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序
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「ねえ、黒いポストって知ってる?」
帰りの会が終わって、6年2組の教室はざわついていた。
放課後の雑談、明日の約束、宿題の確認、下校の誘い、僕も席を立つ。
ランドセルを持ち上げた時だ、二人組の女子のヒソヒソ話が耳をかすめた。
内緒話にしてはこちらを気にしている、あれは他の子に「何何?」って言われたいのだな、と思った……僕は言わないけど。
そしてそれは聞き覚えのある単語だった。
昨日の英語塾の帰り、違う学校の女子達も同じ会話をしていた。
ランドセルを背負った後に、体育の授業で汚してしまった体操着をうっかり忘れそうになって、机の横のフックから取った。
またランドセルを下ろす動作が少し遅いのは、噂が気になるからかもしれない。
髪を二つのおさげに編んだ女子が続ける。
「いつもの真っ赤なポストがね、ある日突然真っ黒になってるんだって、真っ黒」
「えー? 何で? どうして? 誰かが塗ったの?」
ポニーテールの子が驚いて目を丸くすれば、おさげの子は目を見開いて、
「しかもどこにでも現れるんだよ! 塗ったとかじゃなくて」
「でも黒いんでしょ?」
「内側から黒くなる何かだよ」
「何か? って」
「知らないけどぉ! そんでね、そのポストは」
おさげの子が息を吸い込んで得意気な顔をした瞬間だ、二人を見ていたショートボブの女の子が突然わり込んだ。
「過去をやり直せるんでしょ?」
「へえ!」
「あーあ……」
答えを奪われたおさげの子はつまらなそうに口を尖らせたがポニーの子は気にも止めないで続ける。
「小さい頃に戻れるの?」
「いや、小さい頃だけじゃないよ、やり直したい時に戻れるんだって」
「でも、何でそれがポスト?」
ポニーが頷けば秘密を知ってる二人は顔を見合わせて、おさげの子が答えた。
「助けたい人に手紙を届ける為にだよ」
「手紙??」
ポニーの子は何度も瞬きをして驚いたまま、中々言葉を発しなかった。
わかるよ、僕もこの話を聞いた時、同じ反応をしたからな。
だってそうだろ、過去をやり直せるって自分の為に戻るもんだと思っていたから、そう、例えば格好つけて英語塾に行きたいって言うんじゃなくて、空手道場に行きたいって言っていれば、僕はもっと力のある男になっていたかもしれないのに。
だから黒いポストはあまり魅力的に感じなかったんだ、いやその人を助けたら自分の為になるのかもしれないけれど、それに手紙の意味もよくわかならい。
三人は数秒沈黙していた。ランドセルの肩紐を握り直してポニーテールが揺れる。
「へえ、そっか…………」
なぜか、悲し気に二人と目を逸らして、
「先月、飼ってた犬が死んじゃったの、ほとんどママにお世話押し付けてて……今になってもっと遊んであげれば良かったって後悔してる。お散歩もさぼってたし」
その言葉に二人はまた顔を見合わせて、少し難しい表情だ。
「ああ……知ってるよ、ももちゃんでしょ? 癌だっけ?」
「うん、体調崩してたから病院に連れて行ったら、もう手遅れで」
「そっか……でも…………どうだろう」
「ん?」
口を挟んだショートボブの女子も難しい顔で続けて、
「手紙、読めるかな? ももちゃん……」
「あ」
僕はランドセルを背負い直して、もういいかなって思った。
それはあれだ、先月あの子は犬を亡くしたのかもしれないけど、半年前におばあちゃんも死んでいたんだ。
クリスマス会を忌引きで休んでたから記憶にある。
おばあちゃんはいいの?
とはもちろん聞けるはずないし、おばあちゃんなんて、どこも口うるさくて何度も同じ話ししてきて退屈な存在だしなって、おばあちゃんに何かしたいと思いつかなかった彼女を僕は問い詰めたりしない。
だから、気持ちを切り変えようと深呼吸した。
した。
はずなのに、次の会話も気になってしまったから困った。ポニーの子は一歩前に出て二人の顔を見渡した。
「ちなみに、切手代はいくらかかるの?」
今度は質問された二人が瞬きをして、口を閉ざした。
「だって過去に戻れて助けたい人に手紙も渡せるんでしょ? 82円じゃ足りないよね? いざ、黒いポストが目の前に現れてもさ切手が無かったら意味ないような……」
「そう考えたら、郵便屋さんどうやって配達するのかな。ってゆうか渡すだけでいいならももちゃんにも会える? のかな?」
「うーん、どうなんだろう、入れた瞬間に過去に体が消えるの? そしたら今までいた世界はどうなるんだろう、行方不明になるのかね?」
三人が疑問を次々に口にして、ため息が出た。
低学年と違って年齢が上がると小学生の僕等だって現実的な問題が気になってくる。そのせいでこの手の噂話は流行らないんだよな、と冷静になってる自分がいた。
そうしたら、
「はいはい! 私知ってるよ!」
ロングヘアをなびかせて挙手しながら新たな女子が登場したところで、これ以上は胡散臭い作り話になりそうだったから、僕は肩紐を握った。
と同時に
「梧(ひろ)、一緒に帰ろう」
背後から、いつもの声に呼ばれて、僕は直ぐに返事をした。
「うん桔(きっ)平(ぺい)、帰ろう。今そっち行こうと思ってたところ」
帰りの会が終わって、6年2組の教室はざわついていた。
放課後の雑談、明日の約束、宿題の確認、下校の誘い、僕も席を立つ。
ランドセルを持ち上げた時だ、二人組の女子のヒソヒソ話が耳をかすめた。
内緒話にしてはこちらを気にしている、あれは他の子に「何何?」って言われたいのだな、と思った……僕は言わないけど。
そしてそれは聞き覚えのある単語だった。
昨日の英語塾の帰り、違う学校の女子達も同じ会話をしていた。
ランドセルを背負った後に、体育の授業で汚してしまった体操着をうっかり忘れそうになって、机の横のフックから取った。
またランドセルを下ろす動作が少し遅いのは、噂が気になるからかもしれない。
髪を二つのおさげに編んだ女子が続ける。
「いつもの真っ赤なポストがね、ある日突然真っ黒になってるんだって、真っ黒」
「えー? 何で? どうして? 誰かが塗ったの?」
ポニーテールの子が驚いて目を丸くすれば、おさげの子は目を見開いて、
「しかもどこにでも現れるんだよ! 塗ったとかじゃなくて」
「でも黒いんでしょ?」
「内側から黒くなる何かだよ」
「何か? って」
「知らないけどぉ! そんでね、そのポストは」
おさげの子が息を吸い込んで得意気な顔をした瞬間だ、二人を見ていたショートボブの女の子が突然わり込んだ。
「過去をやり直せるんでしょ?」
「へえ!」
「あーあ……」
答えを奪われたおさげの子はつまらなそうに口を尖らせたがポニーの子は気にも止めないで続ける。
「小さい頃に戻れるの?」
「いや、小さい頃だけじゃないよ、やり直したい時に戻れるんだって」
「でも、何でそれがポスト?」
ポニーが頷けば秘密を知ってる二人は顔を見合わせて、おさげの子が答えた。
「助けたい人に手紙を届ける為にだよ」
「手紙??」
ポニーの子は何度も瞬きをして驚いたまま、中々言葉を発しなかった。
わかるよ、僕もこの話を聞いた時、同じ反応をしたからな。
だってそうだろ、過去をやり直せるって自分の為に戻るもんだと思っていたから、そう、例えば格好つけて英語塾に行きたいって言うんじゃなくて、空手道場に行きたいって言っていれば、僕はもっと力のある男になっていたかもしれないのに。
だから黒いポストはあまり魅力的に感じなかったんだ、いやその人を助けたら自分の為になるのかもしれないけれど、それに手紙の意味もよくわかならい。
三人は数秒沈黙していた。ランドセルの肩紐を握り直してポニーテールが揺れる。
「へえ、そっか…………」
なぜか、悲し気に二人と目を逸らして、
「先月、飼ってた犬が死んじゃったの、ほとんどママにお世話押し付けてて……今になってもっと遊んであげれば良かったって後悔してる。お散歩もさぼってたし」
その言葉に二人はまた顔を見合わせて、少し難しい表情だ。
「ああ……知ってるよ、ももちゃんでしょ? 癌だっけ?」
「うん、体調崩してたから病院に連れて行ったら、もう手遅れで」
「そっか……でも…………どうだろう」
「ん?」
口を挟んだショートボブの女子も難しい顔で続けて、
「手紙、読めるかな? ももちゃん……」
「あ」
僕はランドセルを背負い直して、もういいかなって思った。
それはあれだ、先月あの子は犬を亡くしたのかもしれないけど、半年前におばあちゃんも死んでいたんだ。
クリスマス会を忌引きで休んでたから記憶にある。
おばあちゃんはいいの?
とはもちろん聞けるはずないし、おばあちゃんなんて、どこも口うるさくて何度も同じ話ししてきて退屈な存在だしなって、おばあちゃんに何かしたいと思いつかなかった彼女を僕は問い詰めたりしない。
だから、気持ちを切り変えようと深呼吸した。
した。
はずなのに、次の会話も気になってしまったから困った。ポニーの子は一歩前に出て二人の顔を見渡した。
「ちなみに、切手代はいくらかかるの?」
今度は質問された二人が瞬きをして、口を閉ざした。
「だって過去に戻れて助けたい人に手紙も渡せるんでしょ? 82円じゃ足りないよね? いざ、黒いポストが目の前に現れてもさ切手が無かったら意味ないような……」
「そう考えたら、郵便屋さんどうやって配達するのかな。ってゆうか渡すだけでいいならももちゃんにも会える? のかな?」
「うーん、どうなんだろう、入れた瞬間に過去に体が消えるの? そしたら今までいた世界はどうなるんだろう、行方不明になるのかね?」
三人が疑問を次々に口にして、ため息が出た。
低学年と違って年齢が上がると小学生の僕等だって現実的な問題が気になってくる。そのせいでこの手の噂話は流行らないんだよな、と冷静になってる自分がいた。
そうしたら、
「はいはい! 私知ってるよ!」
ロングヘアをなびかせて挙手しながら新たな女子が登場したところで、これ以上は胡散臭い作り話になりそうだったから、僕は肩紐を握った。
と同時に
「梧(ひろ)、一緒に帰ろう」
背後から、いつもの声に呼ばれて、僕は直ぐに返事をした。
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