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24話
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辺境へ来て、早いもので半年になる。
ここには魔法騎士隊なるものがあり、ロバート様がその隊長を務めている。
魔法を扱う者、ましてや攻撃魔法の使い手となるとそう滅多に居るわけではないので、12名程の隊員だ。
私は毎朝、その魔法騎士の早朝訓練に参加している。
クリストファー様には必要無い。治療師の仕事をしてもらうだけで、こちらは十分過ぎる程助かっている。と言われるけれど、このローブを身につけている以上こちらも譲れない。
いつなんどき魔獣が大量発生するか、敵が攻め入るかわからない。
不測の事態に日頃から備えておきたい。
兄であるクリストファー様からは私を訓練に参加させるな。と言われ、私は勝手に毎朝訓練に参加して、板挟み状態のロバート様にはちょっとだけ申し訳なくも思っている。
朝食は、いつもみんなでとる。
後で知ったのだけれど、モーガンさんはこのお屋敷に住んでいないらしい。
「モーガン爺は、どこに住んでるんだろうな」
「森にモーガン爺さんの立派なお屋敷があるらしいって噂はありますよ。
美人のメイドの姉妹にお世話されてるって」
クリストファー様もロバート様もよく分からないらしい。
でも、モーガンさんは毎朝必ず朝食の時間には転移魔法で現れて、分厚いステーキを食べている。
「これを食べないと一日が始まらないからのぉ」
と、笑っている。
私がパンを食べていると、隣から視線を感じる。
あっという間に朝食を食べ終えたクリストファー様が、紅茶を飲みながら肘をついてこちらをじーっと見ている。
警戒した私がパンくずが付いていないか確認すると、クックッっと目尻に皺を寄せて笑いながら、
「俺も毎朝ルルのこれを見ないと、一日が始まらないなぁ」
なんて言う。
一体何だろう。この人は、毎日毎日。
じっと見るのはやめてほしい。
悔しいので、何度もこの人よりも早く食べ終えようと急いでみたけど、全く敵わなかった。
「ねぇ、モーガン爺さん。この二人、特に兄さんはどうにかならないわけ?
毎日見てられないよ」
「ワシに言われてもなぁ。
でも、ロバート、お前だって婚約者いるじゃろ。これくらいで動揺するんじゃない」
「僕はすでに、ジェシカの尻に敷かれていますから。
見つめ合ったりすると思います?」
「まぁ。そうじゃな。
すまんな」
確かにクリストファー様は、食事中はじっと見つめてくるし、気づけば隣りにいたりする。
ロバート様やアンナさんには、「兄さん、どう?」「どう?」なんて聞かれるし、クリストファー様と一緒に居れば、騎士達や領民のみんなもニヤニヤしている。
半年続くと、もしかしてなんて感じる事もある。
でも、私は誰かを好きになんてなれない。
クリストファー様の本心だって分からないんだし、こんな事考える自体失礼だけど。
治療院の仕事にも慣れ、モーガンさんの助手を務めたり、自分でも診察、治療も行っている。
患者さんの中には世間話をするだけに来る人もわりと多い。
私も最近では患者さんの顔や家族構成も覚えて、会話が弾むまでになった。
2度ほど魔獣退治にも参加した。
何度も経験はある。とクリストファー様に訴えるも、あくまで治療師としてだ。と強く言われ、後方支援に徹した。
大型の魔獣を相手に辺境騎士達は、一撃で確実に仕留める。
クリストファー様に関しては別格だった。
後方から襲いかかる魔獣にも瞬時に反応し、流れるような無駄の無い動きは、図鑑で見た、軍神のようだった。
真夜中や朝方に、あの夢を見て目が覚めることは度々ある。
10歳の私が、あの公園で泣いている姿を見ると、自分も胸が締め付けられる思いがして、実際に涙も流れてくる。
今朝も目覚めると、涙が流れて体が汗ばんでいた。
すすり泣く10歳の私の姿が頭から離れない。
水を一杯飲んで、少し早いけれどローブを羽織り早朝訓練の行われる広場へ向かった。
頑丈に強化された壁に向かって攻撃魔法を繰り出していると、ちらほら騎士達が集まり出す。
少しすると騒がしくなり、強い光と共に転移魔法でロバート様が現れた。
「北の森の2ヶ所で魔獣が異常発生した。魔法騎士隊は二手に分かれる。
兄上達は既に向かってる」
細かい指示を出した後、私の方を振り返る。
「ルル嬢は、副隊長の班に。
兄さんが居るから。決して無理はしないように」
言い終えると、光と共に消えた。
私もすぐに副隊長と転移した。
森は、いつか聞いた事のある魔獣の唸り声が不気味に響いている。
転移地点から少し進むと、魔獣の群れが目に入った途端に髪と瞳が変化し、全身が光に包まれる。
魔力が膨れ上がり、魔獣に攻撃をしようとした瞬間、馬の蹄の音が耳に入る。
「ルルは、後方へ下がれ。
負傷者の治療と、逃れた魔獣の攻撃。勝手はするな」
低い声で命令すると、ものすごい勢いで魔獣の群れに向かって行った。
既のところで魔法を止め、納得出来ない気持ちのまま後方へ下がった。
でも、そんな事考えてられないほどの魔獣が次々に現れ、攻撃し続ける。
一向に減らない魔獣を攻撃しながら、負傷者に回復魔法を掛ける。
ひたすらそれを繰り返した。
何十分、何時間続けただろう。
ここの魔獣は大型でデルの森の魔獣とは全てが桁違いだった。
魔獣を警戒しながら、負傷者を治療する。
魔獣は大分減ったみたいだ。
みんな体力も限界だったのか、回復魔法を掛けてそのまま眠っている。
ガサッ ガサッ
魔獣? にしては何かが・・・
近寄って来る、魔獣の返り血を浴びた身体の大きい緑色の瞳のその人は、私に倒れ込むように抱きついてきた。
「ルル・・・怪我は?」
「ないですよ」
負傷者の治療をしていた所ですから。
「良かった・・・」
動かない、でも、ほんの少し震えているその人の背中に、行き場のわからなかった手をそっと置いた。
ここには魔法騎士隊なるものがあり、ロバート様がその隊長を務めている。
魔法を扱う者、ましてや攻撃魔法の使い手となるとそう滅多に居るわけではないので、12名程の隊員だ。
私は毎朝、その魔法騎士の早朝訓練に参加している。
クリストファー様には必要無い。治療師の仕事をしてもらうだけで、こちらは十分過ぎる程助かっている。と言われるけれど、このローブを身につけている以上こちらも譲れない。
いつなんどき魔獣が大量発生するか、敵が攻め入るかわからない。
不測の事態に日頃から備えておきたい。
兄であるクリストファー様からは私を訓練に参加させるな。と言われ、私は勝手に毎朝訓練に参加して、板挟み状態のロバート様にはちょっとだけ申し訳なくも思っている。
朝食は、いつもみんなでとる。
後で知ったのだけれど、モーガンさんはこのお屋敷に住んでいないらしい。
「モーガン爺は、どこに住んでるんだろうな」
「森にモーガン爺さんの立派なお屋敷があるらしいって噂はありますよ。
美人のメイドの姉妹にお世話されてるって」
クリストファー様もロバート様もよく分からないらしい。
でも、モーガンさんは毎朝必ず朝食の時間には転移魔法で現れて、分厚いステーキを食べている。
「これを食べないと一日が始まらないからのぉ」
と、笑っている。
私がパンを食べていると、隣から視線を感じる。
あっという間に朝食を食べ終えたクリストファー様が、紅茶を飲みながら肘をついてこちらをじーっと見ている。
警戒した私がパンくずが付いていないか確認すると、クックッっと目尻に皺を寄せて笑いながら、
「俺も毎朝ルルのこれを見ないと、一日が始まらないなぁ」
なんて言う。
一体何だろう。この人は、毎日毎日。
じっと見るのはやめてほしい。
悔しいので、何度もこの人よりも早く食べ終えようと急いでみたけど、全く敵わなかった。
「ねぇ、モーガン爺さん。この二人、特に兄さんはどうにかならないわけ?
毎日見てられないよ」
「ワシに言われてもなぁ。
でも、ロバート、お前だって婚約者いるじゃろ。これくらいで動揺するんじゃない」
「僕はすでに、ジェシカの尻に敷かれていますから。
見つめ合ったりすると思います?」
「まぁ。そうじゃな。
すまんな」
確かにクリストファー様は、食事中はじっと見つめてくるし、気づけば隣りにいたりする。
ロバート様やアンナさんには、「兄さん、どう?」「どう?」なんて聞かれるし、クリストファー様と一緒に居れば、騎士達や領民のみんなもニヤニヤしている。
半年続くと、もしかしてなんて感じる事もある。
でも、私は誰かを好きになんてなれない。
クリストファー様の本心だって分からないんだし、こんな事考える自体失礼だけど。
治療院の仕事にも慣れ、モーガンさんの助手を務めたり、自分でも診察、治療も行っている。
患者さんの中には世間話をするだけに来る人もわりと多い。
私も最近では患者さんの顔や家族構成も覚えて、会話が弾むまでになった。
2度ほど魔獣退治にも参加した。
何度も経験はある。とクリストファー様に訴えるも、あくまで治療師としてだ。と強く言われ、後方支援に徹した。
大型の魔獣を相手に辺境騎士達は、一撃で確実に仕留める。
クリストファー様に関しては別格だった。
後方から襲いかかる魔獣にも瞬時に反応し、流れるような無駄の無い動きは、図鑑で見た、軍神のようだった。
真夜中や朝方に、あの夢を見て目が覚めることは度々ある。
10歳の私が、あの公園で泣いている姿を見ると、自分も胸が締め付けられる思いがして、実際に涙も流れてくる。
今朝も目覚めると、涙が流れて体が汗ばんでいた。
すすり泣く10歳の私の姿が頭から離れない。
水を一杯飲んで、少し早いけれどローブを羽織り早朝訓練の行われる広場へ向かった。
頑丈に強化された壁に向かって攻撃魔法を繰り出していると、ちらほら騎士達が集まり出す。
少しすると騒がしくなり、強い光と共に転移魔法でロバート様が現れた。
「北の森の2ヶ所で魔獣が異常発生した。魔法騎士隊は二手に分かれる。
兄上達は既に向かってる」
細かい指示を出した後、私の方を振り返る。
「ルル嬢は、副隊長の班に。
兄さんが居るから。決して無理はしないように」
言い終えると、光と共に消えた。
私もすぐに副隊長と転移した。
森は、いつか聞いた事のある魔獣の唸り声が不気味に響いている。
転移地点から少し進むと、魔獣の群れが目に入った途端に髪と瞳が変化し、全身が光に包まれる。
魔力が膨れ上がり、魔獣に攻撃をしようとした瞬間、馬の蹄の音が耳に入る。
「ルルは、後方へ下がれ。
負傷者の治療と、逃れた魔獣の攻撃。勝手はするな」
低い声で命令すると、ものすごい勢いで魔獣の群れに向かって行った。
既のところで魔法を止め、納得出来ない気持ちのまま後方へ下がった。
でも、そんな事考えてられないほどの魔獣が次々に現れ、攻撃し続ける。
一向に減らない魔獣を攻撃しながら、負傷者に回復魔法を掛ける。
ひたすらそれを繰り返した。
何十分、何時間続けただろう。
ここの魔獣は大型でデルの森の魔獣とは全てが桁違いだった。
魔獣を警戒しながら、負傷者を治療する。
魔獣は大分減ったみたいだ。
みんな体力も限界だったのか、回復魔法を掛けてそのまま眠っている。
ガサッ ガサッ
魔獣? にしては何かが・・・
近寄って来る、魔獣の返り血を浴びた身体の大きい緑色の瞳のその人は、私に倒れ込むように抱きついてきた。
「ルル・・・怪我は?」
「ないですよ」
負傷者の治療をしていた所ですから。
「良かった・・・」
動かない、でも、ほんの少し震えているその人の背中に、行き場のわからなかった手をそっと置いた。
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