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おしまいの後
袴田君とあの日 ◎
朝、顔を洗って鏡を見る、真っ黒で無造作なこのヘアースタイルも見慣れたもんだなと思った。
私の草食眼鏡君って髪を撫でてもらえるうちは髪型変えることもないだろう。
タオルをかけて洗面台に置かれていたピンク色のヘアバンドを手に取る、じっと見て何となーく嗅いでたら。
「もうッ! 袴田君!! そういう変態さんはしちゃダメってあれほど……!!」
「って俺の洗濯物(洗う前)を抱き締めてる尾台さんが何か用ですか」
「洗濯物抱っこしてるんだから、洗濯しに来たに決まってるでしょ!」
「でも絶対クンクンした癖に」
「一呼吸しかしてないっちゅーの」
「いやほらね? これ尾台さん花嫁道具で持って来たヘアバンド、もう買い替えてもいいんじゃないかなって」
「どうして? 壊れてもいないのにぃ」
「いや、ゴムだるだるじゃないですか」
「二週巻けばいいでしょ! 破けたら捨てるの!」
「これって物持ちが良いっていうのかなぁ」
と伸びたヘアバンドを見て首を傾げていたら、尾台さんは洗濯籠に手を突っ込んで中からハンカチを取り出した。
俺の目の前で振って。
「そんなこと言ったら、これは中学生の時から使ってるハンカチですよ! まだまだ吸水性もあるし使えるんだから!」
「ん?」
真っ白いガーゼのハンカチには隅に黒猫の尻尾がMになってる刺繍が施されてて……。
「これ国産のガーゼタオルにお姉ちゃんが刺繍してくれたんです。元々はらいちゃんを出産する時に買ったんだけど、おまけで私にも作ってくれたんですよ、可愛いでしょ? ふふふ」
「…………」
ハンカチを口にもっていって瞼を伏せる尾台さんに目の奥が熱くなる、ドクンって大きな鼓動が胸を叩いて息が詰まった。
大学一年生、俺は東京を離れて京都にいた。それは久々のイベントだった。
だってにゃんにゃんさんは、地元で就職しようかにゃって言ってて大学受験はしないって言ってたのに、ある日突然、親が大学行けってうるさいんですって、受験勉強始めてイベントに参加しなくなってしまったのだ。
にゃんにゃんさんに会えないなんて俺これからどうやって生きていけば……。
と思っていたら、勉強の息抜きと尊敬するレイヤー様の誕生日なので、この日は参加しますにゃって半年ぶりにイベント顔を出すなんて言うから俺はそのツィートを見た日から興奮していた。
この土地は被写体が豊富でいい、大学生になってケンカもしなくなって時間ができた分、勉強以外にも精が出て充実していた。
何になりたいかなんて決まっていなかったけど、にゃんにゃんさんもいたし退屈はしなかった。
彼女と同じ時間を刻む時代にいられるだけでいいやって俺の人生観なんてそんなものだった。
依存とか良くわからない、でも他に熱中できるものってなかったし。
だからその日はバイトがあったけど、もちろん休んでにゃんにゃんさんのために東京へ向かう夜行バスに乗りこんだ。
同じ時間だけじゃなくて同じ空間を共有できるなんて最高だろ、バイトなんかしてられるか。
にゃんにゃんさんに会える興奮を抑えながら、もちろんバスの中では眠れない。
何度も金髪をかき上げて落ち着こうとするけど、眠気なんてやってこないんだ、あの笑顔に早く会いたい。
バスが東京駅に着いて、ご飯も食べずにイベント会場に向かう。
腹なんて空かない、空腹なんてにゃんにゃんさんの前では感じない。
と言っても早く着き過ぎて時間を持て余していた。
が、カメラいじったり風景撮ったり、時間はいくらでも潰せるんだけどな。
まだまだ人が疎らなイベント会場を見て、初めてにゃんにゃんさんを見た時の瞬間なんかを思い出してみる。
鳥肌が立って、慄いて息を吸うのすら忘れて……胸の奥から熱が湧いた。
俺に生まれた初めての感情、それが好きとか恋とか愛とか、良くわからないけど、でもそっち方面であることは確かだ。
あの衝撃を思い出しただけでも口の中がむずむずしてきて、生唾を飲み込んだ。
深呼吸して辺りを見渡す。
初めはテレビのニュースで見た様に、いつカメラに撮られているか分からないから変装していたけど、正直もう変装しなくてもいい気はしてる。
でも、にゃんにゃんさんにとって俺の第一印象がこれだから(マスクに帽子に眼鏡)今更外せなくて。
それにあれだよ、俺はこの見た目で、ついこないだまでケンカを売られたし、未だに何か怒ってる? とか聞かれるから素顔は見せない方がいいだろう。
で、俺もそろそろ変装しに行こうかなってトイレに向かった。
まだ人が少ないわりにトイレの前は混みあっていて、人を避けて歩いていたら、押し出された女の子がトンと胸にぶつかったのだ。
「にゃ」
「………」
視線を下げれば、真っ黒い頭頂部、倒れそうな肩を支えたら一瞬だけ俺の方を見て、すみませんって目を逸らす。
ああ、目付きも悪いしこんな頭の色だし、おれと目が合えば皆そんな反応だよ。
たまたま彼女が落としたハンカチが目に入って拾ってあげたら、その子は受け取って、ありがとうございますって白いハンカチに刺繍された黒猫を口に当てて笑った。
「あっ……」
ドキンと胸が鳴った。
でも何も言えなかった、その子は頭を下げて人の合間に消えていった。
名前も何も知らない、きっと二度と会うこともないだろう。
日常ですれ違う人、皆そうなのに、なぜか胸が苦しかった。
それでも一時間後ににゃんにゃんさんの笑顔を見て、そんな一瞬の感情は時の彼方に忘れたけれど。
「あれあれ? どうしたの? 袴田君」
ハンカチの黒猫を唇に当てた尾台さんに下から覗き込まれて思わず抱き寄せた。
だって泣きそうだから、恥ずかしい、大好き、大好き大好き。
「もう! にゃんにゃんさん!!」
「ん? 急にどうしたかにゃ?」
尾台さんは洗濯籠を離して背中に手を回してくれて、この胸に渦巻く感情は恋に好きに愛だと思う。
もう全部だよ、全部に彼女に奉げるための感情だ。
それで抱き締めて感情が高ぶりすぎて、思わずそれが口から出てしまった。
「セックスしたいです!」
「袴田君って本当そればっかだよね! イイヨ!!」
この人は運命の人だ。
※袴田君書籍化進行中に伴い、作品の一部を取り下げます、詳しくは近況ボードにて。
私の草食眼鏡君って髪を撫でてもらえるうちは髪型変えることもないだろう。
タオルをかけて洗面台に置かれていたピンク色のヘアバンドを手に取る、じっと見て何となーく嗅いでたら。
「もうッ! 袴田君!! そういう変態さんはしちゃダメってあれほど……!!」
「って俺の洗濯物(洗う前)を抱き締めてる尾台さんが何か用ですか」
「洗濯物抱っこしてるんだから、洗濯しに来たに決まってるでしょ!」
「でも絶対クンクンした癖に」
「一呼吸しかしてないっちゅーの」
「いやほらね? これ尾台さん花嫁道具で持って来たヘアバンド、もう買い替えてもいいんじゃないかなって」
「どうして? 壊れてもいないのにぃ」
「いや、ゴムだるだるじゃないですか」
「二週巻けばいいでしょ! 破けたら捨てるの!」
「これって物持ちが良いっていうのかなぁ」
と伸びたヘアバンドを見て首を傾げていたら、尾台さんは洗濯籠に手を突っ込んで中からハンカチを取り出した。
俺の目の前で振って。
「そんなこと言ったら、これは中学生の時から使ってるハンカチですよ! まだまだ吸水性もあるし使えるんだから!」
「ん?」
真っ白いガーゼのハンカチには隅に黒猫の尻尾がMになってる刺繍が施されてて……。
「これ国産のガーゼタオルにお姉ちゃんが刺繍してくれたんです。元々はらいちゃんを出産する時に買ったんだけど、おまけで私にも作ってくれたんですよ、可愛いでしょ? ふふふ」
「…………」
ハンカチを口にもっていって瞼を伏せる尾台さんに目の奥が熱くなる、ドクンって大きな鼓動が胸を叩いて息が詰まった。
大学一年生、俺は東京を離れて京都にいた。それは久々のイベントだった。
だってにゃんにゃんさんは、地元で就職しようかにゃって言ってて大学受験はしないって言ってたのに、ある日突然、親が大学行けってうるさいんですって、受験勉強始めてイベントに参加しなくなってしまったのだ。
にゃんにゃんさんに会えないなんて俺これからどうやって生きていけば……。
と思っていたら、勉強の息抜きと尊敬するレイヤー様の誕生日なので、この日は参加しますにゃって半年ぶりにイベント顔を出すなんて言うから俺はそのツィートを見た日から興奮していた。
この土地は被写体が豊富でいい、大学生になってケンカもしなくなって時間ができた分、勉強以外にも精が出て充実していた。
何になりたいかなんて決まっていなかったけど、にゃんにゃんさんもいたし退屈はしなかった。
彼女と同じ時間を刻む時代にいられるだけでいいやって俺の人生観なんてそんなものだった。
依存とか良くわからない、でも他に熱中できるものってなかったし。
だからその日はバイトがあったけど、もちろん休んでにゃんにゃんさんのために東京へ向かう夜行バスに乗りこんだ。
同じ時間だけじゃなくて同じ空間を共有できるなんて最高だろ、バイトなんかしてられるか。
にゃんにゃんさんに会える興奮を抑えながら、もちろんバスの中では眠れない。
何度も金髪をかき上げて落ち着こうとするけど、眠気なんてやってこないんだ、あの笑顔に早く会いたい。
バスが東京駅に着いて、ご飯も食べずにイベント会場に向かう。
腹なんて空かない、空腹なんてにゃんにゃんさんの前では感じない。
と言っても早く着き過ぎて時間を持て余していた。
が、カメラいじったり風景撮ったり、時間はいくらでも潰せるんだけどな。
まだまだ人が疎らなイベント会場を見て、初めてにゃんにゃんさんを見た時の瞬間なんかを思い出してみる。
鳥肌が立って、慄いて息を吸うのすら忘れて……胸の奥から熱が湧いた。
俺に生まれた初めての感情、それが好きとか恋とか愛とか、良くわからないけど、でもそっち方面であることは確かだ。
あの衝撃を思い出しただけでも口の中がむずむずしてきて、生唾を飲み込んだ。
深呼吸して辺りを見渡す。
初めはテレビのニュースで見た様に、いつカメラに撮られているか分からないから変装していたけど、正直もう変装しなくてもいい気はしてる。
でも、にゃんにゃんさんにとって俺の第一印象がこれだから(マスクに帽子に眼鏡)今更外せなくて。
それにあれだよ、俺はこの見た目で、ついこないだまでケンカを売られたし、未だに何か怒ってる? とか聞かれるから素顔は見せない方がいいだろう。
で、俺もそろそろ変装しに行こうかなってトイレに向かった。
まだ人が少ないわりにトイレの前は混みあっていて、人を避けて歩いていたら、押し出された女の子がトンと胸にぶつかったのだ。
「にゃ」
「………」
視線を下げれば、真っ黒い頭頂部、倒れそうな肩を支えたら一瞬だけ俺の方を見て、すみませんって目を逸らす。
ああ、目付きも悪いしこんな頭の色だし、おれと目が合えば皆そんな反応だよ。
たまたま彼女が落としたハンカチが目に入って拾ってあげたら、その子は受け取って、ありがとうございますって白いハンカチに刺繍された黒猫を口に当てて笑った。
「あっ……」
ドキンと胸が鳴った。
でも何も言えなかった、その子は頭を下げて人の合間に消えていった。
名前も何も知らない、きっと二度と会うこともないだろう。
日常ですれ違う人、皆そうなのに、なぜか胸が苦しかった。
それでも一時間後ににゃんにゃんさんの笑顔を見て、そんな一瞬の感情は時の彼方に忘れたけれど。
「あれあれ? どうしたの? 袴田君」
ハンカチの黒猫を唇に当てた尾台さんに下から覗き込まれて思わず抱き寄せた。
だって泣きそうだから、恥ずかしい、大好き、大好き大好き。
「もう! にゃんにゃんさん!!」
「ん? 急にどうしたかにゃ?」
尾台さんは洗濯籠を離して背中に手を回してくれて、この胸に渦巻く感情は恋に好きに愛だと思う。
もう全部だよ、全部に彼女に奉げるための感情だ。
それで抱き締めて感情が高ぶりすぎて、思わずそれが口から出てしまった。
「セックスしたいです!」
「袴田君って本当そればっかだよね! イイヨ!!」
この人は運命の人だ。
※袴田君書籍化進行中に伴い、作品の一部を取り下げます、詳しくは近況ボードにて。
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