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第1章 ファスティアの冒険者
第23話 戯れの大長老と憂鬱の賢者
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「おやおや、元気な人ですねぇ。彼は」
全速力で走り去るカダンに目を遣りながら。
エルフの紳士は、崩れた祭壇に手を触れる。
ここはエルスたちが、魔物の群れと戦闘を繰り広げた大広間。さきほどまでカダンと共に居た彼だが、どうやらこの場所へと〝瞬間移動〟を行なったようだ。
「はじまりの遺跡。創生紀の終わりと共に、役割は終えたものと思っていましたが! いやぁ興味深いですねぇ!」
「まさか、あなたの仕業じゃないでしょうね? ルゥラン?」
「これはこれはリリィナさん! アナタまでいらっしゃいましたか!」
ルゥランと呼ばれた紳士は、声の方向を振り返ることもなく言う。
そんな彼に冷たい視線を浴びせているのは、長杖を持ったエルフ族の女性――リリィナだった。彼女は瞳に怒りを宿しながら、ゆっくりと祭壇へと近づいてゆく。
「長老たちの許可は貰ってきたわ。それとも、あなたの許可も必要かしら? 大長老さま?」
「はっはっは! ご冗談を! ああ、印章ならお好きなものを、ご自由に使っていただいて構いませんよ?」
「ハァ……相変わらずね……」
まるでふざけているのようなルゥランに対し、リリィナは心底呆れたと言わんばかりに、深く大きな溜息をついた。
「それにしても。こんな所にまで、何をしに来たの? あなた、本当に……」
「まさか! 濡れ衣ですよ、リリィナさん! 少しばかり、愛弟子の成長ぶりでも確認しようと思いましてね? ほら、ワタシ一応〝お師匠〟ですから!」
そう言ってヘラヘラと笑うルゥランに、リリィナは刺すような鋭い視線を向ける。彼女の表情には一切の笑みは無く、明確な敵意が浮かんでいる。
「あなた……。また、あの子に変な真似をしていないでしょうね?」
「おお、怖い怖い! しませんよ、そんなこと! 本当は気功術だって、教えたくなかったんですからねぇ? 本当ですよ、ホ・ン・ト!」
パタパタと手を振るルゥランに対し、リリィナは一層の語気を強める。
「……言っておくけど。これ以上、興味本位でラァテルに近づかないでちょうだい。あなたが相手でも容赦しないわよ?」
「ヒィー、怖いッ! まったく、アナタの家系は昔から血の気が多いんですから! いやぁ、実に興味深いですねぇ」
もはや殺気を帯びたリリィナの言葉さえも軽く受け流し、ルゥランは楽しげに笑う。これ以上は何を言っても無駄のようだ。リリィナは再び、大きく息を吐く。
「……もう、いいわ……。とにかく警告はしたわよ? それじゃさよなら」
「おやおや、もう行かれるのですか? 久しぶりにお会いできたというのに!」
「あなたが真面目に神樹の里の評議会に出席すれば、嫌でも会えるでしょ。まったく……」
「ええ、まあ。気が向けば、遊びにいきましょうかねぇ。はっはっは!」
もはや何度目かもわからぬ溜息の後、リリィナは足早に遺跡の外へと向かう。最後に睨みつけてやろうかと振り返ったが、すでにルゥランの姿は消えていた。
ルゥランは地位も、年齢も、あらゆる能力も、リリィナとは比較にならないほどに高い人物だ。しかし、彼は終始あのような調子なので、顔を合わせる度に二人は衝突していた。
尤も、大半はリリィナが、一方的に噛みついているだけともいえるのだが。
「さて、と。そろそろ無事に着いたかしら? エルスたち」
遺跡から脱出したリリィナは深呼吸をし、気持ちを切り替える。
そして構えた杖に手をかざし、小さく呪文を唱えた。
「フレイト――!」
風の精霊魔法・フレイトが発動し、リリィナを風の結界が包み込む。結界は彼女の身体をわずかに浮上させ、地面スレスレの低空を高速で飛行しはじめた。
「ハァ……。せっかく貰ったお休みが台無しね。……少し急がないと」
また明日からは、激務の日々が始まる。
リリィナは長杖に腰掛けるように乗り、憂鬱感を吹き飛ばすように術の出力を上げる。
街道の途中では重鎧を着た男が息を切らしながら全力疾走していたが――不運にもリリィナは避けきれず、彼を思いきり撥ね飛ばしてしまった!
「あら? ごめんなさいね。緊急事態なの」
リリィナは遥か後方でひっくり返っているカダンにそう呟くが、当然ながら、彼女の声は届くはずもなかった。
全速力で走り去るカダンに目を遣りながら。
エルフの紳士は、崩れた祭壇に手を触れる。
ここはエルスたちが、魔物の群れと戦闘を繰り広げた大広間。さきほどまでカダンと共に居た彼だが、どうやらこの場所へと〝瞬間移動〟を行なったようだ。
「はじまりの遺跡。創生紀の終わりと共に、役割は終えたものと思っていましたが! いやぁ興味深いですねぇ!」
「まさか、あなたの仕業じゃないでしょうね? ルゥラン?」
「これはこれはリリィナさん! アナタまでいらっしゃいましたか!」
ルゥランと呼ばれた紳士は、声の方向を振り返ることもなく言う。
そんな彼に冷たい視線を浴びせているのは、長杖を持ったエルフ族の女性――リリィナだった。彼女は瞳に怒りを宿しながら、ゆっくりと祭壇へと近づいてゆく。
「長老たちの許可は貰ってきたわ。それとも、あなたの許可も必要かしら? 大長老さま?」
「はっはっは! ご冗談を! ああ、印章ならお好きなものを、ご自由に使っていただいて構いませんよ?」
「ハァ……相変わらずね……」
まるでふざけているのようなルゥランに対し、リリィナは心底呆れたと言わんばかりに、深く大きな溜息をついた。
「それにしても。こんな所にまで、何をしに来たの? あなた、本当に……」
「まさか! 濡れ衣ですよ、リリィナさん! 少しばかり、愛弟子の成長ぶりでも確認しようと思いましてね? ほら、ワタシ一応〝お師匠〟ですから!」
そう言ってヘラヘラと笑うルゥランに、リリィナは刺すような鋭い視線を向ける。彼女の表情には一切の笑みは無く、明確な敵意が浮かんでいる。
「あなた……。また、あの子に変な真似をしていないでしょうね?」
「おお、怖い怖い! しませんよ、そんなこと! 本当は気功術だって、教えたくなかったんですからねぇ? 本当ですよ、ホ・ン・ト!」
パタパタと手を振るルゥランに対し、リリィナは一層の語気を強める。
「……言っておくけど。これ以上、興味本位でラァテルに近づかないでちょうだい。あなたが相手でも容赦しないわよ?」
「ヒィー、怖いッ! まったく、アナタの家系は昔から血の気が多いんですから! いやぁ、実に興味深いですねぇ」
もはや殺気を帯びたリリィナの言葉さえも軽く受け流し、ルゥランは楽しげに笑う。これ以上は何を言っても無駄のようだ。リリィナは再び、大きく息を吐く。
「……もう、いいわ……。とにかく警告はしたわよ? それじゃさよなら」
「おやおや、もう行かれるのですか? 久しぶりにお会いできたというのに!」
「あなたが真面目に神樹の里の評議会に出席すれば、嫌でも会えるでしょ。まったく……」
「ええ、まあ。気が向けば、遊びにいきましょうかねぇ。はっはっは!」
もはや何度目かもわからぬ溜息の後、リリィナは足早に遺跡の外へと向かう。最後に睨みつけてやろうかと振り返ったが、すでにルゥランの姿は消えていた。
ルゥランは地位も、年齢も、あらゆる能力も、リリィナとは比較にならないほどに高い人物だ。しかし、彼は終始あのような調子なので、顔を合わせる度に二人は衝突していた。
尤も、大半はリリィナが、一方的に噛みついているだけともいえるのだが。
「さて、と。そろそろ無事に着いたかしら? エルスたち」
遺跡から脱出したリリィナは深呼吸をし、気持ちを切り替える。
そして構えた杖に手をかざし、小さく呪文を唱えた。
「フレイト――!」
風の精霊魔法・フレイトが発動し、リリィナを風の結界が包み込む。結界は彼女の身体をわずかに浮上させ、地面スレスレの低空を高速で飛行しはじめた。
「ハァ……。せっかく貰ったお休みが台無しね。……少し急がないと」
また明日からは、激務の日々が始まる。
リリィナは長杖に腰掛けるように乗り、憂鬱感を吹き飛ばすように術の出力を上げる。
街道の途中では重鎧を着た男が息を切らしながら全力疾走していたが――不運にもリリィナは避けきれず、彼を思いきり撥ね飛ばしてしまった!
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