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第1章 ファスティアの冒険者
第28話 惨劇の誕生日
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エルスの過去。
十三年前の悲劇の直前――。
その日は、父の冒険譚を聞きたがっていたエルスの希望で、父・エルネストの仲間たちが我が家へ集まり、冒険者時代の思い出話をプレゼントすることになっていた。
『エルスくん、お誕生日おめでとうっ! アリサも来たがってたわ』
『おめでとう、エルス。うちのアリサと違って、君は魔術士になりそうだな』
『ありがとうございますッ! あのッ、アリサの熱は大丈夫ですか?』
『ああ、心配してくれてありがとうな。今は、おじいちゃんと留守番しているよ』
真新しい魔法衣を着せてもらったエルスが、近所に住むアリサの父・アーサーと、母・レミを出迎えた。彼らとは普段から顔を合わせていたが、その日は遠方から、さらに二人の来客が駆けつけてくれていた。
『ハツネ、メルギアス、今日は遠い所からすまないな。ほら、息子のエルスだッ!』
『この子がリスティとの? そっか。無事に、こっちに来られたのね……』
『坊や、すごいモノを見せてあげよう。なんと、本物の魔王が使っていた剣だぞ!』
メルギアスという名の長身の男は、布に包んでいた禍々しい大型剣をエルスに見せる。それを目にした途端、エルスの瞳はキラキラと輝いた。
『ええッ、本当ですかッ!? すごいッ! カッコイイッ!』
『おお、それはッ!? メルギアス、ついに魔王を倒したかッ!』
ハツネとメルギアスは冒険仲間が解散した後も、それぞれが現役の冒険者として活動していた。こうしてエルスにとっては憧れの冒険者たちが――父にとっては懐かしい面々が、幸せな我が家で一堂に会すこととなった。
ただ一人。
かつて冒険の途中で行方知れずとなってしまった彼女だけを除いて。
『幸運といえば……。あの時、あそこにリーゼルタが来てなければ、みんなで干からびていたなッ!』
『ああ。次の日には移動するって聞いた時は、さすがの俺も神に感謝したものだ』
『えッ、街が? 動くんですか!?』
身を乗り出しながら訊ねるエルスに、メルギアスが優しげな口調で言う。
『そうだよ。あの魔法王国は、今も世界のどこかを移動してるんだ』
『すごいッ! 行ってみたいなぁ! 神様にお願いしてみようかな!?』
エルスは無邪気に笑いながら、窓の外の空を見上げる。
そんな彼の様子を見て、レミはクスクスと微笑んだ。
『これは、魔法学校へ入れるのもアリじゃないかな? ねっ、エルネストっ!』
『いやいや、あそこは学費がな……。ハハッ……。いっそ俺も、もうひと頑張りするかッ!』
昔話にも花が咲き、祝宴は賑やかに、和やかに進んでゆく。幼いエルスは珍しい武器やアイテムの話、まだ見ぬ世界の話を、目を輝かせながら聞いていた。
やがて宴も闌となり、エルスがウトウトと眠りかけた頃。
話題の主役はメルギアスと、彼女に移っていった。
『それにしても……! これからは〝勇者メルギアス〟だな!』
『いや、大神殿には行かぬつもりだ。勇者など、ガラではないのでな』
『そっかぁ。でもカレンが居たら、喜んだだろうな……』
『そうだな……。「魔王を倒して勇者になろう!」ッて、いつも張り切っていた……』
そんな大人たちの昔話が、まどろむエルスの耳に入ってくる。
いったい誰が話しているのか。そんな記憶さえも曖昧に。
『まさか神隠し……? 本当に古代人の……』
『おそらく、エイン……』
『やはり、神の怒り……』
『ねっ、皆……。その辺にしよっ? メルギアス……ごめんね……』
どうやら突然に消えてしまった仲間への様々な想いを、それぞれが口にしていたようだ。
そして、その直後。
あの悲劇が起きてしまった。
突如、メルギアスの額に〝烙印〟が浮かび、彼が魔王と化したのだ!
『神こそが真の敵だと何故わからぬッ! キサマら……、愚かな神を盲信するとは見損なったぞッ!』
『よせッ! メルギアス! せめて子供には手を出さないでくれッ!』
『エルネスト! キサマこそが、カレンを神に売った張本人ではないのかッ!?』
『落ち着いてメルギアスっ! 〝魔王の烙印〟なんかに支配されちゃ駄目だよっ!』
慌てて飛び起きたエルスだったが、目の前の光景に、声を出すこともできずに震えている。
『滅ぼしてくれるッ……! カレンを奪った愚かな神も、くだらぬ世界も――裏切り者のキサマらもなぁ――ッ!』
仲間の突然の豹変に困惑しながらも、大人たちは幼いエルスを守りながら応戦した。しかし、油断や戸惑い、祝いの席ということもあって満足な装備を整えていなかったことも災いし、エルネストらは魔王の力の前に徐々に劣勢へと追いやられてゆく。
『滅ぶがいいッ! 忌まわしき神の下僕どもめッ!』
『目を開けろハツネッ! エルス逃げろッ! 誰か……冒険者を呼ぶんだッ……!』
『ううッ……! 足が震えて……。ごめんなさい父さんッ! う、動けないんだッ……!』
エルスは父の声に応えようとするも、腰が抜けて立ち上がることすらもできない。
アーサーとレミが武器を取りに戻っている間、エルネストは単独で、必死に魔王への抵抗を続けた。
『くッ……! せめてアーサーたちが戻るまでは、絶対に倒れんッ……!』
だが、幼いエルスを庇いながらの攻防ということもあり、かつては英雄と呼ばれたエルネストでさえも、次第に窮地へと追い詰められてゆく。
仲間も倒れ、楽しい祝宴の場だったはずの自宅も〝魔剣ヴェルブレイズ〟の炎に包まれ、すでに瓦礫の山と化していた。
『生きろッ……エルス! いつか母さんを……。すまん……リス……ティ……』
『父さんッ……! 神さまお願いしますッ! 助けてくださいッ……!』
『我が怒り! 我が魔王のチカラッ! 思い知れッ! 大いなる闇へ還り、朽ち果てよ――ッ!』
幼いエルスは、父が傷つき、倒れる姿を――。
ただ怯えながら、見ていることしかできなかった。
父から手渡された、もう一つのプレゼント。
両親の想いが込められた、ウサギ型のペンダントを握りしめながら――。
十三年前の悲劇の直前――。
その日は、父の冒険譚を聞きたがっていたエルスの希望で、父・エルネストの仲間たちが我が家へ集まり、冒険者時代の思い出話をプレゼントすることになっていた。
『エルスくん、お誕生日おめでとうっ! アリサも来たがってたわ』
『おめでとう、エルス。うちのアリサと違って、君は魔術士になりそうだな』
『ありがとうございますッ! あのッ、アリサの熱は大丈夫ですか?』
『ああ、心配してくれてありがとうな。今は、おじいちゃんと留守番しているよ』
真新しい魔法衣を着せてもらったエルスが、近所に住むアリサの父・アーサーと、母・レミを出迎えた。彼らとは普段から顔を合わせていたが、その日は遠方から、さらに二人の来客が駆けつけてくれていた。
『ハツネ、メルギアス、今日は遠い所からすまないな。ほら、息子のエルスだッ!』
『この子がリスティとの? そっか。無事に、こっちに来られたのね……』
『坊や、すごいモノを見せてあげよう。なんと、本物の魔王が使っていた剣だぞ!』
メルギアスという名の長身の男は、布に包んでいた禍々しい大型剣をエルスに見せる。それを目にした途端、エルスの瞳はキラキラと輝いた。
『ええッ、本当ですかッ!? すごいッ! カッコイイッ!』
『おお、それはッ!? メルギアス、ついに魔王を倒したかッ!』
ハツネとメルギアスは冒険仲間が解散した後も、それぞれが現役の冒険者として活動していた。こうしてエルスにとっては憧れの冒険者たちが――父にとっては懐かしい面々が、幸せな我が家で一堂に会すこととなった。
ただ一人。
かつて冒険の途中で行方知れずとなってしまった彼女だけを除いて。
『幸運といえば……。あの時、あそこにリーゼルタが来てなければ、みんなで干からびていたなッ!』
『ああ。次の日には移動するって聞いた時は、さすがの俺も神に感謝したものだ』
『えッ、街が? 動くんですか!?』
身を乗り出しながら訊ねるエルスに、メルギアスが優しげな口調で言う。
『そうだよ。あの魔法王国は、今も世界のどこかを移動してるんだ』
『すごいッ! 行ってみたいなぁ! 神様にお願いしてみようかな!?』
エルスは無邪気に笑いながら、窓の外の空を見上げる。
そんな彼の様子を見て、レミはクスクスと微笑んだ。
『これは、魔法学校へ入れるのもアリじゃないかな? ねっ、エルネストっ!』
『いやいや、あそこは学費がな……。ハハッ……。いっそ俺も、もうひと頑張りするかッ!』
昔話にも花が咲き、祝宴は賑やかに、和やかに進んでゆく。幼いエルスは珍しい武器やアイテムの話、まだ見ぬ世界の話を、目を輝かせながら聞いていた。
やがて宴も闌となり、エルスがウトウトと眠りかけた頃。
話題の主役はメルギアスと、彼女に移っていった。
『それにしても……! これからは〝勇者メルギアス〟だな!』
『いや、大神殿には行かぬつもりだ。勇者など、ガラではないのでな』
『そっかぁ。でもカレンが居たら、喜んだだろうな……』
『そうだな……。「魔王を倒して勇者になろう!」ッて、いつも張り切っていた……』
そんな大人たちの昔話が、まどろむエルスの耳に入ってくる。
いったい誰が話しているのか。そんな記憶さえも曖昧に。
『まさか神隠し……? 本当に古代人の……』
『おそらく、エイン……』
『やはり、神の怒り……』
『ねっ、皆……。その辺にしよっ? メルギアス……ごめんね……』
どうやら突然に消えてしまった仲間への様々な想いを、それぞれが口にしていたようだ。
そして、その直後。
あの悲劇が起きてしまった。
突如、メルギアスの額に〝烙印〟が浮かび、彼が魔王と化したのだ!
『神こそが真の敵だと何故わからぬッ! キサマら……、愚かな神を盲信するとは見損なったぞッ!』
『よせッ! メルギアス! せめて子供には手を出さないでくれッ!』
『エルネスト! キサマこそが、カレンを神に売った張本人ではないのかッ!?』
『落ち着いてメルギアスっ! 〝魔王の烙印〟なんかに支配されちゃ駄目だよっ!』
慌てて飛び起きたエルスだったが、目の前の光景に、声を出すこともできずに震えている。
『滅ぼしてくれるッ……! カレンを奪った愚かな神も、くだらぬ世界も――裏切り者のキサマらもなぁ――ッ!』
仲間の突然の豹変に困惑しながらも、大人たちは幼いエルスを守りながら応戦した。しかし、油断や戸惑い、祝いの席ということもあって満足な装備を整えていなかったことも災いし、エルネストらは魔王の力の前に徐々に劣勢へと追いやられてゆく。
『滅ぶがいいッ! 忌まわしき神の下僕どもめッ!』
『目を開けろハツネッ! エルス逃げろッ! 誰か……冒険者を呼ぶんだッ……!』
『ううッ……! 足が震えて……。ごめんなさい父さんッ! う、動けないんだッ……!』
エルスは父の声に応えようとするも、腰が抜けて立ち上がることすらもできない。
アーサーとレミが武器を取りに戻っている間、エルネストは単独で、必死に魔王への抵抗を続けた。
『くッ……! せめてアーサーたちが戻るまでは、絶対に倒れんッ……!』
だが、幼いエルスを庇いながらの攻防ということもあり、かつては英雄と呼ばれたエルネストでさえも、次第に窮地へと追い詰められてゆく。
仲間も倒れ、楽しい祝宴の場だったはずの自宅も〝魔剣ヴェルブレイズ〟の炎に包まれ、すでに瓦礫の山と化していた。
『生きろッ……エルス! いつか母さんを……。すまん……リス……ティ……』
『父さんッ……! 神さまお願いしますッ! 助けてくださいッ……!』
『我が怒り! 我が魔王のチカラッ! 思い知れッ! 大いなる闇へ還り、朽ち果てよ――ッ!』
幼いエルスは、父が傷つき、倒れる姿を――。
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