ミストリアンエイジ

Ａルート：赤髪の青年の冒険

第66話 明日へ繋げるリスタート

　世界を救う鍵を握る、四つの〝はじまりの遺跡〟を探すため、僕はガルマニアの更さらに東方に位置する〝ネーデルタール王国〟へと辿たどり着ついた。

　しかし、国境を越えて早々――。僕は西のガルマニアと北の魔導国家ディクサイスに隣接する森の付近にて、何者かに襲おそわれているであろう少女の悲鳴を耳にした。

「クソッ、どこだッ!?　どこを見ても植物ばかりだ」

　僕は飛翔魔法フレイトで樹々の隙間を縫ぬうように飛び、声の主ぬしの姿を探す。さきほど見かけた、魔導国家ディクサイスのものと思われる〝魔ま導どう兵へい〟らの動向も気掛かりだ。

　僕は耳と鼻の感覚を研とぎ澄すませるために、高速で飛行しながら両目を瞑とじる。

　鬱うっ蒼そうと茂る樹々の青臭さ、そして木の葉の擦すれるさ・ざ・め・き・。遠くで鳴り響く複数の金属音と、鉄と機械油の臭におい――。

　その中に混じり、ほんの僅わずかな人ひ類との声と、微かすかな香水の匂においを感じ取った。

「よし、見つけた！　間に合ってくれ――ッ！」

　瞑じていた両目を開き、さらに飛行のスピードを上げる。風の結界を纏まとった僕は周囲の枝葉を吹き散らせながら、一直線に目標へと向かう。

　　　　　　　　　　　　　＊

　到着した場所は剥むき出だしの地面を強く押し固めただけの、辛かろうじて馬車が一台通れる程度の森林道だった。しかし、その一帯は樹々が悉ことごとく薙なぎ倒たおされ、この現場は今や、小規模な広場と化している。

　道の脇には破壊された馬車が横たわっており、すでに逃げ去ってしまったのか、これを引いていたであろう〝馬〟の姿は見当たらない。

　そして横転した馬車の底てい面めんに隠れるように――暗い青色をした長い髪の少女が、仰あお向むけに倒れている〝執事〟らしき老年男性に寄より添そっていた。


　何よりも二人の周囲には、巨大な戦せん斧ぷや剣で武装した魔導兵らが闊かっ歩ぽしており、森に潜ひそんだ獲物を探しだすかのごとく周囲の樹木を切り倒している。

　ここは少女らの保護を最優先に、慎しん重ちょうに行動しなくては――。

「とうッ！　アルフレド、ここに参上ォ――！　そこの嬢ちゃん、無事かッ!?」

　しかし僕の思考とは正反対に、器アバターである〝アルフレド〟が大声で名乗りを叫あげる。それに即座に反応し、少女と魔導兵らの注意がこ・ち・ら・を向く。

「えっと……？　あっ、あのっ……？」

「おおっと、話はあとだ！　まずはヤツラを片づける！　この俺に任せておけ！」

　黄色の瞳を見開いたまま固まっている少女に対し、僕は親指を立てながら歯を見せる。歳の頃はミチアよりも少し上といった程度の、まだまだ幼い少女といった年代か。血を流し、横たわっている老人とは違い、彼女に目立った外傷は無いようだ。


「ちょっ……。あのっ！　じゃ、じゃあ私も一緒に戦います！　彼らを一刻も早く制圧し、爺じいやの手当てをしなければ！」

　言うが早いか少女は巨大な〝盾〟を持ち、勇ましく立ち上がる。その盾は屈くっ強きょうな大男が使うような大盾であり、下方部分が〝剣〟のように尖とがっている。

「先に行っちゃいますよ？　はあぁ――っ！」

　少女は大盾を斜ななめに構え、猛もう然ぜんと魔導兵へ向けて突進する。さらに彼女は盾をく・る・り・と持ち替え、接近してきた別の一体に対して盾の先端を突き立てた。


「うおっ、これは凄すごいな。……よし、俺も負けてられんッ！」

　アインスの時と違い、現在の僕アルフレドは武器を持っていない。僕は徒と手しゅ空くう拳けんの構えを取り、手近な魔導兵へ渾こん身しんの拳を叩き込む。

「ぐッ――!?　硬かてェ――いや、違う。手ごたえがない？」

　素手とはいえ、僕の拳は完全に魔導兵の胴体を捉とらえていた。それにもかかわらず、まるで見えない障しょう壁へきに弾はじかれたかのように、衝撃を拡散されてしまったのだ。


「魔導兵は、魔力を込めた武器じゃないと！　えっ……？　まさか素手で……？」

　頭上で盾を回転させ、周囲の魔導兵らを振り払いながら、少女が僕に目を向ける。彼女の盾は薄うっすらと緑りょっ光こうを放っており、風の魔力を有していることが確認できる。

　しかし、そ・う・い・う・顔・をされてしまうのも無理はないところなのだが――。怪け我が人にんもおり、緊迫した戦場であるというのに、どうにも緊張感がない。それは僕自身もさることながら、あの少女の並外れた身体能力にも問題があるだろう。

　僕は呪文を唱えながら、改めて構えを取りなおす。

「ふっ、弱点さえ判わかれば！　レイフォルス――ッ！」

　炎の魔法・レイフォルスが発動し、僕の両手が燃え上がる魔ま法ほう拳けんと化した。

「うむ！　何事も試してみるものだなッ！」

　見た目どおりに鈍重なのか、幸いにも魔導兵らの動作は遅い。振り下ろされる巨大な斧や剣を素早く躱かわしながら接近し、僕は炎の拳を突き出す。

　すると、さきほどの攻撃の時とは違い、僕の右腕が魔導兵の黒い胴体を背中のバックパックごと易やす々やすと貫いた。すかさず後方へ退ひいて身構えるも、魔導兵は全身から大量の〝白い霧〟を噴き出しながら崩くずれ落おちてしまう。

　崩れた残骸の内部に肉体や機械らしきものはなく、人体の骨格を模したものと思われる、金属製の簡素な骨組みが覗のぞいているのみだ。たったこれだけの機構で、魔導兵らはどうやって活動していたのだろう。


「考えるのは後あとだ！　さっさと片づけるぞ！」

　戦闘への集中を促うながすかのように、アルフレドが攻撃を続行する。どうにも彼・の秘めたるアイデンティティに、僕の人格が負けている気がしてならない。

　　　　　　　　　　　　　＊

　少女との共闘の甲か斐いもあり、僕らは魔導兵らの集団を倒しきることに成功した。

　この少女はネーデルタールの貴族令嬢であるらしく、ガルマニアの傭よう兵へい団だんに参加している〝兄〟の許もとへと急いでいたとのこと。

　倒れていた老執事も少女の治癒魔法で回復し、被害は馬車のみで済んだらしい。どうやら少女は老執事が傷を負ってしまったことで、悲鳴を上げてしまったようだ。


「聞きたいのだが、その兄さんってのは――」

「いけません、お嬢様！　いまはディクサイスとの戦争中なのです。素性の知れぬ者に旦那様の名を知らせるなど、以もっての外ほかですぞ！」

　少女に訊たずねた途と端たん、元気を取り戻した老執事が、物凄い剣幕で僕らの会話を遮さえぎってきた。確かに僕は転てん世せい者しゃであり、身分を証明できるようなものは何もない。

　どうやら今回の世界では、ディクサイスとネーデルタールが戦争を行なっているようだ。それに近々ガルマニア軍も、ネーデルタール側として参戦をするとのこと。

　前回の〝勇者〟の世界でも、ディクサイスは最終決戦の直前に至るまで、単独で魔王軍と渡りあっていた。さきほどの魔導兵は簡単に撃破できたものの、彼かの国くにが底に秘めた軍事力は、並大抵のものではないのだろう。


「もう！　爺じいや、ったら！　本当にごめんなさい、アルフレド様。せっかく助けてもらったのに、こんな失礼なこと……」

　スカートの裾すそを上品に持ち上げながら、少女が申し訳なさそうに眉まゆ尻じりを下げる。

　僕自身に関しては、特に気にすることもない。老執事の判断は尤もっともであるし、彼女や〝兄〟の正体にも、おおよそ見当がついている。


「なに、彼の判断は適切だ！　それより、二人だけで平気なのか？」

「はい、ご心配なく。せめて何かお礼が出来ればいいんですけど」

「おっ、それでは〝はじまりの遺跡〟というものが、どこに在あるのか知らないか？　ネーデルタール国内に、必ず在るはずなのだが」

　僕の質問に対し、少女は小さく首を傾かしげる。
　すると彼女の斜め後方に仕つかえていた老執事が、咳せき払ばらいと共に口を開いた。

「それでしたら……。まさに〝この森〟の中に御ご座ざいます。この森林道を北へと進み、最初の別れ道を右折すれば宜よろしいかと」

　どうやら僕の目指す目的地は、この森に存在していたようだ。

　僕は二人に礼を言い、去ってゆく後ろ姿を見送る。戦争中ということもあり、まだ魔導兵と遭そう遇ぐうすることも考えられるのだが、あれだけ強ければ問題はないだろう。

　それに僕は一刻も早く、僕の成すべきことを成さねばならないのだ。

　　　　　　　　　　　　　＊

　老執事から教わったとおりの道順を辿り、ついに僕はネーデルタールの〝はじまりの遺跡〟を発見した。なんと遺跡は原型を残さないほどに朽ち果てており、あの魔水晶クリスタルの付いた石の台座だけが、この場所を〝はじまりの遺跡〟たらしめている。

「よくもまあ、コイツだけは無事だったな」

　僕は台座の頂点で光を放つ、大きな魔水晶クリスタルを見上げる。ここに〝こんなもの〟があれば、誰かに持ち去られても不思議ではないのだが。もしかすると街の転送装置テレポータのように、この世界の人々からは正しく認識されていないのかもしれない。

　屋外に曝さらされていたこともあり、台座は茶色く変色していたものの、目立った損傷などはなく、あの〝円形の窪くぼみ〟も綺き麗れいな形状を保っている。


　あとは魔法王国リーゼルタの〝はじまりの遺跡〟を探すのみ。これでようやくミストリアスを救うための、すべての〝鍵〟を揃そろえることができる。

　しかし、問題はリーゼルタに入る方法だ。あの国は常に世界を飛びまわっており、現在の所しょ在ざいは掴つかめない。一旦アルティリアまで向かい、アレフに訊ねるという手段もあるが――距離が遠すぎるうえに、見つけたところで入国できるとも限らない。


「ふぅむ。そいつは困ったねぇ」

　どこか他人事のように、アルフレドが口を開く。

　僕の本来の性格とかけ離れているせいなのか、それとも創りたて器アバターであるからなのか、どうにも〝彼〟とのリンクが弱い。その証拠に、時おり僕の視界の隅すみには〝白い霧〟が現れ、意識が浮き上がりそうになってしまう。

　ん？　新しく器アバターを創る？
　確か、あのリーゼルタには――。

「よぉ、そろそろ決まったかい？　そんじゃ、俺との旅はここまでだ！」

　まさか、アルフレドはこ・れ・を見越して、わざとあのように振舞っていたのだろうか。――僕を、安全に現実世界へと送り帰すために。


「あとのことは任せておけ！　俺は俺の正義に従い、この世界を守り続けてやる！　短い間だったが、楽しかったぜ――四し郎ろう！」

　そう言った途と端たん、僕の意識が浮遊感に包まれ、アルフレドの躰からだから乖かい離りする。アインスに続いて彼・までも。僕は自身の器アバターに、またしても助けられてしまった。

　やがて視界が白く染まり――。
　脳が、心だけが、白はく濁だくした空間を溺おぼれるように通過する。


　そして次に気がついた時。
　すでに僕は現実世界の、狭せま苦くるしい居住室へと戻っていた。



　冒険者ルート：救済／強き信念を宿す者　【終わり】