変人悪役令嬢はイケメン探しに没頭する

柊 月

文字の大きさ
5 / 13

変人、出発する

しおりを挟む


 あっという間に時は過ぎ、いよいよ二週間後には入学式が控えている。隣国―――ルシャド王国へ持ち込む荷物を纏め、一足先に学園の寮に入る事にしたキャサリンは、滂沱の涙を流す父親にハグをする。



「きゃしぃぃ……行かないでおくれ………っくっうっ」

「お父様、永遠の別れでは無いのですから」



 そう宥めるも効果はイマイチで、寧ろ「永遠の別れ」だけを拾った侯爵があらぬ勘違いをしたが為に、更に涙を増長させてしまう結果となった。背骨がミシミシと悲鳴を上げ始めた頃にやっと夫人が夫をキャサリンから離す。



「ほらしっかりなさって、あなた」

「っくっ……うっっ……うぇぇええん」



 娘としては、母に縋り付いて幼子の様に大泣きしている父の姿は見たくなかったというのが正直な所だ。顔が引き攣ってしまったのは仕方の無い事だろう。



「姉さんが出発する迄に父上は戻りそうにもないから、もう行っちゃったら?」



 チラリと後ろに呆れた視線を投げ肩を竦めるのはキャサリンの自慢の年子の弟、フレデリク=フィッツだ。侯爵と色味も顔立ちもそっくりだが、中身は割とあっさりしていたりする。

 フレデリクの言葉に頷いたキャサリンは、静かに後退りをして馬車に乗り込んだ。



「お父様、お母様。行って参ります。フレディも元気でね」



 手を振ってそのまま出発する―――筈だった。









「フィッツ侯爵令嬢殿!お待ち下さい!」









 馬車から顔をほんの少し出して後ろを見れば、近衛騎士の制服を身に纏った青年が馬の上から何やら叫び、こちらに向かっているのが見えた。明らかにフィッツ侯爵家に用がある様だが、キャサリンはこのまま気が付かないフリをして逃げたくなる。



「失礼します。フィッツ侯爵令嬢殿はいらっしゃいますか。ザカリー殿下の伝令をお伝えしたく」



 馬上から華麗に降りた騎士は僅かに乱れた息を調え、侯爵夫妻を一瞥した後フレデリクに話し掛ける。14歳にしては些か艶やか過ぎる微笑みを浮かべ、フレデリクは騎士から書面を預かり目を通した。そして僅かに目を見開いたと思うと、いつもの外向けの笑みを貼り付ける。



「畏まりました、と殿下にお伝え下さい。直ぐに王城に向かいますとも」



 それに騎士は一礼で返し、直ぐに馬の上に跨って駆けていった。キャサリンは眉間に皺を寄せてフレデリクに聞く。先程何を2人が喋っているのかはっきり分からなかったのだ。



「フレディ、どうかしたの?」

「姉さん、これから王城に行って。王太子殿下がお呼びだそうだよ」

「…………っ」
 


 何故ここでザカリーが出てくるのかさっぱり分からない。私も貴方もお互いにお互いを避けてきたじゃないかと、キャサリンは更に眉を顰める。まさか最後の嫌味でも言うつもりなのだろうか。

 フレデリクは馬車の扉に手を掛け、俯いたキャサリンの顔を覗く。その表情は心配げに眉尻を下げる侯爵のあの顔とそっくりだ。



「姉さん、「大丈夫、平気よ。……王城から出たら、直接ルシャドに向かっていいかしら?」」

「………あぁ。気をつけて」



 肯定する割には腑に落ちない顔をしているフレデリクに、キャサリンは綺麗な笑顔を向ける。そして、片手でヒラヒラと手を振って、馬車を王城に向けて出発させた。

 これが終われば、もう殿下とは会わなくていいもの―――。

 キャサリンはカラカラと規則正しい車輪の音を聴きながら、窓の外をぼんやりと眺めた。

 ………馬車の後方から発せられたであろう雄叫びは聞こえない振りをした。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。 それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。 予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう? ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。 完結まで予約投稿済み。 全21話。

悪役の烙印を押された令嬢は、危険な騎士に囚われて…

甘寧
恋愛
ある時、目が覚めたら知らない世界で、断罪の真っ最中だった。 牢に入れられた所で、ヒロインを名乗るアイリーンにここは乙女ゲームの世界だと言われ、自分が悪役令嬢のセレーナだと教えられた。 断罪後の悪役令嬢の末路なんてろくなもんじゃない。そんな時、団長であるラウルによって牢から出られる事に…しかし、解放された所で、家なし金なし仕事なしのセレーナ。そんなセレーナに声をかけたのがラウルだった。 ラウルもヒロインに好意を持つ一人。そんな相手にとってセレーナは敵。その証拠にセレーナを見る目はいつも冷たく憎しみが込められていた。…はずなのに? ※7/13 タイトル変更させて頂きました┏○))ペコリ

悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華
恋愛
レティシア・ド・リュシリューは婚約者と言い争いをしている時に、前世の記憶を思い出す。 そして自分のいる世界が、大好きだった乙女ゲームの“イーリスの祝福”の悪役令嬢役であると気がつく。 母親は早くに亡くし、父親には母親が亡くなったのはレティシアのせいだと恨まれ、兄には自分より優秀である為に嫉妬され憎まれている。 家族から冷遇されているため、ほとんどの使用人からも冷遇されている。 そんな境遇だからこそ、愛情を渇望していた。 淑女教育にマナーに、必死で努力したことで第一王子の婚約者に選ばれるが、お互いに中々歩み寄れずにすれ違ってしまう。 そんな不遇な少女に転生した。 レティシアは、悪役令嬢である自分もヒロインも大好きだ。だからこそ、ヒロインが本当に好きな人と結ばれる様に、悪役令嬢として立ち回ることを決意する。 目指すは断罪後に亡命し、新たな人生をスタートさせること。 前世の記憶が戻った事で、家族のクズっぷりを再認識する。ならば一緒に破滅させて復讐しようとレティシアには2つの目標が出来る。 上手く計画に沿って悪役令嬢を演じているはずが、本人が気が付かないところで計画がバレ、逆にヒロインと婚約者を含めた攻略対象者達に外堀を埋められる⁉︎ 更に家族が改心して、望んでいない和解もさせられそうになるレティシアだが、果たして彼女は幸せになれるのか⁉︎

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

良くある事でしょう。

r_1373
恋愛
テンプレートの様に良くある悪役令嬢に生まれ変っていた。 若い頃に死んだ記憶があれば早々に次の道を探したのか流行りのざまぁをしたのかもしれない。 けれど酸いも甘いも苦いも経験して産まれ変わっていた私に出来る事は・・。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...