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第1章 ファスティアの冒険者
第26話 深く刻まれしもの
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すべての料理を平らげた後、二階の部屋へと戻った二人。
一般的に宿屋は、一階が簡易的な食堂や酒場、二階が客室という構造となっている場合が多い。この宿も例に漏れず、そういった様式に則った建築が成されていた。
「はぁぁぁ……。疲れたぜェ……」
部屋に入るなり、エルスは安物のベッドに腹から飛び込む。
そんな彼の顔面を、硬いベッドが強く押し返した。
窓辺には月の妖しくも激しい光が射し込んでおり、深夜の訪れを知らせている。この光には魔物を活発化させる効果があるため、深夜の時間帯に街の外へ出ることは危険とされるのが一般的だ。
「たくさん頑張ったもんね。お疲れさま」
アリサはヒビ割れや曇りのある鏡の前で、髪を結っていた赤いリボンを解いている。エルスの家が魔王によって破壊されて以来、エルスとアリサは一緒に育ち、普段から同じ部屋に居るのが当たり前となっていた。
「んー、頑張ったけどさ。よく考えたら俺、何の成果もあげてねェんじゃないかなッて……」
エルスは横になったまま器用に剣や防具を外し、乱雑に床へと投げ落とす。
今朝からの出来事を思い返してみると、自分で撒いた種を自分で刈り取っただけ――そのような気がしてしまっていた。
「遺跡の騒ぎも、結局はロイマンやラァテルが解決しちまッたし。もしかすると俺のせいであんなことになったかもッて思うとなぁ……」
「エルスって、意外と真面目だもんね」
「へッ。――そういや、あのジイさんとアイツ。どうしたんだろうな? リリィナと会った時には、もう見かけなかったけどよ」
「わたしも見てないなぁ。カルミドさんと団長さん、なにかあったみたいだったね」
エルスは天井を見つめたまま、深く長い息を吐く。
「だろうなぁ。なんか皆、色々と抱えてるよなぁ……。おまえも無理するなよ?」
「えっ? うん、大丈夫だよ……。エルスもいるし、大丈夫……」
「なら良いけどよッ。はぁ、『近くにいれば、守れるッてワケじゃない』か……」
「エルス……?」
昼間のロイマンとのやり取りにおいて、エルスはあまりにも近くに居すぎたアリサのことを、〝仲間〟ではなく〝都合のいい存在〟だと思いあがっていた。
そんな自らの愚かさに気づかされただけでも、彼にとっては、大きな意味のある一日となっただろう。
「いや、何でもねェよ。疲れたし、そろそろ寝ておこうぜ!」
エルスは冒険バッグから虹色のビンを出し、傾いたサイドテーブルに載せる。
ついでに幼少時から大切に持っている〝ペンダント〟を取り出し、それをぼんやりと眺めた。ウサギの形をした飾り部分は少し焼け焦げており、大きな目の部分には〝なにか〟が嵌っていたであろう、丸い窪みだけが残っている。
裏面には神聖文字の羅列と共に、父・エルネストの名前が刻まれ――その隣には、〝リスティリア〟という文字も彫り込まれていた。
「……精霊か……」
エルスはペンダントを眺めたまま、そう小さく呟いた。
「……エルス……」
「うわッ!? 急になんだよ……?」
不意に近くで聞こえたアリサの声に、エルスが驚いて振り向くと――。
髪を下ろし、ボサボサのロングヘアとなった彼女が傍に立っていた。
アリサの幼さを感じる容姿も相まって、心なしか泣いているようにも感じられる。
「そっちに行っていい?」
「良いも悪いも、もう居るじゃねェか。……別にいいけどよ」
「ありがと」
小さな声で言い、アリサは窮屈なベッドに潜り込む。エルスはベッドの端まで移動し、彼女のために場所を空けた。
「よしッ。明日は自警団の本部に行かねェとだし、早く寝ようぜ」
「うん。エルス、おやすみ……」
「おやすみ、アリサ」
テーブルの上ではルナの銀光を浴びた虹色のビンが、妖しげな輝きを放っている。
その光から目を背けるかのように、エルスはアリサの方へと顔を向けた。
疲れていたのか、アリサは早くも寝息を立てている。
エルスはそんな彼女の頭を、そっと優しく撫でた。
「もし、アレを使えば……。今度はアリサまで……」
エルスは不吉な予感を振り払うように、固く、強く目を閉じる。
そして彼も、やがて深い眠りへと墜ちてゆくのだった。
一般的に宿屋は、一階が簡易的な食堂や酒場、二階が客室という構造となっている場合が多い。この宿も例に漏れず、そういった様式に則った建築が成されていた。
「はぁぁぁ……。疲れたぜェ……」
部屋に入るなり、エルスは安物のベッドに腹から飛び込む。
そんな彼の顔面を、硬いベッドが強く押し返した。
窓辺には月の妖しくも激しい光が射し込んでおり、深夜の訪れを知らせている。この光には魔物を活発化させる効果があるため、深夜の時間帯に街の外へ出ることは危険とされるのが一般的だ。
「たくさん頑張ったもんね。お疲れさま」
アリサはヒビ割れや曇りのある鏡の前で、髪を結っていた赤いリボンを解いている。エルスの家が魔王によって破壊されて以来、エルスとアリサは一緒に育ち、普段から同じ部屋に居るのが当たり前となっていた。
「んー、頑張ったけどさ。よく考えたら俺、何の成果もあげてねェんじゃないかなッて……」
エルスは横になったまま器用に剣や防具を外し、乱雑に床へと投げ落とす。
今朝からの出来事を思い返してみると、自分で撒いた種を自分で刈り取っただけ――そのような気がしてしまっていた。
「遺跡の騒ぎも、結局はロイマンやラァテルが解決しちまッたし。もしかすると俺のせいであんなことになったかもッて思うとなぁ……」
「エルスって、意外と真面目だもんね」
「へッ。――そういや、あのジイさんとアイツ。どうしたんだろうな? リリィナと会った時には、もう見かけなかったけどよ」
「わたしも見てないなぁ。カルミドさんと団長さん、なにかあったみたいだったね」
エルスは天井を見つめたまま、深く長い息を吐く。
「だろうなぁ。なんか皆、色々と抱えてるよなぁ……。おまえも無理するなよ?」
「えっ? うん、大丈夫だよ……。エルスもいるし、大丈夫……」
「なら良いけどよッ。はぁ、『近くにいれば、守れるッてワケじゃない』か……」
「エルス……?」
昼間のロイマンとのやり取りにおいて、エルスはあまりにも近くに居すぎたアリサのことを、〝仲間〟ではなく〝都合のいい存在〟だと思いあがっていた。
そんな自らの愚かさに気づかされただけでも、彼にとっては、大きな意味のある一日となっただろう。
「いや、何でもねェよ。疲れたし、そろそろ寝ておこうぜ!」
エルスは冒険バッグから虹色のビンを出し、傾いたサイドテーブルに載せる。
ついでに幼少時から大切に持っている〝ペンダント〟を取り出し、それをぼんやりと眺めた。ウサギの形をした飾り部分は少し焼け焦げており、大きな目の部分には〝なにか〟が嵌っていたであろう、丸い窪みだけが残っている。
裏面には神聖文字の羅列と共に、父・エルネストの名前が刻まれ――その隣には、〝リスティリア〟という文字も彫り込まれていた。
「……精霊か……」
エルスはペンダントを眺めたまま、そう小さく呟いた。
「……エルス……」
「うわッ!? 急になんだよ……?」
不意に近くで聞こえたアリサの声に、エルスが驚いて振り向くと――。
髪を下ろし、ボサボサのロングヘアとなった彼女が傍に立っていた。
アリサの幼さを感じる容姿も相まって、心なしか泣いているようにも感じられる。
「そっちに行っていい?」
「良いも悪いも、もう居るじゃねェか。……別にいいけどよ」
「ありがと」
小さな声で言い、アリサは窮屈なベッドに潜り込む。エルスはベッドの端まで移動し、彼女のために場所を空けた。
「よしッ。明日は自警団の本部に行かねェとだし、早く寝ようぜ」
「うん。エルス、おやすみ……」
「おやすみ、アリサ」
テーブルの上ではルナの銀光を浴びた虹色のビンが、妖しげな輝きを放っている。
その光から目を背けるかのように、エルスはアリサの方へと顔を向けた。
疲れていたのか、アリサは早くも寝息を立てている。
エルスはそんな彼女の頭を、そっと優しく撫でた。
「もし、アレを使えば……。今度はアリサまで……」
エルスは不吉な予感を振り払うように、固く、強く目を閉じる。
そして彼も、やがて深い眠りへと墜ちてゆくのだった。
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