12 / 20
【番外編2】あまつかぜ 前編
しおりを挟む
美術室に実験室等、移動教室がまとめて配置されている、都立有川中学校の東棟。
その1階にある家庭科室の窓を開けた途端、ぼわっと吹き込んだ風に、白いカーテンが大きく膨らんだ。
昨日よりほんの少しだけ、湿度が下がった気のする9月の風。
真直ぐな黒髪を肩先で揺らしながら、3年生の高木咲花は目を細める。
「もぉ、夏も終わりだなぁ」
週3で家庭科部の部活がある放課後に、まず部屋の鍵を開けるのは、部長である咲花の役割だ。
家庭科部員は、全学年合わせて13名。
そのメイン活動は、クッキーやパウンドケーキ等お菓子を作る調理実習と、マスコット作りや編み物等の手芸実習。
「えっと今日は『桃缶を使ったゼリー』だから、ゼラチンと砂糖とレモン汁と……」
去年の2学期の終わりに、前部長から引き継いで早9ヶ月。
調理実習の日にはまず、材料が揃っている事を確認する作業にも、すっかり慣れた。
「あっ! 咲花ちゃん――じゃなくて高木部長、ちわっす!」
『よしっ!』と冷蔵庫をパタンと閉めた時、元気良く扉を開けて入って来たのは、1年生部員の立花杏。
「杏ちゃん! 2人きりの時は『咲花ちゃん』でいいけど、『ちわっす』はダメだよ。
まーた、お兄ちゃんのマネでしょ?」
『こらっ』と、わざと顔をしかめてみせると。
4年前の夏に知り合った2歳年下の幼馴染は、「てへっ」と小さく舌を出し、低く結んだツインテールごと首を傾げて笑った。
「アン――入ってイイ?」
そんな幼馴染兼後輩の後ろから、カタカナ発音の声が上がる。
「あっ、ソーリーノア! 部長、入部希望者です!」
じゃーん!と身体を引いて、杏が部屋に招き入れたのは、緩く癖のある明るいショートボブに、落ち着いた緑色の瞳を持つ、すらっと背が高い女子。
「ヨロシク、乃愛・ベネットです」
2学期から1年に編入して来た、校内でウワサの帰国子女だった。
「乃愛は、お父さんがオーストラリア人のハーフなんです。お母さんは日本人だから、日本語もOK……ねっ?」
「うん、難しい漢字以外はOK!」
にこっと笑い合う、ハーフとクォーターの下級生2人。
『はぁーっ、可愛い! おばあちゃんが良く言う『心が洗われる』って、こういう事かぁ!』
小動物にも似た愛らしい後輩達を前に、『可愛いもの好き』な咲花の顔は、ほっこり笑み崩れていた。
「えっとベネットさんは、料理とか手芸――ハンドメイドは好き?」
気を取り直して、部長らしく質問すると、
「はいっ! これ、ママと作りマシタ」
通学用のバッグから取り出した――毎朝先生に回収されて、帰りのHRで返却される――スマホ。
その透明なケースには、カラフルな押し花や押しフルーツが、閉じ込められていた。
「えっ、可愛い……!」
思わず咲花が、新入部員の手元を覗き込むと、
「ドウゾ」
にこりとスマホごと、手渡してくれた。
「ありがと、ベネットさん」
「『ノア』でイイデス」
「じゃあ、乃愛ちゃん?」
「ハイッ!」
元気よく答えてから杏と顔を見合わせて、炭酸水の泡が弾けるように笑う。
『わぁっ……2人で並ぶと、アイドル度マシマシ! このままデビュー、出来ちゃうよ!』
今年の春に杏が入学して来た時も、しばらくは『ツインテール天使降臨』とか、『家庭科部の子ウサギちゃん』とかウワサの的に。
そのくりっとした茶色の瞳に、思春期のハートを撃ち抜かれた男子生徒の屍が、校内中にあふれていた事を思い出す。
『うちの後輩達、超可愛い!(ふんすっ)』とドヤ顔になりかけたのを、部長らしい真面目な顔にきゅっと引き戻してから、咲花はスマホケースに目を落とした。
カモミールっぽい白い押し花と、乾燥させたレモンとライムの輪切りが、センス良く並んでいる透明のケース。
「凄い、可愛い……」
「可愛いよね~?」
隅々までじっくり眺めていると、横から杏も顔を寄せて来た。
「このフルーツを乾燥させる方法って、難しいのかな?」
「あっ! わたしも気になって聞いてみたら、『押し花用乾燥シート』に、挟むだけでいいみたい」
「そうなんだ! じゃあシート用意して、今度皆で作ってみようか?」
「うんっ! やりたい、やりたい!」
幼馴染2人が盛り上がっている横で、きょろきょろと物珍しそうに、家庭科室の中を見学していた帰国子女。
ふと窓の外に向けたアンバーグリーンの瞳が、体育館への通路を足早に通リ過ぎる、男子生徒を捕らえた。
「タイガーッ……!」
乃愛に大声で呼ばれて足を止めた、長身の男子。
日差しを浴びて毛先が金色に光る茶色の髪、幼さが抜けて来た頬のライン。
『運動部です』と主張しているようなデカい黒リュックを背負い、肘まで袖を捲ったシャツの右手には『いちごオ・レ』の紙パック。
口に細いストローをくわえたまま、きょとんと見上げたダークブルーの瞳。
「あれっ、お兄ちゃん!」
「『タイガー』って……立花くんの事?」
揃って目を丸くした2人――杏の兄で咲花の幼馴染、立花大雅だった。
その1階にある家庭科室の窓を開けた途端、ぼわっと吹き込んだ風に、白いカーテンが大きく膨らんだ。
昨日よりほんの少しだけ、湿度が下がった気のする9月の風。
真直ぐな黒髪を肩先で揺らしながら、3年生の高木咲花は目を細める。
「もぉ、夏も終わりだなぁ」
週3で家庭科部の部活がある放課後に、まず部屋の鍵を開けるのは、部長である咲花の役割だ。
家庭科部員は、全学年合わせて13名。
そのメイン活動は、クッキーやパウンドケーキ等お菓子を作る調理実習と、マスコット作りや編み物等の手芸実習。
「えっと今日は『桃缶を使ったゼリー』だから、ゼラチンと砂糖とレモン汁と……」
去年の2学期の終わりに、前部長から引き継いで早9ヶ月。
調理実習の日にはまず、材料が揃っている事を確認する作業にも、すっかり慣れた。
「あっ! 咲花ちゃん――じゃなくて高木部長、ちわっす!」
『よしっ!』と冷蔵庫をパタンと閉めた時、元気良く扉を開けて入って来たのは、1年生部員の立花杏。
「杏ちゃん! 2人きりの時は『咲花ちゃん』でいいけど、『ちわっす』はダメだよ。
まーた、お兄ちゃんのマネでしょ?」
『こらっ』と、わざと顔をしかめてみせると。
4年前の夏に知り合った2歳年下の幼馴染は、「てへっ」と小さく舌を出し、低く結んだツインテールごと首を傾げて笑った。
「アン――入ってイイ?」
そんな幼馴染兼後輩の後ろから、カタカナ発音の声が上がる。
「あっ、ソーリーノア! 部長、入部希望者です!」
じゃーん!と身体を引いて、杏が部屋に招き入れたのは、緩く癖のある明るいショートボブに、落ち着いた緑色の瞳を持つ、すらっと背が高い女子。
「ヨロシク、乃愛・ベネットです」
2学期から1年に編入して来た、校内でウワサの帰国子女だった。
「乃愛は、お父さんがオーストラリア人のハーフなんです。お母さんは日本人だから、日本語もOK……ねっ?」
「うん、難しい漢字以外はOK!」
にこっと笑い合う、ハーフとクォーターの下級生2人。
『はぁーっ、可愛い! おばあちゃんが良く言う『心が洗われる』って、こういう事かぁ!』
小動物にも似た愛らしい後輩達を前に、『可愛いもの好き』な咲花の顔は、ほっこり笑み崩れていた。
「えっとベネットさんは、料理とか手芸――ハンドメイドは好き?」
気を取り直して、部長らしく質問すると、
「はいっ! これ、ママと作りマシタ」
通学用のバッグから取り出した――毎朝先生に回収されて、帰りのHRで返却される――スマホ。
その透明なケースには、カラフルな押し花や押しフルーツが、閉じ込められていた。
「えっ、可愛い……!」
思わず咲花が、新入部員の手元を覗き込むと、
「ドウゾ」
にこりとスマホごと、手渡してくれた。
「ありがと、ベネットさん」
「『ノア』でイイデス」
「じゃあ、乃愛ちゃん?」
「ハイッ!」
元気よく答えてから杏と顔を見合わせて、炭酸水の泡が弾けるように笑う。
『わぁっ……2人で並ぶと、アイドル度マシマシ! このままデビュー、出来ちゃうよ!』
今年の春に杏が入学して来た時も、しばらくは『ツインテール天使降臨』とか、『家庭科部の子ウサギちゃん』とかウワサの的に。
そのくりっとした茶色の瞳に、思春期のハートを撃ち抜かれた男子生徒の屍が、校内中にあふれていた事を思い出す。
『うちの後輩達、超可愛い!(ふんすっ)』とドヤ顔になりかけたのを、部長らしい真面目な顔にきゅっと引き戻してから、咲花はスマホケースに目を落とした。
カモミールっぽい白い押し花と、乾燥させたレモンとライムの輪切りが、センス良く並んでいる透明のケース。
「凄い、可愛い……」
「可愛いよね~?」
隅々までじっくり眺めていると、横から杏も顔を寄せて来た。
「このフルーツを乾燥させる方法って、難しいのかな?」
「あっ! わたしも気になって聞いてみたら、『押し花用乾燥シート』に、挟むだけでいいみたい」
「そうなんだ! じゃあシート用意して、今度皆で作ってみようか?」
「うんっ! やりたい、やりたい!」
幼馴染2人が盛り上がっている横で、きょろきょろと物珍しそうに、家庭科室の中を見学していた帰国子女。
ふと窓の外に向けたアンバーグリーンの瞳が、体育館への通路を足早に通リ過ぎる、男子生徒を捕らえた。
「タイガーッ……!」
乃愛に大声で呼ばれて足を止めた、長身の男子。
日差しを浴びて毛先が金色に光る茶色の髪、幼さが抜けて来た頬のライン。
『運動部です』と主張しているようなデカい黒リュックを背負い、肘まで袖を捲ったシャツの右手には『いちごオ・レ』の紙パック。
口に細いストローをくわえたまま、きょとんと見上げたダークブルーの瞳。
「あれっ、お兄ちゃん!」
「『タイガー』って……立花くんの事?」
揃って目を丸くした2人――杏の兄で咲花の幼馴染、立花大雅だった。
65
あなたにおすすめの小説
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる