前略、僕は君を救えたか

文字の大きさ
17 / 49

手紙8

しおりを挟む
 好きだから来たって聞いたけど、撮影用? こんなあからさまに残すんだな。プリンは翔子さんがいつもの材料から変えちゃいけないけど、とびっきり美味しいの作るって張り切って昨日から仕込んでた。
 ナポリタンは朝じじいが手順を確認しながら「持って帰れ、賄いだ」って何度もナポリタンの練習してた。

 だから不味いはずないんだ。不味いから残してんじゃない。本人達はどう思っているのか知らないが、なぜか僕が傷付いた。じっと見てたら、じじいが僕に気が付いて隣に立つ。

「ただいま」
「おかえり、さぼり君」
「まさかサイン貰って壁に飾っちゃったりしないよな?」
「するか、俺の推しじゃねえって朝言ったろ」
「そっか」
「あの子が口付けたんじゃ、何か誤解生んでもいけないし、誰も手付けられないな」
「目の前で食べ物ゴミ箱に捨てて良心痛むような人間は、元からあんな残さないか」

 考えてる事は一緒でテーブルから離れたキッチンで僕等は撮影風景を傍観していた、最後に公式Twitter、インスタグラムにあげる動画が撮りたいって翔子さんと一緒にプリン片手にポーズ決めてる。
 っつか、いつの間にか彼女は私服からセーラー服を模したコスチュームに服を変えてて短いスカートは今にも下着が見えそうな勢いだった。じじいが頷きながら言う。

「新曲はフルフル揺れる女の子の思いを歌った曲だそうだ」
「だからプリン揺らしながら動画? 翔子さんのプリンを新曲の宣伝に利用してるのか」
「バカか、そんなの初めからわかってただろ。あなたの町にも一件はある! 魔訶不思議!! 潰れないお店! にアイドルが店を繁盛させたい為だけに来るわけないだろう。実家じゃあるまいし。翔ちゃんがアイドルが来るぅう! って勝手に撮影を受けたんだ。バイトが文句言うなよ」
「翔子さんじゃ文句言えませんね」

 顔を傾けウィンクをする彼女は、THE アイドル! そのもので胸がざわついた。わざとらしい位の愛嬌、アイドルに相応しい振る舞い。それを見て、脳内に蘇る明るく爛漫な桜の声。
「桜ね、大きくなったらアイドルになりたいの。しかもただのアイドルじゃないよ? お花屋さんもお菓子屋さんもお医者さんにもなれるスーパーアイドル!」
 トイレットペーパーの芯マイクを握って、桜はよく歌ってた。桔平とゲームしながらその歌声を聞いた。

 実に幼女らしい、壮大な夢だ。「現役のドクターアイドルなんて斬新だね」と桔平は笑っていたな。でも大きくなった桜は言った。



「私はもう死んでいるのと変わらない」



そんな風に言わないでくれと声が掠れたら、慌てて、お兄ちゃんを責めてる訳じゃないのと目を伏せながら首を横に振った。二人で聾学校の学校説明会に行った帰り道だった。僕が桜に将来の夢は何? 何になりたいの? と聞いたら桜はそう返してきた。

 悲壮の帯びた、卑下する声色ではなかった。淡々ともう自分は死んでるってそう言った。

「だってあの日、十分でも救急車の到着が遅れていたら、私は生きていなかった。医学がなければ死んでた」
「医学がなければ死んでると言うなら、あっちこもっちも死体だらけだろ。僕だってインフルエンザで三日高熱が引かなくて死にそうになった。薬がなければ逝ってたよ」
「簡単に夢なんて聞かないで。もう私はアイドルになれない、昔の夢なんてとうに捨てた、今からアイドルってこの姿をさらし者にしなくてはいけない。それはなんか違うよね? 私は同情で人気を買うような盲目で指がなくて体が不自由なアイドルを目指してたんじゃない。夢なんてない、でも死ぬのは怖いから、できることをするだけ。それは夢なんかじゃない。夢とは言わない。消去法で決める未来、私はもう社会的に死んでいる」

 片目から涙が零れた。でもその涙が利き手じゃ上手く拭えなくて、見てるだけで悔しい。全部、全部僕のせい。ごめんなさい。許して苦しい。
 桜は事故の記憶がない、遊んでる最中に車に轢かれたと思っている、真実は伝えなくていいと両親に言われた。視覚と指を失い、体が不自由になるのは僕だったのに、ごめん。
 言葉が出ないから肩を抱く。謝ったら桜が可哀想って後押ししてるようで、口には出さなかった。手を握って、ずっと側にいると約束した。

 撮影が終わって、プリンもナポリタンも、ほぼ提供したままの状態だった。じっと見つめていたら、翔子さんが肩を叩いてきた。

「おかえり梧君、しょうがないの。うちが三件目なんだって。お気に入りのお店の特集。お菓子屋さんと喫茶店と、うちのお店……それでこの後また食べるロケがあるって、大好きなのに、本当にごめんなさいって謝ってくれたよ」
「別に僕は何も言ってないです」
「口で言ってないだけでしょう」

 目が言ってると指差されて、そんな感情が顔に出やすい男だったかな僕は。撮影クルーが帰って、外まで見送った二人はそのまま看板をクローズから戻さなかった、伸びをしたり腰を叩いて。

「どっと疲れたから今日はこのまま店閉めるか、翔ちゃんこの後予約入ってたっけ?」
「ないよ」
「じゃ、そういう事でお疲れさんバイト君」
「わかった」

 自営業の特権ってやつだな、洗い物済んだら帰っていいらしいので、手早く終わらせる。最後に排水溝の掃除をしていたらじじいがカウンターに封筒を置いた。

「これ今月の給料」
「濡れるからもうちょっと下げて」
「まずは、ありがとうございますだろ」
「こんな老いぼれ二人がやってるレストランで働いてくれてありがとうって言ってくれたら言う」
「言わない」
「じゃあ僕も言わない。そもそも振り込んでくれたらいいのに、今時手渡しの給料って戦国時代かよ」
「戦国時代なんて給料米だろ。お前一人の為にわざわざ銀行行くの面倒だ」

 手を振って拭って、受け取った給料袋は普段の厚みだった。だとするといつも通り中にはお金とじじいの趣味の短歌が入ってるんだろうな。入れてくるのはいいけど、感想を聞かれるのがな。



 コーヒーの
 煙と香る君の髪
 ああ、温かい
 ユニクロライトダウン



 もう感想が迷子だろ? 去年の渾身の作だよ。ダウンまとって「うわ、着てないみたいに軽い」ってCMみたいな事言いながら渡してきた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...