アンダーグラウンド

おもち

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「ただいま」
「おかえりー」
「おかえりなさい。お邪魔してます」

家に帰ると見知らぬ女性の声がした。玄関で靴を脱いでいるとリビングから顔を出した父親の隣には女性が立っていた。

「…コチラの女性は?」
「はじめまして。お父さんとお付き合いさせてもらってます」
「未来のお母さんになるかもしれない人やな」
「もー、気が早いよ」

蓮はただ黙って、互いを見合い笑みを浮かべる二人を見ていた。父親が誰と何をしようと彼には関係のないことだ。そう思うようにしている。

「そうですか。お構い無く。……先にお風呂借ります」
「はいはい」

蓮はそれ以上会話を続けることなく、足早に風呂場へと向かった。
シャワーを浴びながら、まだよく知らない父親が全く知らない女性を連れ込んでいたことに、どうしようもなく、むなしい気持ちが心を満たしていく。この人は16年もの間、僕の知らないところで人生を歩んでいたことを改めて突きつけられた気がした。彼は何をして過ごしていたのだろう。僕は何も知らない。そして父もきっと僕を知らない。
漠然と、家に帰りたいという感覚に襲われる。
風呂から上がると、蓮は迷わずスマホを手に取り、黒瀬にメッセージを送った。

『黒瀬さん。いま何してますか?』

蓮の想像していたよりもすぐに既読がついた。

『何もしてへんよ』
『会いたいって言ったら会ってくれる?』
『良い子はもう寝る時間やろ』
『家にいたくない』

蓮は、こう言えば、きっと優しい黒瀬は話を聞いてくれるだろうと知っていた。

『なんかあった?』
『父親の彼女が来た。気まずい。壁薄いし』

既読から五分ほど経って返信がきた。それは蓮が最も欲しかった言葉だった。

『迎えに行くわ。支度してちょっと待っとき』
『大好き。嬉しい。ありがとう』

黒瀬の返信を確認した蓮はすぐさま支度に取り掛かった。学校の制服に教科書とノート。スマホの充電器も忘れずにカバンに詰め込んだ。
歯ブラシも必要かなと蓮が洗面所に向かったとき、風呂場から楽しそうな話し声と水の音が聞こえてきた。どうやら彼らは二人で風呂に入っているらしい。想像もしたくないが、顔を合わせなくて良いのはラッキーだった。
必要以上に騒がれて警察沙汰にでもなったら困るので、蓮は念の為に『友達の家に泊まります』と短く書き残して家を出た。
荷物を持って外で待っていると5分ほどして黒瀬の車が家の前に滑り込んできた。

「黒瀬さん…!」
「ちゃんと父親に家出るって言うてきたか?」
「手紙は置いといた」

黒瀬が車の中からドアを開けてくれる。蓮はそれに甘えるように助手席に乗り込んだ。車内に満ちるタバコの匂いが蓮の心を満たしていく。

「急に呼び出してごめんなさい」
「暇しとったから構わんよ。会えて嬉しいわ」

黒瀬はそう言うと、蓮の頭を優しく撫でた。

「知らん父親が知らん女連れ込んでたら色々と考えてしまうわな。賢い子やから」

黒瀬の言葉に蓮は何も言えなかった。ただこの人は僕に寄り添おうとしてくれている、と温かい気持ちになった。

「お腹空いたからコンビニ寄ってくわ」

車がコンビニに滑り込むと、黒瀬か車を降りるのに続いて蓮も車から降りた。

「何でも好きなもん買い。明日の朝と昼ご飯も」
「何でも?」
「高いアイスでも何でもええよ」
「大好きー」
「やっすい告白」

くすくすと笑いながら蓮は黒瀬の持っているカゴの中にぽいぽいっとお茶とアイスと朝用のパンと昼用のお弁当をカゴを入れた。そのカゴの中身を黒瀬は険しい顔で見つめる。

「こんだけでええんか?俺に遠慮しとる?金ならあるで」
「遠慮してないよ。もうレジ行ってください」

しぶしぶ黒瀬がレジにカゴを置くと、横から蓮がひょっこりと顔を覗かせる。

「あ、すみません。スパイスチキンください。あとアメリカンドッグも」
「待って俺もチキン食べたい」
「じゃあ2つで」

店員から笑顔でチキンとアメリカンドッグを受け取った蓮は黒瀬にニッコリと微笑んだ。

「ね?遠慮してないよ」
「…ほんまやな」

​車に戻ると、二人は再び夜の道を走り出した。
そして着いた先は黒瀬の家だった。


「念願の黒瀬さんちだ」
「ホンマに汚いから期待したらあかんで」
「期待する」
「あかんて。マジでおもんないからな」

黒瀬は呆れたように笑いながら、ポケットから蓮と色違いの茶色のキーケースを取り出して鍵を開けた。

「お邪魔します」

ドアを開けると、まずタバコの匂いがした。

「入ってすぐ右がトイレな。その奥が風呂。反対は寝室や」
「はーい」
「で、ここがいわゆるリビングやな」

部屋は驚くほど綺麗に片付いていた。隅々まで掃除が行き届き、物が少なく、引っ越したてのような、もしくは、もうすぐ引っ越すかというほどに生活感がなかった。

「汚いなんて嘘じゃん。タバコ臭いけどすごくキレイな部屋」
「ホンマ?なら良かったわ」

蓮は部屋を見渡し、ふと、くすっと笑った。

「…………ふふっ。でも本当に“おもんない”かも」
「オイ、どつくで」
「冗談ですよ。ありがとう、黒瀬さん」
「ええよ。これぐらい」

連は黒瀬に抱きつき、そのまま少しだけ背伸びをして、不意打ちに黒瀬の唇を奪う。

「宿代は身体で払いますよ?」
「我慢できんくなるから冗談でも言うたらあかん」
「我慢しなくていいって言ってるじゃん」

そう言いながら蓮は黒瀬の腕の中で身体を押し付けるようにさらに距離を縮める。黒瀬は腰に回していた手を蓮の尻に伸ばした。その大きな手のひらで包み込むようにして尻を揉む。

「…柔らかい超えてぷっりぷりやん。若いケツやな」
「感想がおじさんすぎ」
「オッサンやからね」

黒瀬はそう言うと蓮の唇を塞いだ。それは舌を絡ませるような大人のキスだった。蓮は呼吸を忘れて、ただその快感に身を任せる。しかし黒瀬はすぐに唇を離した。

「明日も学校やろ?早く寝ないと起きれへんよ」
「休む」
「絶対あかん」
「…いま僕ヤクザに説教された?」
「せやで」

二人は唇を合わせるだけの軽いキスをしながらくすくすと笑った。
それから蓮が黒瀬を引っ張り、されるがままの黒瀬はソファーに押し倒される。

「ね、黒瀬さん」
「ハイ。なんでしょう?」
「好きだからキスはする。でもえっちはダメって随分と都合のいい関係ですよね?」
「……ぐうの音も出ません」

蓮は押し倒した黒瀬の上にまたがり、彼の顔をじっと見つめる。

「黒瀬さんは何歳でヤクザの世界に入ったんですか」
「14、5やったかな」
「じゃあその時に人生を決めたわけですよね」
「まあ、せやな」

蓮の言いたいことがわかって、黒瀬は小さくため息をついた。

「俺はお前のことが好きやから、お前を薄暗い世界に近づけたくないんや。せやけど俺は組に返しきれへん恩がある。組長も兄貴も舎弟も捨てられへん。自分を最優先してしまうような男じゃなくて、蓮を一番大事にしてくれる人を探しや」

黒瀬の言葉は蓮を突き放すようでありながら彼の深い愛情と葛藤が滲み出ていた。蓮は首を振ってその言葉を遮った。

「もう遅い。僕は黒瀬さんじゃないと嫌なの」
「俺以外の世界を知らんやろ」
「そうですよ。僕は黒瀬さんしか見えてない。黒瀬さんのことが好きだから」

蓮は静かに息を吐き、視線を絡ませる。しかしココで無理に押し通すことはかえって彼を悩ませるだけだろう。蓮はただ彼の隣にいることを望んでいた。その意思を伝えるように蓮は口を開く。

「…………黒瀬さんが腹括れるまで、もうちょっと待ってあげます。だから、今日は添い寝してください。それで我慢します」
「ありがとう」

蓮は思い切り甘えるように黒瀬の胸に顔を埋めた。

「…あとこれからは名前を呼んでください。いつも誤魔化して呼んでくれないでしょ?」
「バレてたんや」
「全部バレてます」
「わかった。これからは名前もいっぱい呼ぶ」
「交渉成立ですね」
「…はぁ、いいように言いくるめられた気するわ」

そう言いながら黒瀬は蓮の頭をぐしゃぐしゃっと撫でる。

「僕と添い寝したくなかったんですか?」
「させてください」

黒瀬の胸の匂いを吸い込みながら、蓮は目を閉じた。

「……寝るなら布団行こ。ここやと身体痛なるで」
「うん」

促されて寝室へ入ると、部屋の隅に整然と畳まれた布団があった。二人で布団に潜り込むと、背中合わせになるかと思いきや、黒瀬が自然に腕を伸ばして蓮を引き寄せてきた。大きな体温が背中にぴたりと貼りつく。

「狭ない?」
「平気」

黒瀬は少しだけためらい、それから低い声で、耳元に落とすように囁いた。

「……蓮」

心臓がどくんと跳ねる。期待していたはずなのに、実際に呼ばれると身体の奥まで震えるようだった。

「愛しとるよ。蓮と過ごせてホンマに幸せや」

無防備に晒されている項に黒瀬はちゅっと吸い付く。蓮の白い肌に赤い跡が残った。
それから首筋にもひとつ、ふたつと跡を付けて、最後に蓮の耳たぶに優しく齧り付いた。

「ッ……く、黒瀬さん、待って……ヤバイから……っ…!」

熱い吐息が耳にかかり、蓮は顔を真っ赤に染めて小さく震える。布団の中で重なる体温がやけに熱く感じられた。

「これだけで勃ってまいそうなん?すけべ」
「こころの、準備が…ッ……」

抱かれたいとアピールするくせに、実際に触れられたら初心な反応を見せる蓮。その純真な危うさに黒瀬はめまいがするようだった。

(こんな子に手出されへんわ。……クソほど出したいけど。いつまで我慢できるやろ)

黒瀬は大きく息を吐いて蓮をぎゅっと抱きしめ直した。まるで自分の衝動を押し殺すように。

「おやすみ」
「…おやすみなさい」

そう言葉を交わして二人は瞼を閉じ、眠れない長い夜が始まった。


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