総務の袴田君が実は肉食だった話聞く!?

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カメラ

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「カメラ? へえ何を撮りたいの」
「風景とか……海の中とか? 勉強の息抜きになると思って」
「ふーん、いいんじゃない? 必然的に外にも出るし健康的な趣味だね」
「ありがとう」


 その年の誕生日プレゼントに俺はかなりお高めな一眼レフカメラを手に入れた。
 海に関連してれば何でもオッケーだなんて我ながらチョロい両親だなと思う。
 笑っている二人だけど、父さんは最近体調が悪いって少しやつれて昔程海に行かなくなった。
 元々沖縄で自然相手に仕事をしていた父さんが、こっちでサラリーマンだなんて無理があるんだと母さんは常々言っていた。


 それで、分かってると思うけどカメラを手に入れたかった理由は風景を撮るためなんかじゃない。
 ラブリスに会いに行くためだ。
 ただ見に行くなんて恥ずかしすぎるから、写真を撮るという口実が欲しかった。
 いや、ただ会いに行きたいためなんだけどな。

 彼女はSNSで次に行くイベントの情報を載せていて、その日が待ち遠しくて興奮して寝付けない程だった。
 だが、しかしそんなの序の口だった。
 本人を見た瞬間、そのあまりの衝撃に今まで記憶した英単語に公式に漢字までもが吹き飛んだ。
 その晩は眠れなかった。

 今回もまた偉大なるレイヤー様に付いて行きます! って控えめな投稿とは裏腹ににゃんにゃんさん達のいるスペースは凄い人だかりだった。
 だってそこには生きたラブリスがいるのだから、金色とピンクの混じったフワフワで柔らかそうな髪、ギリギリまで露出した肌にボリュームのあるミニプリーツスカート、ブーツに魔法のステッキに魔女の帽子を斜めに被って、動く度にマントが靡く、全体がピンクでハートで…………た、倒れる……!! 被ってきた帽子をさらに深く被ってマスクを引き上げて初めてシャッターを切る瞬間は指が震えた。
 こんなに可愛い人がこの世に存在するんだって同じ空気を吸って良いものかと呼吸を躊躇した。

 俺より一つ年下の女の子、決まったポーズはしてくれるけど後は同行者の後ろに隠れてしまう恥ずかしがりやな子。
 あまりSNSも更新しないけど、時が止まったラブリスと違って一緒に年を取るにゃんにゃんさんは遠いいようで近くて生きている感じが嬉しかった画面越しに眺める事しか出来ないけれど凄く親近感が湧いた。



 そんなある日の事だ、父が倒れた。

 理由は過労に心労に軽い鬱……正直そんなのは皆分かっていたけど、頑張ると言う父に誰も口を挟めなかった。
 それは高校の進学を決める頃だった。

 俺は「沖縄に帰ってみたら」と提案した。
 俺ももう高校生だしさ自分の事は自分でやれる年だよ、と言った瞬間、その一言を待ってたんだと言わんばかりに張りつめていた空気が溶けた。
 少しあっちで休もうよって母さんが背中を撫でると父さんはため息を付いてこないだより更に細くなった腕を擦っていた、こっちに来て二十年、いつの間にか父さんは海を口にしなくなっていた。

 でも俺はにゃんにゃんさんといたかったから沖縄に行くより寮のある進学校を選択した、家族より女の子だなんて俺はどんだけ薄情な息子だよと恋の力はすごいなと思った。
 姉は元来活動的で自然派なのもあって姪と旦那さんを連れて沖縄について行った。

 父さんと母さんが結婚を決めた時、母さんの親にひどく反対されたんだって、二人はそれに反発してわざわざ東京で父さんは仕事して母さんも仕事して家計をやり繰りしていた、親の支援は一円だって受けないってじーちゃんとの仲は険悪で意地を張って結婚以来会ってない。
 反発して東京で暮らすって意味はよくわからないけど、二人にも何かあったんだろうな。
 じーちゃんには節目節目に会うよ、俺達孫にはいつも優しくて母さんが言うような分からず屋で頑固で自分勝手で他人を悪く言うような人には見えないんだけど。



 それで、俺とにゃんにゃんさんは一年一年と年を重ねていった。
 あの生き写しだったラブリスが大人の女性になるのを悲しむ声もあったけれど、大半は大人になったラブリスを見られるって喜んでるファンばかりだった。
 それくらいにゃんにゃんさんの成長の過程は美しく、いつどのイベントだって体系の維持からサイズが変わったコスチュームまで完璧だったのだ、コスチュームは身内の手製だと言っていたから愛されているんだなと思った。

 大学は関西の大学に進学したけど、イベントには必ず参加した。
 夜行バスの中は彼女に会えると思うだけで眠れなかった。

 大学での勉強は充実していたし、にゃんにゃんさんのお陰で趣味になったカメラも奥が深く夕日一枚撮ってそれを眺めるだけでも心が豊かになった。
 ただ過ぎて行くだけの日々を切り取れる写真、その一枚には色んな思いが複雑に絡み合っていて想いが込められている。
 たった一枚でもどんな気持ちで何の目的で誰に何を伝えたいのか、シャッターを切るその一瞬に試行錯誤する時間が好きだった。
 いつしか俺はカメラで生きていきたいな、なんて思うようになっていた。

 でも現実はそう甘くなかった。




 今度はじーちゃんが倒れた。


 大学四年の時だ。
 俺はその頃、カメラにどっぷり浸かってて就活もせずに授業に研究に卒論の合間に時間を見付けてはあっちこっち放浪して、なんでもない海外の港町や農村、人を撮ったり沖縄に行ってただの波にシャッターを切った、たまには潜って深海の魚を撮ったり……それをネットに上げて楽しんで評判もかなり良かった。
 もちろん、にゃんにゃんさんもたくさん撮った。

 この写真でもっともっと人を笑顔にしたい驚かせたい感動させたい、うん、しようって思っていた矢先にじいちゃんが倒れたのだ。
 理由は胃潰瘍で二週間の入院って大した病気じゃなかったけれど、それまで強気だったじいちゃんが病気になったせいか弱気になって突然言ってきたんだ。

「やっぱり会社は身内に継がせたい」

 と、昔はちょっとおっきい会社の社長だって言ってたけど、物心つくようになってじーちゃんの名前を検索してみたらおっきい会社の社長なんてレベルじゃなかった。
 どこの町にもある、レンタルビデオショップに誰もが持ってるポイントカード、企業の特集番組にも出てたし、じーちゃんは日本代表する大企業の社長だった。
 両親がじーちゃんに触れると決まって嫌な空気を出すので触れないでいたけど。

 じーちゃんは病気を期に社長を弟(十下の)に譲って自分は代表取締役会長の役職に就いたって。
 病室で、へーそれって凄いの? って聞いたら、昔ほどバリバリは仕事しないけどまあ一応実権は俺が握ってるかなって言われてふーんと頷いておいた。
 それよりも病院なのに高級ホテル並みの豪華な個室と窓外の紅葉を撮るのに夢中だった。

 家族は沖縄にいるから、俺だけ見舞いに行ったんだ、ドアを開けた時来たのが俺一人だと知るとじーちゃんは寂しそうな顔をした。

 色んな話の中で、それで雄太は就職どうするんだって聞かれた。
 カメラ持ち上げて、これで食っていきたいから卒業したら海外でカメラマンの専門学校でも行こうかなって答えたら生まれて初めて進路について怒られた。
 と言うかにじーちゃんが怒った所を初めて見た、そんなフラフラした気持ちで何ができるんだって声を荒げた。
 今を真剣に生きてないお前に明るい未来なんてない甘ったれるなと言われて俺に人生だろうっせーなってどついてやろうかと思ったけど病人だったから止めた。

 沈黙が続いて、少し考えた。


 ああ、そうかと漸く家庭の背景が分かってきた頃には遅かった。
 大企業の一人娘の母、それと結婚した離島の一人息子だった父、母さんを生んで直に死んだばーちゃん、社長をしている同性愛者未婚の弟に、沖縄に逃げた孫娘夫婦。


 フラフラしてる俺。


 これ俺しかいないよなやべーなってじーちゃん見たら顔真っ赤にしてるよ、とりあえず肩を叩いとくか。

「ナースコールする? 大丈夫だよじーちゃん、俺はじーちゃん置いてったりしないよ」

 って本当は大学卒業したらにゃんにゃんさんのイベントがくるまで旅にでも出ようと思ってたんだけど背中を摩ってやった。

 だって俺より何回りも年取った背中が震えてたんだよ泣きそうな顔でさ。
 そんなんほっといたら鬼だろ? 「元気出してよ、だって俺雄太じゃん、じーちゃん武雄だろ? 嫌いな人と同じ漢字なんて使わないよ」
「さっきの悪い、言い過ぎた」
「いいって俺の事考えて言ってくれてるって分かってるよ」
「ああ」
「分かってるよ…………きっと母さんも」

 そしたらじーちゃんは泣いた。

 言いたい事、話せてない事、たくさんあるんだろうなって思った、俺みたいに。
 でも俺達ってきっとこのまま自分の本心なんて話せずに死ぬんだよ、俺だって父さんにあれが嫌だっただのこれが辛かっただの言ってない、それでそのまま両親は俺より先に死んでいく。
 あの時のごめんねもあの日のありがとうも言えないまま、この心臓はいつか止まる。
 母さんもじーちゃんもそうだ、本当は言いたいのに分かってるのに、大人の癖にバカだな、いや小さい時俺達はもっと素直だったんだ、そうだな大人になってバカになった、手の平の宝物が全部くだらないものになってしまった。
 でも皆そうだ、人間は肝心なものを一番奥にしまい込んで不完全のまま死んでいく。

 胃潰瘍、すっげー痛いんだろ? 死でも意識したんかな、もう皆に会えなくなるって。

「来てくれてありがとうな」
「じーちゃん長生きしろよ」








 エレベーターが四十階に着いた、会長室に向かって不愉快そうに足を鳴らしながら歩いた、普通の社員ならこの扉の前に立ったら緊張すんのかな。
 でも俺は真逆で、休憩できるラッキーってワイシャツの第一ボタン開けてネクタイを緩めて煙草出しながらノックもせずに扉を開けた。



「じーちゃん俺やっぱ働くの無理」
「会社でじーちゃんって呼ぶなって言っただろ雄太」
「そっちこそ会社で雄太って呼ぶなって言っただろ」

 じーちゃんは笑った俺も笑った。
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