ミストリアンクエスト

幸崎 亮

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第2章 ランベルトスの陰謀

第20話 悪意の在処

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 エルスたちが暗闇の地下通路を進んでいる頃――。
 彼らと別行動をとったニセルは、錬金術士ドミナの工房を訪れていた。

「へぇ、お嬢がそんなことをね。若い子たち、どころあるじゃないか」
「ふっ、そうだな」
「しかし、戦争とはとっぴょうもないねぇ。ランベルトスにゃ軍や兵と呼べるような代物しろものは無いし、いくらなんでも正規の騎士団にかなうたぁ思えないが」

 ドミナは会話に応じながら、なにやらせわしなく作業を続けている。
 昨日はゴブリン族のザグドほか、数名の職人たちの姿が見えたのだが、今日は彼女一人だけのようだ。

「ああ。だが、そのが出来たとも考えられるな」
「カルビヨンにトロントリアかい? あたしゃ政治にゃ詳しかないが、商売的に考えても、連中がたんするメリットは薄いと思うけどねぇ」

 観光都市であるカルビヨンは戦争によるデメリットの方が大きく、トロントリアを占拠中のガルマニア残党騎士団は、悲願の帝都奪還へ向けて力をたくわえているさいちゅうだ。両者とも、他国のいさかいにまで首を突っ込むとは考えにくい。

「もしくは――兵力を、するつもりかもしれん」
「……生産だって?」

 ドミナが手を止めて振り返るなり、ニセルがゆっくりとうなずいてみせる。
 すると彼女は彼の視線から逃げるように、再び作業をはじめた。

「まさか、ウチのどうたいを利用しようとでも? 冗談じゃないねぇ」
「あくまでも可能性として、な――。ところで、今日はずいぶんと忙しそうだが、お前さん一人なのか?」
「あぁ……。このところ、職人連中が次々と来なくなっちまってね。とうとう今日はあたし一人さ! まったく」

 額の汗を拭いつつ、ドミナは作業台に木箱を載せる。
 木箱の中には、真新しい義手が納まっていた。

「オマケに、を壊しちまう客が多いんだ。それも、もぎ取られたかのような〝大破状態〟さ! まぁこんな街だ、あらごとはんだろうけどさ――」

 そこまで言ったドミナは、再び手を止める。
 考え込む彼女を見て一呼吸を置き、ニセルが口を開く。

「魔導義体を扱えるのは、今でもお前さんだけか?」
「そうさ。取り付けや整備は弟子の手を借りるが、これを造れんのはあたしだけさね……」

「この工房は〝ギルド〟として登録されている――。間違いないな?」
「あぁ、神殿騎士にゃ届け出てない違法物件だけどね。そっちの会費はキッチリ払ってるよ」

「ギルド同士は『例え上位ギルドと下位ギルドであっても、不当な要求を突きつけてはいけない』ことになっている――」

 ニセルは一言ずつゆっくりと、クレオールから聞いたギルドのルールを口にする。ドミナは眉をひそめながら、ゆっくりと彼の方を振り返った。

「なんだい……? さっきから堅苦しいこと言って――。もう今日はいいかね?」
「この工房ギルドが〝おどし〟を受けている、というのは事実か?」
「……間違いないよ。ザグドがそう言ってきた。あたしゃこんな性格だからね――接客は全部、アイツに任せてんだ」

 ドミナは低い声で言いながら、わざとらしく作業の手を早める。
 ニセルは彼女の動きを注視しつつ、最後の質問をする――。

「ザグドは?」
「まだ今日は……見てないね。ハハッ! どうせ教会の救済所でのんに寝てんだろうさ!」

 うわったような笑いと共に、ドミナは〝お手上げ〟のジェスチャをしてみせる。それを見たニセルは、「ふっ」と息をらした。

「そうか――。さて、邪魔をしてすまなかったな」
「……ねぇ、ニセル君。……ザグドはあたしの盟友なんだ。アイツに〝腕〟を造ってやってからは、師匠マスターなんて呼んできてさ。ここでやってけんのも、アイツのお陰なんだよ」
「ああ、わかっているさ」

 ニセルは優しげに言い、生身の右手で彼女の頭をでる。
 そして黒いマントをひるがえし、真っ直ぐに工房から出て行った。

「……お願いだよ、ニセルお兄ちゃん……。ザグドを、殺さないで……」

 独りきりになった工房で、ドミナは生気が抜けたかのようにひざから崩れ落ちた――。



 奇妙な地下墓地をあとにし、暗闇の洞窟を進み続けたエルスたち。
 やがて四人の前に、金属で造られたじゅうこうな扉が現れた。

「おー! 見よ、まさしく〝悪の拠点〟な扉なのだー!」
「ええ。これは確かに、商人ギルドの紋章ですね。おそらく、この先は地下牢かと……」
「うーん。でも鍵が掛かってるみたい」
「へへッ、任せとけッて! ニセルから預かったコイツの出番だぜ!」

 エルスは冒険バッグから〝盗賊の鍵〟を取り出し、慎重に鍵穴をいじりはじめた。

「ニセル・マークスター……。やはり彼は、……?」
「有名なのか? 詳しくは知らねェけど、『ワケあり』とは言ってたッけなぁ」
「昔は何してたんだろうね? わたしたちにとっては、頼れるお兄さんって感じだけど」
「大丈夫なのだ! ニセルから悪の臭いは感じないのだー!」

 かいじょう作業を見守りながら、仲間たちは続々とニセルへの信頼を口にする。クレオールは彼らの様子を見て、心の中で小さく頷いた。

「ええ、そうね――。過去は変わらずとも、人は変われるもの……」
「そうそう! クレオールも最初に見かけた時とは、かなり変わったしなッ!」
「あっ、あの時は必死で……。本当に恥ずかしい……」
「わかってるッて!――おッ、開いたぜ。みんな、準備はいいか?」

 一同が頷いたのを確認し、エルスはゆっくりと重々しいてっを開く。だが、その奥に現れたのは、またしても長い階段だった。

 上へ上へと続く階段の両壁には松明たいまつが備え付けられているが、最近使われたような形跡はない。


「こりゃ、普段は誰も通ってねェ感じだな……」
「うー。ホコリっぽいのは嫌なのだー」

 短杖ワンドに灯された明かりを頼りに階段を昇ると、再び鉄の扉が現れた。
 エルスはミーファに照明を預け、さっそく鍵開けに取り掛かる。

「牢屋なんだっけ?――この先。なんだか怖いね」
「ええ。滅多めったに使われていないはずですけど。念のため、ご警戒を」
「おうよッ――。よし、開いた。いよいよだぜ……」

 二度目ということもあり、手早く作業を済ませたエルス。
 ミーファから受け取った杖を腕輪バングルに収納し、まずは少しだけ扉を開く――。


「――まったく! こんなに痛めつけてしまっては、素材としても使えないではありませんか!」

 扉を開くなり響いてきたかんだかい声に、エルスたちは思わず身をかがめる! 声は、聞き慣れない男のものだった。

「へぃ。すんません」
「だってよォ、博士はかせがやれって言うから……」
「馬鹿野郎!――コイツには厳しく言っときますんで。すんません」

 どうやら『博士はかせ』なる人物が、部下をしっせきしているようだ。部下はゴロツキ風の〝いかにも〟なふうぼうをしているが、博士の方は死角になっていて見えない。

「ううー。まさに悪人なのだー。ミーの正義がうずいてるのだー」
「シーッ……。頼むから、もう少しだけこらえてくれよ? 誰だ? アイツは」

 エルスは少しだけ扉を大きく開き、博士の確認を試みる――。
 だが、ここから身を乗り出したところで、松明の炎に照らされた〝紫の髪色〟が少しだけ見えたのみだった。

 その瞬間――!
 男の眼鏡が不気味に炎を反射し、エルスは慌てて頭を引っ込める――!

「……まぁいいでしょう。お馬鹿さんたちに言っても無駄でしょうし、早く次の作業へ向かいなさい!」
「へぃ。すんません」

 博士は〝お手上げ〟のジェスチャをしたあと、取り出した金貨を二人に手渡した。
 そして、神経質そうな靴音を鳴らしながら、足早に地下牢から去っていった。

「チッ、あの変人野郎! エラそうによ」
「金払いは良いんだ。文句はせや」

 雇い主が去るや悪態をき始めた短気な男を、もう一人がたしなめる。短気な男は再度舌打ちをし、足元に転がる〝なにか〟を指さす――。

はどうするよ?」
「やっちまったモンは仕方ねぇし、もう助からんだろ。放っときゃ霧になる」
「消える前に所持品アイテムは頂いとくか?」
「もう目ぼしいモンは回収したってよ。ほら、急がねぇと――次は〝俺らの番〟だぜ」

 二人の男はひとしきり雑談を終え、ノソノソと地上への階段へ向かう。
 彼らが去ったあと――他に敵意が残っていないことを確認し、エルスたちも地下牢の中へすべり込んだ!


「……ふぅ、なんとかバレなかったみてェだな」
「エルスっ! こっちに人が……!」

 アリサの呼びかけに応じ、エルスも急いでそちらへ向かう。
 そこにあった牢屋の中では、まみれの男が一人、壁にもたれ掛かった状態でうなれていた。

「おい、大丈夫かッ!?――ッて、あんたは確か、ファスティアで……」
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