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第1章 ファスティアの冒険者
第2話 冒険者の街
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アルティリア王国・最大の都市、ファスティアの街。
ここは多くの拠点へと通じる街道を持つ、砂埃舞う交易都市だ。
「おはようございまーッス! 依頼を請けて来ました、冒険者のエルスでッス!」
早朝の魔物狩りを終えた後。
依頼人の店に到着したエルスは、精一杯の礼儀正しさで挨拶をする。
「いらっしゃい。ずいぶんと元気がイイのね」
エルスの声に反応し、店の奥から妖艶な雰囲気を放つ女店主が現れる。そんな彼女は早々に、品定めをするかのようにエルスを観察しはじめた。
人間族としては標準的な体格。
装備は〝いかにも駆け出し〟らしく、安物の長剣と革製の軽鎧を身に着けている。
窓から吹き込む風に揺れる銀髪と、ややツリ上がった濃い灰色の瞳が印象的だが――顔立ちの方は、良くも悪くも〝普通〟といったところだろうか。
「……ふぅん。女の子が来てくれるのを期待したんだけど、あなたでもイイかしらね」
目利きを済ませた女店主は、吐息混じりに口を開く。
大きなトンガリ帽子を被り、過剰に肌を露出させた魔法衣を纏った彼女の姿は、店の妖しい雰囲気と相まって〝魔女〟と呼ぶに相応しい。
「それじゃあ、エルスくん。あとはヨロシクね?」
「はいッス!――ッて、ナニを?」
「悪いけど、これから大事な取引があるの」
店主は手鏡で軽く身なりを整えながら、大通りに面した窓のようなカウンターを指さす。そこは客が店内に入らずとも、露店形式で売買ができる仕組みのようだ。
「そこに居てくれるだけでいいから。オネガイね?」
そう言って店主は妖しく微笑み、そそくさと奥の部屋へと引っ込んでしまった。
エルスは慌てて彼女を目で追うも――淡く光る薄布のカーテンによって、あっさりと視界を遮られてしまう。
「居るだけッて……。まぁ、楽といえば楽だけどよ……」
エルスはカウンターに頬杖をつき、絶え間なく流れてゆく人波を眺める。
軽装の旅人に、街の住人たち。
重厚な鎧を着込んだ、自警団らしき男たち。
荷馬車を連れた商人と、それを護衛する屈強な傭兵。
だがなんといっても、最も多く目にするのは〝冒険者〟たちの姿だろう。
冒険者。
それはこの世界・ミストリアスにおいて、自由を謳歌する者たちの総称。
冒険者たちは魔物退治や遺跡・異界迷宮などを探索して金品を得たり、街の人々からの〝依頼〟を解決した報酬によって生計を立てている。
なかには自らを鍛えるために旅に出た者や、単純に人助けを行う者などもおり、その〝冒険〟のスタイルは多種多様だ。
「まいったよなぁ。やっと冒険に出られたってのに、まさか最初の街で足止めを食らッちまうとは……」
エルスも幼馴染のアリサと共に旅立ったばかりの、駆け出しの冒険者だ。
冒険は思っていた以上に金がかかる。
二人はそれを、すぐに思い知らされた。
冒険者は自由である反面、安定した収入を得られ続ける者は少なく、旅が軌道に乗る前に、多くの者が挫折を経験する。
ファスティアには、そうした冒険者くずれのゴロツキ連中や、盗賊となり果てた者たちも多く屯していた。
それでも成功を夢見てファスティアを訪れる冒険者たちは後を絶たず、日に日に増え続けている。
そうして、いつの頃からか。
ファスティアは〝冒険者の街〟と呼ばれるようになっていた。
「んー。やっぱ〝居るだけ〟ッてのもツライぜ……」
エルスは退屈さから空を見上げ、大きく欠伸をする。
早朝から活動を始めたこともあり、天上の太陽は未だ朝の陽光を放っている。
エルスは眩しさから目を逸らすように、商品棚へと視線を移した。
「俺は別に、お宝探しのために来たわけじゃねェんだ。俺には、大事な目的が……」
エルスは何気なく、殺風景な商品棚の中で一際目立っている、虹色の石で出来た〝守護符〟を手に取った。
その光沢のある石の表面には、退屈そうな自らの顔が映っている。
「早く奴を……。〝魔王〟を倒さないと――」
十三年前。それは、エルスが七歳となる誕生日の事件だった。
この喜ばしき日に――彼は突如として、多くの幸せを奪われた。
唯一の肉親である自らの父。それに親友・アリサの両親。
そんな彼らの命を奪った存在こそが、〝魔王〟だった。
『父さんッ……! 神さまお願いですッ! 誰かッ! 助けてくださいッ!』
『神に縋る忌まわしいガキめ! 愚かな父親と共に、滅びるがいい!』
エルスの脳裏に焼きついているのは、倒れた父と、炎の中で禍々しく輝く巨大な魔剣の姿。そして魔剣を手にして不敵に嗤う、恐ろしい魔王の顔だった。
『――おい。生きてんだろう? いい加減に起きろ、チビ』
『ううッ、魔王が……。あれ? 冒険者……さん? 魔王は? 父さんは……?』
『もう居ねえよ。両方な』
幼いエルスは恐怖に耐えきれずに意識を失い――。
次に彼が目覚めたのは、駆けつけた冒険者によって魔王が倒されたあとだった。
『冒険者になりたいなら、その甘ったれた根性を何とかしろ。いいな?』
『はい……。頑張ります……じゃなくて――やッてやるぜ……! ううッ……』
『才能はある。まずは心を鍛えろ。剣術もだ。あとは仲間を見つけて強くなれ。じゃあな』
魔王を倒し、エルスの命を救った冒険者は後に〝勇者〟の称号を得た。
その冒険者――ロイマンの存在は、絶望に呑まれかけたエルスの心の支えであり、自らも強い冒険者になるという、希望ある未来への大きな拠り所となった。
それに脅威は未だ、完全に消え去ってはいない。
あの時、目覚めたエルスの頭には、倒されたはずの魔王の声が響いていたのだ。
『次はキサマだ!』という、禍々しい魔王の声が――。
「奴は、まだ生きてるッ! 俺は強くなって、絶対に魔王を倒すッ!」
エルスは嫌な記憶を振り払うように唇を噛み、強く拳を握り締める。
――そして、ふと我に返った。
「うッ……? わわわッ!? やべッ、やべェ……ッ!」
彼の手の中では大事な商品がボロボロと崩れ――すでに大半が、虹色の砂粒へと変わり果てようとしていた。
「やっちまったな……。これはタダ働き――いや、下手すりゃ神殿騎士に突き出されて、牢獄行きだぞ……」
近くにあった空ビンに〝砂粒〟を詰めながら、エルスは大きく落胆する。これの正体と価値に、彼は心当たりがあった。
「やっぱ〝精霊石〟だよなぁ……。しかも虹色の……」
恐る恐るカーテンの方へ目を遣るが、かなりの大声で騒いだにもかかわらず、店主に気づかれた様子は無い。
やはり此処とあの部屋との間には、音などを遮断する魔法が掛けられているようだ。
「ええいッ、後悔しても仕方ねェ! こうなったら、売り上げで挽回してやるぜッ!」
エルスは気持ちを切り替え、改めて商品棚を観察する。
魔物の爪や角。不気味な目玉らしきモノ。
これらの地味な〝素材類〟を端へ寄せ、カウンターの中央には高単価の〝魔道具〟の類を陳列し直した。
「おッ? この銀のナイフには呪文が刻んであるな。それに、こっちの魔道具は値上げしても売れるはずだ――。あとは、悪趣味な杖が二本か……」
大通りには相変わらず、多くの人々が行き交っている。
己の失敗を取り返し、この依頼を成功させるべく。
ひとり、エルスは気合いを入れる!
「よしッ、ガンガン売ってやるぜッ! 全力必中で、戦闘開始だ――ッ!」
ここは多くの拠点へと通じる街道を持つ、砂埃舞う交易都市だ。
「おはようございまーッス! 依頼を請けて来ました、冒険者のエルスでッス!」
早朝の魔物狩りを終えた後。
依頼人の店に到着したエルスは、精一杯の礼儀正しさで挨拶をする。
「いらっしゃい。ずいぶんと元気がイイのね」
エルスの声に反応し、店の奥から妖艶な雰囲気を放つ女店主が現れる。そんな彼女は早々に、品定めをするかのようにエルスを観察しはじめた。
人間族としては標準的な体格。
装備は〝いかにも駆け出し〟らしく、安物の長剣と革製の軽鎧を身に着けている。
窓から吹き込む風に揺れる銀髪と、ややツリ上がった濃い灰色の瞳が印象的だが――顔立ちの方は、良くも悪くも〝普通〟といったところだろうか。
「……ふぅん。女の子が来てくれるのを期待したんだけど、あなたでもイイかしらね」
目利きを済ませた女店主は、吐息混じりに口を開く。
大きなトンガリ帽子を被り、過剰に肌を露出させた魔法衣を纏った彼女の姿は、店の妖しい雰囲気と相まって〝魔女〟と呼ぶに相応しい。
「それじゃあ、エルスくん。あとはヨロシクね?」
「はいッス!――ッて、ナニを?」
「悪いけど、これから大事な取引があるの」
店主は手鏡で軽く身なりを整えながら、大通りに面した窓のようなカウンターを指さす。そこは客が店内に入らずとも、露店形式で売買ができる仕組みのようだ。
「そこに居てくれるだけでいいから。オネガイね?」
そう言って店主は妖しく微笑み、そそくさと奥の部屋へと引っ込んでしまった。
エルスは慌てて彼女を目で追うも――淡く光る薄布のカーテンによって、あっさりと視界を遮られてしまう。
「居るだけッて……。まぁ、楽といえば楽だけどよ……」
エルスはカウンターに頬杖をつき、絶え間なく流れてゆく人波を眺める。
軽装の旅人に、街の住人たち。
重厚な鎧を着込んだ、自警団らしき男たち。
荷馬車を連れた商人と、それを護衛する屈強な傭兵。
だがなんといっても、最も多く目にするのは〝冒険者〟たちの姿だろう。
冒険者。
それはこの世界・ミストリアスにおいて、自由を謳歌する者たちの総称。
冒険者たちは魔物退治や遺跡・異界迷宮などを探索して金品を得たり、街の人々からの〝依頼〟を解決した報酬によって生計を立てている。
なかには自らを鍛えるために旅に出た者や、単純に人助けを行う者などもおり、その〝冒険〟のスタイルは多種多様だ。
「まいったよなぁ。やっと冒険に出られたってのに、まさか最初の街で足止めを食らッちまうとは……」
エルスも幼馴染のアリサと共に旅立ったばかりの、駆け出しの冒険者だ。
冒険は思っていた以上に金がかかる。
二人はそれを、すぐに思い知らされた。
冒険者は自由である反面、安定した収入を得られ続ける者は少なく、旅が軌道に乗る前に、多くの者が挫折を経験する。
ファスティアには、そうした冒険者くずれのゴロツキ連中や、盗賊となり果てた者たちも多く屯していた。
それでも成功を夢見てファスティアを訪れる冒険者たちは後を絶たず、日に日に増え続けている。
そうして、いつの頃からか。
ファスティアは〝冒険者の街〟と呼ばれるようになっていた。
「んー。やっぱ〝居るだけ〟ッてのもツライぜ……」
エルスは退屈さから空を見上げ、大きく欠伸をする。
早朝から活動を始めたこともあり、天上の太陽は未だ朝の陽光を放っている。
エルスは眩しさから目を逸らすように、商品棚へと視線を移した。
「俺は別に、お宝探しのために来たわけじゃねェんだ。俺には、大事な目的が……」
エルスは何気なく、殺風景な商品棚の中で一際目立っている、虹色の石で出来た〝守護符〟を手に取った。
その光沢のある石の表面には、退屈そうな自らの顔が映っている。
「早く奴を……。〝魔王〟を倒さないと――」
十三年前。それは、エルスが七歳となる誕生日の事件だった。
この喜ばしき日に――彼は突如として、多くの幸せを奪われた。
唯一の肉親である自らの父。それに親友・アリサの両親。
そんな彼らの命を奪った存在こそが、〝魔王〟だった。
『父さんッ……! 神さまお願いですッ! 誰かッ! 助けてくださいッ!』
『神に縋る忌まわしいガキめ! 愚かな父親と共に、滅びるがいい!』
エルスの脳裏に焼きついているのは、倒れた父と、炎の中で禍々しく輝く巨大な魔剣の姿。そして魔剣を手にして不敵に嗤う、恐ろしい魔王の顔だった。
『――おい。生きてんだろう? いい加減に起きろ、チビ』
『ううッ、魔王が……。あれ? 冒険者……さん? 魔王は? 父さんは……?』
『もう居ねえよ。両方な』
幼いエルスは恐怖に耐えきれずに意識を失い――。
次に彼が目覚めたのは、駆けつけた冒険者によって魔王が倒されたあとだった。
『冒険者になりたいなら、その甘ったれた根性を何とかしろ。いいな?』
『はい……。頑張ります……じゃなくて――やッてやるぜ……! ううッ……』
『才能はある。まずは心を鍛えろ。剣術もだ。あとは仲間を見つけて強くなれ。じゃあな』
魔王を倒し、エルスの命を救った冒険者は後に〝勇者〟の称号を得た。
その冒険者――ロイマンの存在は、絶望に呑まれかけたエルスの心の支えであり、自らも強い冒険者になるという、希望ある未来への大きな拠り所となった。
それに脅威は未だ、完全に消え去ってはいない。
あの時、目覚めたエルスの頭には、倒されたはずの魔王の声が響いていたのだ。
『次はキサマだ!』という、禍々しい魔王の声が――。
「奴は、まだ生きてるッ! 俺は強くなって、絶対に魔王を倒すッ!」
エルスは嫌な記憶を振り払うように唇を噛み、強く拳を握り締める。
――そして、ふと我に返った。
「うッ……? わわわッ!? やべッ、やべェ……ッ!」
彼の手の中では大事な商品がボロボロと崩れ――すでに大半が、虹色の砂粒へと変わり果てようとしていた。
「やっちまったな……。これはタダ働き――いや、下手すりゃ神殿騎士に突き出されて、牢獄行きだぞ……」
近くにあった空ビンに〝砂粒〟を詰めながら、エルスは大きく落胆する。これの正体と価値に、彼は心当たりがあった。
「やっぱ〝精霊石〟だよなぁ……。しかも虹色の……」
恐る恐るカーテンの方へ目を遣るが、かなりの大声で騒いだにもかかわらず、店主に気づかれた様子は無い。
やはり此処とあの部屋との間には、音などを遮断する魔法が掛けられているようだ。
「ええいッ、後悔しても仕方ねェ! こうなったら、売り上げで挽回してやるぜッ!」
エルスは気持ちを切り替え、改めて商品棚を観察する。
魔物の爪や角。不気味な目玉らしきモノ。
これらの地味な〝素材類〟を端へ寄せ、カウンターの中央には高単価の〝魔道具〟の類を陳列し直した。
「おッ? この銀のナイフには呪文が刻んであるな。それに、こっちの魔道具は値上げしても売れるはずだ――。あとは、悪趣味な杖が二本か……」
大通りには相変わらず、多くの人々が行き交っている。
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