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第1章 ファスティアの冒険者
第45話 偽りの勇者
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『……誰だッ……!?』
周囲に響いた、透き通るような女の声――。
ロイマンは咄嗟に我に返り、声の方向へ目を遣る。そちらでは、瓦礫の下敷きになった女が顔を上げ、救いを求めるように腕を伸ばしていた。
女は辛うじて生きていたようだ。
しかし、彼女の腕は焼け爛れ、顔の半分も血に染まっている。
『その子は……敵じゃない……!』
それだけを言い、女は再び、地面に顔を埋めてしまった――。
『何だ……? 次から次へと……』
ロイマンは構えを崩さないまま、足元の光に視線を戻す。
それは次第に輝きを失い、人間の子供の姿に変化した。
焼け焦げた魔法衣を身に着けた、銀髪の幼い少年。
彼は悪夢にうなされるような険しい表情で、小さな身体を丸めている。
『こんなチビに……。俺は……』
構えていた魔剣をだらりと下げ、ロイマンは橙色の空を力なく仰いだ――。
――しばらくの後。
現場には、騒ぎに気づいた王都の兵士や聖職者、神殿騎士たちが続々と集まりはじめていた。
先ほどの女は助かる可能性があったらしく、治療のできる施設へと担がれていったようだ。残りの三人は既に事切れており、瓦礫の合間に静かに安置された。
『いい気なモンだ。無能な日和見どもが今さら、ゾロゾロと集いやがって』
ロイマンは失った得物の代わりに〝魔剣〟を背負い、慌しく動く連中を横目に睨む。
『まあいい。魔剣が手に入っただけでも良しとするか』
聖職者らは一様に、炭と化した魔王の周囲に集まっている。
そんな彼らのやり取りが、嫌でもロイマンの耳に入ってきた――。
『これぞ魔王の烙印……。なんと悍ましい。未だ力を……』
『エルネストにアーサー。いずれもアルティリアが誇る……』
『ふむふむ。視たところ、彼の名はメルギアス……』
『勇者と成り得た者が、よもや魔に堕ちるとは……』
『興味深いですねぇ! 確か、ミルセリアさんに……』
『ルゥラン様……。どうかご内密に……』
やがて烙印は消滅し、魔王だった者の亡骸は黒い霧となって虚空へ消え去った。
それを見た聖職者らは口々に哀れみや軽蔑の言葉を吐いたあと、今後の対応について話し合い始めたようだ。
ロイマンは小さく舌打ちし、その場を離れる。
――あの少年が倒れていた場所を見ると、彼は変わらず地べたに転がされていた。
『ノコノコやって来たあげく、自分らのメンツの相談か』
吐き捨てるように呟き、少年の体を小さく揺する――。
『――おい。生きてんだろう? いい加減に起きろ、チビ』
やがて少年は顔を歪ませながら、ゆっくりと目を開けた。
『ううッ、魔王が……。あれ? 冒険者……さん? 魔王は? 父さんは……?』
何も覚えていないのか。少年は拍子抜けするような、とても子供らしい声でロイマンに訊く。
『もう居ねえよ。両方な』
その言葉で――
少年はプツリと糸が切れたように、再び気を失ってしまった。
『……マズかったか。――どうせ目覚めりゃ嫌でも見るんだ。現実をな』
ロイマンは瓦礫の中から布を引っ張り出し、その上に少年を寝かせる。泥や血の染みた地べたよりは、多少はマシだろう――。
『――宜しいですかな?』
『あ?……何だ?』
背後から掛けられた嗄れた声に、ロイマンは振り返る。
そこには老齢の聖職者と、二名の神殿騎士が立っていた。
『勇者殿。お名前をお聞かせ願えますかな?』
『ロイマンだ。――なに?……勇者だと?』
『ロイマン殿。そなたに魔王討伐の褒賞と〝勇者の称号〟を授けます。後日、必ずミルセリア大神殿へお越し頂きますように』
『お……、おい……ちょっと待て――』
『――宜しいですね? 必ずですよ?』
深い皺に埋もれた聖職者の眼光が、ロイマンの目を凝視する。上等な法衣を纏い、神殿騎士を連れていることからも、彼はかなり高位の人物だとわかる。
この三人が放つ威圧感に負け――
ロイマンは、ただ頷くしかなかった。
『お待ちしております。くれぐれも、道を違えませんよう……』
聖職者は革袋をひとつ取り出し、ロイマンに手渡す。
そして他の聖職者らの元へと、素早く踵を返した。
袋の中身を確認すると、大量の金貨が詰まっていた。
だが――ロイマンに大金を得た喜びは無く、恐怖の感情の方が多くを占めていた。
何か〝とんでもないものに関わってしまった〟と――。
『チッ……。この歳になっても、ビビっちまうとはな……』
数日後、彼は勇者の称号を受け――
ここから〝勇者ロイマン〟としての人生が始まった。
「――フッ。何が勇者だ、笑わせる。何も知らねえ坊主どもが広めた嘘を、どいつもこいつも信じてやがる」
ロイマンは自嘲気味に嗤い、グラスの中身を喉に流し込む。
「そうね。でも、私は本物の勇者だと思うわよ? それからのあなたは〝勇者〟として、人々のために必死に頑張った」
「……金のためだ。そんなつもりは無えよ」
「それに、あなたが居なければ、私は助からなかった」
空のグラスを見つめるロイマンを、ハツネが見つめる。
「何よりも――あなたが止めなかったら……。きっとあの子が、次の魔王になっていたわ……」
「心配無え、エルスは強い。あのチビが、良くあそこまで成長したもんだ」
「あの子は深いところで、まだ苦しんでる。そして、その苦しみのひとつを私が……」
ハツネは虹色の手鏡を取り出し、そちらへ視線を移す――。
「――私も、覚悟を決めなきゃね。リスティの……親友のためにも」
「フッ……、少し飲みすぎた。風に当たって来るぞ」
ロイマンはテーブルに金貨を数枚置き、ゆっくりと立ち上がる――。
「そうね。お供するわ」
ハツネはロイマンの腕に手を絡ませ、二人で酒場から出ていった。
――そんな彼らの背中を、ラァテルは静かに見つめていた。
「ふん。時間の無駄――というわけでは、なかったな」
ラァテルは背を預けていた柱から離れ、冒険者用の掲示板へ向かう。彼は整然と貼られた依頼状に目を通し、〝街道の野盗討伐〟と書かれた紙を破り取る。
それだけを持ち、ラァテルも酒場をあとにする――。
天上の太陽は、まだ日中の陽光を放っている。
ファスティアと違い、王都には人通りがほとんど無い。
「悪いが――もうしばらく、時間を貰うぞ……」
外套の下から漆黒の刃を取り出し、ラァテルは外の街道へと向かう。
そんな彼の瞳には――確固たる意志と、決意の炎が灯されていた。
周囲に響いた、透き通るような女の声――。
ロイマンは咄嗟に我に返り、声の方向へ目を遣る。そちらでは、瓦礫の下敷きになった女が顔を上げ、救いを求めるように腕を伸ばしていた。
女は辛うじて生きていたようだ。
しかし、彼女の腕は焼け爛れ、顔の半分も血に染まっている。
『その子は……敵じゃない……!』
それだけを言い、女は再び、地面に顔を埋めてしまった――。
『何だ……? 次から次へと……』
ロイマンは構えを崩さないまま、足元の光に視線を戻す。
それは次第に輝きを失い、人間の子供の姿に変化した。
焼け焦げた魔法衣を身に着けた、銀髪の幼い少年。
彼は悪夢にうなされるような険しい表情で、小さな身体を丸めている。
『こんなチビに……。俺は……』
構えていた魔剣をだらりと下げ、ロイマンは橙色の空を力なく仰いだ――。
――しばらくの後。
現場には、騒ぎに気づいた王都の兵士や聖職者、神殿騎士たちが続々と集まりはじめていた。
先ほどの女は助かる可能性があったらしく、治療のできる施設へと担がれていったようだ。残りの三人は既に事切れており、瓦礫の合間に静かに安置された。
『いい気なモンだ。無能な日和見どもが今さら、ゾロゾロと集いやがって』
ロイマンは失った得物の代わりに〝魔剣〟を背負い、慌しく動く連中を横目に睨む。
『まあいい。魔剣が手に入っただけでも良しとするか』
聖職者らは一様に、炭と化した魔王の周囲に集まっている。
そんな彼らのやり取りが、嫌でもロイマンの耳に入ってきた――。
『これぞ魔王の烙印……。なんと悍ましい。未だ力を……』
『エルネストにアーサー。いずれもアルティリアが誇る……』
『ふむふむ。視たところ、彼の名はメルギアス……』
『勇者と成り得た者が、よもや魔に堕ちるとは……』
『興味深いですねぇ! 確か、ミルセリアさんに……』
『ルゥラン様……。どうかご内密に……』
やがて烙印は消滅し、魔王だった者の亡骸は黒い霧となって虚空へ消え去った。
それを見た聖職者らは口々に哀れみや軽蔑の言葉を吐いたあと、今後の対応について話し合い始めたようだ。
ロイマンは小さく舌打ちし、その場を離れる。
――あの少年が倒れていた場所を見ると、彼は変わらず地べたに転がされていた。
『ノコノコやって来たあげく、自分らのメンツの相談か』
吐き捨てるように呟き、少年の体を小さく揺する――。
『――おい。生きてんだろう? いい加減に起きろ、チビ』
やがて少年は顔を歪ませながら、ゆっくりと目を開けた。
『ううッ、魔王が……。あれ? 冒険者……さん? 魔王は? 父さんは……?』
何も覚えていないのか。少年は拍子抜けするような、とても子供らしい声でロイマンに訊く。
『もう居ねえよ。両方な』
その言葉で――
少年はプツリと糸が切れたように、再び気を失ってしまった。
『……マズかったか。――どうせ目覚めりゃ嫌でも見るんだ。現実をな』
ロイマンは瓦礫の中から布を引っ張り出し、その上に少年を寝かせる。泥や血の染みた地べたよりは、多少はマシだろう――。
『――宜しいですかな?』
『あ?……何だ?』
背後から掛けられた嗄れた声に、ロイマンは振り返る。
そこには老齢の聖職者と、二名の神殿騎士が立っていた。
『勇者殿。お名前をお聞かせ願えますかな?』
『ロイマンだ。――なに?……勇者だと?』
『ロイマン殿。そなたに魔王討伐の褒賞と〝勇者の称号〟を授けます。後日、必ずミルセリア大神殿へお越し頂きますように』
『お……、おい……ちょっと待て――』
『――宜しいですね? 必ずですよ?』
深い皺に埋もれた聖職者の眼光が、ロイマンの目を凝視する。上等な法衣を纏い、神殿騎士を連れていることからも、彼はかなり高位の人物だとわかる。
この三人が放つ威圧感に負け――
ロイマンは、ただ頷くしかなかった。
『お待ちしております。くれぐれも、道を違えませんよう……』
聖職者は革袋をひとつ取り出し、ロイマンに手渡す。
そして他の聖職者らの元へと、素早く踵を返した。
袋の中身を確認すると、大量の金貨が詰まっていた。
だが――ロイマンに大金を得た喜びは無く、恐怖の感情の方が多くを占めていた。
何か〝とんでもないものに関わってしまった〟と――。
『チッ……。この歳になっても、ビビっちまうとはな……』
数日後、彼は勇者の称号を受け――
ここから〝勇者ロイマン〟としての人生が始まった。
「――フッ。何が勇者だ、笑わせる。何も知らねえ坊主どもが広めた嘘を、どいつもこいつも信じてやがる」
ロイマンは自嘲気味に嗤い、グラスの中身を喉に流し込む。
「そうね。でも、私は本物の勇者だと思うわよ? それからのあなたは〝勇者〟として、人々のために必死に頑張った」
「……金のためだ。そんなつもりは無えよ」
「それに、あなたが居なければ、私は助からなかった」
空のグラスを見つめるロイマンを、ハツネが見つめる。
「何よりも――あなたが止めなかったら……。きっとあの子が、次の魔王になっていたわ……」
「心配無え、エルスは強い。あのチビが、良くあそこまで成長したもんだ」
「あの子は深いところで、まだ苦しんでる。そして、その苦しみのひとつを私が……」
ハツネは虹色の手鏡を取り出し、そちらへ視線を移す――。
「――私も、覚悟を決めなきゃね。リスティの……親友のためにも」
「フッ……、少し飲みすぎた。風に当たって来るぞ」
ロイマンはテーブルに金貨を数枚置き、ゆっくりと立ち上がる――。
「そうね。お供するわ」
ハツネはロイマンの腕に手を絡ませ、二人で酒場から出ていった。
――そんな彼らの背中を、ラァテルは静かに見つめていた。
「ふん。時間の無駄――というわけでは、なかったな」
ラァテルは背を預けていた柱から離れ、冒険者用の掲示板へ向かう。彼は整然と貼られた依頼状に目を通し、〝街道の野盗討伐〟と書かれた紙を破り取る。
それだけを持ち、ラァテルも酒場をあとにする――。
天上の太陽は、まだ日中の陽光を放っている。
ファスティアと違い、王都には人通りがほとんど無い。
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