ミストリアンエイジ

幸崎 亮

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Fルート:金髪の少年の物語

第6話 最初の選択肢

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 農園から続く道を抜け、僕とエレナはアルティリアの王都に到着した。

 城門の前からは右手方向――すなわち南へ向かってはばひろの街道が延びており、絶え間なく人々がおうらいしている。

「へぇ、にぎやかだね。誰にも会わなかったから、あまり人が居ないのかと」

農園うちに来る人はいないからね。あの道は〝ランベルトス〟って街に続いてるの」

 どうやら付近には、もう一つ街があるようだ。かなり興味はかれるが、今はで、僕らのすべきことをやろう。


「まずは王都を案内するねっ。行こっ!」

 エレナは長槍ロングスピアをバッグにい、僕の手をつかんで走りはじめる。収納の瞬間をぎょうしてはみたものの、やはり原理はよくわからなかった。

 収納時に物体を分解し、取り出す際に再構築しているのか?
 それとも、別の空間層を利用している?

 こうした仕組みならば、すでに現実世界でも使われている。地下は狭いうえに、植物の根によって荒らされたり破壊されてしまう。世界統一政府のかんサーバなんかも、別空間に設置されているとのうわさがあるくらいだ。

 ――とはいえ異世界ここならば、魔法という可能性もあり得るか。

 僕がバッグに対する思考をめぐらせていると――いつの間にか彼女に引っ張られるような形で、街の広場へと案内されていた。

 ◇ ◇ ◇

「着いたよっ、ここが中央広場!」

 広場の中央には巨大なふんすいがあり、えんせきに腰かけた人々が、楽しげにだんしょうを交わしている。足元は芸術性を重視したしきいしそうされ、外周には色とりどりのだんと白いベンチが置かれていた。

 僕らの周囲では街の住人や労働中らしき服装の人物らが次々と行き来し、ベンチで休憩や読書を始める者もいる。中央との名をかんするとおり、は街のあらゆる場所へと続くぶんてんとなっているようだ。

「あの真ん中のっきな建物がお城で、あっちのとがった屋根が教会で……」

 視界にある建造物を指さしながら、エレナが説明をしてくれる。

 正直、中身のある内容とは思えないけれど――僕のために一生懸命に話す彼女の姿を見ていると、なんだかとても愛らしく思えた。


「アインスは行きたいところとか、ある?」

「そうだなぁ、やっぱり商店街あたりが気になるかな」

「わかった! 目的のお店もそっちだし、行ってみよっか」

 エレナは再び僕の手を掴み、向かって左側――街の北側へと続くルートを進行する。

 ◇ ◇ ◇

 賑やかな人波をくぐりながら進むと、がいの右側には食料を販売するてんが、左側には店舗などの施設が並ぶ商店街へと辿たどいた。

 露店からは料理の良い香りが漂い、客や店主の威勢の良いやり取りが飛び交う。
 この場所のそこら中から、活気や生命力が伝わってくる。

 生気も無く、ただ命じられるがままにからだを動かすだけの存在。僕が知る人間とは〝そういうもの〟だ。そんな世界との あまりにも大きすぎる差をたりにした僕は、胸の奥が静かに震えているような感覚に見舞われた。


「あっ、何か食べる? ちょっと待っててね」

 そう言ってエレナはほほみ、露店の一つへと駆け寄っていく。どうやら、いつの間にか僕の口は半開きの状態になっており、ぼんやりと食べ物や街並みを眺めていたようだ。

 これは、恥ずかしい姿を見せてしまったかな……。僕はわずかに垂れたよだれぬぐい、街路の脇へと移動する。


「はいっ、お待たせ!」

 しばらくするとエレナが戻り、紙で包まれた料理を手渡してくれた。

 彼女によると、外側の紙は防腐や防水処理の施されたほうらしい。かみづつみを開いてみると、中には小さなパンのような、甘いにおいのする食べ物がいくつか入っていた。

 僕は彼女に礼を言い、それを一つ口へ運ぶ。
 どことなく簡易糧食レーションに似た食感だが、味は比べるまでもない。

しい。でも――」

「でも?」

「エレナの料理の方が、僕は好きかな」

 そう正直な感想を述べるや、エレナが照れた様子で僕の腕を軽くはたく。
 僕は危うく紙包みを落としかけたものの、どうにか死守することができた。


「もうっ……。また作ってあげるから。……いつでも、ずっとでも……」

「……え? うん、ありがとう。楽しみにしてるよ」

 最後はよく聞き取れなかったけれど。
 また、あの料理が食べられるのは楽しみだ。

 その後は二人で残りを平らげ――。
 僕らは再び、商店通りを進むことにした。

 ◇ ◇ ◇

 再度の商店通り。ここにはじゅうこうたたずまいの酒場もあり、なにやら〝旅人向けのサービス〟も行なわれているそうだ。しかしながら、それを説明した時のエレナは、どこか悲しげな表情だった。

 やがて僕らは目的の店を発見し、扉を開けて中に入る。


 店内はエレナの家のリビングと同程度の広さで、たな陳列台ディスプレイといったスペースの上に、ところせましと様々なアイテムが置かれている。

 主に旧世紀の映像記録でたような、簡素な物品ばかりが並んでいるが、とりわけやくびんたぐいが多く目についた。

 エレナは瓶の一つを迷いなく手に取り、店員のいるカウンターへと向かう。


「アインスも、なにか買う?」

 購入の手続きを終えたエレナが、自身のポーチへ品物を仕舞いながらいてくる。しかし僕は残念ながら、商品の対価になるようなものを持っていない。そのことを告げると、エレナは僕のベルトに下げられた、小さな革袋を指さした。

「お金、その〝おさい〟に入ってると思うよ? さっきの魔物を倒した分もあるし」

 そのように言われて確認してみると――。僕の財布の中には胴や銀で形成されたとおぼしき、円形の小さな金属片が詰まっていた。

「ほんとだ、いつの間に……。どうなってるんだろ?」

「うーん。お財布だから……とか?」

 この世界の住人であるエレナ自身も、詳しい仕組みは知らないようだ。

 ついでに財布と共にベルトに着いていた〝小さなポーチ〟を開いてみると、中には小さな薬瓶が二つと、折りたたまれたシンプルな服が入っていた。

 いずれもポーチに入る体積ではないうえに、僕はの重さも感じていない。この収納の仕組みから察するに、さきほど僕が思い至った〝異空間収納仮説〟が正解だったりするのかもしれない。

 ◇ ◇ ◇

 その後は二人で店内を見てみたものの――。
 結局、僕は何も買わないまま、とりあえず店を出ることにした。

 意外と時間がってしまったのか、ややが傾きかけている。

「長居してしまったかな。ゼニスさん、大丈夫かな?」

「いつもこれくらいの時間になっちゃうし、平気だと思うけど……。心配してくれて、ありがとね」

 ◇ ◇ ◇

 僕らは来た道を引き返し、再び〝噴水広場〟へと戻ってきた。現実世界ではいだことのないほどのないような清涼な水の香りが、僕のきゅうかくさわやかな香りで満たす。

「それじゃ、これから帰るけど……。えっと、アインスはどうする……?」

「うん? どうするって?」

「その……。ランベルトスに行きたそうだったから。旅に出ちゃうのかなって……」

 なるほど。確かにそうすることもいっきょうか。

 僕がミストリアスに居られる時間は限られている。
 この不思議な世界を見て回りたい気持ちは、当然ある。

 いわばここは、今後の展開を決める大きなぶんてんだ。

 しかし……。

 僕は悲しげな表情でこちらを見つめているエレナから、眼をらすことができない。そうだ。正直な気持ち、もっと彼女と過ごしてみたい。


「僕も一緒に戻るよ。エレナと一緒に」

「えっ……。いいの……? ほんとに……?」

 僕の選択を口にすると、エレナの表情が見る間に明るくなる。
 そして涙を浮かべながら、僕に抱きついてきた。

「あっ……、嬉しくって……。ごめんなさい……」

「はは、こちらこそ。それじゃ帰ろう」

 僕の選んだ最初の選択肢ルート

 この選択の先に、どんな未来が待っているのかは分からないけれど。
 僕は心に小さな喜びを感じながら、二人で農園へと戻るのだった。
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