョッとなって階段を見上げた。さすがに姉達だって家のことがあるから、今夜は押しかけてきてはいないだろうけど。

「おどかさないでくれるかな。お姉さん達には、じゅうぶん脅威きょういを感じているんだから」
「ま、遭遇しないことを祈っておいてください。あの二人の質問攻めは本当にシャレにならないから。じゃあ、今日はありがとうございました。明日からのお仕事もがんばってくださいね」

 そう言って、頭をさげて階段のほうへと行こうとしたところで、引き留められた。

「あのさ、ほなみちゃん」
「なんですか?」

 見上げると、但馬さんは首を少しかしげながら私のことを見下ろしている。

「なんとなく俺、ほなみちゃんと会ってから、一方的にやられっぱなしな気がするんだ」
「そうなんですか? そんなつもりはなかったけど。あ、もしかしてデート連呼のことですか?」

 映画に誘われた時に連呼したことを思い出した。だけどその後に、但馬さんも私のことをアグレッサーみたいだって言ったから、お互い様なんじゃ?と思っていたのは私だけ?

「あれは連呼してないから大丈夫。だけど俺のほうが年上なのに、一方的に攻撃されっぱなしな感じでちょっと悔しいわけさ、大人げない話だけど」
「私、但馬さんが言ったように、アグレッサーみたいなことしてないと思いますよ?」

 私のどういうところがアグレッサーみたいなのか、いまいち分からないけれど。

「うん、それは分かってるんだけどね」

 でも納得できないって顔だ。

「そう言えばほなみちゃん、前にアグレッサーにぎゃふんと言わせちゃえって言ってたよね」
「それは本物のアグレッサーさんにですよ。私にじゃないです」
「でも俺としては似たような感じなわけ。で、あまりにも悔しいので、今日は反撃することにしました」
「え、どんな反撃」
「こんな反撃」

 但馬さんが私のことを素早く引き寄せて、屈みこんできた。いきなりのことに、頭が理解するのにちょっとだけ時間がかかる。いま私、但馬さんにキスされた。うん、間違いなくキスされた。

「これでやっと白星一つってところかな。俺のほうが負け越しているから、星が並ぶまでかなり時間がかかりそうだけど」

 但馬さんは相変わらずのニコニコスマイルでそう言うと、私を階段のほうへと押しやる。

「じゃあ、お休み。最近は物騒だから、階段を上がって自宅のドアを閉めて施錠するまでは、気を抜かないように。また連絡します。もちろん、ほなみちゃんから連絡を入れてくれるのも大歓迎。勤務時間のことがあるから、いきなりのお誘いには付き合ってあげられないけどね」

 私が階段を上がって踊り場からのぞくと、但馬さんはまだそこに立ってこっちを見上げていた。私がおやすみなさいと言って手を振ると、ニコニコしたまま敬礼をしてそのまま場を立ち去った。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...