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【番外編4】万聖節前夜 前編
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東京都の端っこにある、都立有川中学校。
築年数が30年を超える校舎と同じだけ、歳を経た体育館。
日に焼けたモスグリーンのカーテン、くすんだ色の壁板。
2階の窓から振る日差しに照らされた床は、代々の生徒が残した無数の傷を、誇らしげに乗せて光っている。
10月最後の土曜日。その少しくたびれた体育館では、近隣中学校との『男子バレー部練習試合』が行われていた。
後衛がレシーブで上げたボールを、目で追いながら。
セッターの立花大雅が、呼ぶ。
「陽太っ――!」
「おうっ!」
MB(ミドルブロッカー)佐々木陽太が、少し助走を付けて床を蹴り。
大雅が低くトスした、ボールをバシッ!
ネット際から、敵のコートに叩き込んだ。
「すっげーっ!」
「また、速攻決まった!」
「さっすが、元キャプテンと副キャプテン!」
他の1・2年メンバーから上がる、称賛の声を背に、
「ナイスキー!」
「ナイストス!」
3年生2人は慣れた様子で、バチン!と右掌を叩き合わせた。
その後ちらっと、壁の時計を見上げた大雅が、後輩たちに聞こえないように、陽太の耳元で囁く。
「2時半過ぎた。あと10分で終わらせるぞ」
「ぉうっ! 3時スタートの『パレード』には」
「「ぜってー、間に合わせる!」」
固い決意を胸に、深く頷き合う2人。
『お兄ちゃん、聞いて、聞いて! 商店街のハロウィンイベント、咲花ちゃんとわたしで、お手伝いすることになったの!』
大雅が妹の杏から、ワクワクと告げられたのは、先週のことだった。
小学生の時の『お留守番チャレンジ中に冷蔵庫死亡事件』から、兄妹揃って色々とお世話になり。
『(お)ばあちゃん』と慕う玩具店の店主や、幼馴染も住む『東駅前商店街』。
季節ごとのイベントも盛んで、今年のハロウィンは、複数店舗で買い物をすると割引特典が付くスタンプラリーや、仮装した子供達のパレードが行われるらしい。
「お手伝い……って、何するんだ?」
杏はまだ中学1年生。アルバイトはもちろん、校則で禁止されている。
「『ちびっ子仮装パレード』と一緒に歩いて誘導したり、沿道の子にお菓子配ったりするの――ボランティアで」
「へぇっ――楽しそうだな」
その程度なら学校に知られても、おとがめなしだろ。
日頃忙しい両親に代わって、保護者目線になりがちな兄が、ほっとしながら「頑張れよ」と伝えると、
「うんっ、頑張る! あのね、商店街のスタッフさんが用意してくれて、仮装もするんだよ。
わたしが『うさ耳メイド』で、咲花ちゃんが『ネコ耳メイド』!」
にこにこと得意げに、爆弾を投下した。
「ねこ――みみ?」
「そぉ! 咲花ちゃん、絶対似合うよね? めちゃめちゃ楽しみー!」
「ねこみみ……」
全開の笑顔で伝えてくる妹に兄は、バグったゲームキャラみたいにぎこちなく、『ネコ耳』と繰り返すことしか出来なかった。
「おいっ、聞いたか!?」
翌朝登校した途端、慌てた様子で尋ねてくる、佐々木鮮魚店の次男坊に、大雅は重々しく頷いた。
「聞いた――あれだろ?」
「うさ耳!」
「ネコ耳!」
声を揃えてから、『ん?』と首を傾げる、幼馴染の同級生2人。
「いや、杏ちゃ――立花妹は『うさ耳メイド』の仮装だろ? 母さんから、確かに聞いたぞ!」
「咲花ちゃ――高木さんは『ネコ耳メイド』なんだよ!」
顔を見合わせて、「はぁっ」と揃って深く、ため息を吐いて。
「うさ耳でもネコ耳でも……『激かわ』なのには、間違いない! 変な奴らに写メや動画撮られたり、声かけられたりしないように、当日は俺らでボディガードすっぞ!」
『そんなに心配なら、あんたと大雅くんで守ったらー?』
と楽しそうに母親から、焚き付けられたらしい陽太が、ぎゅっと拳を握り締める。
「ボディガード?」
「そうだよ、大雅! 俺らの大事な、そのっ――『幼馴染』を守るために!」
「そっか――そうだな、陽太! 幼馴染と妹には、指一本触れさせない!」
がしっとグータッチをして、張り切る2人に。
「親戚の結婚式やら発熱やらで、新レギュラーが3人も欠席なんです。
佐々木先輩、立花先輩……お願いします! 明日の練習試合に出てください!」
先月の夏休み明けに引退したばかりの、男子バレー部から緊急要請が来たのは、つい昨日――ハロウィンイベント前日の事。
可愛い後輩達の頼みを断りきれず、クローゼットの奥にしまったばかりのユニフォームを、またすぐ取り出すことになった。
「やっべ――3時になる、大雅!」
「仕方ない――このまま走るぞ、陽太!」
ストレート負けにショックを受けて床にへたり込む、1・2年構成の敵チームに、『すまん!』と心の中で詫びながら。
襟ぐりとゼッケンだけ白い、黒いユニフォームの上から急いで、同じく黒いジャージを着込み、素早く帰り支度を済ませた3年生を。
「佐々木先輩! 試合の感想とアドバイス、お願いしゃす!」
「マックで反省会しましょうよ、立花先輩!」
「キャプテン!」
「副キャプテン!」
次々と声を上げ、全力で引き留めてくる、可愛い後輩たち。
『もう俺は、キャプテンじゃない!』『副キャプテンはお前だろ!』と、心を鬼にして振り捨てて。
大雅と陽太は、商店街目がけ猛ダッシュで、体育館を後にした。
築年数が30年を超える校舎と同じだけ、歳を経た体育館。
日に焼けたモスグリーンのカーテン、くすんだ色の壁板。
2階の窓から振る日差しに照らされた床は、代々の生徒が残した無数の傷を、誇らしげに乗せて光っている。
10月最後の土曜日。その少しくたびれた体育館では、近隣中学校との『男子バレー部練習試合』が行われていた。
後衛がレシーブで上げたボールを、目で追いながら。
セッターの立花大雅が、呼ぶ。
「陽太っ――!」
「おうっ!」
MB(ミドルブロッカー)佐々木陽太が、少し助走を付けて床を蹴り。
大雅が低くトスした、ボールをバシッ!
ネット際から、敵のコートに叩き込んだ。
「すっげーっ!」
「また、速攻決まった!」
「さっすが、元キャプテンと副キャプテン!」
他の1・2年メンバーから上がる、称賛の声を背に、
「ナイスキー!」
「ナイストス!」
3年生2人は慣れた様子で、バチン!と右掌を叩き合わせた。
その後ちらっと、壁の時計を見上げた大雅が、後輩たちに聞こえないように、陽太の耳元で囁く。
「2時半過ぎた。あと10分で終わらせるぞ」
「ぉうっ! 3時スタートの『パレード』には」
「「ぜってー、間に合わせる!」」
固い決意を胸に、深く頷き合う2人。
『お兄ちゃん、聞いて、聞いて! 商店街のハロウィンイベント、咲花ちゃんとわたしで、お手伝いすることになったの!』
大雅が妹の杏から、ワクワクと告げられたのは、先週のことだった。
小学生の時の『お留守番チャレンジ中に冷蔵庫死亡事件』から、兄妹揃って色々とお世話になり。
『(お)ばあちゃん』と慕う玩具店の店主や、幼馴染も住む『東駅前商店街』。
季節ごとのイベントも盛んで、今年のハロウィンは、複数店舗で買い物をすると割引特典が付くスタンプラリーや、仮装した子供達のパレードが行われるらしい。
「お手伝い……って、何するんだ?」
杏はまだ中学1年生。アルバイトはもちろん、校則で禁止されている。
「『ちびっ子仮装パレード』と一緒に歩いて誘導したり、沿道の子にお菓子配ったりするの――ボランティアで」
「へぇっ――楽しそうだな」
その程度なら学校に知られても、おとがめなしだろ。
日頃忙しい両親に代わって、保護者目線になりがちな兄が、ほっとしながら「頑張れよ」と伝えると、
「うんっ、頑張る! あのね、商店街のスタッフさんが用意してくれて、仮装もするんだよ。
わたしが『うさ耳メイド』で、咲花ちゃんが『ネコ耳メイド』!」
にこにこと得意げに、爆弾を投下した。
「ねこ――みみ?」
「そぉ! 咲花ちゃん、絶対似合うよね? めちゃめちゃ楽しみー!」
「ねこみみ……」
全開の笑顔で伝えてくる妹に兄は、バグったゲームキャラみたいにぎこちなく、『ネコ耳』と繰り返すことしか出来なかった。
「おいっ、聞いたか!?」
翌朝登校した途端、慌てた様子で尋ねてくる、佐々木鮮魚店の次男坊に、大雅は重々しく頷いた。
「聞いた――あれだろ?」
「うさ耳!」
「ネコ耳!」
声を揃えてから、『ん?』と首を傾げる、幼馴染の同級生2人。
「いや、杏ちゃ――立花妹は『うさ耳メイド』の仮装だろ? 母さんから、確かに聞いたぞ!」
「咲花ちゃ――高木さんは『ネコ耳メイド』なんだよ!」
顔を見合わせて、「はぁっ」と揃って深く、ため息を吐いて。
「うさ耳でもネコ耳でも……『激かわ』なのには、間違いない! 変な奴らに写メや動画撮られたり、声かけられたりしないように、当日は俺らでボディガードすっぞ!」
『そんなに心配なら、あんたと大雅くんで守ったらー?』
と楽しそうに母親から、焚き付けられたらしい陽太が、ぎゅっと拳を握り締める。
「ボディガード?」
「そうだよ、大雅! 俺らの大事な、そのっ――『幼馴染』を守るために!」
「そっか――そうだな、陽太! 幼馴染と妹には、指一本触れさせない!」
がしっとグータッチをして、張り切る2人に。
「親戚の結婚式やら発熱やらで、新レギュラーが3人も欠席なんです。
佐々木先輩、立花先輩……お願いします! 明日の練習試合に出てください!」
先月の夏休み明けに引退したばかりの、男子バレー部から緊急要請が来たのは、つい昨日――ハロウィンイベント前日の事。
可愛い後輩達の頼みを断りきれず、クローゼットの奥にしまったばかりのユニフォームを、またすぐ取り出すことになった。
「やっべ――3時になる、大雅!」
「仕方ない――このまま走るぞ、陽太!」
ストレート負けにショックを受けて床にへたり込む、1・2年構成の敵チームに、『すまん!』と心の中で詫びながら。
襟ぐりとゼッケンだけ白い、黒いユニフォームの上から急いで、同じく黒いジャージを着込み、素早く帰り支度を済ませた3年生を。
「佐々木先輩! 試合の感想とアドバイス、お願いしゃす!」
「マックで反省会しましょうよ、立花先輩!」
「キャプテン!」
「副キャプテン!」
次々と声を上げ、全力で引き留めてくる、可愛い後輩たち。
『もう俺は、キャプテンじゃない!』『副キャプテンはお前だろ!』と、心を鬼にして振り捨てて。
大雅と陽太は、商店街目がけ猛ダッシュで、体育館を後にした。
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