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手紙8
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好きだから来たって聞いたけど、撮影用? こんなあからさまに残すんだな。プリンは翔子さんがいつもの材料から変えちゃいけないけど、とびっきり美味しいの作るって張り切って昨日から仕込んでた。
ナポリタンは朝じじいが手順を確認しながら「持って帰れ、賄いだ」って何度もナポリタンの練習してた。
だから不味いはずないんだ。不味いから残してんじゃない。本人達はどう思っているのか知らないが、なぜか僕が傷付いた。じっと見てたら、じじいが僕に気が付いて隣に立つ。
「ただいま」
「おかえり、さぼり君」
「まさかサイン貰って壁に飾っちゃったりしないよな?」
「するか、俺の推しじゃねえって朝言ったろ」
「そっか」
「あの子が口付けたんじゃ、何か誤解生んでもいけないし、誰も手付けられないな」
「目の前で食べ物ゴミ箱に捨てて良心痛むような人間は、元からあんな残さないか」
考えてる事は一緒でテーブルから離れたキッチンで僕等は撮影風景を傍観していた、最後に公式Twitter、インスタグラムにあげる動画が撮りたいって翔子さんと一緒にプリン片手にポーズ決めてる。
っつか、いつの間にか彼女は私服からセーラー服を模したコスチュームに服を変えてて短いスカートは今にも下着が見えそうな勢いだった。じじいが頷きながら言う。
「新曲はフルフル揺れる女の子の思いを歌った曲だそうだ」
「だからプリン揺らしながら動画? 翔子さんのプリンを新曲の宣伝に利用してるのか」
「バカか、そんなの初めからわかってただろ。あなたの町にも一件はある! 魔訶不思議!! 潰れないお店! にアイドルが店を繁盛させたい為だけに来るわけないだろう。実家じゃあるまいし。翔ちゃんがアイドルが来るぅう! って勝手に撮影を受けたんだ。バイトが文句言うなよ」
「翔子さんじゃ文句言えませんね」
顔を傾けウィンクをする彼女は、THE アイドル! そのもので胸がざわついた。わざとらしい位の愛嬌、アイドルに相応しい振る舞い。それを見て、脳内に蘇る明るく爛漫な桜の声。
「桜ね、大きくなったらアイドルになりたいの。しかもただのアイドルじゃないよ? お花屋さんもお菓子屋さんもお医者さんにもなれるスーパーアイドル!」
トイレットペーパーの芯マイクを握って、桜はよく歌ってた。桔平とゲームしながらその歌声を聞いた。
実に幼女らしい、壮大な夢だ。「現役のドクターアイドルなんて斬新だね」と桔平は笑っていたな。でも大きくなった桜は言った。
「私はもう死んでいるのと変わらない」
そんな風に言わないでくれと声が掠れたら、慌てて、お兄ちゃんを責めてる訳じゃないのと目を伏せながら首を横に振った。二人で聾学校の学校説明会に行った帰り道だった。僕が桜に将来の夢は何? 何になりたいの? と聞いたら桜はそう返してきた。
悲壮の帯びた、卑下する声色ではなかった。淡々ともう自分は死んでるってそう言った。
「だってあの日、十分でも救急車の到着が遅れていたら、私は生きていなかった。医学がなければ死んでた」
「医学がなければ死んでると言うなら、あっちこもっちも死体だらけだろ。僕だってインフルエンザで三日高熱が引かなくて死にそうになった。薬がなければ逝ってたよ」
「簡単に夢なんて聞かないで。もう私はアイドルになれない、昔の夢なんてとうに捨てた、今からアイドルってこの姿をさらし者にしなくてはいけない。それはなんか違うよね? 私は同情で人気を買うような盲目で指がなくて体が不自由なアイドルを目指してたんじゃない。夢なんてない、でも死ぬのは怖いから、できることをするだけ。それは夢なんかじゃない。夢とは言わない。消去法で決める未来、私はもう社会的に死んでいる」
片目から涙が零れた。でもその涙が利き手じゃ上手く拭えなくて、見てるだけで悔しい。全部、全部僕のせい。ごめんなさい。許して苦しい。
桜は事故の記憶がない、遊んでる最中に車に轢かれたと思っている、真実は伝えなくていいと両親に言われた。視覚と指を失い、体が不自由になるのは僕だったのに、ごめん。
言葉が出ないから肩を抱く。謝ったら桜が可哀想って後押ししてるようで、口には出さなかった。手を握って、ずっと側にいると約束した。
撮影が終わって、プリンもナポリタンも、ほぼ提供したままの状態だった。じっと見つめていたら、翔子さんが肩を叩いてきた。
「おかえり梧君、しょうがないの。うちが三件目なんだって。お気に入りのお店の特集。お菓子屋さんと喫茶店と、うちのお店……それでこの後また食べるロケがあるって、大好きなのに、本当にごめんなさいって謝ってくれたよ」
「別に僕は何も言ってないです」
「口で言ってないだけでしょう」
目が言ってると指差されて、そんな感情が顔に出やすい男だったかな僕は。撮影クルーが帰って、外まで見送った二人はそのまま看板をクローズから戻さなかった、伸びをしたり腰を叩いて。
「どっと疲れたから今日はこのまま店閉めるか、翔ちゃんこの後予約入ってたっけ?」
「ないよ」
「じゃ、そういう事でお疲れさんバイト君」
「わかった」
自営業の特権ってやつだな、洗い物済んだら帰っていいらしいので、手早く終わらせる。最後に排水溝の掃除をしていたらじじいがカウンターに封筒を置いた。
「これ今月の給料」
「濡れるからもうちょっと下げて」
「まずは、ありがとうございますだろ」
「こんな老いぼれ二人がやってるレストランで働いてくれてありがとうって言ってくれたら言う」
「言わない」
「じゃあ僕も言わない。そもそも振り込んでくれたらいいのに、今時手渡しの給料って戦国時代かよ」
「戦国時代なんて給料米だろ。お前一人の為にわざわざ銀行行くの面倒だ」
手を振って拭って、受け取った給料袋は普段の厚みだった。だとするといつも通り中にはお金とじじいの趣味の短歌が入ってるんだろうな。入れてくるのはいいけど、感想を聞かれるのがな。
コーヒーの
煙と香る君の髪
ああ、温かい
ユニクロライトダウン
もう感想が迷子だろ? 去年の渾身の作だよ。ダウンまとって「うわ、着てないみたいに軽い」ってCMみたいな事言いながら渡してきた。
ナポリタンは朝じじいが手順を確認しながら「持って帰れ、賄いだ」って何度もナポリタンの練習してた。
だから不味いはずないんだ。不味いから残してんじゃない。本人達はどう思っているのか知らないが、なぜか僕が傷付いた。じっと見てたら、じじいが僕に気が付いて隣に立つ。
「ただいま」
「おかえり、さぼり君」
「まさかサイン貰って壁に飾っちゃったりしないよな?」
「するか、俺の推しじゃねえって朝言ったろ」
「そっか」
「あの子が口付けたんじゃ、何か誤解生んでもいけないし、誰も手付けられないな」
「目の前で食べ物ゴミ箱に捨てて良心痛むような人間は、元からあんな残さないか」
考えてる事は一緒でテーブルから離れたキッチンで僕等は撮影風景を傍観していた、最後に公式Twitter、インスタグラムにあげる動画が撮りたいって翔子さんと一緒にプリン片手にポーズ決めてる。
っつか、いつの間にか彼女は私服からセーラー服を模したコスチュームに服を変えてて短いスカートは今にも下着が見えそうな勢いだった。じじいが頷きながら言う。
「新曲はフルフル揺れる女の子の思いを歌った曲だそうだ」
「だからプリン揺らしながら動画? 翔子さんのプリンを新曲の宣伝に利用してるのか」
「バカか、そんなの初めからわかってただろ。あなたの町にも一件はある! 魔訶不思議!! 潰れないお店! にアイドルが店を繁盛させたい為だけに来るわけないだろう。実家じゃあるまいし。翔ちゃんがアイドルが来るぅう! って勝手に撮影を受けたんだ。バイトが文句言うなよ」
「翔子さんじゃ文句言えませんね」
顔を傾けウィンクをする彼女は、THE アイドル! そのもので胸がざわついた。わざとらしい位の愛嬌、アイドルに相応しい振る舞い。それを見て、脳内に蘇る明るく爛漫な桜の声。
「桜ね、大きくなったらアイドルになりたいの。しかもただのアイドルじゃないよ? お花屋さんもお菓子屋さんもお医者さんにもなれるスーパーアイドル!」
トイレットペーパーの芯マイクを握って、桜はよく歌ってた。桔平とゲームしながらその歌声を聞いた。
実に幼女らしい、壮大な夢だ。「現役のドクターアイドルなんて斬新だね」と桔平は笑っていたな。でも大きくなった桜は言った。
「私はもう死んでいるのと変わらない」
そんな風に言わないでくれと声が掠れたら、慌てて、お兄ちゃんを責めてる訳じゃないのと目を伏せながら首を横に振った。二人で聾学校の学校説明会に行った帰り道だった。僕が桜に将来の夢は何? 何になりたいの? と聞いたら桜はそう返してきた。
悲壮の帯びた、卑下する声色ではなかった。淡々ともう自分は死んでるってそう言った。
「だってあの日、十分でも救急車の到着が遅れていたら、私は生きていなかった。医学がなければ死んでた」
「医学がなければ死んでると言うなら、あっちこもっちも死体だらけだろ。僕だってインフルエンザで三日高熱が引かなくて死にそうになった。薬がなければ逝ってたよ」
「簡単に夢なんて聞かないで。もう私はアイドルになれない、昔の夢なんてとうに捨てた、今からアイドルってこの姿をさらし者にしなくてはいけない。それはなんか違うよね? 私は同情で人気を買うような盲目で指がなくて体が不自由なアイドルを目指してたんじゃない。夢なんてない、でも死ぬのは怖いから、できることをするだけ。それは夢なんかじゃない。夢とは言わない。消去法で決める未来、私はもう社会的に死んでいる」
片目から涙が零れた。でもその涙が利き手じゃ上手く拭えなくて、見てるだけで悔しい。全部、全部僕のせい。ごめんなさい。許して苦しい。
桜は事故の記憶がない、遊んでる最中に車に轢かれたと思っている、真実は伝えなくていいと両親に言われた。視覚と指を失い、体が不自由になるのは僕だったのに、ごめん。
言葉が出ないから肩を抱く。謝ったら桜が可哀想って後押ししてるようで、口には出さなかった。手を握って、ずっと側にいると約束した。
撮影が終わって、プリンもナポリタンも、ほぼ提供したままの状態だった。じっと見つめていたら、翔子さんが肩を叩いてきた。
「おかえり梧君、しょうがないの。うちが三件目なんだって。お気に入りのお店の特集。お菓子屋さんと喫茶店と、うちのお店……それでこの後また食べるロケがあるって、大好きなのに、本当にごめんなさいって謝ってくれたよ」
「別に僕は何も言ってないです」
「口で言ってないだけでしょう」
目が言ってると指差されて、そんな感情が顔に出やすい男だったかな僕は。撮影クルーが帰って、外まで見送った二人はそのまま看板をクローズから戻さなかった、伸びをしたり腰を叩いて。
「どっと疲れたから今日はこのまま店閉めるか、翔ちゃんこの後予約入ってたっけ?」
「ないよ」
「じゃ、そういう事でお疲れさんバイト君」
「わかった」
自営業の特権ってやつだな、洗い物済んだら帰っていいらしいので、手早く終わらせる。最後に排水溝の掃除をしていたらじじいがカウンターに封筒を置いた。
「これ今月の給料」
「濡れるからもうちょっと下げて」
「まずは、ありがとうございますだろ」
「こんな老いぼれ二人がやってるレストランで働いてくれてありがとうって言ってくれたら言う」
「言わない」
「じゃあ僕も言わない。そもそも振り込んでくれたらいいのに、今時手渡しの給料って戦国時代かよ」
「戦国時代なんて給料米だろ。お前一人の為にわざわざ銀行行くの面倒だ」
手を振って拭って、受け取った給料袋は普段の厚みだった。だとするといつも通り中にはお金とじじいの趣味の短歌が入ってるんだろうな。入れてくるのはいいけど、感想を聞かれるのがな。
コーヒーの
煙と香る君の髪
ああ、温かい
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