8月のサバイバー~ヘンゼル&グレーテルのお留守番チャレンジ~

壱邑なお

文字の大きさ
14 / 20

【番外編3】くものみね 前編

しおりを挟む
(※『あまつかぜ 後編』前半のシーンと繋がっています)

「そうだ乃愛、中庭に紙パックの自販機あるから、一緒に見に行く?」
「行く行くー!」
 立花あんの誘いを受けて、即答を返す転入生、乃愛のあ・ベネット。
「部長! ちょっとだけ、行って来ていいですか?」
「ちょっとだけ、だよ?」
「「はーい!!」」
 家庭科部部長の咲花はなと兄の大雅たいがを残して、乃愛と一緒に杏は、子ウサギが跳ねるように家庭科室を飛び出した。
 
『お兄ちゃん、ファイト!』
 むんっ!と心の中でエールを送りながら、「こっちこっち」と乃愛を誘導して、廊下の奥に足を進める。
 移動教室が配置された東棟の端から、一般教室のある西棟を繋ぐ渡り廊下。
 そこを抜けた先にお目当ての、『紙パック飲料の自販機』はあった。

「乃愛、あれだよ!」
 杏が指さした方向に、普通の自販機よりも小ぶりな、長方形の白い箱が見える。
 もくもくと雲が浮かぶ、青い空の下。
 花壇に咲く、小さなヒマワリに似たルドベキアに囲まれて、中庭の隅っこにちんまりと立っている姿は、まるで絵本に出て来そうだ。
「Wow! ソーキュート!」
 思わす乃愛が叫んだ声に、自販機の前にいた制服姿の男子生徒が、驚いた顔で振り向いた。

 170cm以上ありそうな、すらっとした長身。
 毛先を少し遊ばせた黒髪に、小動物系のくりっとした瞳。
 その視線がこちらを認識した途端、くしゃっと細められ。
 バナナオ・レを持つ右手が、『よっ』と勢いよく上がった。
「杏――じゃなくて、立花妹じゃん!」
「あっ、陽――じゃなくて、佐々木先輩!」
 兄大雅の、親友兼幼馴染兼、バレー部のチームメイトで部長。
 東駅前商店街の鮮魚店次男坊、佐々木陽太ようただった。

「相変わらず、ちびっ子だなー! あれっ、そっちは……」
 153cmの杏をからかった後、10cm近く背の高い乃愛に移した陽太の目が、ワクワクと見開かれる。
「ひょっとしなくても、ウワサの転入生!?」
「ハイ。乃愛・ベネットです」
 アンバーグリーンの瞳でにっこり微笑む、ハーフ系美少女。
「おぉっ、何か大人っぽい! こっちと同じ、1年だよな?」
「『こっち』って――言い方っ! どーせわたしは、ちびっ子ですよ!」
 テンション上がったお調子者に指をさされて、杏はぷくっと頬を膨らませた。

「いやいや立花妹は、これからだって! 兄貴がもうすぐ180超えるから、充分伸びしろがあるっ! なっ、ベネットさん?」
「ハイ! ササ……先輩?」
 早口について行けずに、口ごもった乃愛を見て、
「あっ、『佐々木』って呼び辛いか? じゃあ、『陽太先輩』でいーよ?」
 口調をゆるめた陽太が、にかっと笑顔でフォローした。

「『ヨータ先輩』?」
「おう!」
「わたしも『ノア』でイイデス」
「じゃあ、ノアちゃん!」

『いいな、名前呼び……』
 にこにこ楽しそうに呼び合って、何だか『良い雰囲気』で『お似合い』に見える、幼馴染と転入生。
 その横で、杏はこっそり唇をとがらせた。

「あっと、立花妹――えっとほら、優しい先輩がおごってやるよ! 何がいい?」
 ご機嫌斜めな気配を察して、子ウサギをなだめるように。
 小銭を自販機に投入する、記憶の中よりも広い、白いシャツの背中。
「いいの? 乃愛、ドリンク買ってくれるって! どれにする!?」
 思わず小学生に戻った様に、弾んだ声を上げてしまう。
「Well(じゃあ)……タイガさんと同じ『いちごオ・レ』! アンは?」
「えっと――じゃあ『カフェオ・レ』で」

 背伸びをしてわざと、大人っぽいドリンクを選んだのに。
 ガコンッと音を立てて、取り出し口に落ちて来たのは、黄色い大文字で『ココア』と書かれた、カラフルな紙パック。
「えっ、何で?」
「だって、好きだろ? ココア」
「ひゃっ――!」

 少し屈んで。
 不満顔の杏の頬にピタッと、甘く冷たいドリンクを押し当てながら。
「3年前から、知ってるし?」
 陽太は、にっかり笑いかけた。

しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...