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第1章 ファスティアの冒険者
第7話 敗北を糧に
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勇者パーティへの仲間入りを賭けた対決に、見事勝利したラァテル。
ロイマンは勝者に対し、笑みを浮かべながら右手を差し出す。
「予想以上に良い闘いだった。ラァテル、お前を仲間として歓迎するぜ」
その手をラァテルが取った瞬間――。
敗北したエルスは力なく、膝から崩れ落ちてしまった。
まだ周囲の歓声が鳴り止まぬ中。勝負を終えたラァテルは黒いフードを外し、軽く左右に首を振る。肩まで伸ばした美しい金髪に、青白くも端整な顔立ちは、美青年と呼んでも差し支えない容貌だ。
それに何より、彼の特徴的な尖った耳に、全員の視線が注がれる。
「えッ……? エルフ? 嘘だろッ……」
ラァテルの正体を知ったエルスは、今度は肩までガックリと落とす。
全身で絶望を表現したかのような様子は、さながら軟体生物のようだ。
「俺は力比べで……、エルフに負けた……?」
エルフ族は高い魔力と魔法の才能を持ち、長命を誇る種族である一方、筋力においては極めて虚弱な特徴を持つ。
魔法を織り交ぜた闘いならまだしも、剣と体術の肉弾戦でラァテルに叩きのめされたエルスにとって、この敗北によって突きつけられた意味は大きかった。
「ハッハッハ! まさかエルフとはな! いいぞ、ますます気に入ったぜ!」
身体能力の劣るエルフ族が、〝力比べ〟で人間族に勝利したことで、再び酒場は熱気と興奮に包まれた!
好き勝手に祝杯を挙げ始める酔客らを尻目に、エルスは項垂れながら大舞台を降りる。
もう誰も、彼のことなど見ていなかった。
――ただ一人の少女を除いては。
「エルス!」
意気消沈して戻ってきたエルスを、アリサが出迎えた。
「大丈夫?」
「あぁ……? なんだアリサか……。依頼は終わったのかよ?」
エルスは不機嫌そうに彼女から目を逸らし、ヨロヨロと出入り口へ向かって進む。そんな彼の少し後ろを、アリサは静かについてゆく。
「おまえ、いつから来てたんだ?」
「んー。あのオジサンが大声で怒鳴ったあたりかな」
アリサの返答に、エルスは小さく舌打ちをする。
「見てたのか……。あれが〝勇者ロイマン〟だよ……」
「じゃあエルスの命の恩人だね。あと、わたしたちの親の仇を討ってくれた人」
「それはッ! いや……魔王は、まだ生きてるッ!」
エルスは動揺したように声を荒げ、痛む腕を支えながら拳を強く握りしめた。
「そうさ……。今度こそ俺が、魔王を倒すんだッ!」
「うん、そうだった。ごめん。一緒に頑張ろうね?」
再びフラフラと歩き出したエルスに近づき、アリサは小さな肩を貸す。
「いてッ……! 痛ェんで、腕には触らねェでくれよ。イテテ……」
「あ、待ってね。それなら魔法で治してみるからっ」
「放っときゃその内治るッて! 大丈夫なのかよ? それ……」
「精霊魔法は間に合わなかったけど、光魔法はすっごく頑張ったんだから。動かないでね?」
不安げなエルスをよそに、アリサは小さく呪文を唱える。
「セフィド――っ!」
治癒の光魔法・セフィドが発動し、アリサの掌に柔らかな光が生じる。そして彼女は癒しの光を、痛むエルスの腕へ優しく押し当てた。
「どうかな? 効いてる?」
「あ? ああ……。やるじゃねェか。効いてる効いてる!」
「よかった。ドワーフの血を引くわたしだと、これでも苦労するんだからねっ」
「ああッ、ありがとなアリサ! よしッと!」
エルスはアリサの肩から離れて真っ直ぐに立ち、痛みの引いた腕を軽く振ってみせた。
「もう良いの?」
「ああ、バッチリ治してもらったからな! それに、どっちかッ言うと精神的なダメージの方が痛かったし……」
未だ歓声の鳴り止まぬ大舞台を背に、エルスは小さく呟く。敗北の惨めさからか、もう背後を振り返ることも出来ない。
「魔法もアリだったら、エルスが勝ってたかもね。あの勝負」
「エルフ相手に魔法で勝負とか、それこそ無謀すぎンだろ……」
実のところエルスは、剣術よりも魔法を得意としている。しかし、圧倒的な魔力素を体内に宿すエルフ族との勝負では、さすがに分が悪いだろう。
「そうかなぁ? でも、わたしはエルスが負けて嬉しかったかな」
「なッ!? おまッ……何でだよ!」
「だって、エルスが勇者のオジサンの仲間になっちゃったら――わたし〝ひとり〟になっちゃうし」
「ぐあッ!? それは……」
エルスは憧れの存在であったロイマンに会えたことで冷静さを失い、最も身近なアリサの存在を全く考えていなったことに、今更ながらに気がついた。
「――スマンッ! 悪かったッ! 本当に……」
「あっ……。えっと、違うの。ごめんね、大丈夫だよ。でも……」
何かを言いかけたアリサ。
しかし彼女は言葉を切ったまま、そのまま静かに歩きはじめてしまった。
「でも……? どうした?」
「ううん、大丈夫。それより外に出たいな。ここ苦手かも」
「……そうだな。ここで飯を食いたいッて気分じゃねェし、外の空気でも吸うかッ!」
「行こっ!」
アリサはエルスの腕を掴み、酒場の出入り口へと駆けてゆく。
「おいッ、わかったから引っ張るなッて! この怪力女ッ!」
彼女に力強く引っ張られ、エルスは足をもつれさせながらも、なんとか外へと辿り着く。
エルスが受けた敗北の傷は、相棒のおかげで完全に癒えたようだ。
ロイマンは勝者に対し、笑みを浮かべながら右手を差し出す。
「予想以上に良い闘いだった。ラァテル、お前を仲間として歓迎するぜ」
その手をラァテルが取った瞬間――。
敗北したエルスは力なく、膝から崩れ落ちてしまった。
まだ周囲の歓声が鳴り止まぬ中。勝負を終えたラァテルは黒いフードを外し、軽く左右に首を振る。肩まで伸ばした美しい金髪に、青白くも端整な顔立ちは、美青年と呼んでも差し支えない容貌だ。
それに何より、彼の特徴的な尖った耳に、全員の視線が注がれる。
「えッ……? エルフ? 嘘だろッ……」
ラァテルの正体を知ったエルスは、今度は肩までガックリと落とす。
全身で絶望を表現したかのような様子は、さながら軟体生物のようだ。
「俺は力比べで……、エルフに負けた……?」
エルフ族は高い魔力と魔法の才能を持ち、長命を誇る種族である一方、筋力においては極めて虚弱な特徴を持つ。
魔法を織り交ぜた闘いならまだしも、剣と体術の肉弾戦でラァテルに叩きのめされたエルスにとって、この敗北によって突きつけられた意味は大きかった。
「ハッハッハ! まさかエルフとはな! いいぞ、ますます気に入ったぜ!」
身体能力の劣るエルフ族が、〝力比べ〟で人間族に勝利したことで、再び酒場は熱気と興奮に包まれた!
好き勝手に祝杯を挙げ始める酔客らを尻目に、エルスは項垂れながら大舞台を降りる。
もう誰も、彼のことなど見ていなかった。
――ただ一人の少女を除いては。
「エルス!」
意気消沈して戻ってきたエルスを、アリサが出迎えた。
「大丈夫?」
「あぁ……? なんだアリサか……。依頼は終わったのかよ?」
エルスは不機嫌そうに彼女から目を逸らし、ヨロヨロと出入り口へ向かって進む。そんな彼の少し後ろを、アリサは静かについてゆく。
「おまえ、いつから来てたんだ?」
「んー。あのオジサンが大声で怒鳴ったあたりかな」
アリサの返答に、エルスは小さく舌打ちをする。
「見てたのか……。あれが〝勇者ロイマン〟だよ……」
「じゃあエルスの命の恩人だね。あと、わたしたちの親の仇を討ってくれた人」
「それはッ! いや……魔王は、まだ生きてるッ!」
エルスは動揺したように声を荒げ、痛む腕を支えながら拳を強く握りしめた。
「そうさ……。今度こそ俺が、魔王を倒すんだッ!」
「うん、そうだった。ごめん。一緒に頑張ろうね?」
再びフラフラと歩き出したエルスに近づき、アリサは小さな肩を貸す。
「いてッ……! 痛ェんで、腕には触らねェでくれよ。イテテ……」
「あ、待ってね。それなら魔法で治してみるからっ」
「放っときゃその内治るッて! 大丈夫なのかよ? それ……」
「精霊魔法は間に合わなかったけど、光魔法はすっごく頑張ったんだから。動かないでね?」
不安げなエルスをよそに、アリサは小さく呪文を唱える。
「セフィド――っ!」
治癒の光魔法・セフィドが発動し、アリサの掌に柔らかな光が生じる。そして彼女は癒しの光を、痛むエルスの腕へ優しく押し当てた。
「どうかな? 効いてる?」
「あ? ああ……。やるじゃねェか。効いてる効いてる!」
「よかった。ドワーフの血を引くわたしだと、これでも苦労するんだからねっ」
「ああッ、ありがとなアリサ! よしッと!」
エルスはアリサの肩から離れて真っ直ぐに立ち、痛みの引いた腕を軽く振ってみせた。
「もう良いの?」
「ああ、バッチリ治してもらったからな! それに、どっちかッ言うと精神的なダメージの方が痛かったし……」
未だ歓声の鳴り止まぬ大舞台を背に、エルスは小さく呟く。敗北の惨めさからか、もう背後を振り返ることも出来ない。
「魔法もアリだったら、エルスが勝ってたかもね。あの勝負」
「エルフ相手に魔法で勝負とか、それこそ無謀すぎンだろ……」
実のところエルスは、剣術よりも魔法を得意としている。しかし、圧倒的な魔力素を体内に宿すエルフ族との勝負では、さすがに分が悪いだろう。
「そうかなぁ? でも、わたしはエルスが負けて嬉しかったかな」
「なッ!? おまッ……何でだよ!」
「だって、エルスが勇者のオジサンの仲間になっちゃったら――わたし〝ひとり〟になっちゃうし」
「ぐあッ!? それは……」
エルスは憧れの存在であったロイマンに会えたことで冷静さを失い、最も身近なアリサの存在を全く考えていなったことに、今更ながらに気がついた。
「――スマンッ! 悪かったッ! 本当に……」
「あっ……。えっと、違うの。ごめんね、大丈夫だよ。でも……」
何かを言いかけたアリサ。
しかし彼女は言葉を切ったまま、そのまま静かに歩きはじめてしまった。
「でも……? どうした?」
「ううん、大丈夫。それより外に出たいな。ここ苦手かも」
「……そうだな。ここで飯を食いたいッて気分じゃねェし、外の空気でも吸うかッ!」
「行こっ!」
アリサはエルスの腕を掴み、酒場の出入り口へと駆けてゆく。
「おいッ、わかったから引っ張るなッて! この怪力女ッ!」
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