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第1章 ファスティアの冒険者
第44話 秘められたる力
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アルティリア王都の酒場は、いつもながらに閑散としていた。
すでに多くの冒険者たちはファスティアに活動の拠点を移しており、勤勉な王国騎士や住民らは未だ酒を楽しむ時間ではない。
勇者ロイマンは貸しきり状態の店内で一人、グラスを傾けていた。
ファスティアの安酒とは違い、やはり王都の物は上質だ。
「あら、もうお酒? まだ太陽の刻よ?」
重厚感のある入口の扉が開き、一人の女が真っ直ぐにロイマンのテーブルへと向かう。彼女は茶色の長い髪で顔の半分を隠し、全身を薄革製の黒いスーツで覆っている。
「ハツネか。冒険者が酒場に居るのに、昼も夜も無えだろう」
「ふふ、そうね」
ハツネと呼ばれた女はテーブルの上に腰掛け、グラスを取って酒を注ぐ――。
「――行儀の悪い女だ。仮にもここは王都だぞ」
「いいじゃない。他に誰も居ないんだし。それに、誰かさんの影響なんだからね?」
「フッ、知らんな……」
ロイマンは目を閉じ、ニヤリと口元を緩める。
ハツネも小さく微笑み、グラスに口をつけた――。
「新しく入った彼。ラァテルだったかしら? 若い子たち、仲良くやってくれるといいんだけど」
「俺が選んだ仲間だ。心配無えよ」
ロイマンは彼女の手に、そっと自身の手を被せる――。
「それに、お前だって若いだろうが」
「ええ、もちろん。あなたもでしょ?」
「フン……。ハーフエルフのお前と一緒にするな。五十を過ぎた人間なんざ、とっくにジジイだ」
そう言い終え、ロイマンはグラスの中身を一気に飲み干した――。
「あいつに……エルスに会った」
「そう……。だから行ってきたのね。彼を連れて行ったのは……やっぱり、一人じゃ怖かった?」
「まあな。お互い様だろう?」
「ええ……。今でも、怖いわ……」
ハツネは震えるような声で呟き――
自身の長い前髪に隠れた頬を、ゆっくりと擦った――。
十三年前――。
冒険者ロイマンは、アルティリア王都を訪れていた。
目的などはなく、ただ金になる仕事を求めて流れ着いただけだった。
日銭も底を尽き、野宿の場所でも探そうと郊外の林へ入ったロイマンは、わずかに立ち上る黒煙と血の臭いを感じる――。
運良く、何か金目の物にありつけるかもしれない。
――ロイマンは煙の元へと急いだ。
『――なッ!? 何だありゃ?』
辿り着いた先には、無惨に破壊された家があった。
そして転がる死体が四つ。
男と女が二人ずつ――。
さらには頭に角を生やし、炎を纏う〝魔剣〟を手にした男が一人。
その男の額には――
なんと〝魔王の烙印〟が浮かび上がっていた!
『何?……魔王だと!?』
ロイマンは驚き、思わず声を上げる。しかし、魔王は彼には目をくれず、忌々しげに空を睨みつけている。
よく見れば、魔王の身体には既に深い傷が刻まれ――
流れ出す黒い血液からは、闇色の瘴気が立ち上っている――。
『おのれッ! 忌まわしき神の奴隷めェ――!』
魔王の視線の先に居たものは、なんとも形容しがたい存在だった。
大きさは小さな子供くらいだろうか。姿も人に似てはいる。だが、その全身は光沢のある宝石のように輝き、絶えず虹色の光に包まれていた――。
『そこのキサマッ! 死にたくなければ手を貸せェ――!』
『――何だと? 魔王などに、手を貸せるものか……!』
魔王は目の前のそれを睨みつけたまま、あろうことかロイマンに加勢を求めるも――ロイマンは迷わず、その要請を拒絶する。
どこへ行ってもゴロツキ扱いされ、罵声を浴びせられた。
実際に、汚れた仕事にも手を出した。
それでもロイマンは、冒険者としての誇りだけは決して棄てはしなかったのだ――。
『チィ……! 愚か者め……!』
共闘は叶わず。魔王は武器を構えながら空中へ跳び、目の前の敵へ向かって振り下ろす!――炎の魔剣は赤い光の軌跡を描き、宙に浮かぶそれを捉えた!
『馬鹿なッ!……この魔剣ヴェルブレイズが……!?』
魔王の一撃は、それの左手に出現した氷の刃によって容易く受け止められていた!
続いてそれの右手から生まれた岩の槍が、魔王の腹を貫く――!
『グオオオッ……!』
腹を大きく穿たれ――魔王は為す術もなく瓦礫の上へ墜落する。
さらに、間髪入れずに飛来した風の刃が、無防備な肉体を斬り刻む――!
『ガアアッ……!』
大の字に倒れたまま――もはやピクリとも動かない魔王を、真っ赤な光が照らす! 空中に浮かぶそれが掲げた両手には、巨大な火の玉が出現していた!
『愚かもの……めェ――次は……』
魔王の見開かれた目は、もはや焦点すら定まらない。
そして、それは静かに、両手を振り下ろす!
放たれた炎の塊は魔王へ向かって降下し――
着弾と同時に、巨大な火柱を上げた!
『――フハハハ……、次はキサマだ――!』
業火の中で魔王は叫ぶが、その声すらも焼き尽くされる――!
やがて炎は消え――炭と化した男の上で、〝魔王の烙印〟だけが不気味な明滅を繰り返している。一瞬にして魔王を消し炭へと変えた〝虹色の光〟は高度を下げ、黒焦げの亡骸をじっと眺める――。
『お、俺は何を見せられたのだ……? バケモノめ……』
冷たい汗を流しながら、ロイマンはゆっくりと後ずさる――
するとそれは浮遊したまま、くるりと彼の方へ向き直った!
『おい、やめろ……! 来るな!』
ロイマンは両手持ちの大型剣を構え、じりじりと間合いを取る。目の前に迫る人型の〝なにか〟は相変わらず七色の光に包まれ、顔や表情を窺い知ることもできない。
そしてそれは、ロイマンへ向かって両手を伸ばす――!
『うおおお――ッ!』
恐怖が限界に達したロイマンは、渾身の力で剣を振り下ろす! 岩を叩きつけたような音と共に、目の前の脅威は瓦礫の山へと吹き飛んでゆく!
ロイマンの剣は真っ二つに折れ――
地面に突き立った剣先は、即座に光の粒子となって消滅してしまった。
『何だあれは……? コイツはナマクラじゃねえ。汚ねえ仕事に加担して、ようやく手に入れた業物だぞ……』
ロイマンは、折れてしまった自身の得物を見つめる。
そんな彼の視界に、またしても虹色の光が入った――!
『クソがッ! 殺られて堪るか!』
瓦礫の側に〝魔剣〟が突き立っているのに気づき、そちらへ走る! ロイマンは折れた剣を投げ捨て、代わりに〝魔剣〟を引き抜いた!
『……ヴェルブレイズ……? よし、コイツならば――!』
両腕に力が漲るのを感じ――ロイマンは魔剣を構え、光へと近づく。それは再び立ち上がろうと、必死にもがいているようにもみえる――。
『畜生め……! 消えろ――ッ!』
ロイマンは光に狙いを定め、魔剣を大きく振り上げる!
――しかし、その時!
ロイマンの耳に、透き通るような女の声が響いた――!
『――待って――!』
すでに多くの冒険者たちはファスティアに活動の拠点を移しており、勤勉な王国騎士や住民らは未だ酒を楽しむ時間ではない。
勇者ロイマンは貸しきり状態の店内で一人、グラスを傾けていた。
ファスティアの安酒とは違い、やはり王都の物は上質だ。
「あら、もうお酒? まだ太陽の刻よ?」
重厚感のある入口の扉が開き、一人の女が真っ直ぐにロイマンのテーブルへと向かう。彼女は茶色の長い髪で顔の半分を隠し、全身を薄革製の黒いスーツで覆っている。
「ハツネか。冒険者が酒場に居るのに、昼も夜も無えだろう」
「ふふ、そうね」
ハツネと呼ばれた女はテーブルの上に腰掛け、グラスを取って酒を注ぐ――。
「――行儀の悪い女だ。仮にもここは王都だぞ」
「いいじゃない。他に誰も居ないんだし。それに、誰かさんの影響なんだからね?」
「フッ、知らんな……」
ロイマンは目を閉じ、ニヤリと口元を緩める。
ハツネも小さく微笑み、グラスに口をつけた――。
「新しく入った彼。ラァテルだったかしら? 若い子たち、仲良くやってくれるといいんだけど」
「俺が選んだ仲間だ。心配無えよ」
ロイマンは彼女の手に、そっと自身の手を被せる――。
「それに、お前だって若いだろうが」
「ええ、もちろん。あなたもでしょ?」
「フン……。ハーフエルフのお前と一緒にするな。五十を過ぎた人間なんざ、とっくにジジイだ」
そう言い終え、ロイマンはグラスの中身を一気に飲み干した――。
「あいつに……エルスに会った」
「そう……。だから行ってきたのね。彼を連れて行ったのは……やっぱり、一人じゃ怖かった?」
「まあな。お互い様だろう?」
「ええ……。今でも、怖いわ……」
ハツネは震えるような声で呟き――
自身の長い前髪に隠れた頬を、ゆっくりと擦った――。
十三年前――。
冒険者ロイマンは、アルティリア王都を訪れていた。
目的などはなく、ただ金になる仕事を求めて流れ着いただけだった。
日銭も底を尽き、野宿の場所でも探そうと郊外の林へ入ったロイマンは、わずかに立ち上る黒煙と血の臭いを感じる――。
運良く、何か金目の物にありつけるかもしれない。
――ロイマンは煙の元へと急いだ。
『――なッ!? 何だありゃ?』
辿り着いた先には、無惨に破壊された家があった。
そして転がる死体が四つ。
男と女が二人ずつ――。
さらには頭に角を生やし、炎を纏う〝魔剣〟を手にした男が一人。
その男の額には――
なんと〝魔王の烙印〟が浮かび上がっていた!
『何?……魔王だと!?』
ロイマンは驚き、思わず声を上げる。しかし、魔王は彼には目をくれず、忌々しげに空を睨みつけている。
よく見れば、魔王の身体には既に深い傷が刻まれ――
流れ出す黒い血液からは、闇色の瘴気が立ち上っている――。
『おのれッ! 忌まわしき神の奴隷めェ――!』
魔王の視線の先に居たものは、なんとも形容しがたい存在だった。
大きさは小さな子供くらいだろうか。姿も人に似てはいる。だが、その全身は光沢のある宝石のように輝き、絶えず虹色の光に包まれていた――。
『そこのキサマッ! 死にたくなければ手を貸せェ――!』
『――何だと? 魔王などに、手を貸せるものか……!』
魔王は目の前のそれを睨みつけたまま、あろうことかロイマンに加勢を求めるも――ロイマンは迷わず、その要請を拒絶する。
どこへ行ってもゴロツキ扱いされ、罵声を浴びせられた。
実際に、汚れた仕事にも手を出した。
それでもロイマンは、冒険者としての誇りだけは決して棄てはしなかったのだ――。
『チィ……! 愚か者め……!』
共闘は叶わず。魔王は武器を構えながら空中へ跳び、目の前の敵へ向かって振り下ろす!――炎の魔剣は赤い光の軌跡を描き、宙に浮かぶそれを捉えた!
『馬鹿なッ!……この魔剣ヴェルブレイズが……!?』
魔王の一撃は、それの左手に出現した氷の刃によって容易く受け止められていた!
続いてそれの右手から生まれた岩の槍が、魔王の腹を貫く――!
『グオオオッ……!』
腹を大きく穿たれ――魔王は為す術もなく瓦礫の上へ墜落する。
さらに、間髪入れずに飛来した風の刃が、無防備な肉体を斬り刻む――!
『ガアアッ……!』
大の字に倒れたまま――もはやピクリとも動かない魔王を、真っ赤な光が照らす! 空中に浮かぶそれが掲げた両手には、巨大な火の玉が出現していた!
『愚かもの……めェ――次は……』
魔王の見開かれた目は、もはや焦点すら定まらない。
そして、それは静かに、両手を振り下ろす!
放たれた炎の塊は魔王へ向かって降下し――
着弾と同時に、巨大な火柱を上げた!
『――フハハハ……、次はキサマだ――!』
業火の中で魔王は叫ぶが、その声すらも焼き尽くされる――!
やがて炎は消え――炭と化した男の上で、〝魔王の烙印〟だけが不気味な明滅を繰り返している。一瞬にして魔王を消し炭へと変えた〝虹色の光〟は高度を下げ、黒焦げの亡骸をじっと眺める――。
『お、俺は何を見せられたのだ……? バケモノめ……』
冷たい汗を流しながら、ロイマンはゆっくりと後ずさる――
するとそれは浮遊したまま、くるりと彼の方へ向き直った!
『おい、やめろ……! 来るな!』
ロイマンは両手持ちの大型剣を構え、じりじりと間合いを取る。目の前に迫る人型の〝なにか〟は相変わらず七色の光に包まれ、顔や表情を窺い知ることもできない。
そしてそれは、ロイマンへ向かって両手を伸ばす――!
『うおおお――ッ!』
恐怖が限界に達したロイマンは、渾身の力で剣を振り下ろす! 岩を叩きつけたような音と共に、目の前の脅威は瓦礫の山へと吹き飛んでゆく!
ロイマンの剣は真っ二つに折れ――
地面に突き立った剣先は、即座に光の粒子となって消滅してしまった。
『何だあれは……? コイツはナマクラじゃねえ。汚ねえ仕事に加担して、ようやく手に入れた業物だぞ……』
ロイマンは、折れてしまった自身の得物を見つめる。
そんな彼の視界に、またしても虹色の光が入った――!
『クソがッ! 殺られて堪るか!』
瓦礫の側に〝魔剣〟が突き立っているのに気づき、そちらへ走る! ロイマンは折れた剣を投げ捨て、代わりに〝魔剣〟を引き抜いた!
『……ヴェルブレイズ……? よし、コイツならば――!』
両腕に力が漲るのを感じ――ロイマンは魔剣を構え、光へと近づく。それは再び立ち上がろうと、必死にもがいているようにもみえる――。
『畜生め……! 消えろ――ッ!』
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