ミストリアンエイジ

Ｃルート：金髪の少年の末路

第33話 それぞれの罪

　翌日。三度目の侵入ダイブで迎えた、三日目の朝。
　僕は宿を貸してくれたアレフに礼を言うため、彼を探しに部屋から出る。

　遺跡の出入り口からは暖かな光が射し込んでおり、白く眩まばゆく輝いてみえる。

　そちらとは反対方向の大広間へと目を遣やると、あの石造りの祭さい壇だんの付近に、アレフの後ろ姿を発見した。

　◇　◇　◇

　アレフは僕に気づくと振り返り、祈りのジェスチャをしてみせる。
　僕は広間の中へ入り、彼に昨夜の礼を述べた。

「恐きょう縮しゅくでございます。よくお眠りになられたようでなによりです」

「ありがとうございます。――ところで、この祭壇みたいなのって何なんなんですか？」

　僕はアレフの背後にある、謎の構造物オブジェクトを指さしてみせる。思えば彼には訊ききたいことが多すぎて、まだこ・れ・については質問していなかったのだ。

「これは旅人の皆さまが降り立つための道どう標ひょう。異世界への扉・ワールドポータルと呼ばれるものです。――その特性上、旅人のかたは真っ先に此方こちらをご覧になるのですが……。アインスさんだけは、違っておりましたね」

　確かに、同じ旅人でも、ミルポルの場合はこ・こ・に降り立ったとのことだった。アレフの話では、いつも何もない丘や森などに放り出されてしまうのは僕・だ・け・だという。

「――と、いうことは。それを使えば別の世界に行けるってことですか？」

「いえ。こちらから干かん渉しょうすることは不可能ですね。我々はミストリアさまが選定された旅人の方々を、ここでお迎えするだけです」

　ミストリアが選定する？　あの白い空間での、器アバター作製のことか。
　僕も余計な質問をしたせいでエラーを起こし、追い出されてしまった経験がある。


「現在では訪れる旅人さまも減少されましたが。かつての古い時代、ミストリアさまが顕けん現げんされる以前までは、毎日のように多くの旅人が降り立っていたそうです」
　
「え？　ミストリアって、最初から居たわけではないんですか？」

「はい。創造主たる〝偉大なる古き神々〟を除けば、元々ミストリアスで信仰されていた神は〝光の男お神がみ・ミスルト〟と〝闇の女神・アリスト〟の二ふた柱はしら。ミストリアさまの名が広く知られ始めたのは、およそ千年前ですね」

　それは予想外だった。この世界の名を冠かんする〝ミストリア〟が、それほど新しい存在だったとは。現在が〝創そう生せい紀き 三〇〇〇年〟ということを考えると、およそ二千年の間は〝入り放題〟だったということか？


「アインスさまには申しあげにくいのですが……。古い時代の旅人さまは、あまり〝望ましい来客〟とは言いい難がたかったようなのです。彼らを発ほっ端たんとする戦争や、罪なき者への蹂じゅう躙りんといった悲劇も、世界各地で多く発生していたとか」

「なるほど……。いえ、そうだとすれば、神しん殿でん騎き士しの態度にも納得がゆきます。そんな旅人たちの姿を多く見てきたからこそ、あれほど警戒していたのでしょうし」

　つまり、ミストリアはアカウント情報の審査を、アレフたち聖職者は旅人たちのチュートリアルを。そして神殿騎士たちは、旅人らの管理や取り締まり――いわばＧゲームＭマスターの役割を担当しているということか。

　確かに、異世界からの侵入者が傍ぼう若じゃく無ぶ人じんな振る舞いをすれば、この世界の住人たちは堪たまったものではない。ここで暮らす人々は、れっきとした〝人間〟なのだ。

　しかし、そうなると理解できないことがある。

　なぜ異い世せ界かい創そう生せい管かん理り財ざい団だんは、この世界ミストリアスを〝ゲーム〟のように扱うのだろう。わざわざ〝ミストリアンクエスト〟などという、ゲームタイトルを名づけてまで。

　僕も最初の侵入ダイブの際は、この世界を完全に〝仮想空間〟だと思い込んでいた。

　なにせ、魔物に襲おそわれていたエレナを〝仕様の確認〟と称し、見殺しにしようと考えたほどだ。あの時のことを思いだすと躰からだが震え、罪悪感に苛さいなまれてしまう。


　――駄目だ。
　ここで考えてばかりいても、おそらく答えには辿たどり着つけない。

　とにかく知識と情報を集めよう。
　まずは今日の予定通り、ランベルトスを目指さなければ。

　その前にアルティリアの孤児院に寄り、ミチアに挨あい拶さつをしておきたい。

「また、いつでもお訪ねください。次に会われるであろう私アレフも、必ずアインスさんを歓迎いたします」

「とても心強いです。ぜひ頼らせていただきます」

　僕はアレフと固い握手を交わし、はじまりの遺跡を後あとにした。


　◇　◇　◇


　遺跡の外で飛翔魔法フレイトを使い、僕は真っ直ぐにアルティリアへ飛ぶ。
　この魔法の扱いにも、そこそこ慣れることができたようだ。

　いつものように街の入口に降り立ち、徒歩で教会へと向かう。
　しかし噴ふん水すい広ひろ場ばに差し掛かった時、僕は見覚えのある姿に足を止めた。

「あれ？　あなたは確か、戦士団の……」

　広場の白いベンチでは、アルティリア戦士団の団長・アダンが、包帯を巻いた姿で項うな垂だれていた。そんな彼を責めるかのように、仲間の少女が指を立てながら、早口で言葉を捲まくし立たてている。

「ああ、貴方あなたは昨日の。いやはや、みっともない姿を見られましたな」

「ホントよ！――ねぇ聞いてよ、団長ってばガースを街道まで追いかけて、いきなり斬りつけられたのよ!?　それで見事にコノザマってワケ！」

「ハッハッ……。外は係けい争そう地ちですからな。自分の不注意でしたゆえ」

　少女は「笑いごとじゃないっての！」と叫びながら、アダンに強烈な一撃を入れる。アダンは躰からだを〝くの字〟に曲げ、野太い悲鳴と共に悶もん絶ぜつした。


「とにかくっ！　もうアイツには関わらないことねっ！　団長が怪け我がしちゃったら、街の安全なんて守れないじゃない……。さすがにお人好しすぎるのよ……」

「ウグッ、面めん目ぼくない。今後は気をつけると約束しよう……」

　やはりガースは戦士団を抜け、ランベルトスへと向かったようだ。僕もアイツには関わりたくはないし、この少女の意見には大いに賛さん同どうしたい。

　僕は彼らに別れを告げ、改めて教会へと向かう。
　確かエレナと結婚式を挙げた際には、敷地の右奥に孤児院が在あったはずだ。

　◇　◇　◇

　教会の入口を覗のぞいてみると、数人の住民が熱心な礼拝に訪れている最さい中ちゅうだった。クリムト神しん使しは忙しいようなので、僕は勝手ながら、直じかに孤児院へ行くことに。

　しかし、そうするまでもなく。
　建物の右手方向にて、ソアラの姿が確認できた。

　彼女は教会の外壁に寄りかかり、物もの憂うげな表情で巻まき煙草たばこを吹かしている。

「おはようございます。ソアラさん」

「あら？　アインスさん。おはようございます」

　ソアラは持っていた煙草を小箱にねじ込み、それを白い法ほう衣いのポケットに仕し舞まう。そして昨日と同じように、慈愛に満ちた笑顔をみせた。


「実は、これから旅に出るので。最後に、ミチアに挨拶をしておきたくて」

　ランベルトスへ向かったあとは必然的に、東方面ガルマニアへのルートを探ることになる。いずれにせよ今回の侵入ダイブでは、もうアルティリアには戻れないだろう。

「まあ、そうなのね。――ええ、ミチアちゃんも会いたがっていたから、きっと喜ぶと思います。いま、呼んできますね」

　ソアラは寄りかかっていた壁から躰からだを離し、小走りで孤児院へと駆けてゆく。
　敷地の奥からは、子供たちの元気な声が聞こえてくる。

　その声に耳を傾かたむけていると、ソアラがミチアと共に戻ってきた。
　今日もミチアは頭に髪飾りを付け、見るからに顔色も良くなっている。

　僕は地面に膝をつき、ミチアの顔を真っ直ぐに見つめた。


「やあ、ミチア。すっかり元気そうだね」

「うん。……行っちゃうの？」

「ああ。この世界を救う方法を――。ミチアが元気に暮らせる世界にする、そのやり方を……。僕は探さないといけないからね」

　僕の言葉を受け、ミチアは少し口を曲げる。
　しかし理解してくれたのか、やがて小さく頷うなずいた。

「わかった。また会いにきてね？」

「もちろん。約束するよ。……元気でね」

「うん……。約束……」

　そう言い終えるなり、ミチアは僕に抱きついてきた。
　僕は小さな躰からだを抱きしめながら、彼女の頭を優しく撫なでる――。


「あー！　このヘンタイ！　ミチアを泣かせてんじゃねーよ！」

　突とつ如じょ、僕の背後から、幼い少年の大声が響く。そちらへ顔を向けてみると、ミチアと同じ年頃の男の子が、怒り顔で僕を指さしていた。

「こらっ、ククタくん！　お客さまに失礼でしょ？　悪いことを言う子は、お買い物に連れていってあげませんよ？」

「うるせー！　た・か・が・お手伝いのブンザイで！　別にいーもん！」

　ククタと呼ばれた少年は舌を出し、全速力で孤児院の方へと走っていった。
　どうやら早くもミチアには、頼れる友達ができたようだ。

「ごめんね……。アインスお兄ちゃん」

「いや、僕は平気だよ。さあ、仲良くしておいで」

　ミチアは僕に大きく頷き、彼を追って去ってゆく。
　僕はゆっくりと立ち上がり、彼女の後ろ姿に手を振った。


「すみません。アインスさん……」

「気にしないでください。――あの、ソアラさんは、聖職者ではないんですか？」

　今日のソアラも教会の法衣を身に着けており、どこから見ても聖職者だ。
　なぜ彼女は孤児たちにまで、わざわざお手伝いだと名乗っているのだろうか。

「ええ……。私は、ただの〝お手伝い〟です。私なんかが聖職者には、絶対になれませんから……」