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4、大輝 虎太郎1
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「大輝先生さうなら」
「はい、さようなら」
高3-αクラスの最後の授業を終えて教室を出たら、付属の中学校は下校中ですれ違う生徒が挨拶をしてくれた。
教師に転職して半年、まあまあ上手くやっていると思う、ここが母校なのと理事長と知り合いだった事が幸いしてのコネ採用だ、友達は少なかったけど、学生時代の友人は大事にしておくものだな。
とりあえず非常勤講師として勤務しているが、学校行事にも参加しているし、細かな仕事も教えてもらってゆくゆくは専任教諭か常勤講師になろうかな、と思っている。
非常勤講師はバイトだからな、仕事はしてても不安定だ、科目は情報A、B、C。
僕の名前は大輝 虎太郎、年齢は27歳、趣味は映画鑑賞、散歩、独身眼鏡のイケメン、
に生まれたい人生だった。
前職は社内SE、東証一部上場の日本で最大のコスメサイトを運営する、しっかりした会社だったんだ。
何で退職したかと言うと、これがこの僕もびっくりだが女がらみだった、不倫だなんだと不貞を働いた訳ではない。
大卒で入社して二年、同僚上司とも仲良くやっていた、目立つ人柄でもないし、絡む性格でもない、周りからは穏やかな人間として調和されていたと思う。
転機がきたのは年末、会社全体での行事だった。いわゆる忘年会だ、といってもチェーンの居酒屋で……ではない、そこそこ大きな会社だったからね、品川の豪華ホテル会場で行われるドレスコードありのパーティーみたいな忘年会だった。
社長の長い挨拶と、ゲーム大会、ビュッフェスタイルの食事、飲み食べ放題だけど、はめはずしてシャンパン飲み散らかす輩もいないし、厳かなパーティーだった。(二次会では皆騒ぐだろうけど、僕は参加しないしな)
そんなパーティー会場で、僕はスイーツ好きの上司のために、デザートコーナーで色とりどりのケーキを選んでいた。
どれも美味しそうで、二口位の大きさの可愛いらしいケーキばかりだ。
トレイを貰って定番と変わり種、ゼリーにアイスと選んで、そびえるチョコレートファウンテンと綿菓子は自分で作って下さいと言おう、って最後にフォークを取って振り向いたら。
「キャッ!」
「わ」
双方短い声を上げて、僕のスーツにロールケーキがベットリとついた。赤いドレスにハーフアップの髪型、白いストールを巻いた子が転びそうになって僕にもたれ掛かってきたのだ。
「あぁ!! ごめんなさい! 久しぶりに高いヒールなんて履いたものだから躓いてしまって」
「大丈夫ですよ、ケガは」
「え? いえ……」
直にホテルマンが来てくれて処理してくれた。潰れたロールケーキは無理だけど、僕のトレイのケーキは無事だったので、タオルでスーツを拭いて軽い会釈でその場を離れた。
スーツは汚れたが、どうせ年末のセールでまとめてクリーニング出す予定だったから問題ない。
それで終わると思っていた翌週、その彼女が名前も知らない僕をわざわざ探して他部署まで来てくれたのだ。
「スーツのクリーニング代払わせて下さい!」
「いえ、いらないですよ」
パーティーの時と違って髪をセットしていない普段の彼女は、あの時より幼く見えたけど、聞けば僕より一回り上の34歳だった。そんな出会いで僕等はお付き合いを始めた。
僕は彼女いない歴=年齢の24歳で、もちろん童貞だ。初めての彼女に試行錯誤の日々だったけど、彼女はいつも笑って僕を受け入れてくれた、デートプランに失敗しても、遅刻しても、ドタキャンになっても、笑って許してくれた。
年上な彼女は、会社が運営しているサイトの運用、新規開発デザイナーだった。後輩もたくさんいて役職に就いてて、もちろん僕よりも給料は高い。
巷で聞く様な面倒臭い年上彼女とは全く違って、真奈美さんは威圧的でないし自立していて仕事も出来て人望も厚く、人としても尊敬できる素敵な女性だった。
仕事とデート、たまに夕飯を食べに行ったり、風邪を引いた時は家に来てご飯を作ってくれた。楽しい真奈美さんとの一年はあっという間だった。
そんな衝突もなく穏やかに過ごしていた僕等に別れが訪れたのは、彼女の誕生日だった。
僕が用意したプレゼントは、横浜のクルージングディナーとバラの花束、そしてカルティエのネックレス。
たくさん調べて、30代の彼女に恥じないプレゼントだと自信を持っていた。人生で初めてできた彼女の誕生日、レストランにもバースディソングをサプライズで頼んでる。バースディケーキがサーブされる前、僕は緊張を飲み込んで腹に力を入れた。
「お誕生日あめでとう真奈美さん」
「ありがとう!」
「プレゼントです」
「嬉しい、ドキドキする」
プレゼントを指し出せば、一番の笑顔で小箱を受け取ってくれて、僕も開いた時の彼女の反応を想像してワクワクした。
そして真奈美さんは小箱を開けて
泣いた。
予想外の反応だった、嬉し泣きじゃない。眉を寄せて苦しそうに泣いてしまった。意味が分からなくて黙っていたら、彼女は声を震わせながら言う。
「何で…………指輪じゃないのッ……?」
小箱を乱暴に閉じて返してきた。
訳が分からなくて、でも泣いているから謝る僕に彼女は今まで言葉に出さなかった、僕への不満を次々と口にしたのだった。それは滝のように彼女の口から溢れ出てきて、居たたまれなかった。
デートが面白くない、気が利かない、話がつまらない、セックスが下手、声が小さい、私の好みを全然わかってない、自分の考えがない、生活面がだらしない、自分勝手……それらを全部紙に書いてきたのかと思う程、事例と共に言ってきた、自分が風邪を引いた時は何から何まで私にやらせた癖に、私が風邪を引いた時「大丈夫だよ」って言えばそれをそのまま鵜呑みにして何もしてくれなかったって。
反論するつもりもなかったけれど、いつも笑ってくれていた彼女からは想像もつかない形相に正直怖いと思ってしまった。
そして、【でも】と彼女は言った。
「でも、それでも結婚するんだからと我慢してきたのに」
初耳だった結婚なんて、一度も話に出てこなかったから、だって口癖が今の仕事が楽しくて私は仕事と結婚したようなもんだって言っていたんだ。
それを言えば、この年になって結婚の気配がなければそういうしかないじゃないかって言う、気付いてよ! って何で分かってくれないの! って。
年に一度開かれる、子供のいる社員に向けたオフィス参観日、自分より年下の社員が子供だ奥さんだと連れてきて苦しかったと、おばちゃんと呼ばれて惨めだったと真奈美さんは話す。
そして最後に結婚する気がないなら別れてくれと言われた。
申し訳ない、辛い気持ちにさえてごめんね、僕にはそこまで気が回らなかったし謝る気持ちはあるけれど、でもここで、わかった結婚する、と言うのは躊躇われた。
だって、ここで【YES】と言えば、これからはこの想像つかなかった、彼女を不快にさせていた自分を一から正さないといけないし、彼女の気持ちを全部分からないといけない。
自分が変わるのが嫌だ、と言っている訳ではない、ただ漠然とこんなに僕がイヤだったと、人目も憚らず泣きながら訴える彼女とこの先一緒に居られるのか? と思ってしまったのだ。
私達の関係は全部全部私の我慢で成り立っていた、と豪語する彼女と僕は幸せになれるのだろうか、悪気はなかった、と言えば、悪気がなければ人を殺してもいいのか、なんて極論すぎる答え。悪気がない方が素でやってるんだから悪質だ、という。
言い訳はしなかった、彼女の誕生日プレゼントを一か月悩んだ、この後夜景が一望できるホテルにも行く予定だったし、下手くそかもしれないけどセックスもしたいと思っていた、ゆくゆくは優しい真奈美さんと結婚できれば、と考えてた。
けれど、その告白が今日だとは考えていなかった…………。
僕も色々込み上げるものがあって言葉にならなくて、人の注目を浴びながら涙を拭う彼女に、一言「ごめんなさい」と言った、それは一連の僕の態度に対しての謝罪だったのだけど、彼女は【NO】と捉えたようで、もういい! と怒って退席してしまった。
シャンパングラスが倒れて服が濡れた、背後でボーイが今かと僕等に出そうと持っていたロールケーキが無性に寂しく見えた。何かいいことがあると僕達はロールケーキを食べていた、その日は特注のロールケーキだった。
「はい、さようなら」
高3-αクラスの最後の授業を終えて教室を出たら、付属の中学校は下校中ですれ違う生徒が挨拶をしてくれた。
教師に転職して半年、まあまあ上手くやっていると思う、ここが母校なのと理事長と知り合いだった事が幸いしてのコネ採用だ、友達は少なかったけど、学生時代の友人は大事にしておくものだな。
とりあえず非常勤講師として勤務しているが、学校行事にも参加しているし、細かな仕事も教えてもらってゆくゆくは専任教諭か常勤講師になろうかな、と思っている。
非常勤講師はバイトだからな、仕事はしてても不安定だ、科目は情報A、B、C。
僕の名前は大輝 虎太郎、年齢は27歳、趣味は映画鑑賞、散歩、独身眼鏡のイケメン、
に生まれたい人生だった。
前職は社内SE、東証一部上場の日本で最大のコスメサイトを運営する、しっかりした会社だったんだ。
何で退職したかと言うと、これがこの僕もびっくりだが女がらみだった、不倫だなんだと不貞を働いた訳ではない。
大卒で入社して二年、同僚上司とも仲良くやっていた、目立つ人柄でもないし、絡む性格でもない、周りからは穏やかな人間として調和されていたと思う。
転機がきたのは年末、会社全体での行事だった。いわゆる忘年会だ、といってもチェーンの居酒屋で……ではない、そこそこ大きな会社だったからね、品川の豪華ホテル会場で行われるドレスコードありのパーティーみたいな忘年会だった。
社長の長い挨拶と、ゲーム大会、ビュッフェスタイルの食事、飲み食べ放題だけど、はめはずしてシャンパン飲み散らかす輩もいないし、厳かなパーティーだった。(二次会では皆騒ぐだろうけど、僕は参加しないしな)
そんなパーティー会場で、僕はスイーツ好きの上司のために、デザートコーナーで色とりどりのケーキを選んでいた。
どれも美味しそうで、二口位の大きさの可愛いらしいケーキばかりだ。
トレイを貰って定番と変わり種、ゼリーにアイスと選んで、そびえるチョコレートファウンテンと綿菓子は自分で作って下さいと言おう、って最後にフォークを取って振り向いたら。
「キャッ!」
「わ」
双方短い声を上げて、僕のスーツにロールケーキがベットリとついた。赤いドレスにハーフアップの髪型、白いストールを巻いた子が転びそうになって僕にもたれ掛かってきたのだ。
「あぁ!! ごめんなさい! 久しぶりに高いヒールなんて履いたものだから躓いてしまって」
「大丈夫ですよ、ケガは」
「え? いえ……」
直にホテルマンが来てくれて処理してくれた。潰れたロールケーキは無理だけど、僕のトレイのケーキは無事だったので、タオルでスーツを拭いて軽い会釈でその場を離れた。
スーツは汚れたが、どうせ年末のセールでまとめてクリーニング出す予定だったから問題ない。
それで終わると思っていた翌週、その彼女が名前も知らない僕をわざわざ探して他部署まで来てくれたのだ。
「スーツのクリーニング代払わせて下さい!」
「いえ、いらないですよ」
パーティーの時と違って髪をセットしていない普段の彼女は、あの時より幼く見えたけど、聞けば僕より一回り上の34歳だった。そんな出会いで僕等はお付き合いを始めた。
僕は彼女いない歴=年齢の24歳で、もちろん童貞だ。初めての彼女に試行錯誤の日々だったけど、彼女はいつも笑って僕を受け入れてくれた、デートプランに失敗しても、遅刻しても、ドタキャンになっても、笑って許してくれた。
年上な彼女は、会社が運営しているサイトの運用、新規開発デザイナーだった。後輩もたくさんいて役職に就いてて、もちろん僕よりも給料は高い。
巷で聞く様な面倒臭い年上彼女とは全く違って、真奈美さんは威圧的でないし自立していて仕事も出来て人望も厚く、人としても尊敬できる素敵な女性だった。
仕事とデート、たまに夕飯を食べに行ったり、風邪を引いた時は家に来てご飯を作ってくれた。楽しい真奈美さんとの一年はあっという間だった。
そんな衝突もなく穏やかに過ごしていた僕等に別れが訪れたのは、彼女の誕生日だった。
僕が用意したプレゼントは、横浜のクルージングディナーとバラの花束、そしてカルティエのネックレス。
たくさん調べて、30代の彼女に恥じないプレゼントだと自信を持っていた。人生で初めてできた彼女の誕生日、レストランにもバースディソングをサプライズで頼んでる。バースディケーキがサーブされる前、僕は緊張を飲み込んで腹に力を入れた。
「お誕生日あめでとう真奈美さん」
「ありがとう!」
「プレゼントです」
「嬉しい、ドキドキする」
プレゼントを指し出せば、一番の笑顔で小箱を受け取ってくれて、僕も開いた時の彼女の反応を想像してワクワクした。
そして真奈美さんは小箱を開けて
泣いた。
予想外の反応だった、嬉し泣きじゃない。眉を寄せて苦しそうに泣いてしまった。意味が分からなくて黙っていたら、彼女は声を震わせながら言う。
「何で…………指輪じゃないのッ……?」
小箱を乱暴に閉じて返してきた。
訳が分からなくて、でも泣いているから謝る僕に彼女は今まで言葉に出さなかった、僕への不満を次々と口にしたのだった。それは滝のように彼女の口から溢れ出てきて、居たたまれなかった。
デートが面白くない、気が利かない、話がつまらない、セックスが下手、声が小さい、私の好みを全然わかってない、自分の考えがない、生活面がだらしない、自分勝手……それらを全部紙に書いてきたのかと思う程、事例と共に言ってきた、自分が風邪を引いた時は何から何まで私にやらせた癖に、私が風邪を引いた時「大丈夫だよ」って言えばそれをそのまま鵜呑みにして何もしてくれなかったって。
反論するつもりもなかったけれど、いつも笑ってくれていた彼女からは想像もつかない形相に正直怖いと思ってしまった。
そして、【でも】と彼女は言った。
「でも、それでも結婚するんだからと我慢してきたのに」
初耳だった結婚なんて、一度も話に出てこなかったから、だって口癖が今の仕事が楽しくて私は仕事と結婚したようなもんだって言っていたんだ。
それを言えば、この年になって結婚の気配がなければそういうしかないじゃないかって言う、気付いてよ! って何で分かってくれないの! って。
年に一度開かれる、子供のいる社員に向けたオフィス参観日、自分より年下の社員が子供だ奥さんだと連れてきて苦しかったと、おばちゃんと呼ばれて惨めだったと真奈美さんは話す。
そして最後に結婚する気がないなら別れてくれと言われた。
申し訳ない、辛い気持ちにさえてごめんね、僕にはそこまで気が回らなかったし謝る気持ちはあるけれど、でもここで、わかった結婚する、と言うのは躊躇われた。
だって、ここで【YES】と言えば、これからはこの想像つかなかった、彼女を不快にさせていた自分を一から正さないといけないし、彼女の気持ちを全部分からないといけない。
自分が変わるのが嫌だ、と言っている訳ではない、ただ漠然とこんなに僕がイヤだったと、人目も憚らず泣きながら訴える彼女とこの先一緒に居られるのか? と思ってしまったのだ。
私達の関係は全部全部私の我慢で成り立っていた、と豪語する彼女と僕は幸せになれるのだろうか、悪気はなかった、と言えば、悪気がなければ人を殺してもいいのか、なんて極論すぎる答え。悪気がない方が素でやってるんだから悪質だ、という。
言い訳はしなかった、彼女の誕生日プレゼントを一か月悩んだ、この後夜景が一望できるホテルにも行く予定だったし、下手くそかもしれないけどセックスもしたいと思っていた、ゆくゆくは優しい真奈美さんと結婚できれば、と考えてた。
けれど、その告白が今日だとは考えていなかった…………。
僕も色々込み上げるものがあって言葉にならなくて、人の注目を浴びながら涙を拭う彼女に、一言「ごめんなさい」と言った、それは一連の僕の態度に対しての謝罪だったのだけど、彼女は【NO】と捉えたようで、もういい! と怒って退席してしまった。
シャンパングラスが倒れて服が濡れた、背後でボーイが今かと僕等に出そうと持っていたロールケーキが無性に寂しく見えた。何かいいことがあると僕達はロールケーキを食べていた、その日は特注のロールケーキだった。
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