ミストリアンクエスト

幸崎 亮

文字の大きさ
8 / 105
第1章 ファスティアの冒険者

第8話 霧に包まれた世界

しおりを挟む
 薄暗い酒場から脱出した二人の視界に、真っ白な景色が広がる。

 ――だが、それはまぶしさのせいではない。
 いつの間にか、ファスティアの街全体を〝霧〟がおおっていた。


「あっ、霧。今日は早いね」
「ん? あぁ……。そうだな」

 大通りの霧の中からは、次々と人が現れては消える。
 しかし荷運びをする男たちも、談笑を楽しむ婦人がたも、少し視界が悪くなる程度にしか気にしていない。

 このような霧が出ることなど、この世界ミストリアスの者にとっては〝当たり前〟の光景なのだ。

 エルスも特に気にするでもなく、道ばたに放置されたままの荷車に上り、積まれっ放しのワラ山に腰かけた。


「よッと……。ちょっと一休みしようぜ」
「そうだね。じゃ、何か食べるもの買ってくるね」
「おッ! オゴってくれるのか?」
「うん。その代わり、お夕飯は期待してるからねっ」

 アリサは小さく手を振り、小走りで霧の大通りへと飛び込んでゆく。エルスは彼女のポニーテールが消えるのを見届け、ドサリとワラ山にあおけになった。


「霧か……。こんな気分の時は、嫌なコト思い出しちまうよなぁ」

 白くかすんだ空には、光をさえぎられた太陽ソルの影だけが浮かんでいる。それ以外には、どこまでも真っ白な空間だけが広がっていた。

 エルスは何かをつかむように、その白い空へ向かって手を伸ばす。

 ――すると伸ばした手に、アリサがを掴ませた。


「はいっ! お待たせ」
「おっ、勇者サンドじゃねぇか!――へへッ、いただきまーッス!」
「これ好きだもんね、エルス」

 勇者サンドは、野菜を中心に甘辛く味付けした具材を、薄く切ったパンで挟み込んだ簡単な料理だ。外でも手軽に食べられるため、露店などでもよく売られている。

 この名称は、はるか昔に活躍した〝とある勇者〟の好物だったことから由来されているらしい。


「ふぅ、美味かった! ごちそうさんッ!」
「もう食べたの? 早いねぇ」
「なんたって今日は、朝早くから動きっぱなしだったからな!」

 食べ終わったエルスは再びワラ山に背を預け、真っ白な空へ向かって手を伸ばす。アリサは自分の勇者サンドをかじりながら、そんな彼の横顔を見て静かに微笑んだ。


「エルス、よくそれするよね」
「ああ、これか?」

 エルスは、伸ばした手をじっと見つめる。

「なんか、ついやっちまうんだよなぁ」
「――神様探し。昔よくやってたよね。一緒に」
「ん? あの絵本の真似してたやつか? ガキの頃の話じゃねぇか」
「ちゃんと覚えてるよ。エルスがよく、読んでくれたから」

 そう言ってアリサも彼にならい、白い空へ向かって手を伸ばす。

「霧ン中に神様の城が浮いてて、ナントカって神様が願いを叶えてくれる……とかッてやつだろ?」
「うん。ミストリアって神様だね。この世界を見守ってくれてるんだって」
「あぁ、そんな名前だったッけ。……でもなぁ、本当に居るかどうかもわからない神に、守ってるとか言われてもなぁ」
「わたしは、神様も頑張ってくれてると思うけどなぁ。ほら、あれ――」

 アリサは言いながら、酒場の外壁にできた真新しい傷を指さす。
 それは、誰も触れていないにもかかわらず、みるみる修復されてゆく。

 他にも、足元の砕けたいしだたみや、馬車の衝突によって破損した店舗の一部なども、自然と元通りになっていった。


「あれは『魔力素マナの濃度が上がった時の自然現象』ッて、やつだろ? おまえのジイちゃんが教えてくれたじゃねェか」

 エルスは「当たり前」とでも言わんばかりに両手を広げ、大きな溜息をつく。

「うーん。そうだけど。――エルスも、おじいちゃんのお話、ちゃんと覚えてるんだね」
「まぁ、俺にとっても自分のジイちゃんみたいな人だしな! それに、なんたって〝元・凄腕の冒険者〟だ!」

 エルスは嬉しそうに言った後、誇らしげに胸を張る。
 幼少期に家と家族を失ったエルスは、アリサと共に彼女の祖父に育てられたのだ。


「エルスって、本当ほんとに冒険者が好きだよねぇ」
「そりゃそうさ! だッて冒険者は、みんなの味方だしなッ!」

 歯を見せながら、エルスは少年のような顔で笑う。
 ――だが次の瞬間には恨むような、にらみつけるような視線を上空へと向けた。

「もしよ、この霧が本当に〝神の力〟だってンなら……俺らの父さんたちも、俺の家だって……元通りにしてくれたはずだろ?」
「うん……。そうだね――」




 アリサは十三年前の――両親を失った日の記憶を思い出す。

 まだ三歳だっただろうか。
 あの日、アリサは高熱を出し、自宅で祖父のラシードに看病されていた。

 兄のようにしたっていたエルスの誕生日パーティーに行けずに悔やんだアリサだったが、皮肉にもそのおかげで、彼女は魔王の襲撃から逃れることができた。


 熱も少し治まった頃。アリサは祖父に抱えられながら、霧の中を進んだ。
 二人が着いた先は、見る影もなく破壊された、エルスの家だった。


 瓦礫がれきを避けた一角には、変わり果てた姿の父アーサーと母レミ。
 そして、エルスの父であるエルネストが静かに横たわっていた。

 そこには、真っ白な空に向かって精一杯に手を伸ばし、泣きながら神に救いを求める――幼いエルスの姿もあった。


『お願いしますッ! 神さまッ! みんなを助けてくださいッ! 生き返らせてくださいッ! ミストリアさまッ……! お願いします――ッ!』

 しかし、エルスの願いは聞き届けられることはなく――三人の肉体は光の粒となり、霧の中へと消えてしまった。

 無慈悲な結末にどうこくを上げるエルスとは対照的に――幼いアリサは、その光景を〝きれい〟だと思ったのだった。


『人はな、命が尽きると霧の中へとかえってゆく。それに、家や大地を元に戻す霧でも、魔王に壊されたエルスの家だけは直せんのじゃ……』

 まだ状況を理解し切れていないであろう孫娘アリサをそっと抱き上げ、祖父のラシードは静かに語った。

『そっかぁ。じゃあエルスお兄ちゃん、ひとりぼっちだねぇ……。かわいそう』
『ああ……。それに、おぬしのお父さんとお母さんも……いなくなったのじゃぞ……?』
『うん。でも、わたしにはおじいちゃんが居るし、リリィナお姉ちゃんも遊びに来てくれるし、エルスお兄ちゃんもいるから、さみしくないよ?』

 沈痛な表情を浮かべるラシードとは対照的に、アリサは不思議そうな顔で首をかしげてみせた。


『そうか……。二人とも、これからはおじいちゃんが守ってやる……。エルスも、いつかゆうかんな冒険者になって――アリサを守ってくれるだろうて……』
『うんっ! あっ、そうだ! それじゃ、わたしもエルスお兄ちゃんと一緒に、冒険者になろっと!』
『アリサ……。おぬしは強い子じゃの……。本当に――』

 周囲を覆う、おごそかでいんうつな雰囲気をよそに。
 将来の夢を語るアリサは両手をかかげ、嬉しそうに身体をはずませる。

 そんな無邪気な孫娘の様子を見て、ラシードは少し悲しげにほほんだ――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...