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本編
第十九話 霧島さんの帰国
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選挙も終わり、お蔭さまで私は無事に父親から引き継いだ議席を獲得し、元職になることなく議員を続けている。
国会内でも選挙後のザワザワした空気が消えて落ち着きを取り戻した頃、霧島さんからメールが入った。内容はいたってシンプル。帰国日とこちらに到着する便名と時刻のみだ。
「杉下さん、来週なんだけど、霧島さんを空港に迎えに行く時間はあるかしら?」
霧島さんらしいわねと心の中で笑いながら、助手席に座っていた杉下さんに声をかけた。
「いつですか?」
「えっと、土曜日のお昼すぎにこっちに到着する便なの。諸々の事情が到着する時刻が遅れる可能性も考えたら、時間は夜まで開けておいた方が良いかしらね」
「待ってくださいね、予定を調べますから」
あれこれ会合や勉強会が入っているので、土曜日や日曜日でもそう簡単にあちこち行けないところが、若手議員の辛いところだ。
「大丈夫ですよ。もしよろしければ、日曜日の午後から入れてあった濱田先生とランチのお約束も変更しましょうか? そうすればゆっくりできますよ」
「濱田先生の御都合は大丈夫かしら? 御家庭の都合もあるでしょ?」
濱田先生は私よりも先輩の女性議員だ。今は外務副大臣のポストに就き、伊勢谷先生の片腕として、渡瀬内閣の外交政策を担っている。
「たしかお子様が風邪気味だとおっしゃっていました。こちらからアポの変更をお願いする分には、問題ないような気はしますが」
「そうね、お願いできる? あくまでも私の勝手で変更をお願いしたいということで」
「分かっています。そちらの日程に関しては、私と濱田先生のところの仙波さんとで調整しますね」
「ありがとう」
「いいえ。選挙が終わってからずっと多忙でしたからね。ごゆっくりなさってください」
それは言外に「はしゃぎすぎないように」という釘であることは間違いないと思う。
私が療養中に父親の事務所に通っていたせいか、杉下さんの秘書としての事務処理能力は、かなりグレードアップし、ますます有能さに磨きがかかっていた。夏の選挙期間中には、パパ杉下から更にあれこれ教授されたしく、今後はますますお父さん似のスーパー秘書になるのではと、嬉しいような怖いような……そんな気分だ。
「どうかされました?」
「いいえ。杉下さんも自宅でゆっくりしてね」
「ありがとうございます。子供達の夏休みの宿題がきちんとされているか心配なので、この休みを利用して確認しておこうと思います」
「大丈夫よ。杉下さんちのお子さん達、皆いい子達だもの」
「そう思っているのは先生だけですよ。最近は、うちの両親も夫の両親も手を焼いています」
子供ってそういう困った知恵をどういうわけか、どんどんつけていくんですよねと杉下さんは笑った。
何年かして私達にも子供が生まれて大きくなったら、やっぱりそんなことを言いながら叱ったり笑ったりするのかしらね。大変そうだけどなんだか楽しみ。その時になったら、杉下さんにも相談させてもらわなきちゃ。
+++++
ゲートから荷物を持った霧島さんが出てきたので、立ち上がって軽く手をふる。
私だって気がついた霧島さんが、一緒に出てきた同僚さんに一言二言話しかけ、そのグループから離れた。だけど数歩も進まないうちに彼等からからかいの声をかけられたのか、顔をしかめて立ち止まると、再びそのグループの方へと引き返していく。
彼が何と言っているのかはここまで聞こえてこないけど、同僚さん達に黙れ系の言葉を連発しているみたいだ。そして一通りまくし立てて気が済んだのか、彼等に背中を向けて少しばかり腹立たし気に肩を怒らせながら、こちらへと歩いてきた。
「お帰りなさい。研修お疲れ様」
「君こそ選挙が無事に終わったようでなによりだ」
そう言いながら彼は、私の指輪をした方の手をそっと握る。
「ありがとう。お蔭さまでまだ先生と呼んでもらえることになったみたい」
「ところで、今日はこんなところに来て良かったのか?」
「この眼鏡の変装効果って絶大よね、もっと早く気づくべきだった。それと今日の私は何故か、山梨に行ってることになってるの。不思議でしょ?」
私、分身なんてした覚えはないんだけれどと、首をかしげてみせると霧島さんはやれやれと笑った。
「それで……あっちの人達はそのまま放っておいて良いの?」
そう言いながら彼の後ろをのぞきこむ。そこにはニヤニヤしている同僚さん達の姿が。私と目が合って全員が一斉に真面目な顔をしたものの、すぐにニヤニヤとした顔に戻ってしまう。
「こんにちは。皆さんも研修お疲れ様でした」
「お出迎え、ありがとうございます」
「さっさと行けよ。あんた達を出迎えにきたわけじゃないんだから」
「つれないなあ、霧島君。俺達これでも君の先輩たぞ?」
「そうだそうだ。ああそうだ。重光先生と握手させてもらっても良いかな?」
「さっさと帰れ」
シッシッと犬か何かを追い払うような仕草で、同僚さん達を追い払う。先輩もいるというのに、なんとも無礼なふるまいだ。言われた本人達は、まったく気にしていないようだけど。
「ねえ、そんな失礼なことしちゃダメよ」
「なぜだ」
「だって考えてみて。同僚さん達が私の選挙区の人だったらどうするの? 今の貴方のシッシッのせいで、私の好感度が落ちたかもしれないでしょ? 自分達が貴方からそうされたのは、私のせいだってことで」
「……」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったようで、唖然とした顔で私のことを見下ろした。そして後ろでニヤニヤしている同僚さん達の方を振り返る。
「……そうなのか?」
霧島さんの問い掛けに、同僚さん達はそろって芝居じみた様子で首をかしげた。
「どうなんだろうな。俺は選挙区が違うから安心してもらって大丈夫だと思うが、人の口に戸は立てられないからなあ。そして悪事千里を走るってやつだ、しかも尾びれ背びれがついて」
「とにかく握手してもらっても良いかな?」
「……彼女がOKを出せばな」
ここまで言われてしまうと彼もそう強気ではいられなかったようで、渋々といった様子でうなづく。
「私はかまわないけれど、私と握手してもなんの自慢にもなりませんよ?」
「いやいや。もしかしたら将来は、自分達が警護する大臣になられるかもしれないじゃないですか。いや、なってもらわないと。それで今のうちに御挨拶をしておきたくて。改めて当選おめでとうございます。これからも頑張ってください」
そう言いながら同僚さんの一人が手を差し出してきたので、その人と握手をする。そんな私達の様子を、霧島さんは面白くなさそうに眺めていた。
「ありがとうございます。こちらこそお世話になるようなことがまたあるかもしれませんけど、その時はよろしくお願いします」
+++
空港の駐車場に向かうと、止めてある車を見て霧島さんが不意に立ち止まった。
「どうしたの?」
「いや。もしかして君が運転してここまで?」
「そうだけどそれがなにか問題? なに?」
いきなり手を差し出されてどういうこと?と首をかしげてしまう。
「渡せ」
「なにを?」
「キー」
「キーって?」
「車のキーだよ。帰りは俺が運転する」
そう言いながら早く渡せと、手をさらに突き出してきた。
「どうしてよ。長旅で疲れているんでしょ? 私が運転するから。ああ、心配ないわよ、免許取り立てってわけでもないし、安全運転で大変よろしいって両親にもほめてもらっているし」
ここ最近は運転する機会がなかったけれど、休みの時はよく家族でドライブに出たりしたものだ。
「渡せ」
「どうしてよ。これ、私のプライベートの車なんだけど」
「わ・た・せ」
いつぞやの似たようなやり取りを思い出し、仕方なくバッグからキーを取り出して彼の手の上に置いた。霧島さんはよろしいと重々しくうなづくと、車の方へと向かう。
「私の車なのに」
「なんだって?」
「いいえ。そんなに運転したいならさせてあげます。その代わり、傷をちょっとでもつけたら許さないから」
私がそう言い放つと、片眉をあげながらこっちを振り返った。
「俺を誰だと思ってるんだ?」
「警視庁のSP様でしょ? だからって運転が上手とは限らないんじゃないの? 非常時のドライブテクニックと通常の運転とは違うんだから」
「まったく言いたい放題だな。だが、久し振りにその小憎たらしい話っぷりが聞けて嬉しいよ」
トランクにスーツケースを放り込むと、霧島さんは運転席に、助手席に私がおさまった。
「アメリカはどうだった?」
「選挙はどうだったんだ?」
お互いに似たようなことを同時に口にして、そのハモり具合にプッと噴き出してしまう。
「お先にどうぞ」
「じゃあ遠慮なく。さっきも言った通り、お蔭さまで失職せずに現職のままです」
「危なげない戦いだったと聞いているが?」
「それは私の力と言うより、祖父と父の積み重ねてきた実績のお蔭ね。これからますます頑張らないと。それで貴方の方は? 研修と言っても、机上学習だけじゃないのよね? 大変だった?」
「俺はそっちよりも、あっちの食事のせいで太りそうで大変だったよ」
それは父親の私設秘書の一人、倉島さんがよく言っていたことだった。倉島さんは外交官の奥さんと共に、三十年近くを日本とアメリカや諸外国との往復をして、父親達とあちらの政治家とのパイプ役を務めてくれた重光事務所の外交担当だった。その倉島さんが最初に行ったのがアメリカ。あまりの食事の量の違いに、最初は度肝を抜かれたよと今でも当時のことを笑い話にしている。
「太らずに帰国してくれて嬉しいわ。真ん丸になった新郎だなんてちょっと困るもの。それはそれで可愛いでしょうけどね」
「これ以降の予定は? 休みの間も引っ張りだこなんじゃないのか? ほら、女性議員ばかりの何とか会議とか?」
「ああ、あれね」
何のことを言っているのかすぐに分かって、うなづいてみせた。
「ここしばらく、選挙にかかりっきりで家庭のことが疎かになり気味だったから、夏休みが終わるまでは余程のことが無い限り、それぞれ家族サービスに徹するの。だから個別で会ったりすることはあっても、九月まであの会合は無し。ああ、もちろん家族サービスは女性議員に限ったことじゃないわよ?」
「なるほど。議員の家族っていうのも大変だな」
「私みたいに、生まれた時からその生活が当り前だった人ばかりじゃないものね」
父親は結婚する前から、国会議員として活動をしていた。そして母親も短期間ではあったものの、そんな父親の秘書をしていたのだ。だからその点では心得ていたし、私達も生まれた時からそんな両親を見ていたので、それが普通だと思っていた。だけど今はそういう人の方が少ないかもしれない。
「だけどそのお蔭で、明日の夜までは一緒にすごせるんだけれど?」
「それはありがたい」
霧島さんは口元に笑みを浮かべるとエンジンをかけた。
「それで行き先はどっちに? 俺の? それとも君の?」
「貴方のスーツケースの中身を何とかしなくちゃいけないでしょ? まずは貴方の自宅で荷解きをして、それから考えたら良いんじゃないかしら? 片づけや洗濯ぐらいなら私でも手伝えるし」
「議員先生に手伝いをしてもらうのか?」
なんだか気が乗らない様子だ。
「議員である前に貴方の婚約者でもあるんですけれど? そのへんは無視なの?」
「そんなことはないが」
「だったら決まり。貴方の自宅、荷解きにあれこれ、それから夕飯、そして気が向いたら私の自宅。これで良いでしょ?」
「分かった。先生のお望みどおりに」
まあ結局のところ、私のマンションに戻ったのは日曜日の夜になってからだったんだけど、それは仕方がないわよね、一ヶ月ぶりだったんだもの。
国会内でも選挙後のザワザワした空気が消えて落ち着きを取り戻した頃、霧島さんからメールが入った。内容はいたってシンプル。帰国日とこちらに到着する便名と時刻のみだ。
「杉下さん、来週なんだけど、霧島さんを空港に迎えに行く時間はあるかしら?」
霧島さんらしいわねと心の中で笑いながら、助手席に座っていた杉下さんに声をかけた。
「いつですか?」
「えっと、土曜日のお昼すぎにこっちに到着する便なの。諸々の事情が到着する時刻が遅れる可能性も考えたら、時間は夜まで開けておいた方が良いかしらね」
「待ってくださいね、予定を調べますから」
あれこれ会合や勉強会が入っているので、土曜日や日曜日でもそう簡単にあちこち行けないところが、若手議員の辛いところだ。
「大丈夫ですよ。もしよろしければ、日曜日の午後から入れてあった濱田先生とランチのお約束も変更しましょうか? そうすればゆっくりできますよ」
「濱田先生の御都合は大丈夫かしら? 御家庭の都合もあるでしょ?」
濱田先生は私よりも先輩の女性議員だ。今は外務副大臣のポストに就き、伊勢谷先生の片腕として、渡瀬内閣の外交政策を担っている。
「たしかお子様が風邪気味だとおっしゃっていました。こちらからアポの変更をお願いする分には、問題ないような気はしますが」
「そうね、お願いできる? あくまでも私の勝手で変更をお願いしたいということで」
「分かっています。そちらの日程に関しては、私と濱田先生のところの仙波さんとで調整しますね」
「ありがとう」
「いいえ。選挙が終わってからずっと多忙でしたからね。ごゆっくりなさってください」
それは言外に「はしゃぎすぎないように」という釘であることは間違いないと思う。
私が療養中に父親の事務所に通っていたせいか、杉下さんの秘書としての事務処理能力は、かなりグレードアップし、ますます有能さに磨きがかかっていた。夏の選挙期間中には、パパ杉下から更にあれこれ教授されたしく、今後はますますお父さん似のスーパー秘書になるのではと、嬉しいような怖いような……そんな気分だ。
「どうかされました?」
「いいえ。杉下さんも自宅でゆっくりしてね」
「ありがとうございます。子供達の夏休みの宿題がきちんとされているか心配なので、この休みを利用して確認しておこうと思います」
「大丈夫よ。杉下さんちのお子さん達、皆いい子達だもの」
「そう思っているのは先生だけですよ。最近は、うちの両親も夫の両親も手を焼いています」
子供ってそういう困った知恵をどういうわけか、どんどんつけていくんですよねと杉下さんは笑った。
何年かして私達にも子供が生まれて大きくなったら、やっぱりそんなことを言いながら叱ったり笑ったりするのかしらね。大変そうだけどなんだか楽しみ。その時になったら、杉下さんにも相談させてもらわなきちゃ。
+++++
ゲートから荷物を持った霧島さんが出てきたので、立ち上がって軽く手をふる。
私だって気がついた霧島さんが、一緒に出てきた同僚さんに一言二言話しかけ、そのグループから離れた。だけど数歩も進まないうちに彼等からからかいの声をかけられたのか、顔をしかめて立ち止まると、再びそのグループの方へと引き返していく。
彼が何と言っているのかはここまで聞こえてこないけど、同僚さん達に黙れ系の言葉を連発しているみたいだ。そして一通りまくし立てて気が済んだのか、彼等に背中を向けて少しばかり腹立たし気に肩を怒らせながら、こちらへと歩いてきた。
「お帰りなさい。研修お疲れ様」
「君こそ選挙が無事に終わったようでなによりだ」
そう言いながら彼は、私の指輪をした方の手をそっと握る。
「ありがとう。お蔭さまでまだ先生と呼んでもらえることになったみたい」
「ところで、今日はこんなところに来て良かったのか?」
「この眼鏡の変装効果って絶大よね、もっと早く気づくべきだった。それと今日の私は何故か、山梨に行ってることになってるの。不思議でしょ?」
私、分身なんてした覚えはないんだけれどと、首をかしげてみせると霧島さんはやれやれと笑った。
「それで……あっちの人達はそのまま放っておいて良いの?」
そう言いながら彼の後ろをのぞきこむ。そこにはニヤニヤしている同僚さん達の姿が。私と目が合って全員が一斉に真面目な顔をしたものの、すぐにニヤニヤとした顔に戻ってしまう。
「こんにちは。皆さんも研修お疲れ様でした」
「お出迎え、ありがとうございます」
「さっさと行けよ。あんた達を出迎えにきたわけじゃないんだから」
「つれないなあ、霧島君。俺達これでも君の先輩たぞ?」
「そうだそうだ。ああそうだ。重光先生と握手させてもらっても良いかな?」
「さっさと帰れ」
シッシッと犬か何かを追い払うような仕草で、同僚さん達を追い払う。先輩もいるというのに、なんとも無礼なふるまいだ。言われた本人達は、まったく気にしていないようだけど。
「ねえ、そんな失礼なことしちゃダメよ」
「なぜだ」
「だって考えてみて。同僚さん達が私の選挙区の人だったらどうするの? 今の貴方のシッシッのせいで、私の好感度が落ちたかもしれないでしょ? 自分達が貴方からそうされたのは、私のせいだってことで」
「……」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったようで、唖然とした顔で私のことを見下ろした。そして後ろでニヤニヤしている同僚さん達の方を振り返る。
「……そうなのか?」
霧島さんの問い掛けに、同僚さん達はそろって芝居じみた様子で首をかしげた。
「どうなんだろうな。俺は選挙区が違うから安心してもらって大丈夫だと思うが、人の口に戸は立てられないからなあ。そして悪事千里を走るってやつだ、しかも尾びれ背びれがついて」
「とにかく握手してもらっても良いかな?」
「……彼女がOKを出せばな」
ここまで言われてしまうと彼もそう強気ではいられなかったようで、渋々といった様子でうなづく。
「私はかまわないけれど、私と握手してもなんの自慢にもなりませんよ?」
「いやいや。もしかしたら将来は、自分達が警護する大臣になられるかもしれないじゃないですか。いや、なってもらわないと。それで今のうちに御挨拶をしておきたくて。改めて当選おめでとうございます。これからも頑張ってください」
そう言いながら同僚さんの一人が手を差し出してきたので、その人と握手をする。そんな私達の様子を、霧島さんは面白くなさそうに眺めていた。
「ありがとうございます。こちらこそお世話になるようなことがまたあるかもしれませんけど、その時はよろしくお願いします」
+++
空港の駐車場に向かうと、止めてある車を見て霧島さんが不意に立ち止まった。
「どうしたの?」
「いや。もしかして君が運転してここまで?」
「そうだけどそれがなにか問題? なに?」
いきなり手を差し出されてどういうこと?と首をかしげてしまう。
「渡せ」
「なにを?」
「キー」
「キーって?」
「車のキーだよ。帰りは俺が運転する」
そう言いながら早く渡せと、手をさらに突き出してきた。
「どうしてよ。長旅で疲れているんでしょ? 私が運転するから。ああ、心配ないわよ、免許取り立てってわけでもないし、安全運転で大変よろしいって両親にもほめてもらっているし」
ここ最近は運転する機会がなかったけれど、休みの時はよく家族でドライブに出たりしたものだ。
「渡せ」
「どうしてよ。これ、私のプライベートの車なんだけど」
「わ・た・せ」
いつぞやの似たようなやり取りを思い出し、仕方なくバッグからキーを取り出して彼の手の上に置いた。霧島さんはよろしいと重々しくうなづくと、車の方へと向かう。
「私の車なのに」
「なんだって?」
「いいえ。そんなに運転したいならさせてあげます。その代わり、傷をちょっとでもつけたら許さないから」
私がそう言い放つと、片眉をあげながらこっちを振り返った。
「俺を誰だと思ってるんだ?」
「警視庁のSP様でしょ? だからって運転が上手とは限らないんじゃないの? 非常時のドライブテクニックと通常の運転とは違うんだから」
「まったく言いたい放題だな。だが、久し振りにその小憎たらしい話っぷりが聞けて嬉しいよ」
トランクにスーツケースを放り込むと、霧島さんは運転席に、助手席に私がおさまった。
「アメリカはどうだった?」
「選挙はどうだったんだ?」
お互いに似たようなことを同時に口にして、そのハモり具合にプッと噴き出してしまう。
「お先にどうぞ」
「じゃあ遠慮なく。さっきも言った通り、お蔭さまで失職せずに現職のままです」
「危なげない戦いだったと聞いているが?」
「それは私の力と言うより、祖父と父の積み重ねてきた実績のお蔭ね。これからますます頑張らないと。それで貴方の方は? 研修と言っても、机上学習だけじゃないのよね? 大変だった?」
「俺はそっちよりも、あっちの食事のせいで太りそうで大変だったよ」
それは父親の私設秘書の一人、倉島さんがよく言っていたことだった。倉島さんは外交官の奥さんと共に、三十年近くを日本とアメリカや諸外国との往復をして、父親達とあちらの政治家とのパイプ役を務めてくれた重光事務所の外交担当だった。その倉島さんが最初に行ったのがアメリカ。あまりの食事の量の違いに、最初は度肝を抜かれたよと今でも当時のことを笑い話にしている。
「太らずに帰国してくれて嬉しいわ。真ん丸になった新郎だなんてちょっと困るもの。それはそれで可愛いでしょうけどね」
「これ以降の予定は? 休みの間も引っ張りだこなんじゃないのか? ほら、女性議員ばかりの何とか会議とか?」
「ああ、あれね」
何のことを言っているのかすぐに分かって、うなづいてみせた。
「ここしばらく、選挙にかかりっきりで家庭のことが疎かになり気味だったから、夏休みが終わるまでは余程のことが無い限り、それぞれ家族サービスに徹するの。だから個別で会ったりすることはあっても、九月まであの会合は無し。ああ、もちろん家族サービスは女性議員に限ったことじゃないわよ?」
「なるほど。議員の家族っていうのも大変だな」
「私みたいに、生まれた時からその生活が当り前だった人ばかりじゃないものね」
父親は結婚する前から、国会議員として活動をしていた。そして母親も短期間ではあったものの、そんな父親の秘書をしていたのだ。だからその点では心得ていたし、私達も生まれた時からそんな両親を見ていたので、それが普通だと思っていた。だけど今はそういう人の方が少ないかもしれない。
「だけどそのお蔭で、明日の夜までは一緒にすごせるんだけれど?」
「それはありがたい」
霧島さんは口元に笑みを浮かべるとエンジンをかけた。
「それで行き先はどっちに? 俺の? それとも君の?」
「貴方のスーツケースの中身を何とかしなくちゃいけないでしょ? まずは貴方の自宅で荷解きをして、それから考えたら良いんじゃないかしら? 片づけや洗濯ぐらいなら私でも手伝えるし」
「議員先生に手伝いをしてもらうのか?」
なんだか気が乗らない様子だ。
「議員である前に貴方の婚約者でもあるんですけれど? そのへんは無視なの?」
「そんなことはないが」
「だったら決まり。貴方の自宅、荷解きにあれこれ、それから夕飯、そして気が向いたら私の自宅。これで良いでしょ?」
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