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Bルート:金髪の少年の伝説
第63話 グッドエンドは未来へ遠く
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魔王に遺されていた気高き者たちの意志と、本来の輝きを取り戻した光の聖剣〝バルドリオン〟によって、魔王の肉体は頭頂部から真っ二つに両断された。
その瞬間、凄まじいほどの閃光が弾け、周囲の〝闇〟と瘴気を空間ごと吸い寄せてゆく。僕は飛翔魔法を解いて床へと下り、低い体勢で力の奔流を耐え凌ぐ――。
そして空間の揺れが治まった時、僕の目の前には闇色の輝きを放つ、禍々しい〝魔王の烙印〟が浮かんでいた。
「よし、開いたぞ! 三人とも、無事ですか!?」
一瞬の静寂を打ち破るように、僕の背後でアルトリウス王子の大声が響く。
気づけば周囲の景色は元の〝王の間〟へと戻っており、烙印の奥には空の玉座が確認できる。僕が振り返って静かに頷くと、アルトリウス王子とエピファネスの他、数名の兵士らが広間の中へとなだれ込んできた。
「あはは、さすがですね。ようやく最後の扉が開いたと思ったら、すでに終わったあとだったとは。――では、もしかするとそれが?」
「ええ。魔王の烙印です」
僕は再び玉座の方を振り返り、魔王の烙印へと視線を戻す。大きさは約一メートル四方といったところだろうか。闇色の光を放つそれは、僕らが使う〝ノイン語〟で言うところの〝怨〟と〝悔〟を重ねた文字のようにも見える。
《さあ、最後の仕上げだぞ! 聖なる光で闇を消し去り、悪しき因果を打ち砕け!》
再び光の聖剣に、強き正義の光が宿る。
僕は空中で停止している〝烙印〟を正面に捉え、ゆっくりと剣を振り上げる。
――が、僕は剣を振り下ろすこともなく、静かに右腕を下ろしてしまった。
「すみません。やっぱり僕には、烙印を砕くことは出来ません。魔王を討つ最後の瞬間、彼らの声を聞いたんです。――リーランドさんと、ヴァルナスさんの」
そう言った僕の背後から、小さなどよめきや息を呑む音が聞こえてくる。もちろん、あえて後ろを振り返らずとも、皆がどういう表情をしているのかは察しはつく。
「アインスよ。魔王の烙印を滅せねば、いずれ魔王は再臨しよう。汝は――」
「はい。わかっています。……でも、やっぱり信じたいんです。彼ら二人と、この世界の人々と、そして僕自身を」
僕は〝烙印〟をじっと見つめたまま、エピファネスの声に答える。
「へっ……。へへっ、そうか! いいぜ、俺は賛成だ!」
「ふっ。まさかこうなるとはな。――いいだろう。オレも戦友を信じよう」
先陣を切ったドレッドの言葉に続き、カイゼルも賛同の意思を示す。そして再度のどよめきが続いたあと、アルトリウス王子も口を開いた。
「わかりました。私もアインスさんを――。勇者の言葉を信じましょう」
「……ふむ。致し方あるまい。だがアインスよ、当然ながら策はあるのだな?」
「はい。もちろんです」
あの魔王の肉体はリーランドのものだったが、確かにヴァルナスの意識や記憶も遺っていた。それならば、僕自身に〝烙印〟を宿し、彼らと対話を続けよう。
それに、ここで彼らを消滅させてしまいたくはない。僕の目的は〝世界のすべて〟を救うこと。その中には当然ながら、彼ら二人の戦友も入っている。
背後を振り返ってみると、その場の全員が僕に真剣な眼差しを向けていた。そして彼らは一様に、首肯や敬礼を以って、僕の選択に同意を示す。
「ありがとうございます」
僕は〝烙印〟へと向き直り、静かにそれへと接近する。すると闇色の輝きが激しさを増し、すべてが僕の躰へと吸い込まれてゆく。
「うっ……。グッ……!」
憎悪、怒り、悲しみ、嘆き、そして救いきれぬほどの大きな絶望。頭に流れ込む負の感情に押しつぶされそうになりながらも、僕はそれらの〝闇〟を受け入れた。
*
「だ……、大丈夫ですか? アインスさん」
「ええ、なんとか。……はは、どうにか上手くやれそうです」
僕は額を押さえながら、振り返って笑みを返す。アルトリウス王子は僅かに神妙な表情を浮かべた後、周囲の兵らに指示を出しはじめた。
「よし、皆の者! 勇者アインスによって、無事に魔王は討ち取られた! しかし、すべての戦いが終わったわけではない! 残存する魔王軍を掃討し、魔物どもの手からガルマニアとネーデルタールを奪還する!――ただちに出撃準備に移れ!」
「ハッ!」
アルトリウス王子の号令に従い、連合軍の兵士らが一斉に王の間から飛び出してゆく。そして王子も彼らを追うように、扉の方へと足を向ける。
「これで……、よろしかったのですね?」
「はい。僕には最後の仕事があります。――後をよろしくお願いします」
「わかりました。……ありがとうございました、アインスさん」
僕にアルティリア式の敬礼をし、アルトリウス王子が退出する。続いてエピファネスも小さく頷き、彼に続いて王の間から去っていった。
「んじゃ、俺らも行くとすっかぁ! アインス。あいつらのこと、頼んだぜ?」
「任せてください」
「ふっ、また会おう」
カイゼルとドレッドは各自の祖国の敬礼をし、その場でくるりと踵を返す。そして真っ直ぐに歩みを進め、仲間たちの元へと向かっていった。
一人残された僕はバルドリオンを構え、何もない空間へ向かって思いきり振り下ろす。すると白い太刀筋が空間に刻まれ、目の前に転移門が出現する。
僕は額を押さえたまま、ふらつく足で真っ白な渦へと飛び込む。そして短い異空間を抜けたあと、目の前には水晶に覆われた、オーロラの射す大地が広がっていた。
*
原初の地。ダム・ア・ブイ。この小さな島そのものが〝大いなる闇〟へと繋がっており、ここがミストリアスに生まれた最初の大地でもある。
そんな〝はじまりの大地〟にて、ついに僕の冒険も終わる。
〝水晶の山〟の頂上へ転移した僕は、カルデラ状の火口の中央へと向かう。頭に押し寄せる数多の記憶と感情によって、すでに僕の意識は朦朧としているが――。まだ、倒れてしまうわけにはいかない。
まずは水晶に穿たれた穴に、鞘に納めたバルドリオンを突き立てる。彼には来たるべき時が訪れるまで、〝外〟の脅威から世界を守ってもらわなければならない。
《勇者の力は永久不滅だ! また会おう、新たなる勇者よ!》
少々うるさい相棒ではあったが。勝手に思考を読み取ってくるだけのことはあり、彼は僕の行動に対して、常に最善を尽くしてくれた。
《君の熱い思いは充分に伝わったぞ!――だからこの世界のこと、頼んだぜ?》
バルドリオンに背を向けながら、僕は小さく口元を上げる。さあ、これでいよいよ最後。あとは現実世界で眠る肉体が、この〝死の痛み〟に耐えられるかどうか――。
僕は襟元から〝木彫りの守護符〟を取り出し、裏面の文字を愛おしげに見つめる。そしてベルトに差した〝暗殺の刃〟を抜き、静かに自身の左胸へと当てた。
「お待たせしました。ヴァルナスさん、リーランドさん。今から僕も、この〝烙印〟の一部になります。――ここで共に語らいながら、静かな眠りに就きましょう」
足元の水晶には、額に闇色の〝烙印〟を浮かべた僕の顔が映っている。
おそらく〝神の眼〟を持つルゥランならば、現在の状況も把握しているだろう。彼がダム・ア・ブイを管理している限り、この場所には決して誰も近づけない。つまりここで僕が命を落とせば、烙印を消滅させることなく人々から安全に隔離できる。
覚悟を決めた僕は静かに目を瞑じ、刃を両手で握りしめる。
――しかし僕の意志に反し、暗殺の刃が両の手から零れ落ちた。
「駄目だ」
僕の口から自然と言葉が漏れる。閉じたはずの瞼も開いており、足元の水晶には、決意に満ちたアインスの顔が映っている。
「君を危険には曝せない。――大丈夫さ、あとの事は僕に任せて?」
友人に別れの挨拶をするかのように、僕が水晶に映る顔に向かって話す。
これは僕の意志ではない――。そう感じ取った瞬間、僕の意識が不思議な浮遊感と共に上昇し、視界が白い霧に包まれはじめた。
「まだ君には成すべきことがある。君だけにしか出来ないことが」
アインスがオーロラに彩られた空を、僕を見上げながら穏やかに笑う。
「――さようなら。四郎」
そう言ってアインスが小さく手を振った途端、彼に送り出されるかのように、僕の意識は天空へと吸い込まれ、視界が真っ白な闇に覆われる。
そして視界が元に戻った時――。
僕の眼には現実世界の、見慣れた天井が映っていた。
勇者ルート:希望/果たされた約束 【終わり】
その瞬間、凄まじいほどの閃光が弾け、周囲の〝闇〟と瘴気を空間ごと吸い寄せてゆく。僕は飛翔魔法を解いて床へと下り、低い体勢で力の奔流を耐え凌ぐ――。
そして空間の揺れが治まった時、僕の目の前には闇色の輝きを放つ、禍々しい〝魔王の烙印〟が浮かんでいた。
「よし、開いたぞ! 三人とも、無事ですか!?」
一瞬の静寂を打ち破るように、僕の背後でアルトリウス王子の大声が響く。
気づけば周囲の景色は元の〝王の間〟へと戻っており、烙印の奥には空の玉座が確認できる。僕が振り返って静かに頷くと、アルトリウス王子とエピファネスの他、数名の兵士らが広間の中へとなだれ込んできた。
「あはは、さすがですね。ようやく最後の扉が開いたと思ったら、すでに終わったあとだったとは。――では、もしかするとそれが?」
「ええ。魔王の烙印です」
僕は再び玉座の方を振り返り、魔王の烙印へと視線を戻す。大きさは約一メートル四方といったところだろうか。闇色の光を放つそれは、僕らが使う〝ノイン語〟で言うところの〝怨〟と〝悔〟を重ねた文字のようにも見える。
《さあ、最後の仕上げだぞ! 聖なる光で闇を消し去り、悪しき因果を打ち砕け!》
再び光の聖剣に、強き正義の光が宿る。
僕は空中で停止している〝烙印〟を正面に捉え、ゆっくりと剣を振り上げる。
――が、僕は剣を振り下ろすこともなく、静かに右腕を下ろしてしまった。
「すみません。やっぱり僕には、烙印を砕くことは出来ません。魔王を討つ最後の瞬間、彼らの声を聞いたんです。――リーランドさんと、ヴァルナスさんの」
そう言った僕の背後から、小さなどよめきや息を呑む音が聞こえてくる。もちろん、あえて後ろを振り返らずとも、皆がどういう表情をしているのかは察しはつく。
「アインスよ。魔王の烙印を滅せねば、いずれ魔王は再臨しよう。汝は――」
「はい。わかっています。……でも、やっぱり信じたいんです。彼ら二人と、この世界の人々と、そして僕自身を」
僕は〝烙印〟をじっと見つめたまま、エピファネスの声に答える。
「へっ……。へへっ、そうか! いいぜ、俺は賛成だ!」
「ふっ。まさかこうなるとはな。――いいだろう。オレも戦友を信じよう」
先陣を切ったドレッドの言葉に続き、カイゼルも賛同の意思を示す。そして再度のどよめきが続いたあと、アルトリウス王子も口を開いた。
「わかりました。私もアインスさんを――。勇者の言葉を信じましょう」
「……ふむ。致し方あるまい。だがアインスよ、当然ながら策はあるのだな?」
「はい。もちろんです」
あの魔王の肉体はリーランドのものだったが、確かにヴァルナスの意識や記憶も遺っていた。それならば、僕自身に〝烙印〟を宿し、彼らと対話を続けよう。
それに、ここで彼らを消滅させてしまいたくはない。僕の目的は〝世界のすべて〟を救うこと。その中には当然ながら、彼ら二人の戦友も入っている。
背後を振り返ってみると、その場の全員が僕に真剣な眼差しを向けていた。そして彼らは一様に、首肯や敬礼を以って、僕の選択に同意を示す。
「ありがとうございます」
僕は〝烙印〟へと向き直り、静かにそれへと接近する。すると闇色の輝きが激しさを増し、すべてが僕の躰へと吸い込まれてゆく。
「うっ……。グッ……!」
憎悪、怒り、悲しみ、嘆き、そして救いきれぬほどの大きな絶望。頭に流れ込む負の感情に押しつぶされそうになりながらも、僕はそれらの〝闇〟を受け入れた。
*
「だ……、大丈夫ですか? アインスさん」
「ええ、なんとか。……はは、どうにか上手くやれそうです」
僕は額を押さえながら、振り返って笑みを返す。アルトリウス王子は僅かに神妙な表情を浮かべた後、周囲の兵らに指示を出しはじめた。
「よし、皆の者! 勇者アインスによって、無事に魔王は討ち取られた! しかし、すべての戦いが終わったわけではない! 残存する魔王軍を掃討し、魔物どもの手からガルマニアとネーデルタールを奪還する!――ただちに出撃準備に移れ!」
「ハッ!」
アルトリウス王子の号令に従い、連合軍の兵士らが一斉に王の間から飛び出してゆく。そして王子も彼らを追うように、扉の方へと足を向ける。
「これで……、よろしかったのですね?」
「はい。僕には最後の仕事があります。――後をよろしくお願いします」
「わかりました。……ありがとうございました、アインスさん」
僕にアルティリア式の敬礼をし、アルトリウス王子が退出する。続いてエピファネスも小さく頷き、彼に続いて王の間から去っていった。
「んじゃ、俺らも行くとすっかぁ! アインス。あいつらのこと、頼んだぜ?」
「任せてください」
「ふっ、また会おう」
カイゼルとドレッドは各自の祖国の敬礼をし、その場でくるりと踵を返す。そして真っ直ぐに歩みを進め、仲間たちの元へと向かっていった。
一人残された僕はバルドリオンを構え、何もない空間へ向かって思いきり振り下ろす。すると白い太刀筋が空間に刻まれ、目の前に転移門が出現する。
僕は額を押さえたまま、ふらつく足で真っ白な渦へと飛び込む。そして短い異空間を抜けたあと、目の前には水晶に覆われた、オーロラの射す大地が広がっていた。
*
原初の地。ダム・ア・ブイ。この小さな島そのものが〝大いなる闇〟へと繋がっており、ここがミストリアスに生まれた最初の大地でもある。
そんな〝はじまりの大地〟にて、ついに僕の冒険も終わる。
〝水晶の山〟の頂上へ転移した僕は、カルデラ状の火口の中央へと向かう。頭に押し寄せる数多の記憶と感情によって、すでに僕の意識は朦朧としているが――。まだ、倒れてしまうわけにはいかない。
まずは水晶に穿たれた穴に、鞘に納めたバルドリオンを突き立てる。彼には来たるべき時が訪れるまで、〝外〟の脅威から世界を守ってもらわなければならない。
《勇者の力は永久不滅だ! また会おう、新たなる勇者よ!》
少々うるさい相棒ではあったが。勝手に思考を読み取ってくるだけのことはあり、彼は僕の行動に対して、常に最善を尽くしてくれた。
《君の熱い思いは充分に伝わったぞ!――だからこの世界のこと、頼んだぜ?》
バルドリオンに背を向けながら、僕は小さく口元を上げる。さあ、これでいよいよ最後。あとは現実世界で眠る肉体が、この〝死の痛み〟に耐えられるかどうか――。
僕は襟元から〝木彫りの守護符〟を取り出し、裏面の文字を愛おしげに見つめる。そしてベルトに差した〝暗殺の刃〟を抜き、静かに自身の左胸へと当てた。
「お待たせしました。ヴァルナスさん、リーランドさん。今から僕も、この〝烙印〟の一部になります。――ここで共に語らいながら、静かな眠りに就きましょう」
足元の水晶には、額に闇色の〝烙印〟を浮かべた僕の顔が映っている。
おそらく〝神の眼〟を持つルゥランならば、現在の状況も把握しているだろう。彼がダム・ア・ブイを管理している限り、この場所には決して誰も近づけない。つまりここで僕が命を落とせば、烙印を消滅させることなく人々から安全に隔離できる。
覚悟を決めた僕は静かに目を瞑じ、刃を両手で握りしめる。
――しかし僕の意志に反し、暗殺の刃が両の手から零れ落ちた。
「駄目だ」
僕の口から自然と言葉が漏れる。閉じたはずの瞼も開いており、足元の水晶には、決意に満ちたアインスの顔が映っている。
「君を危険には曝せない。――大丈夫さ、あとの事は僕に任せて?」
友人に別れの挨拶をするかのように、僕が水晶に映る顔に向かって話す。
これは僕の意志ではない――。そう感じ取った瞬間、僕の意識が不思議な浮遊感と共に上昇し、視界が白い霧に包まれはじめた。
「まだ君には成すべきことがある。君だけにしか出来ないことが」
アインスがオーロラに彩られた空を、僕を見上げながら穏やかに笑う。
「――さようなら。四郎」
そう言ってアインスが小さく手を振った途端、彼に送り出されるかのように、僕の意識は天空へと吸い込まれ、視界が真っ白な闇に覆われる。
そして視界が元に戻った時――。
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