ミストリアンクエスト

幸崎 亮

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第1章 ファスティアの冒険者

第53話 勝利への切り札

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 「ジェイド!」

 ニセルは旧友へ向かって叫ぶ――
 しかし、もう彼は、ピクリとも動かない。

 やがてジェイドの右腕を取り込んだ〝こうの杖〟はしょうの放出を止め――漆黒の〝手〟が、きしむような音と共に巨大化を始めた!

 腕に開いていた無数の目玉は一つに集まり――
 てのひらに開いた大きな目玉へと変化する――!

 「ォオ……オオオオ……」

 杖が発する不気味なこえに共鳴し、床の魔法陣があやしく輝く!
 そして、先ほどまでとは逆に――今度は周囲のしょうを、吸収し始めた!

 「ぐッ……次は、何が起きるッてんだよ!?」

 エルスは闇に吸い寄せられそうになるのを必死に踏んばり、巨大な目玉をちゅうする。今は魔物の出現は止まっているようだが、状況が好転したとは考えにくい。

 「ルォオオオン……」

 再び発せられた、奇妙なこえ――。
 魔法陣からは闇色をした無数の触手が生え、その一本をエルスへと伸ばす――!

 「おおっと! 当たるかよッ!」
 ――エルスは突き出された触手を容易たやすくかわし、剣で斬り払う!

 闇色のは手応えもなく断ち斬られ――
 分断された触手が、オークの姿へと変化した!

 「んげッ!? まだ出して来ンのかよッ!?」

 慌てて剣を構え直すエルス――
 だが、オークの方が先に、彼に向かって棍棒を振り下ろす――!

 「はあぁー! せいっ!」

 魔物の攻撃が当たる直前!――通路から飛び出したアリサがオークの腕を落とし、その喉元を剣で貫いた――!

 「エルスっ。大丈夫……?」

 「アリサッ! おまえこそ大丈夫なのかよ……?」
 「うん……、さっきよりは……」

 アリサは周囲に目をる――。
 目の前には、不気味な魔法陣から伸びた触手の群れ。突き立った降魔の杖からは、目玉の付いた巨大な手が生えている。

 ニセルも無数の触手を相手に苦戦を強いられ、反対側の壁には大量の血の跡がこびりついている。

 そして、その真下――。
 真っ赤なまりにし、微動だにもしない――右腕の無いジェイド。

 「なんだか、大変なことになっちゃってるね……」
 「ああッ、絶望的さッ……!」

 状況は絶望的だが、どうにか攻略法をいださなければならない。闇の触手の合間を縫い、ニセルが目玉にクロスボウを放つ!――だがボルトあっなくはじかれて床に落ち、次の瞬間には黒い霧となって消滅してしまった。

 「ふっ。かつに斬りかかることも、できそうにないな」

 「クソッ、それなら魔法でッ!」
 ――エルスは呪文を唱え、敵に向かって手をかざす!

 「ミュゼル――ッ!」

 水の精霊魔法・ミュゼルが発動し、エルスの頭上に数個の水泡が出現する!
 水泡は一直線に〝こうの杖〟へ降り注ぎ――着弾地点一帯を、魔法の氷で包み込んだ!

 「効いたッ?……やったかッ……!?」

 エルスは歓喜の声を上げる――が、間もなく目の前の氷に無数のヒビが入り、無惨にも砕け散る。杖は一瞬動きを止めたものの、すぐにいましめから解き放たれてしまった。

 さらに、氷の破片に混じって飛び散った〝闇〟が、次々と魔物の姿へと変化する――!

 「ルォオオ……損傷……ゥルルルゥ……排除……」

 杖は無機質なこえを発し、大きな目玉でエルスをとらえる!

 その眼が「カッ!」と見開かれたかと思うと――
 エルスの身体が、大きく後方へ吹き飛ばされた――!

 「……うがァッ……! な……なんだ……? こいつは……」

 まるで巨大な手で全身を押さえつけられたかのように、エルスは洞窟の壁にはりつけにされる。攻撃の正体は掴めないが、この目玉にぎょうされている間は、一切の身動きが取れなくなってしまうようだ。

 「エルスっ!」

 アリサは魔物の群れに応戦しながら、彼に向かって叫ぶ――!
 ニセルは再度クロスボウを射るが、なしのつぶてだった。

 やがてこうの杖はエルスからを離し、再びくうを見つめる――と、同時にエルスは壁際に落下し、積まれた木箱やたるを盛大に破壊する!

 「ぐあッ!……チクショウッ! これじゃジリひんだぞ……」

 下手に攻撃をすると手痛い反撃を受けてしまう――。
 だが、杖が発した単語ことばから察するに、ある程度のダメージは与えたようだ。

 「魔法なら……」

 エルスはガラクタの山からい出し、なんとか立ち上がる――。
 もう体はボロボロだ。魔力も充分とはいえない。

 さきほど現れた魔物は二人が倒してくれたが――
 ニセルはともかく、アリサは足元がふらついている。

 その直後――
 アリサはバランスを崩し、その場に倒れかけた!

 「アリサッ!」
 ――エルスは間一髪、彼女を抱きとめる!

 「ごめんね……。そろそろ限界かも……」

 アリサの顔からは血の気が引いている。
 エルスは彼女の体を、優しく抱き上げた。

 もう迷っている余裕は無い。
 打てる手は、ひとつだけ。
 切り札は――すでに、エルスが持っている。

 「へッ! 大丈夫さ、俺がなんとかしてやるッ……!」

 こうの杖は触手を伸ばし、次の行動準備に入っている。
 ならば、しかない――!

 「ニセルッ!」

 エルスの声に気づき、ニセルは二人の元へと急ぐ。
 ニセルはアリサの顔をのぞきこみ、わずかに口元をゆがめる。

 「これは……。かなりマズイな……」
 「なぁ、ニセル。頼みてェことがあるんだ」

 エルスは、覚悟を決めた――。
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