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第1章 ファスティアの冒険者
第9話 冒険者の役割
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過去の記憶を呼び起こしながら、ぼんやりと遠くを見つめているアリサ。
エルスは小さく首を傾げながら、そんな彼女の顔を覗き込む。
「おい、大丈夫か?……アリサ?」
しばらくすると、アリサは ふと我に返る。
そして何事もなかったかのように、エルスと視線を合わせた。
「あっ……。うん、大丈夫。――冒険者って、本当にすごいなぁって」
「おうッ! だってさ……神様に頼ったって、肝心な時には助けちゃくれねェしな」
エルスは徐々に声色を低くしながら言い、手元のワラ束を強く握りしめる。
「……そうさ……。いつだって、困ってる人を助けるのは冒険者だ。それが、冒険者の役割なんだ……」
エルスは冒険者への強い想いと、神への失望を口にする。
アリサは、そんな彼の横顔を静かに見つめた。
「エルスは神様のこと、嫌いになったの?」
「……神頼みなんかより、自分で何とかしたいって思っただけさ。別に嫌いってワケじゃねェよ」
エルスはどこか不機嫌そうに、再びワラ山に背中を預ける。
「じゃあ、わたしのことは?」
「嫌いじゃねェよ」
「さっきのエルフの人は?」
「あの野郎――ラァテルも、別に嫌いじゃねェよ。なんたってアイツも強ェ冒険者だしなッ!」
エルスは言いながら、傷の癒えた右腕を見つめる。敗北こそ刻まれはしたが、ラァテルの実力には認めるべきものがあったのも事実だ。
「そっか。わたしも、あの人も冒険者だもんね」
「おう! 冒険者に、嫌いなヤツは居ねェよ!」
そう宣言したエルスの銀髪が、やにわにキラキラと輝いた。
どうやら霧が晴れ、再び太陽の陽光が地上に届き始めたようだ。
「あっ。霧、晴れたねぇ」
「よしッ! やっと神様のウザッてぇ霧も消えてくれたし、外で一暴れすッか!」
エルスは荷車から勢いよく飛び降り、服についたワラ屑を掃い落とす。
「やっぱり神様のことは好きじゃないのね」
「嫌いじゃねェけど好きでもねェよ! さあッ、魔物狩りにでも行こうぜッ!」
冒険者の役割の一つに、〝魔物狩り〟がある。
魔物は人々に対して見境いなく襲い掛かり、時には街の中にまで入り込む。
だが、旅人や街の住人たちには当然、戦う力を持たない者もいる。
そうした人々を守るために魔物を狩り続けることも、冒険者の重要な仕事だ。
冒険者は狩りの中で、黒い霧とならずに残った魔物の部位や装備類を素材として売却したり、犠牲者の遺品を回収しながら生計を立てている。
こうして街の外で手に入れた品物は基本的に、入手した者の〝戦利品〟として認められているのだ。
時には珍しい品や貴重品が手に入ることもあり、常に一攫千金の可能性を秘めていることから、冒険者のなかには魔物狩りを専門とする者も多く存在している。
エルスたちも依頼をこなす傍ら、そうした収入によってギリギリ食い繋いでいた――。
「おーい! どうしたアリサ?」
「うーん。なんか街の雰囲気が――って! エルス前見てっ、前っ!」
「……んぁ? なんだ……てッ! ブがあッ!?」
アリサの忠告で、エルスが前方を振り向いた瞬間。
なにか硬質な物体が、彼の顔面に直撃した――!
「んへェ! にゃんひゃひょ……、ひょっひゃん!」
なんと、通りの向こうから全速力で走ってきた大男が、エルスに衝突したのだ。
男の身に着けた重鎧の硬度と、加速によって生じた破壊力が、エルスの顔面を一瞬で血に染めてしまった。
「大変申し訳ない! 緊急事態なのだ!」
大男は慌しげな様子で、エルスに対し謝罪をする。続けて彼はアルティリア王国制式の敬礼をし、そそくさと酒場の前に集合していた鎧姿の一団の元へと向かった。
「警戒レベル4だ! 正面大通りを封鎖し、人々を退避させろ! あと、マフレイト可能な者を――ザインは居るか?」
「彼ならば、例の盗賊どもによる隊商襲撃の件で出ております! 直に戻るかと!」
「ウム、わかった! 戻り次第、待機させておくように!」
さきほどの大男の指示により、周囲の鎧の男らは一斉に敬礼をする。
どうやら彼が、この集団のリーダーのようだ。
「団長! ロイマン殿はこちらに!」
「わかった! 彼への交渉は自分が行なう! 他の者は冒険者たちに、周辺地域の掃討依頼を出せ!――以上!」
「承知しましたッ!」
「ハッ! 直ちに!」
よく見ると、彼らの鎧にはファスティア自警団の紋章が刻まれている。
団長と呼ばれた大男は指示を出し終えると、重い金属音を鳴らしながら酒場の扉を潜ってゆく。
そして他の者たちも、あっという間に各自の持ち場へと走り去ってしまった。
「びっくりしたぁ。あれって、自警団の人たちだね。何があったんだろ?」
「ひはへぇよ……。ひくひょー! いきゃい……」
エルスの返答に首を傾げながら、アリサは彼の顔を覗き込む。そしてすぐさま驚いた様子で、自身の口を掌で覆った。
「……うわぁ……。大丈夫? セフィドするから、じっとしててね?」
「ひゃいひょーぶらっちぇ!」
「だって、なに言ってるのかわからないし」
アリサは唱えていた治癒魔法を発動し、掌に生じた光をエルスの顔面へ乱暴に押しつけた。
「……べぶッ!……って、おまえ今のわざとだろッ!?」
「うん。なんか〝グチャ!〟って感じで、じっくり見たくなかったし」
「そんなに酷かッたのかよ……。まッ、ありがとなッ!」
エルスは鼻の角度を確かめながら、酒場の入口を見つめる。
現在、その扉はしっかりと閉まり、ほんの少し前とは打って変わって不気味なほどに静まり返っている。
「行くの?」
アリサの問いに、エルスは返答を躊躇する。
自身の幼稚な言動。ラァテルとの勝負。
そして大勢の客から向けられた侮蔑の大合唱が再び脳裏をよぎり、今になってエルスを責め苛んでいた。
もしもロイマンの仲間になることができれば、何かが劇的に変わると思った。
だが、結局は――。
エルスは、じっと返答を待っているアリサの顔をしばらく見つめ――そして、大きく頷いた。
「――よし、決めたッ! どうやら冒険者の出番らしいしな! 行こうぜッ!」
エルスは小さく首を傾げながら、そんな彼女の顔を覗き込む。
「おい、大丈夫か?……アリサ?」
しばらくすると、アリサは ふと我に返る。
そして何事もなかったかのように、エルスと視線を合わせた。
「あっ……。うん、大丈夫。――冒険者って、本当にすごいなぁって」
「おうッ! だってさ……神様に頼ったって、肝心な時には助けちゃくれねェしな」
エルスは徐々に声色を低くしながら言い、手元のワラ束を強く握りしめる。
「……そうさ……。いつだって、困ってる人を助けるのは冒険者だ。それが、冒険者の役割なんだ……」
エルスは冒険者への強い想いと、神への失望を口にする。
アリサは、そんな彼の横顔を静かに見つめた。
「エルスは神様のこと、嫌いになったの?」
「……神頼みなんかより、自分で何とかしたいって思っただけさ。別に嫌いってワケじゃねェよ」
エルスはどこか不機嫌そうに、再びワラ山に背中を預ける。
「じゃあ、わたしのことは?」
「嫌いじゃねェよ」
「さっきのエルフの人は?」
「あの野郎――ラァテルも、別に嫌いじゃねェよ。なんたってアイツも強ェ冒険者だしなッ!」
エルスは言いながら、傷の癒えた右腕を見つめる。敗北こそ刻まれはしたが、ラァテルの実力には認めるべきものがあったのも事実だ。
「そっか。わたしも、あの人も冒険者だもんね」
「おう! 冒険者に、嫌いなヤツは居ねェよ!」
そう宣言したエルスの銀髪が、やにわにキラキラと輝いた。
どうやら霧が晴れ、再び太陽の陽光が地上に届き始めたようだ。
「あっ。霧、晴れたねぇ」
「よしッ! やっと神様のウザッてぇ霧も消えてくれたし、外で一暴れすッか!」
エルスは荷車から勢いよく飛び降り、服についたワラ屑を掃い落とす。
「やっぱり神様のことは好きじゃないのね」
「嫌いじゃねェけど好きでもねェよ! さあッ、魔物狩りにでも行こうぜッ!」
冒険者の役割の一つに、〝魔物狩り〟がある。
魔物は人々に対して見境いなく襲い掛かり、時には街の中にまで入り込む。
だが、旅人や街の住人たちには当然、戦う力を持たない者もいる。
そうした人々を守るために魔物を狩り続けることも、冒険者の重要な仕事だ。
冒険者は狩りの中で、黒い霧とならずに残った魔物の部位や装備類を素材として売却したり、犠牲者の遺品を回収しながら生計を立てている。
こうして街の外で手に入れた品物は基本的に、入手した者の〝戦利品〟として認められているのだ。
時には珍しい品や貴重品が手に入ることもあり、常に一攫千金の可能性を秘めていることから、冒険者のなかには魔物狩りを専門とする者も多く存在している。
エルスたちも依頼をこなす傍ら、そうした収入によってギリギリ食い繋いでいた――。
「おーい! どうしたアリサ?」
「うーん。なんか街の雰囲気が――って! エルス前見てっ、前っ!」
「……んぁ? なんだ……てッ! ブがあッ!?」
アリサの忠告で、エルスが前方を振り向いた瞬間。
なにか硬質な物体が、彼の顔面に直撃した――!
「んへェ! にゃんひゃひょ……、ひょっひゃん!」
なんと、通りの向こうから全速力で走ってきた大男が、エルスに衝突したのだ。
男の身に着けた重鎧の硬度と、加速によって生じた破壊力が、エルスの顔面を一瞬で血に染めてしまった。
「大変申し訳ない! 緊急事態なのだ!」
大男は慌しげな様子で、エルスに対し謝罪をする。続けて彼はアルティリア王国制式の敬礼をし、そそくさと酒場の前に集合していた鎧姿の一団の元へと向かった。
「警戒レベル4だ! 正面大通りを封鎖し、人々を退避させろ! あと、マフレイト可能な者を――ザインは居るか?」
「彼ならば、例の盗賊どもによる隊商襲撃の件で出ております! 直に戻るかと!」
「ウム、わかった! 戻り次第、待機させておくように!」
さきほどの大男の指示により、周囲の鎧の男らは一斉に敬礼をする。
どうやら彼が、この集団のリーダーのようだ。
「団長! ロイマン殿はこちらに!」
「わかった! 彼への交渉は自分が行なう! 他の者は冒険者たちに、周辺地域の掃討依頼を出せ!――以上!」
「承知しましたッ!」
「ハッ! 直ちに!」
よく見ると、彼らの鎧にはファスティア自警団の紋章が刻まれている。
団長と呼ばれた大男は指示を出し終えると、重い金属音を鳴らしながら酒場の扉を潜ってゆく。
そして他の者たちも、あっという間に各自の持ち場へと走り去ってしまった。
「びっくりしたぁ。あれって、自警団の人たちだね。何があったんだろ?」
「ひはへぇよ……。ひくひょー! いきゃい……」
エルスの返答に首を傾げながら、アリサは彼の顔を覗き込む。そしてすぐさま驚いた様子で、自身の口を掌で覆った。
「……うわぁ……。大丈夫? セフィドするから、じっとしててね?」
「ひゃいひょーぶらっちぇ!」
「だって、なに言ってるのかわからないし」
アリサは唱えていた治癒魔法を発動し、掌に生じた光をエルスの顔面へ乱暴に押しつけた。
「……べぶッ!……って、おまえ今のわざとだろッ!?」
「うん。なんか〝グチャ!〟って感じで、じっくり見たくなかったし」
「そんなに酷かッたのかよ……。まッ、ありがとなッ!」
エルスは鼻の角度を確かめながら、酒場の入口を見つめる。
現在、その扉はしっかりと閉まり、ほんの少し前とは打って変わって不気味なほどに静まり返っている。
「行くの?」
アリサの問いに、エルスは返答を躊躇する。
自身の幼稚な言動。ラァテルとの勝負。
そして大勢の客から向けられた侮蔑の大合唱が再び脳裏をよぎり、今になってエルスを責め苛んでいた。
もしもロイマンの仲間になることができれば、何かが劇的に変わると思った。
だが、結局は――。
エルスは、じっと返答を待っているアリサの顔をしばらく見つめ――そして、大きく頷いた。
「――よし、決めたッ! どうやら冒険者の出番らしいしな! 行こうぜッ!」
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