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第1章 ファスティアの冒険者
第46話 いざ決戦へ
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盗賊団の根城となっている、洞窟前の広場。
こちらの霧も既に晴れ、木々の隙間からは、太陽の陽光が射し込んでいた。
決戦を前に、予期せぬ深手を負ったエルスたちは洞窟の陰に身をひそめ、最後の準備を整えていた。
アリサは留め金の破壊された金属製の胸当てを外し、冒険バッグの中へ仕舞う。そして、代わりに取り出した包帯を、服の上から傷口に巻き始めた――。
「おまえ、そんなモンまで持って来てたのか? 用意がいいな」
「うん。わたしの魔法じゃ、いつか力不足になると思って」
事実――アリサが使える治癒魔法では彼女の傷は完治せず、これ以上の回復は不可能だった。それくらいに、アリサが負ったダメージは深い。巻いたばかりの包帯には早くも、赤い染みが広がり始めている――。
「俺も光魔法が使えりゃなぁ……」
「仕方ないよ。お互いに、できることを頑張ろっ?」
「ああ……。そうだな……」
今回の戦闘で、エルスは心の底から自らの弱さを思い知った。
なによりも、自分自身の心の弱さを。
まずは心を鍛えろ――。
幼い頃に、ロイマンから言われた言葉を思い出す。
ロイマンは当時から――とうの昔から、エルスの弱点を見抜いていたのだ。
これまでの魔物との戦いでは、ほぼ二人は無傷だった。
――だが、相手が人類に変わった途端、傷だらけになってしまった。
思えば、ラァテルとの勝負でも、エルスは傷を受けていた。
覚悟が足りない――
まだ足りていない。
戦う覚悟。殺す覚悟。
そして――殺される覚悟も。
エルスと対峙した男は、最期の瞬間まで戦意を失わなかった。彼なりの覚悟ができた上で、盗賊としての人生を、懸命に生き抜いたのだろう。
「ねぇ、エルス。これ……」
アリサは何かを差し出す――。
「――たぶん必要になるんじゃないかな?」
「うッ……これか……。そうだよな……」
エルスはアリサから、虹色の砂粒が入ったビンを受け取る。いつかは〝これ〟とも向き合わなければならない。
ビンを冒険バッグに入れ、エルスはアリサの顔を見つめる――。
「ありがとな。今度こそ……覚悟を決めるぜ……」
「うん。でも、無理しないでね?」
ニセルは今、単独で洞窟内を偵察している。
もし二人が「帰りたい」と言えば、一切の咎めもなく、快く帰してくれるだろう。まだ短い付き合いだが、言動や行動の一つ一つから、彼はそういう男だと認識できた。
「――大丈夫だッ! 絶対に、依頼を成功させてやろうぜッ!」
エルスは気合いを入れ、軽く体をほぐす。
少し休んだおかげで、もう体力は充分だ。
傷もアリサの魔法で完治した。
魔力の方も問題ない。
あとは心。覚悟のみ――。
「――よう、二人とも。準備はできたか?」
洞窟から出てきたニセルが、小さく手を挙げる。
「ああッ! もうバッチリさ!」
「うんっ。頑張るねっ!」
元気な返事とは裏腹に、アリサの顔色はあまり良くはない。ニセルは彼女の顔をチラリと見遣り、視線をエルスに戻す。
「ふっ、わかった――。では行くか。二人とも、絶対に死ぬなよ?」
二人は大きく頷く。
そして三人は、決戦の地である洞窟の入口へと向かう――。
「左側の壁に沿って進もう。中央には罠がある。ゆっくりと、一列にな?」
生徒を引率するような口調で言い、ニセルは洞窟の中へ入ってゆく。
洞窟は壁面こそゴツゴツした岩ではあるが、人為的に掘られたようにみえる。
エルス、アリサの順でニセルに続き、洞窟内を静かに進む。
通路の中央へ目を凝らすと、細い糸のような線がキラキラと光っているのが見えた。
「ねぇ、エルス。踏んじゃダメだよ?」
「いや……。踏まねェから――ッていうか、静かにしようぜ……?」
「ふっ、この辺りは大丈夫さ。あそこで一旦止まろう」
ニセルに従い、一行は長い通路の突き当たりで立ち止まる。
ここまで来ると、もう太陽の光は届かないものの、壁には複数の魔力灯が据えつけられ、周囲を明るく照らしている。おそらくは盗品なのだろう。それらの形状やデザインには、様々なものが混じっている。
そして正面の壁には、複数のクロスボウが入口に向けて設置されており、左右にはさらに奥へと通路が伸びていた――。
「さっきのを踏むと、コイツに穴だらけにされてたのか……」
「すごい数だねぇ。これが全部飛んできたら避けられないかも」
「予備の矢もあるな。罠として使ったあとは、これを持って侵入者を〝お出迎え〟ってワケだ。破壊して、先に退路を確保しておくぞ」
説明し終えたニセルは小型の道具を取り出し、罠を解体し始める――。
「そうだ、エルス。洞窟では炎の魔法はやめておけよ? まとめて蒸し焼きになるか、窒息してしまうからな」
「おッ、おう……わかった。ありがとな、ニセル」
エルスは林道での失敗を思い出し、ニセルの忠告に感謝を述べる。
もう、何度も同じ失敗は繰り返せない。
「まっ、あまり力を入れすぎないようにな?――よし、終わったぞ」
罠に繋がれていた糸をすべて外し終え――
ニセルは、手元のクロスボウを二人に見せる。
「ひとつ持っていくかい?」
「いや……。俺はいいや。なんか難しそうだし」
「わたしも。間違えてエルスに刺さっちゃったら、なんかかわいそうだもん」
「あぁ、そうそう。おまえは自慢の怪力で殴った方が、絶対強ェもんなッ」
「ふっ。そうか――」
ニセルは口元を緩め、ひとつをマントの下へ忍ばせる。予備の矢も、さり気なく回収したようだ。
「では行こう。この道の右手側に扉がある。そこからが本番だ」
「わかった……。俺は――もう迷わねェ。行こうぜッ」
洞窟内をさらに奥へと進み――やがて三人の前に、両開きの巨大な扉が現れた。
扉は丈夫な木製で、枠の部分などが鉄らしき金属で補強されているようだ。
「デケェ扉だなぁ。この先はどうなってンだ?」
「うーん。何も聞こえないね」
アリサは扉に耳を当ててみるが、何も聞こえない。
ただ静寂のみが、洞窟内を支配している。
道中では、数人の盗賊が首や胸から血を流し、座り込むように事切れていた。おそらくは偵察の際に、ニセルが予め仕留めたのだろう。
「話し声から察するに、最低でも五人は居るな。ジェイドは、さらに奥だろう」
「五人か……。さっきより多いな……」
「ニセルさんすごいねぇ。わたし、全然聞こえないや」
「まっ、オレの耳は〝特別製〟だからな」
そう言った彼の左眼が、わずかに輝く――
その眼も、きっと特別製なのだろう。
「――ふむ、鍵は掛かっていないな。二人とも、準備はいいか?」
「ああ、いけるぜッ……」
エルスはゆっくりと剣を抜く。
アリサも頷き、細身の剣を抜いた――。
「よしッ、行くぜッ! 突入だ――ッ!」
こちらの霧も既に晴れ、木々の隙間からは、太陽の陽光が射し込んでいた。
決戦を前に、予期せぬ深手を負ったエルスたちは洞窟の陰に身をひそめ、最後の準備を整えていた。
アリサは留め金の破壊された金属製の胸当てを外し、冒険バッグの中へ仕舞う。そして、代わりに取り出した包帯を、服の上から傷口に巻き始めた――。
「おまえ、そんなモンまで持って来てたのか? 用意がいいな」
「うん。わたしの魔法じゃ、いつか力不足になると思って」
事実――アリサが使える治癒魔法では彼女の傷は完治せず、これ以上の回復は不可能だった。それくらいに、アリサが負ったダメージは深い。巻いたばかりの包帯には早くも、赤い染みが広がり始めている――。
「俺も光魔法が使えりゃなぁ……」
「仕方ないよ。お互いに、できることを頑張ろっ?」
「ああ……。そうだな……」
今回の戦闘で、エルスは心の底から自らの弱さを思い知った。
なによりも、自分自身の心の弱さを。
まずは心を鍛えろ――。
幼い頃に、ロイマンから言われた言葉を思い出す。
ロイマンは当時から――とうの昔から、エルスの弱点を見抜いていたのだ。
これまでの魔物との戦いでは、ほぼ二人は無傷だった。
――だが、相手が人類に変わった途端、傷だらけになってしまった。
思えば、ラァテルとの勝負でも、エルスは傷を受けていた。
覚悟が足りない――
まだ足りていない。
戦う覚悟。殺す覚悟。
そして――殺される覚悟も。
エルスと対峙した男は、最期の瞬間まで戦意を失わなかった。彼なりの覚悟ができた上で、盗賊としての人生を、懸命に生き抜いたのだろう。
「ねぇ、エルス。これ……」
アリサは何かを差し出す――。
「――たぶん必要になるんじゃないかな?」
「うッ……これか……。そうだよな……」
エルスはアリサから、虹色の砂粒が入ったビンを受け取る。いつかは〝これ〟とも向き合わなければならない。
ビンを冒険バッグに入れ、エルスはアリサの顔を見つめる――。
「ありがとな。今度こそ……覚悟を決めるぜ……」
「うん。でも、無理しないでね?」
ニセルは今、単独で洞窟内を偵察している。
もし二人が「帰りたい」と言えば、一切の咎めもなく、快く帰してくれるだろう。まだ短い付き合いだが、言動や行動の一つ一つから、彼はそういう男だと認識できた。
「――大丈夫だッ! 絶対に、依頼を成功させてやろうぜッ!」
エルスは気合いを入れ、軽く体をほぐす。
少し休んだおかげで、もう体力は充分だ。
傷もアリサの魔法で完治した。
魔力の方も問題ない。
あとは心。覚悟のみ――。
「――よう、二人とも。準備はできたか?」
洞窟から出てきたニセルが、小さく手を挙げる。
「ああッ! もうバッチリさ!」
「うんっ。頑張るねっ!」
元気な返事とは裏腹に、アリサの顔色はあまり良くはない。ニセルは彼女の顔をチラリと見遣り、視線をエルスに戻す。
「ふっ、わかった――。では行くか。二人とも、絶対に死ぬなよ?」
二人は大きく頷く。
そして三人は、決戦の地である洞窟の入口へと向かう――。
「左側の壁に沿って進もう。中央には罠がある。ゆっくりと、一列にな?」
生徒を引率するような口調で言い、ニセルは洞窟の中へ入ってゆく。
洞窟は壁面こそゴツゴツした岩ではあるが、人為的に掘られたようにみえる。
エルス、アリサの順でニセルに続き、洞窟内を静かに進む。
通路の中央へ目を凝らすと、細い糸のような線がキラキラと光っているのが見えた。
「ねぇ、エルス。踏んじゃダメだよ?」
「いや……。踏まねェから――ッていうか、静かにしようぜ……?」
「ふっ、この辺りは大丈夫さ。あそこで一旦止まろう」
ニセルに従い、一行は長い通路の突き当たりで立ち止まる。
ここまで来ると、もう太陽の光は届かないものの、壁には複数の魔力灯が据えつけられ、周囲を明るく照らしている。おそらくは盗品なのだろう。それらの形状やデザインには、様々なものが混じっている。
そして正面の壁には、複数のクロスボウが入口に向けて設置されており、左右にはさらに奥へと通路が伸びていた――。
「さっきのを踏むと、コイツに穴だらけにされてたのか……」
「すごい数だねぇ。これが全部飛んできたら避けられないかも」
「予備の矢もあるな。罠として使ったあとは、これを持って侵入者を〝お出迎え〟ってワケだ。破壊して、先に退路を確保しておくぞ」
説明し終えたニセルは小型の道具を取り出し、罠を解体し始める――。
「そうだ、エルス。洞窟では炎の魔法はやめておけよ? まとめて蒸し焼きになるか、窒息してしまうからな」
「おッ、おう……わかった。ありがとな、ニセル」
エルスは林道での失敗を思い出し、ニセルの忠告に感謝を述べる。
もう、何度も同じ失敗は繰り返せない。
「まっ、あまり力を入れすぎないようにな?――よし、終わったぞ」
罠に繋がれていた糸をすべて外し終え――
ニセルは、手元のクロスボウを二人に見せる。
「ひとつ持っていくかい?」
「いや……。俺はいいや。なんか難しそうだし」
「わたしも。間違えてエルスに刺さっちゃったら、なんかかわいそうだもん」
「あぁ、そうそう。おまえは自慢の怪力で殴った方が、絶対強ェもんなッ」
「ふっ。そうか――」
ニセルは口元を緩め、ひとつをマントの下へ忍ばせる。予備の矢も、さり気なく回収したようだ。
「では行こう。この道の右手側に扉がある。そこからが本番だ」
「わかった……。俺は――もう迷わねェ。行こうぜッ」
洞窟内をさらに奥へと進み――やがて三人の前に、両開きの巨大な扉が現れた。
扉は丈夫な木製で、枠の部分などが鉄らしき金属で補強されているようだ。
「デケェ扉だなぁ。この先はどうなってンだ?」
「うーん。何も聞こえないね」
アリサは扉に耳を当ててみるが、何も聞こえない。
ただ静寂のみが、洞窟内を支配している。
道中では、数人の盗賊が首や胸から血を流し、座り込むように事切れていた。おそらくは偵察の際に、ニセルが予め仕留めたのだろう。
「話し声から察するに、最低でも五人は居るな。ジェイドは、さらに奥だろう」
「五人か……。さっきより多いな……」
「ニセルさんすごいねぇ。わたし、全然聞こえないや」
「まっ、オレの耳は〝特別製〟だからな」
そう言った彼の左眼が、わずかに輝く――
その眼も、きっと特別製なのだろう。
「――ふむ、鍵は掛かっていないな。二人とも、準備はいいか?」
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