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第1章 ファスティアの冒険者
第32話 ニセル・マークスター
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自警団本部の扉の陰から現れたのは、人間族の男だった。
彼は全身を黒いマントで覆っており、年齢はエルスより一回りは上にみえる。髪は逆立った濃い青色で、首と口元は黒いマフラーで隠している。
「えー、この男は自分の古い友人で。かなり熟練の冒険者なのですが……。まあ、その経歴はいろいろとワケアリでして――」
「おっと、カダン。そこまでだ」
男は右手でカダンを制し、エルスたちの方を見遣る。物々しい姿ではあるが、やや垂れ気味の目つきのせいか、彼の雰囲気はどこか優しげにも感じる。
「オレはニセル・マークスター。長いんで〝ニセル〟と呼んでくれ。まっ、コイツの言う通り、ただのワケアリ冒険者ってヤツさ」
「あッ……ええッと。俺はエルス……ッて、申しまッス……」
「初めまして、ニセルさん。エルスと同じ駆け出し冒険者のアリサですっ」
たどたどしく挨拶をするエルスの隣で、アリサが丁寧にお辞儀をしてみせる。
「ふっ。二人とも楽にしてくれ。オレも堅苦しいのは苦手でね。さっきまで調子でかまわんさ」
ニセルは口元のマフラーを下げると巻き煙草を咥え、それに小型の魔道具で火を点けた。彼は右手に黒い手袋を、左手には金属製の小手を嵌めているようだ。
「ずっと我慢してたんでね。一服させてもらうぞ」
「俺たちが話してる間、あそこで待ってたのか……? す、すまねェ……」
「じゃあニセルさんが、盗賊退治に?」
アリサの問いには答えずに。
ニセルはカダンを手で示し、彼に説明を促した。
「ええ、それもですが……。重要なのは〝調査〟ですな! 誰が、何の目的でファスティアを陥れんとしたのか。それを明らかにすることです!」
「そういうのが、オレの得意分野でね。まっ、場合によっては〝殺し合い〟になるかもしれんが」
「こッ……殺し合いッて……」
サラリと言ってのけたニセルに対し、エルスはブルリと身を震わせる。
「退治するってことは、そういう覚悟も必要さ。ついて来るなら、オレはかまわんよ。――どうする? 人を斬る覚悟はあるか?」
ニセルは煙を吐き、じっとエルスに視線をあわせる。
エルスはゴクリと唾を飲み、そっとアリサの顔を窺った。
「わたしはエルスについてくよ? 旅に出る時から決めてたし」
「そ、そうか……。わかった……」
エルスは暫し目を瞑じた後、ニセルの黄色の眼を真っ直ぐに見る。
「行きたい。俺たちも連れてってくれ!」
「ふっ、そうか。――カダン、依頼人はお前さんだ。最終的な判断は任せる」
「うーむ。自警団長としては、やはり若者を危険な依頼に巻き込むわけには……」
「――だ、そうだ」
依頼人の決定を受け、ニセルは片手で〝お手上げ〟のジェスチャをする。
それに間髪を入れず、エルスがカダンの前へと進み出た。
「ま……待ってくれッ! 団長ッ、頼むッ!――いや、お願いしますッ! 俺にもやらせて下さいッ!」
「エ……エルス殿……?」
「また俺のせいで、誰かに迷惑をかけちまうのは嫌なんだ……。せめて一緒に見届けるだけでもッ! お願いしますッ……!」
エルスからの必死な頼みに、カダンは困り果てた様子でニセルに視線を送る。
しかし彼は僅かに口元を上げ、「ふっ」と煙を吐いただけだった。
どうやら「自分で決めろ」という意味らしい。
「……わかりました! では、エルス殿。貴方に『ジェイド盗賊団の討伐、および降魔の杖の捜索』を正式に依頼します!」
「あッ……、ありがとうッ! 団長ッ!」
「団長さん、わたしもいいですか?」
「もちろん! ですが、お二方……。とても危険な任務です。いざという時は、ニセルの指示に従ってくださいね?」
カダンは真剣な表情で言い、若い二人に細心の注意を促す。
エルスとアリサは元気よく同意し、続いてニセルに向き直った。
「それじゃよろしくなッ! ニセル!」
「よろしくね、ニセルさんっ」
「ふっ。まあ短い間だが、仲良くやろう」
三人は互いに握手し合い、盗賊団討伐のためのパーティを結成する。その様子を見守っていたカダンは一呼吸を置いた後、詳しい調査内容を話しはじめた。
「えー、我が自警団の調査によると、どうやら『盗賊団のアジトらしき洞窟が、ファスティアの北の外れにある』とのこと!」
カダンは多くの畑が見える、広大な農園地帯の方を指で示す。
「――あちら側は林が多く、ランベルトスへ繋がる街道の裏側にあたります。盗賊が根城にするには最適ですな!」
「なるほどな。まっ、罠の可能性もあるが、闇雲に探し回るよりはマシか」
ニセルは静かに目を瞑じながら、白く長い煙を吐き出す。
「おいおいニセル……。ウチの優秀な団員の調査を疑うのか?」
「その〝優秀な団員〟が、盗賊だったばかりだろう?」
「ウグッ!? ま、まあ……。そういうことも、無いとは言いきれんが……」
「ふっ、冗談だ。情報感謝するぞ」
ニセルは吸いかけの巻き煙草を懐から取り出した小箱にねじ込み、エルスとアリサの方へと向き直る。
「投げ捨てると神殿騎士がうるさいんでね。――さっ、行くか」
「ああッ!」
一先ずの目的地も決まり、三人が歩きだそうとした矢先。
カダンが唐突に大声を叫げ、エルスを呼びとめた。
「申し訳ない! 実はエルス殿に、折り入ってお願いが……」
「へッ?」
カダンは両手を合わせるジェスチャをし、携帯バッグから小さな革袋を取り出した。それにはエルスが受け取った〝報酬〟と同じく、自警団の紋章が入っている。
「農園へ向かわれるついでに、ある方へ革袋を届けていただきたいのです……」
「え、それだけか? いいぜ、任せてくれ!」
エルスはカダンから革袋を受け取り、それを冒険バッグに仕舞う。
「それで、誰に渡せばいいんだ?」
「あー、その……」
カダンは冷や汗を流しつつ口ごもり、ゆっくりと農園地帯を指さした。
「あの農園の主、カルミド殿へ……」
「カルミド?――なんか聞き覚えあるけど……。誰だっけ?」
「ほら、エルス。遺跡で会ったドワーフの人!」
首を傾げているエルスに、アリサがすかさず助け舟を出す。
「あー! あの土使いのジイさんなッ! あのジイさん、農園持ってたのかぁ」
「エルス、今日は『ジイさん』って呼んじゃダメだよ? 昨日、すっごく嫌がってたみたいだし」
「わッ、悪かったよ……。あのヒゲモジャの顔見てると、つい呼んじまうんだよなぁ……」
ドワーフ族の男性は、実際の年齢以上に外見上の老化が早い。
カダンいわく、カルミドの年齢は「自分と同い歳」なのだそうだ。
「それでは、カルミド殿に宜しくお伝えください」
「どうせなら、団長が直接渡しに行けばいいのに。近所なんだしさ」
「自分――というより、自警団は彼に嫌われておりますからな……」
「こっちもワケアリか。わかった! じゃあ、行ってくるぜッ!」
カダンに大きく手を振り、エルスとアリサはニセルが待っている畦道へ向かう。
そして一行は新たなる目的地、農園へと歩みを進めるのだった。
彼は全身を黒いマントで覆っており、年齢はエルスより一回りは上にみえる。髪は逆立った濃い青色で、首と口元は黒いマフラーで隠している。
「えー、この男は自分の古い友人で。かなり熟練の冒険者なのですが……。まあ、その経歴はいろいろとワケアリでして――」
「おっと、カダン。そこまでだ」
男は右手でカダンを制し、エルスたちの方を見遣る。物々しい姿ではあるが、やや垂れ気味の目つきのせいか、彼の雰囲気はどこか優しげにも感じる。
「オレはニセル・マークスター。長いんで〝ニセル〟と呼んでくれ。まっ、コイツの言う通り、ただのワケアリ冒険者ってヤツさ」
「あッ……ええッと。俺はエルス……ッて、申しまッス……」
「初めまして、ニセルさん。エルスと同じ駆け出し冒険者のアリサですっ」
たどたどしく挨拶をするエルスの隣で、アリサが丁寧にお辞儀をしてみせる。
「ふっ。二人とも楽にしてくれ。オレも堅苦しいのは苦手でね。さっきまで調子でかまわんさ」
ニセルは口元のマフラーを下げると巻き煙草を咥え、それに小型の魔道具で火を点けた。彼は右手に黒い手袋を、左手には金属製の小手を嵌めているようだ。
「ずっと我慢してたんでね。一服させてもらうぞ」
「俺たちが話してる間、あそこで待ってたのか……? す、すまねェ……」
「じゃあニセルさんが、盗賊退治に?」
アリサの問いには答えずに。
ニセルはカダンを手で示し、彼に説明を促した。
「ええ、それもですが……。重要なのは〝調査〟ですな! 誰が、何の目的でファスティアを陥れんとしたのか。それを明らかにすることです!」
「そういうのが、オレの得意分野でね。まっ、場合によっては〝殺し合い〟になるかもしれんが」
「こッ……殺し合いッて……」
サラリと言ってのけたニセルに対し、エルスはブルリと身を震わせる。
「退治するってことは、そういう覚悟も必要さ。ついて来るなら、オレはかまわんよ。――どうする? 人を斬る覚悟はあるか?」
ニセルは煙を吐き、じっとエルスに視線をあわせる。
エルスはゴクリと唾を飲み、そっとアリサの顔を窺った。
「わたしはエルスについてくよ? 旅に出る時から決めてたし」
「そ、そうか……。わかった……」
エルスは暫し目を瞑じた後、ニセルの黄色の眼を真っ直ぐに見る。
「行きたい。俺たちも連れてってくれ!」
「ふっ、そうか。――カダン、依頼人はお前さんだ。最終的な判断は任せる」
「うーむ。自警団長としては、やはり若者を危険な依頼に巻き込むわけには……」
「――だ、そうだ」
依頼人の決定を受け、ニセルは片手で〝お手上げ〟のジェスチャをする。
それに間髪を入れず、エルスがカダンの前へと進み出た。
「ま……待ってくれッ! 団長ッ、頼むッ!――いや、お願いしますッ! 俺にもやらせて下さいッ!」
「エ……エルス殿……?」
「また俺のせいで、誰かに迷惑をかけちまうのは嫌なんだ……。せめて一緒に見届けるだけでもッ! お願いしますッ……!」
エルスからの必死な頼みに、カダンは困り果てた様子でニセルに視線を送る。
しかし彼は僅かに口元を上げ、「ふっ」と煙を吐いただけだった。
どうやら「自分で決めろ」という意味らしい。
「……わかりました! では、エルス殿。貴方に『ジェイド盗賊団の討伐、および降魔の杖の捜索』を正式に依頼します!」
「あッ……、ありがとうッ! 団長ッ!」
「団長さん、わたしもいいですか?」
「もちろん! ですが、お二方……。とても危険な任務です。いざという時は、ニセルの指示に従ってくださいね?」
カダンは真剣な表情で言い、若い二人に細心の注意を促す。
エルスとアリサは元気よく同意し、続いてニセルに向き直った。
「それじゃよろしくなッ! ニセル!」
「よろしくね、ニセルさんっ」
「ふっ。まあ短い間だが、仲良くやろう」
三人は互いに握手し合い、盗賊団討伐のためのパーティを結成する。その様子を見守っていたカダンは一呼吸を置いた後、詳しい調査内容を話しはじめた。
「えー、我が自警団の調査によると、どうやら『盗賊団のアジトらしき洞窟が、ファスティアの北の外れにある』とのこと!」
カダンは多くの畑が見える、広大な農園地帯の方を指で示す。
「――あちら側は林が多く、ランベルトスへ繋がる街道の裏側にあたります。盗賊が根城にするには最適ですな!」
「なるほどな。まっ、罠の可能性もあるが、闇雲に探し回るよりはマシか」
ニセルは静かに目を瞑じながら、白く長い煙を吐き出す。
「おいおいニセル……。ウチの優秀な団員の調査を疑うのか?」
「その〝優秀な団員〟が、盗賊だったばかりだろう?」
「ウグッ!? ま、まあ……。そういうことも、無いとは言いきれんが……」
「ふっ、冗談だ。情報感謝するぞ」
ニセルは吸いかけの巻き煙草を懐から取り出した小箱にねじ込み、エルスとアリサの方へと向き直る。
「投げ捨てると神殿騎士がうるさいんでね。――さっ、行くか」
「ああッ!」
一先ずの目的地も決まり、三人が歩きだそうとした矢先。
カダンが唐突に大声を叫げ、エルスを呼びとめた。
「申し訳ない! 実はエルス殿に、折り入ってお願いが……」
「へッ?」
カダンは両手を合わせるジェスチャをし、携帯バッグから小さな革袋を取り出した。それにはエルスが受け取った〝報酬〟と同じく、自警団の紋章が入っている。
「農園へ向かわれるついでに、ある方へ革袋を届けていただきたいのです……」
「え、それだけか? いいぜ、任せてくれ!」
エルスはカダンから革袋を受け取り、それを冒険バッグに仕舞う。
「それで、誰に渡せばいいんだ?」
「あー、その……」
カダンは冷や汗を流しつつ口ごもり、ゆっくりと農園地帯を指さした。
「あの農園の主、カルミド殿へ……」
「カルミド?――なんか聞き覚えあるけど……。誰だっけ?」
「ほら、エルス。遺跡で会ったドワーフの人!」
首を傾げているエルスに、アリサがすかさず助け舟を出す。
「あー! あの土使いのジイさんなッ! あのジイさん、農園持ってたのかぁ」
「エルス、今日は『ジイさん』って呼んじゃダメだよ? 昨日、すっごく嫌がってたみたいだし」
「わッ、悪かったよ……。あのヒゲモジャの顔見てると、つい呼んじまうんだよなぁ……」
ドワーフ族の男性は、実際の年齢以上に外見上の老化が早い。
カダンいわく、カルミドの年齢は「自分と同い歳」なのだそうだ。
「それでは、カルミド殿に宜しくお伝えください」
「どうせなら、団長が直接渡しに行けばいいのに。近所なんだしさ」
「自分――というより、自警団は彼に嫌われておりますからな……」
「こっちもワケアリか。わかった! じゃあ、行ってくるぜッ!」
カダンに大きく手を振り、エルスとアリサはニセルが待っている畦道へ向かう。
そして一行は新たなる目的地、農園へと歩みを進めるのだった。
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