8月のサバイバー~ヘンゼル&グレーテルのお留守番チャレンジ~

壱邑なお

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 ◇◇◇冷蔵庫無しチャレンジ最終日◇◇◇

 それから久しぶりの、美味しい手料理の夕食――具だくさん冷やし中華――をご馳走になって。
    あん咲花はなさんが、小さい動物の人形、『何とかバニア』の話で盛り上がってる様子に、『良かったら泊まっておいき』と誘われた。

 さすがにそれは辞退したら、マンションまで送ってくれた、親切な魔女のおばあさん。
 
 翌朝改めて、高木玩具店にお礼に行くと、
「そしたら、ちょっと働いておくれ」
 と魔女改め店主から、半透明の大きなビニール袋と軍手にトング、スポーツドリンクを手渡された。


『自分も手伝う』と言い張る妹を、『熱中症になったら大変だから』と店に残して。
 商店街の道の端に転がっている、ペットボトルやゴミを拾って行くと、たちまち袋がいっぱいになる。
『結構ポイ捨てする、非常識なヤツ多いんだな』
 したたる汗をTシャツの袖で拭いながら、憮然となる大雅たいが

「いやいや、こういう時こそ『Kill with Kindness』だ!」
 にっと無理やり口角を上げ、店先から流れる音楽に合わせて、ぽいっぽいっとリズミカルにごみを拾う。
 その楽しそうな姿は、開店準備中の店主たちの注目を集めた。


「おっ、ありがとよ兄ちゃん!」
「ほんと、朝から暑いのにありがとー!」
 肉屋のおじさんからコロッケを、パン屋のお姉さんからミニクロワッサンの袋を差し出され。

「高木のおばあちゃんから聞いたよ! 冷蔵庫壊れたんだって?
 これ貸してあげる、うちは売るほどあるからね!」
 魚屋のおばさんがころころ笑いながら、クーラーボックスを持って来てくれた。

「凄い――ホントに効くんだ!」
 俺ももっと、もっと父さんと、色んな話をしておけば良かった。


 日本に残るって決めたとき、『分かった......母さんと杏を頼むな?』って。
 同じ色の寂しそうな目で、ポンと肩を叩かれたっけ。
 それから気まずくて、ほとんど話せないまま離れ離れに。

『離れてても、大好きだよ』って、ちゃんと伝えれば良かった。

 海外になんて通じないキッズフォンを、それでもついポケットから取り出したとき、
 プルルッと着信音が。
「はいっ!」
 反射的に通話ボタンを押すと、
「大雅! 今どこっ!?」
 母さんの大きな声が響いた。


「もーっ! 家がからっぽで、ビックリしちゃった!
 それに冷蔵庫! 東京駅で買ったお菓子入れようとしたら、コンセント抜いてあるじゃない!
 あれ何? どーしたの!?」
 スーツ姿のまま汗びっしょりで、商店街まで走って来た立花遥。

「おかえり! 話せば長いんだ――出張1週間って言ってたのに、早かったね?」
 笑顔で質問を返すと
「うん! 元々の担当者が食中毒から復帰したから、ソッコー引き継ぎして来たの。
 やっぱり心配だったし――あーっ、大雅の元気な顔見たらホッとしたー!」
 はーっと大きく、安堵の息を付く。


「ママーッ!? おかえりー!」
 高木玩具店のドアから飛び出して来た杏が、ぴょんっと母親に飛びついた。
「あんーっ! 会いたかったよーっ!」

 ぐりぐりとお互いハグをする2人をドアの向こうから、ちょっと寂しそうに見ている咲花に気が付く。
『うちのママは、小さい時に天国行っちゃったの。パパはめちゃめちゃ忙しい人だから、おばあちゃんが育ての親』って、笑ってたっけ。
 
『おーい』と手を振ってから、みつぎ物のコロッケやパンの袋とクーラーボックスを、得意気に掲げて見せる。
 目を丸くしてから、肩先の黒髪を揺らして、わはっと笑み崩れる顔。
 良かった――笑った。


「あれっ、楓は? 一緒じゃないの? 何でこちらにお邪魔してるの? あと冷蔵庫。あれって、どうなってるのーっ!?」
 はてなマークを次々に浮かべて、まくし立てる母親。
「母さん、実は――」
 心配そうな杏にこくりとうなずいてから、覚悟を決めて大雅は口を開く。

 色々あったけど杏と2人で、何とか頑張ったんだ。
 森で迷った、ヘンゼルとグレーテルみたいに。

 あとで父さんとも、久しぶりに話がしたいな。
 画面越しでも、ちゃんと顔を見て。


 冷蔵庫無しで5日間、妹と真夏を乗り切ったサバイバー。
 立花大雅は、ダークブルーの瞳で真直ぐに、母親を見上げた。


 
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