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第2章 ランベルトスの陰謀
第19話 暗闇に潜む思惑と想い
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魔法の明かりで暗闇を照らしながら、地下から商人ギルドを目指す四人。
敵の襲撃に対応するため、エルスたちは壁際に沿って進む。ここは横幅の広い空間になっているようで、反対側の壁は見えない。
「もー! 邪魔っ!」
「それっ! ミーたちの正義を阻む者は成敗するのだー!」
「ヴィスト――ッ! なぁアリサ、あンまし無理するなよ? コウモリは俺らで撃ち落すからさ!」
「大丈夫だよ――。エンギルっ!」
エルスの風魔法に続き、アリサの光魔法・エンギルの光輪が飛び回るコウモリの群れを斬り裂く! もはや細切れ状態と化した残骸は地に墜ちる間もなく、黒霧となって消滅してしまった。
「エルスこそ無理しないで。ちゃんとクレオールさんを護ってね」
「んんッ? あぁ、そりゃもちろん、わかってるけどよ」
「すみません、エルス。まだ戦い慣れていなくて、皆様にもご迷惑を……」
――クレオールは申し訳なさげに言い、少女たちに向かって頭を下げる。
「ふっふー! 問題ないのだー! それより、いよいよ悪の気配を感じるのだ!」
「おッ! ついに到着か!?――ッと、その前にアリサ……」
「……なに?」
エルスの呼びかけに振り返るアリサ。いつも通りの無表情ではあるが――気が立っているのか、彼女の口調はどこか刺々しい。
「念のため、短杖に掛けなおしてくれねェか? もう消えかかってるからさ!」
「わかった」
エルスが照明魔法を要求しているのだと理解し、アリサは杖に手をかざす――が、すぐに引っ込めてしまった。
「ごめん。わたしの魔力も残り少ないみたい。だから……」
「ん、ああそうか。遺跡ほどじゃないにしても、魔力素が少ねェしな、ここ。すまねェ……」
「……ごめんね」
「ではエルス、代わりに私が――。ソルクス!」
すでに呪文を唱え終えていたのか、クレオールがすかさず照明魔法を発動する。
そして空間に生まれ出た光球を、エルスが杖で受け止めた!
「よッと! へへッ、サンキュー!」
「いえ。少しでも役に立ててよかった」
そう言ってクレオールはにっこりと微笑む。アリサはくるりと踵を返し、そそくさと歩き始めた。エルスは小走りに、彼女の後を追う――。
「だから先に行くなッて。アリサ、いつもありがとなッ!」
「えっ? うん……。ごめんね……」
小さく呟き、再び先頭をゆくアリサ。
エルスは小さな背中を見遣りつつ、クレオールの隣へ戻った。
「そのウサギさん、ミスルト様ね?」
「へえッ?」
いきなりなクレオールの言葉の意味が掴めず、エルスは思わず間抜けな声を上げる。彼女は「ふふっ」と笑みをこぼしながら、彼の持つ杖を指さした。
「ミストリア様によって生み出された二柱の神様――太陽を司り、人類に加護を与えておられる光の神・ミスルト様。白いウサギはミスルト様の化身よ」
「ああ、この杖の〝先ッちょ〟のことか! へぇ、そうなのか」
――エルスは短杖の先端に付いた白ウサギの飾りを、眩しさに目を細めながら眺める。
「ええ。対して、黒いウサギが闇の女神・アリスト様。月を司り、魔物たちに加護を与えているとされているの」
「ほえェ……、物知りだなぁ。俺、そういうのは全然だぜ! 杖も友達に貰ったモンなんだ」
「こう見えて私、小さい頃は街の修道院に預けられていたの。光魔法もその時に」
ランベルトスの大盟主は本来、選挙によって選出されるのだが――半ば形骸化し、実質的な世襲制となってしまっている。
クレオールは幼少時より裕福な環境で育ち、教育の一環として修道院へ入れられていたらしい。
「なるほどなぁ。んー、なぜか俺は光魔法がダメでさ」
「あら、そうなの? でも、別系統の――それも反属性の精霊魔法を使える方が、よほど凄いと思うけど……」
「あッ……! そうだ、やっちまってたか。んー、でも俺にも理由はよくわからねェんだ。俺がガキの頃に、父さんは魔王に殺されちまったしさ」
「そう……なのね。ごめんなさい、それなのに私……」
エルスが父親を失っていたとは知らず、クレオールは言葉を詰まらせる。実の父を討たんとする自身を制止してくれたのも、彼のそういった事情ゆえだったのかもしれない。
「大丈夫さ! そのお陰で……ッて言うのも変だけどよ、こうして冒険者になれたしな! 魔王を倒すために……!」
「そっか。いいなぁ、冒険者。私も冒険者になれば、兄様を探しに行けるのに……」
「へぇ……。兄弟がいたのか」
「ええ、お父様は何人も妻を娶っていたから。特に仲が良かったのは、ゲルセイル兄様……」
修道院での厳格な生活は、幼いクレオールには退屈と苦痛を伴った。
唯一の楽しみがあるとすれば、それは兄・ゲルセイルがこっそりと街へ連れ出してくれることだった――。
『――よォ、クレオっち! いつも通りツマンナそーな顔してんナ!』
『……あっ、ゲルにぃ様!』
『へへッ、今日も姫サマを迎えに来たゼ。行くダロ?』
『はいっ! もちろんですわ!』
『ヨッシャ、行くゼ! アッチで怖ェオバサンがニラんでるし、捕まンナヨ!』
『待って、にぃ様!――先生、ごめんなさい。いってきます――!』
クレオールは在りし日の思い出を、空を見つめながら少女のように話す。
エルスは彼女の横顔を覗きこみながら、嬉しそうに歯を見せた。
「へぇ、良い兄さんだったんだな。ちょっと羨ましいぜ!」
「ええ、とても――。でも、ようやく家に戻れた時、逢えると思っていた兄様には逢えなかった……」
「ん? 冒険者にでもなッちまったのか?」
「わからない。それどころか、お父様に訊いても、ギルドの者たちも――修道院の先生さえも、口を揃えて『そんな人は知らない』って……」
「なッ……。まさか、例の〝消された〟ってヤツなのか……?」
存在を〝消される〟という、得体の知れない不気味な現象――。
エルスはドミナの工房で聞いた話を思い出し、小さく身震いをする。
「兄様は魔人族――半分、魔族の血を引いていたから、お父様が追放してしまったんだろうって……。だから私……」
「そうか……。よしッ! ゲルセイルだったッけ? どこかで会うかもしれねェし、俺も覚えとくからさ! 元気出してくれよなッ!」
クレオールを励ますように、エルスは彼女の肩を軽く叩く。
それに少し驚いたクレオールだったが、すぐに顔を綻ばせた。
「エルス……。ふふっ、なんだか貴方と話していると、兄様を思い出すの。雰囲気とか、話し方とか――。なんとなくだけどっ!」
「んあッ? んー、よくわからねェけど、そうやって笑ってくれるなら良かったぜ!」
エルスの言葉に、再び嬉しげな笑顔を見せるクレオール。
一方で、アリサがそのやり取りを背中で感じながら強く唇を噛み締めたことを、エルスは知る由もなかった――。
「おー! 明かりが見えたのだ! ご主人様、静かにするのだー!」
「一番声がデケェのは、ミーファだろッ。よし、皆――。戦闘準備だ」
「わかってるもん」
アリサはいち早く飛び出し、手近な柱の陰に隠れる。
そして彼女は、そっと広間を覗き込んだ。
「えっ? なに、ここ……」
そこは、四角く整備された広間に、装飾の施された柱が立てられた聖堂らしき場所だった。
だが、壁に掛けられた荘厳な様式の魔力灯が照らす場所には似つかわしくもない――床に並べられたガラス製の大きなカプセル群が、聖堂全体に異質な雰囲気を放っている。
「なんだ? ここが商人ギルド……には、見えねェな……」
「ええ、ギルドにこんな場所は……。でもこの装飾、教会のものと同じね」
「ッてことは、これが〝創生紀の墓〟ッてヤツか?――変わってンなぁ……」
エルスは言いながら、カプセルの一つをコンコンと叩く。それは人間族の大人が入れるほどの大きさで、中には液体が詰まっているのか、小さな気泡が生まれては消える。
「うー。でも水以外に何も入ってないのだー」
「うん。ギルドはここじゃないみたいだし、もう行こ?――なんか、誰かに見られてるような気がして……」
「うげッ……。そうだな、進む方向はわかるか?」
「ここが教会の地下だとすると、きっとこの辺りですね――。なので、こちら側へ向かえば……」
――クレオールは自らの左手を地図に見立て、右手の指で場所を示す。
「ふっふー、りょうかい! 今度こそわかったのだ! どーん、とついて来るのだー!」
「おうッ、頼むぜ! それじゃ、薄気味悪ィとこからは即刻退散だ!」
エルスたちは早々とこの場を後にし、元来た道へと戻ってゆく――。
そして彼らが立ち去った直後――誰も居なくなった聖堂の柱の陰から、小さな人影が姿をみせた。
「……イシシシッ! 流石は正義のミーファ様、ここを嗅ぎつけてしまわれるとは――。さてさて、こちらも急がねば、また叱られてしまうのぜ」
小さな人影――ゴブリン族のザグドは壁の仕掛けを作動させて隠し通路を開き、するりと滑り込むように、闇の奥へと消えていった。
敵の襲撃に対応するため、エルスたちは壁際に沿って進む。ここは横幅の広い空間になっているようで、反対側の壁は見えない。
「もー! 邪魔っ!」
「それっ! ミーたちの正義を阻む者は成敗するのだー!」
「ヴィスト――ッ! なぁアリサ、あンまし無理するなよ? コウモリは俺らで撃ち落すからさ!」
「大丈夫だよ――。エンギルっ!」
エルスの風魔法に続き、アリサの光魔法・エンギルの光輪が飛び回るコウモリの群れを斬り裂く! もはや細切れ状態と化した残骸は地に墜ちる間もなく、黒霧となって消滅してしまった。
「エルスこそ無理しないで。ちゃんとクレオールさんを護ってね」
「んんッ? あぁ、そりゃもちろん、わかってるけどよ」
「すみません、エルス。まだ戦い慣れていなくて、皆様にもご迷惑を……」
――クレオールは申し訳なさげに言い、少女たちに向かって頭を下げる。
「ふっふー! 問題ないのだー! それより、いよいよ悪の気配を感じるのだ!」
「おッ! ついに到着か!?――ッと、その前にアリサ……」
「……なに?」
エルスの呼びかけに振り返るアリサ。いつも通りの無表情ではあるが――気が立っているのか、彼女の口調はどこか刺々しい。
「念のため、短杖に掛けなおしてくれねェか? もう消えかかってるからさ!」
「わかった」
エルスが照明魔法を要求しているのだと理解し、アリサは杖に手をかざす――が、すぐに引っ込めてしまった。
「ごめん。わたしの魔力も残り少ないみたい。だから……」
「ん、ああそうか。遺跡ほどじゃないにしても、魔力素が少ねェしな、ここ。すまねェ……」
「……ごめんね」
「ではエルス、代わりに私が――。ソルクス!」
すでに呪文を唱え終えていたのか、クレオールがすかさず照明魔法を発動する。
そして空間に生まれ出た光球を、エルスが杖で受け止めた!
「よッと! へへッ、サンキュー!」
「いえ。少しでも役に立ててよかった」
そう言ってクレオールはにっこりと微笑む。アリサはくるりと踵を返し、そそくさと歩き始めた。エルスは小走りに、彼女の後を追う――。
「だから先に行くなッて。アリサ、いつもありがとなッ!」
「えっ? うん……。ごめんね……」
小さく呟き、再び先頭をゆくアリサ。
エルスは小さな背中を見遣りつつ、クレオールの隣へ戻った。
「そのウサギさん、ミスルト様ね?」
「へえッ?」
いきなりなクレオールの言葉の意味が掴めず、エルスは思わず間抜けな声を上げる。彼女は「ふふっ」と笑みをこぼしながら、彼の持つ杖を指さした。
「ミストリア様によって生み出された二柱の神様――太陽を司り、人類に加護を与えておられる光の神・ミスルト様。白いウサギはミスルト様の化身よ」
「ああ、この杖の〝先ッちょ〟のことか! へぇ、そうなのか」
――エルスは短杖の先端に付いた白ウサギの飾りを、眩しさに目を細めながら眺める。
「ええ。対して、黒いウサギが闇の女神・アリスト様。月を司り、魔物たちに加護を与えているとされているの」
「ほえェ……、物知りだなぁ。俺、そういうのは全然だぜ! 杖も友達に貰ったモンなんだ」
「こう見えて私、小さい頃は街の修道院に預けられていたの。光魔法もその時に」
ランベルトスの大盟主は本来、選挙によって選出されるのだが――半ば形骸化し、実質的な世襲制となってしまっている。
クレオールは幼少時より裕福な環境で育ち、教育の一環として修道院へ入れられていたらしい。
「なるほどなぁ。んー、なぜか俺は光魔法がダメでさ」
「あら、そうなの? でも、別系統の――それも反属性の精霊魔法を使える方が、よほど凄いと思うけど……」
「あッ……! そうだ、やっちまってたか。んー、でも俺にも理由はよくわからねェんだ。俺がガキの頃に、父さんは魔王に殺されちまったしさ」
「そう……なのね。ごめんなさい、それなのに私……」
エルスが父親を失っていたとは知らず、クレオールは言葉を詰まらせる。実の父を討たんとする自身を制止してくれたのも、彼のそういった事情ゆえだったのかもしれない。
「大丈夫さ! そのお陰で……ッて言うのも変だけどよ、こうして冒険者になれたしな! 魔王を倒すために……!」
「そっか。いいなぁ、冒険者。私も冒険者になれば、兄様を探しに行けるのに……」
「へぇ……。兄弟がいたのか」
「ええ、お父様は何人も妻を娶っていたから。特に仲が良かったのは、ゲルセイル兄様……」
修道院での厳格な生活は、幼いクレオールには退屈と苦痛を伴った。
唯一の楽しみがあるとすれば、それは兄・ゲルセイルがこっそりと街へ連れ出してくれることだった――。
『――よォ、クレオっち! いつも通りツマンナそーな顔してんナ!』
『……あっ、ゲルにぃ様!』
『へへッ、今日も姫サマを迎えに来たゼ。行くダロ?』
『はいっ! もちろんですわ!』
『ヨッシャ、行くゼ! アッチで怖ェオバサンがニラんでるし、捕まンナヨ!』
『待って、にぃ様!――先生、ごめんなさい。いってきます――!』
クレオールは在りし日の思い出を、空を見つめながら少女のように話す。
エルスは彼女の横顔を覗きこみながら、嬉しそうに歯を見せた。
「へぇ、良い兄さんだったんだな。ちょっと羨ましいぜ!」
「ええ、とても――。でも、ようやく家に戻れた時、逢えると思っていた兄様には逢えなかった……」
「ん? 冒険者にでもなッちまったのか?」
「わからない。それどころか、お父様に訊いても、ギルドの者たちも――修道院の先生さえも、口を揃えて『そんな人は知らない』って……」
「なッ……。まさか、例の〝消された〟ってヤツなのか……?」
存在を〝消される〟という、得体の知れない不気味な現象――。
エルスはドミナの工房で聞いた話を思い出し、小さく身震いをする。
「兄様は魔人族――半分、魔族の血を引いていたから、お父様が追放してしまったんだろうって……。だから私……」
「そうか……。よしッ! ゲルセイルだったッけ? どこかで会うかもしれねェし、俺も覚えとくからさ! 元気出してくれよなッ!」
クレオールを励ますように、エルスは彼女の肩を軽く叩く。
それに少し驚いたクレオールだったが、すぐに顔を綻ばせた。
「エルス……。ふふっ、なんだか貴方と話していると、兄様を思い出すの。雰囲気とか、話し方とか――。なんとなくだけどっ!」
「んあッ? んー、よくわからねェけど、そうやって笑ってくれるなら良かったぜ!」
エルスの言葉に、再び嬉しげな笑顔を見せるクレオール。
一方で、アリサがそのやり取りを背中で感じながら強く唇を噛み締めたことを、エルスは知る由もなかった――。
「おー! 明かりが見えたのだ! ご主人様、静かにするのだー!」
「一番声がデケェのは、ミーファだろッ。よし、皆――。戦闘準備だ」
「わかってるもん」
アリサはいち早く飛び出し、手近な柱の陰に隠れる。
そして彼女は、そっと広間を覗き込んだ。
「えっ? なに、ここ……」
そこは、四角く整備された広間に、装飾の施された柱が立てられた聖堂らしき場所だった。
だが、壁に掛けられた荘厳な様式の魔力灯が照らす場所には似つかわしくもない――床に並べられたガラス製の大きなカプセル群が、聖堂全体に異質な雰囲気を放っている。
「なんだ? ここが商人ギルド……には、見えねェな……」
「ええ、ギルドにこんな場所は……。でもこの装飾、教会のものと同じね」
「ッてことは、これが〝創生紀の墓〟ッてヤツか?――変わってンなぁ……」
エルスは言いながら、カプセルの一つをコンコンと叩く。それは人間族の大人が入れるほどの大きさで、中には液体が詰まっているのか、小さな気泡が生まれては消える。
「うー。でも水以外に何も入ってないのだー」
「うん。ギルドはここじゃないみたいだし、もう行こ?――なんか、誰かに見られてるような気がして……」
「うげッ……。そうだな、進む方向はわかるか?」
「ここが教会の地下だとすると、きっとこの辺りですね――。なので、こちら側へ向かえば……」
――クレオールは自らの左手を地図に見立て、右手の指で場所を示す。
「ふっふー、りょうかい! 今度こそわかったのだ! どーん、とついて来るのだー!」
「おうッ、頼むぜ! それじゃ、薄気味悪ィとこからは即刻退散だ!」
エルスたちは早々とこの場を後にし、元来た道へと戻ってゆく――。
そして彼らが立ち去った直後――誰も居なくなった聖堂の柱の陰から、小さな人影が姿をみせた。
「……イシシシッ! 流石は正義のミーファ様、ここを嗅ぎつけてしまわれるとは――。さてさて、こちらも急がねば、また叱られてしまうのぜ」
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