総務の袴田君が実は肉食だった話聞く!?

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おしまいの後

桐生君と尾台ちゃん3

 わがままな妹のせいで、女の子の扱いには慣れていた。
 機嫌を取るのも、下手に出るのも、俺には日常茶飯で言うこと聞いたふりしているのも苦ではなかった。
 それよりも、臍曲げられてピーピー泣かれれる方が面倒臭かったし。
 どうせ早く泣き止ませろって母さんに言われるの俺だし、どんな喧嘩でも絶対俺が我慢しろって言われるし……。

 悔しくて俺まで泣けば倍怒られる、いつしか俺は理不尽な怒りも悲しみも兄に生まれてきたのだから仕方ないと諦めて無理にでも笑って切り返せる術を見に付けていた。
 そんで、この性格が非常に女にモテた、女の気持ちが分かって、どんなわがままも笑って聞いてくれる彼氏最高だろ。

 喘息持ちの体じゃろくにスポーツも出来なくて、耐えるとか継続する力とか、努力、仲間、勝利みたいな、そういう少年漫画で見るような、人生に必要な経験は一切してない。

 男は単純でいいとか言うけど、大概女だって単純だろう。
 優しく話を聞いてやる、全てに肯定してやる、君は悪くないよ、と励ましてやる、抱き寄せる。
 手を変え言い方を変え、その子に合わせるだけで、してることは同じだよ、皆これで落ちる。


 ただ、その方程式に一人当てはまらない子がいた……。







「尾台さん、あなたこっちの資料、八雲さんの代わりにやるって言ったのに全然進んでないじゃない」
「すみません。そっちは明日必要だと彼女から聞いたので今は葛西さんの」
「私は今この資料が見たかったのに、本当に何するのにも時間がかかるんだからあなたは。低学歴なんだから、できもしない仕事安請け合いしないでちょうだい。こっち迷惑よ」
「すみません」
「大体あなたはね……」


 そのフレーズを聞いて、皆心の中でため息をついたと思う【大体あなたはね】これが出ると一時間は意味のないくどくどした説教とどうでもいい自慢が始まって尾台ちゃんはその間仕事ができなくなる。

 初めは、きっと誰しも【ああ、自分がターゲットにされなくて良かった】と思っただろう、でももうそれも限界にきている、こないだ隣のパートのおばちゃんが、もういっそのこと尾台ちゃんに会社辞めて欲しいって言ってた。
 あの子が悪いわけじゃないけど見てられないって、私もこんな職場嫌なのに、尾台ちゃんが心配で辞められないって。
 きっと皆そんな感じだ、どうにかなんないかって思ってるけど……。

 葛西さんに電話が掛かってきて、尾台ちゃんは席に戻ってきた、直に席に近寄って泣いたのは他でもない八雲さんで尾台ちゃんは笑って平気だよって言ってた。
 見てるこっちも歯痒くて、何にも出来ない俺が嫌いすぎて死ねる。



 俺が優しく話し掛けたところで尾台ちゃんは大丈夫ですって何も話さないだろう。
 全てを肯定してやるって、当たり前すぎて必要ないし、君は悪くないよ、なんてそんな上っ面な言葉絶対彼女に言えない。
 俺には彼女を励ます術がない。




 協力してくれよな、何て言われたけれど実際俺はなにもしてないなかった。
 桐生君は直訴の朝、俺に電話をかけてきて言ったんだ。


「もし僕が12時になっても連絡しなかったら、その時は頼むよ。有沢」



 不安や緊張や焦りで、言われたその時はあまり深く考えられなかった。

 いよいよ桐生君は行くんだって、ずっと汗が引かない。

 結果、始業時間の三十分後には「会長に直接話を聞いてもらえそうだ」と桐生君から連絡がきて、それと同時に所長が血相変えて会社を出て行った。

 送るはずだった取引先へのメールも、ストライキの突然の退社もなくなって、皆ほっとしていたはずだ。
 ほっとしていたはずなのに、俺だけ寒気がしてした。

 だって、もし話を聞いてくれなくたって、連絡くらいは入れられるだろう。
 何だよ、僕から連絡がなかったらって、連絡できない状況ってどんな状況だよ。
 頭が気持ち悪い位に冴えて顔を振った。

 午後になって帰って来た桐生君は「後は答えを待つだけだ。できることはした」と頷いていた。

 それでも葛西さんはいつもと変わらなかった、尾台ちゃんに口紅の色が濃い、男に媚びるなって、くだらないところに難癖つけて、尾台ちゃんは謝って手の甲で唇を拭っていた。


 それで翌日、本社から社内環境調査、との名目でメールが送られてきた。
 そんなメール初めだ、いや、本社からのメールなんて入社して初めてだった。

 匿名の社内調査……匿名? 本当は解析して名前割れるんじゃねえの?
 なんて疑い、マジどうでもいいもんだった。

 だって桐生君が隣で、

【昨日は大変失礼致しました。営業二課、桐生 陸です。】

 って書き始めて、と、匿名!!! しかもアンケートより、一番下のご自由にお書きくださいから書いてるし……。
 俺だってもちろん不満はあるけど、本気で書いたらもちろん名前なんて書けないわけで……でもここで少しは意思表示? するべきか?


 周りはどうだろうって思って見てみる、初めての本社からのメールに皆動揺してて困惑してるようだった、そしたらその中で今日も朝から威圧的な声が響いたんだ。





「尾台さんはうちの会社に不満を持てる程仕事してないわよね」
「はい」




 誰も何も口を挟めなかった。

 次いで「ほら、あなたが思ってることを素直に書けばいいのよ」と葛西さんはデスクを叩いて、尾台ちゃんは頷いた、キーボードを打つ音と気まずい空気。

「私は書きたいことが山ほどあるわ。はい、ちゃんと目を通してあげたから直に送信しなさい」
 葛西さんは勝手にマウスを動かして、多分送信したのかな。

 その瞬間、ぎりりっと鈍い音がして、横を見たら桐生君の歯ぎしりの音だった。
 目を瞑って眉間に見たことないくらいの皺を深めた桐生君は深呼吸して顔を上げて頭を振った。

「ちょっとタバコ吸ってくる」
「うん、わかった屋上には行かないで」
「…………そうだな」



 何が匿名じゃなきゃ本心が書けないだよ、俺のクソバカ死ねばいいのに。



 ペン立てに刺さっていたスティックシュガーを口に流し込んでじゃりじゃり噛みながら俺はキーボードを叩く。

【お世話になっております、営業二課、有沢 大和と申します。このような機会を設けて頂き大変恐縮です。私共の置かれている現状を少しでもお伝えできればと思います】

 不思議と手は震えなかった、むしろもっと書きたかったくらいだった。










 そして本社の答えが、総務の袴田君だった。






 送信して数日、何の音沙汰もなくて、やっぱりあんなの形だけのものだったかと思っていたら、翌週にグループ会社の全社の社内調査結果が開示された。

 ランキング形式で数値化までされていて、細かな要望やコメントも匿名で発表されていた。
 うちの連結グループ子会社は140社を超える訳で、むしろこの短期間でよくここまでできたなと、本社の有能さに軽く引いた。

 そして我が社はまさかのワーストワンだった。




 何の病気か知らないが、原因となっている輩はそれを見ても全く怯む様子がなかったから不思議だった。
 むしろ、コレで少しは皆も気を引き締めるだろうと、自分達はもっと声を大きくしていいんだと宣っていた。
 葛西さんも同じで、もっと厳しくしてやらないと、とパワハラ関係のコメント欄なんて見ていない様子だった。



 社内環境、治安、風土改善させるため、一から総務部を確立、そのための指導員を本社から出向させると話だけは聞いていた。

 でもお局達は、自分達に都合のいいように職場が変わると思っているようだった、現に所長は会長と仲が良いと聞いていたし、それと同期のお局やそこら辺の役職持ちに対抗できる総務ってなんだよって俺達も半信半疑だった。


 どんな奴らが来るんだろうって思ったら、出向してきたのは、俺と年がかわんねー男って……こんなの何の意味もないじゃんて、連れてる二人は俺達目の前にビビってるし……。
 社内改善なんて絶望的って皆思ったと思う。





 それなのに、桐生君は袴田君達の挨拶を見て一言「ああ、こいつがきたか……」と頷いていた。
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