報酬はその笑顔で

鏡野ゆう

文字の大きさ
31 / 34
本編

第三十一話 やっと違うオーダーとれた?

しおりを挟む
 いつもの時間、カウンターに立ってお客さんに渡すクーポンの折り作業をしていたら、但馬たじまさんと本城ほんじょうさんが一緒にお店に入ってきた。今日はいつもの時間よりちょっと遅め。もしかしたら私が知らないだけで、なにかあったのかもしれない。

 だけど二人の表情からは、その気配はまったく感じられなかった。但馬さんの表情はわかりやすいけれど、ここ数ヶ月でこの手のことに関しては、完璧に隠すテクニックを身につけてしまったようだ。但馬さんが隠すスキルをアップさせたので、私も観察スキルを頑張って上げなくちゃ。

「いらっしゃいませ!」

 私の声に、但馬さんはいつものスマイルを浮かべ、本城さんは片手をあげて〝おはようさん〟と言った。

「ご注文はなにになさいますか?」

 先にカウンター前に立った本城さんにたずねる。

「ホットのコーヒー一つ」
「それだけでよろしいですか?」
「うん、今日はそれだけ。夜食に天ぷら蕎麦そばを食べたから、まだ腹は空いてないんだ。しかものびのびのくたくた。あれは蕎麦そばというより流動食だったな。自腹で買ったやつなのに、あんまりだと思わないか?」
「そうですねえ。せっかく食べるなら、私ものびてないお蕎麦そばが食べたいです」

 でも、どうして流動食なみの、のびのびのくたくたになってしまったんだろう。そのへんのことを質問しても、答えてもらえそうにないので、疑問に思いつつ黙っておくことにした。

「だよね。はい、120円ぴったりです」
「ありがとうございます。あちらでお待ちください」

 横に移動しようとした本城さんが、急に立ち止まった。そしてカウンターに乗り出すようにして、私に顔を近づける。

「あのね、これはまだ秘密なんだけど、後ろのニコニコしてるやつ、そろそろ昇任しそうだよ。俺から見ても、なかなかお買い得な男だから、しっかり捕まえておいたほうが良いかもしれないね。あ、今の会話は、俺とほなみちゃんとだけの秘密な?」

 そう言ってウィンクをすると、その場を離れた。後ろに立っていた但馬さんは、あきれた様子で本城さんの背中を見つめている。

「いらっしゃいませ! ご注文はなにになさいますか?」
「えーと、ちょっと待ってね……本城さん、いまの秘密にする気、なかったでしょ?」

 但馬さんは注文をする前に、横に移動した本城さんに声をかけた。

「なんのことだ? 俺はなにも言ってないぞ。お前のカノジョに、のびのびくたくたの蕎麦そばは最悪だって言っただけだ」
「まったく……次から本城さんはつれてきません」
「ひどいな、俺のほうがお前より偉いんだが」
「偉いとかそういう問題じゃないですよ」

 溜め息をつきながら、但馬さんは私に目を向ける。

「ごめん。タマゴトーストとコーヒーをお願いします」

 但馬さんの注文はいつもと同じだ。

「他になにか注文はありませんか? 今年の夏はソフトクリーム、ミニサイズですけど、朝から提供することになったんですよ」
「あー……年々暑くなってきてるからね」
「ですよね。どうでしょう?」

 昨日の夜も、日本全国で熱帯夜だったらしい。もしかしてこれならいけるかも?

「朝からお腹を冷やしたらこまるので、いつものタマゴトーストとホットのコーヒーだけでけっこうです」
「350円です」

 熱帯夜も、但馬さんのオーダーを変えることは無理だったみたいだ。最近は別のオーダーにしてもらうのは、どう頑張っても無理じゃないかなと思えてきた。だけど、但馬さんはこのやり取りが気に入っているみたいだし、ここでバイトをしている間は、頑張ってチャレンジし続けるつもりだ。

「あ、でもせっかくだから、一つ追加をお願いしようかな……」

 但馬さんが、ふとなにかを思いついたような顔をした。

「ソフトクリームをご注文ですか?!」

 まさかの熱帯夜の勝利?

「んー、甘いものなのは間違いないかなあ……」
「ではアップルパイでしょうか?」

 レギュラーメニューなら他にも色々あるけれど、朝メニューで甘いものというならこの二つしかない。

長居ながいほなみさんを」
「はい?」
「長居ほなみさんを、一つ」

 ニコニコスマイルでとんでもないことを言っている。

「えーと?」
「お持ち帰りでお願いします」
「えー……」
「お客様~? うちの従業員は売り物じゃありませんから、勤務中にお持ち帰りされたら困りますよ~~」

 バックヤードから副店長が出てきて、但馬さんにそう言った。

「ですよねえ……でしたら、お持ち帰りは我慢します」
「もちろん、その場でというのも無しですから」
「わかりました。おとなしくあきらめます」

 副店長の言葉に素直にうなずく。

「そのほうがよろしいかと。もちろん、勤務時間が終わったらご自由に」
「そうですか。でしたら、そうさせてもらいます。はい、350円」
「……ちょうどいただきます。受け取りカウンターでお待ちください」
「ありがとう。じゃあ、バイトが終わるまで待ってるから」

 但馬さんは、いつも通りのニコニコスマイルで横に移動していく。

「私、自衛官さんってもっとお堅い人達だとばっかり思っていたけど、長居さんのカレシさん達を見ていたら、すっかり印象が変わったわ」

 副店長が笑いながら言った。

「そうなんですか? すみません、変なお客さんで」
「そんなことないわよ。みんな、お行儀良いし騒がないし、無駄に居座らないし。うちとしては理想的なお客さん達よ」

 そう言ってまた、バックヤードへと戻っていく。さっきの但馬さんの突飛なオーダー、後ろにお客さんもいなかったし、副店長が出てくる必要もなかった。わざわざ出てきたのは、すっかりお店の常連になっていた但馬さん達との会話を、副店長も楽しむつもりだったからだ。

「お前、カノジョをオーダーするって新しいな」

 そして受け取りカウンターの前では、本城さんがニタニタしながら但馬さんをからかっている。

「うるさいですよ、本城さん。次からは一緒に来ませんから」
「なんだよ、今日は俺のおごりじゃないか」
「なに言ってるんですか。これ、去年ここで俺が貸した500円を、返したもらっただけじゃないですか。あと150円、足りませんよ」
「細かいぞ、スマイリー」
「親しくても、金銭の貸し借りはきちんとするのが俺の流儀ですから。はい、あと150円」

 但馬さんがすました顔で、手を差し出した。

「コーヒーを頼んだから、細かいの30円しかねーよ」

 そう言って本城さんは、差し出された但馬さんの手を軽くたたく。

「じゃあ、残りは明日にでも耳をそろえて返してください」
「わかったわかった。明日な、明日!」

 なんだかんだ言いながら、あの二人は本当に仲良しだ。でも但馬さんが昇任したら、二人はどうなるんだろう。僚機同士というのか解消なんだろうか。そのあたりがちょっと気になった。


+++++


 バイトの時間が終わって着替えて外に出ると、いつものように但馬さんが待っていてくれた。

「お疲れさま」
「但馬さんこそ、夜勤お疲れさまでした。あれ? 本城さんは?」
「あのおしゃべりなおじさんは、さっさと帰ってもらった。あの人がいたら、落ち着いて話せないだろ?」
「なんだか但馬さん、どんどん本城さんのあつかいが軽くなってる気がするんだけど……」
「そりゃ軽くもなるさ」

 溜め息をついた但馬さんは、私と並んで歩き出す。

「もしかして、さっきの昇任のこと?」
「せっかく自分の口からほなみに話そうとしたのに、さっさとばらすんだからなあ……」

 少しだけ腹立たし気に言った。

「でも、本城さんが言ったのは〝昇任しそうだ〟ってことだけだよ? 本当のところはどうなの? するの? したの? それとも本城さんの冗談なの?」

 見たところ、制服の階級章は今までと変わっていないように見える。ってことは今も〝二尉〟ってことだ。

「……昇任します。来月からだけと」
「わー、おめでとう!! ただ、どのぐらいすごいことなのか、いまいちピンとこないから申し訳ないんだけど……」

 私の言葉に但馬さんが笑う。

「それはしかたないよ。ほなみは自衛官じゃないんだから」
「自衛官じゃない私にも、差し支えない程度に教えてもらえる?」

 それを聞いても、理解できるかどうかわからないけれど。

「そうだなあ。もちろん一つ階級があがるわけだから、前よりは確実に責任が重くなった。やっと一人前のパイロットとして、認めてもらえるようになったってところかな」
「え、やっとなの? じゃあ、今までは?」
「人間あつかいしてもらえてなかったかも」
「ええええ……」

 少なくとも私が見ていた限りでは、本城さんはちゃんと但馬さんのことを、同じ人間として扱っていたと思ったんだけど。それは私の前だったから?

「まあ、それは冗談だけど。次年度からは俺も、編隊長として若いパイロットをつれて飛ぶことになるかな。それぐらいは偉くなったってことだよ」
「そうなんだ。じゃあ、本城さんとのチームは解消なの?」
「同じ飛行隊にいるんだから、これからも一緒に飛ぶことはあるよ。だけど今までのように、いつもってことはなくなると思う。それぞれが、後輩パイロットを指導していくことになるからね」
「へえ……本当に偉くなるんだ。ってことは、この階級章も変わるんだよね?」

 制服についている階級章を指でさす。

「そうだよ」
「なんだか見るのが楽しみ!」
「ま、それほど変わらないけどね。星が増えるだけで」
「でも、但馬さんだって嬉しいでしょ?」
「そりゃね。そのために時間をさいて勉強もしてきたわけだし」

 自衛隊は他国の軍隊の〝昇進〟とは違って〝昇任〟という言葉を使っている。まあ呼び方が違うだけで、基本的には同じことではあるらしい。そしてどこが一番違うかというと、軍隊では戦闘中に功績をあげると昇進できるけど、自衛隊では必ず昇任試験を受けなければならないってことらしい。もちろん筆記テストだけではなく、実技、それから日頃の勤務の様子なども評価に入るんだとか。

「それって但馬さんが、今まで頑張って空を守ってきた結果でもあるよね」
「そう評価してもらえていると、嬉しいな」
「少なくとも私は、そう評価します!」

 但馬さんが嬉しそうに笑みを浮かべた。

「うん。やっぱりほなみに評価してもらえるのが、一番嬉しいな」
「そう? ただ私だと、すごく甘い評価になりそうだけど……」
「そんなことないよ。ちゃんと俺の任務のことを見ていてくれてる。それに、理解しようと頑張ってくれてもいるしね」
「まだまだ知らないことだらけなんだけどね」

 但馬さんのお仕事については、自分でネットを使ってできる限り調べるようにはしていた。ただ専門的な言葉はチンプンカンプンだから、そこは但馬さんに教えてもらうしかなかったけど。そして知れば知るほど、但馬さん達のお仕事って大変なんだなと思い知るのだ。

「自衛隊からは新しい階級章がもらえるわけだけど、ほなみからはなにかもらえるのかな?」
「え? 階級章みたいなものってこと?」
「昇任テストで頑張った御褒美ごほうびってやつ」
「ごほうび……」

 そう言われても、どんなものが良いのかさっぱりだ。お誕生日とは違って昇進でしょ? 父親のときはなにかしていただろうか? 気がついたら偉くなっていたから、特になにもしていなかったはず……。

「そのために、今日はお持ち帰りをオーダーしようと思ったんだからさ。是非とも甘い評価と御褒美ごほうびをお願いします」
「その〝甘い〟はさっきの〝甘い〟とは違うような気が……」
「そんなことないよ」

 ニコニコしているけど、このスマイルは絶対に悪いことを考えているスマイルだ。

「しかも、昇任するの来月なんだよね?」
「前払いってやつで」
「えー……」

 夜勤明けだというのに、但馬さんってば元気なんだなって、本気であきれてしまった。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです

鏡野ゆう
ライト文芸
ここにいるおまわりさん達が乗るのは、パトカーでも白バイでもなくお馬さんです。 京都府警騎馬隊に配属になった新米警察官と新米お馬さんのお話。 ※このお話はフィクションです。実在の京都府警察騎馬隊とは何ら関係はございません※ ※カクヨム、小説家になろうでも公開中※

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...