前略、僕は君を救えたか

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手紙2

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 だから僕は母さんを責められない。

 そんな母さんを支える人が現れた、事故のあったあの日、病院の待合室で一緒になった人がいたんだって、運命の出会いだそうだ。

 父さんもいなくて、一人の病院、心細くて不安で、寂しくて。誰にも話せなかった育児の悩みや夫婦関係、自分の立場、生い立ち、桜の手術中にそれはそれは長い話、堰を切って流れ出る言葉と涙を、嫌な顔しないで聞いてくれた人がいた。
 初めは聞くだけ、聞くだけ。ただ頷いて聞くだけ、母さんにとって居心地いい時間、たまにくれる優しい言葉に真剣な眼差しに微笑み、ぬくもり。背中を擦る手。


 僕等が知らない内に作られた母さんの心の拠り所、それまで子供の成長が生き甲斐だと言っていた母さんは、いつしか聞いた事もない新興宗教に入信していた。


 母さんは桜の保険金も僕の高校の学費も全部お布施に払ってしまった、でもそれを払わないと僕は死んでいたって、今も桜が家を出て行くまでお経を唱えないと変な霊がついてまた交通事故に遭うかもしれないんだって。

 初めは僕等も信じていたよ。その人達が言う【信じ、願い、奉げれば、道は開け救われる】って、けど心の底から信じるから桜の傷を治してほしい、父さんを東京に戻してほしい、母さんの変なお経を止めさせてほしい…………



 桔平を生き返らせてほしい。


 そう願ったのにどれも叶えてはくれなかった。
 祈る事で、これ以上の不幸を回避してるらしいんだけど、僕には納得がいかなかった。
 だから僕は心の中でその宗教を捨てた、きっと桜も同じだと思う。むしろ、耳しか頼りのない桜は、信者達の話を聞いて「この人達嘘ついてる」とはっきり言ってのけた、奴らは聞こえないふりをした、もちろん母さんも。

 母さんは隣に座って経を読めとは言ってこない。本当はその志が無駄だと分かっているのかもしれない、でもここまで費やした時間と多額のお布施と信仰心を前に後に引けなくなっているのかもな。

 近所の人を勧誘して嫌われ孤立して、同窓会でも勧誘して友達もいなくなった。家族にも進めて僕等がいなければ絶縁されてただろう。子供が事故に遭って頭が可笑しくなって変な宗教に入ったって、そこら中で言われてる。その通りだよ。

 突き放して出て行くのは簡単だ。でも僕にはその勇気がない、だって全部僕のせいだから、父さんとは桜が18歳になった時に離婚が成立した。苗字は変えなかった。

 多分、桜が退院した時に一家で九州に引っ越していれば僕等にはまた違った未来があったと思う。
 でも田舎から出てきた母さんは東京にマイホームというプライドが捨てきれなくて、九州に行こうとはしなかった。

 僕は夏休みに1人でお父さんの所に遊びに行った。豊かな自然と、村人の温かい人柄、東京にいた時よりも溌剌としている父さんを見て心が洗われた。舗装されていない道を父さんと手を繋いでゆっくり歩いた。
 道端に咲く雑草を指差せば全部名前を教えてくれた。森の中に入って草木の擦れる音や動物の声を聞く、東京で乾燥した脳みそが潤ったような不思議な感覚を味わった。

 ここにいたい、本当は僕もこっちで暮らしたい。って言いたかった。

 けど、母さんが頑張っているのも知っているし、桜が待っているし、出かけた言葉を飲み込んだ。
 夜、布団の中で父さんは僕の手を握ってくれた。古民家をリフォームした居心地のいい和室、畳の匂い、側を流れる小川の音を聞きながら、僕は


「東京の方が便利で楽しい」

 なんて嘘をついてしまった、「そうか」と月明かりに照らされた父さんの悲しそうな顔は今でも忘れられない。

 町に一軒だけある食堂に夕飯を食べに行った、父さんの事をずっと見つめる女の人がいた。離婚して、父さんはその人と再婚した。
 おめでとう、幸せになってほしいと心から願ってる。そんな父さんとの関係は良好だ。



 あの日の事も本当の気持ちも肝心なところは何も一つ話せていないけれど。


 朝の勤めが終わって、母さんはため息をつきながらリビングに戻ってきた。毎朝30分位やってんのかな、膝が痛いって伸ばしてる。

「短縮バージョンにすれば? 5分くらい巻いてもばれないでしょ」
「そういうもんじゃないの、一語一句丁寧心を込めて読むから意味があるの」
「へえ、そう」

 強気に言う割に、目の表情は申し訳なさそうで調子が狂う、僕は野菜ジュースを飲み干して、席を立った。
 母さんがテレビを付ければ、ニュースはまさかの都内で見つかった落書きの話題だった。
 それは僕が描いたもので、バイトに行くはずだった足が止まる。

「あら、ここ西ヶ原の……ほら商店街を出て……どっちだったかに曲がった直の公園の」
「うん」
「懐かしいね、最近あっちまで買い物行かなくなったから、へえ……随分変わったね」
「そうだね」

 母さんは場所の方が気になってるみたいで、絵には興味を示していなかった。
 画面の右上には【また発見、季節外れの桜、同一人物か?!】と書かれている。「犯人は承認欲求と自己顕示欲が強い……」と犯罪ジャーナリストの太ったおっさんが語っている。
 眼鏡を直しながら「こんなに立派な絵が描けるなら、もっと他の場所で力を試したらいいのに、これは犯罪ですからね。模倣犯が現れる前に早急に……」そうかそうか、褒めてくれてありがとう。各地で見つかる桜に警察は同一犯とみて捜査しているが、防犯カメラのない住宅街による犯行の為、犯人逮捕は難航しているとの事。
 うん、それを聞いて安心して、僕は背もたれにかかっている鞄を取った。

 母さんは次のニュースに耳を傾けてて、落書き犯の息子に気を付けてね、とこっちを見ずに手を振った。
 まあ、いいご時世なんじゃないの? 人が何人も殺されるような凶悪事件や殺人ウィルスが蔓延してたら、たかが下町の落書きなんてニュースで取り上げられないだろうよ、平和でよかったな日本。
 それにしても、中卒26歳フリーターで犯罪者、うーん……不幸を寄せ付けないはずのお経は効き目がなさそうだなって靴ひもを結びながら頷く。いや、あれしてなかったら、僕はとっくにホームレスだったりするのか? 一件目で現行犯逮捕でもされてんのかな。

 玄関を出て目をしかめる、綺麗な快晴だった。自転車に跨ってバイト先までは30分の道のりだ。うろうろ遠回りしていくからな。
 バイト先は池袋の外れにあるイタリアン、普通の民家を改装した店舗でしょぼいテラスがなければ店だと気付かず素通りする外観、ちなみに我が家に似ている。働き始めた経緯はこうだ。

 飲み会の後、終電を逃して家まで帰ろうと歩いていたら全然違う方向に進んでいた僕。
 やっとの事家について、寝て起きたら、店だった。うんそう、家には到着してなかった、店を家だと勘違いして勝手に開けて寝ていたらしい、全く記憶にない。
 店仕舞いしてたらフラフラ僕が入って来て、そのまま倒れて寝たから、そのまま放置してくれたんだって、普通に警察事案だと思うんだけど優しいだろ。

 目が覚めて、ここはどこだ!! ってしてる僕にコーヒーを出してくれた、二日酔いでしんどくて吐きそうにしていたら、店開けるまでソファー席で寝てていいなんて人情味のある言葉かけてくれるもんだから、そこで働き始めた
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