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黒いポスト8
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僕等を見て翔子さんは笑いながら、梧君今日もありがとうねって店長のお尻を叩いて二人は居住スペースに入っていった。
誰もいなくなった一階のお店でちょっと休憩。ランチに残ったミネストローネと余ったパンを食べながら携帯を弄っていた。
そう、今日恩田さんの所に行くか正直まだ迷ってる。開始時刻は夜の七時、そもそもライブハウスってなんだ? 映画館みたいにチケット買って、もぎる人がいるのか? だがこういうコアなライブハウスに行くような友達もいなくて誰にも相談できん。
とりあえず、ライブハウスの前まで行ってみて、変な輩がたむろしているようなら帰ればいいか。地図を見れば、落合駅から徒歩二分の場所にあるらしく、しかも一階は銭湯、箱は地下にあるらしい。六本木や新宿のクラブと聞くとビビるけど、これだとちょっとワクワクするな。銭湯の下が異世界な訳だろう?
美味しいアイスコーヒーを飲みほして、体を伸ばしたら直に掃除に取り掛かった、明日はバイトが休みなので、朝手伝えない分念入りに、仕込みまでしたらもう六時を過ぎていた。店の周りにはまだファンがウロウロしていた。むしろ今到着した奴らもいたみたいだ。
彼らを横目に最後に戸締りをして、裏口から出ると煙草を咥えた。そっか、今日は雨予報だったから自転車で来なかったんだ。まあいいかライブハウスまでの全く土地勘のない道を自転車で行くのは億劫だ。
それで、電車の中で恩田さんのおさらいをして恐怖。この数日朝起きてバイト行って疲れて寝るを繰り返していて、正直彼女に会ったとして、何て話かけるかとか何も考えてなかった。
っつか僕の事を覚えているだろうか? 電車の窓につり革を掴んだ僕が映って、目を凝らす。あまり見た目は変わっていないみたいだけど、声は低くなったし外交的でもなくなった。それでも今ライブハウスに向かっているのは、やっぱり昔少し好きだった彼女に会ってみたいなんて思っているんだろうか。いやいや本題はあっち。
落合に着いた。ホームは土曜日の七時過ぎの割に閑散としていた。
地上に出て大きな交差点、全く方向感覚が分からなくて、直に携帯を開いた。目印になるコンビニを探す間に画面がポツリと水滴で濡れる。親指で拭えば、またポツポツと濡れて…………空を見上げて目を細めた、マジかよ雨か。
僕の携帯は防水とかそういう加工が施されてないから、何となく場所を頭に詰め込んでそっちの方に歩いてみる。何せ徒歩二分と書いてあったんだ、二分歩いてなければ、また駅に戻っても四分しか経ってない。
聞けるような人もいないし、この一つ目の道だったかなと、大通りから一本入れば住宅街で、間違っている予感しかしないぞ。フードを深く被ってとりあえず二分歩くかと進めば、赤い暖簾と【湯】の字が見えた。
町中に銭湯があるのは不思議じゃない、けどここにライブハウス? 銭湯の入り口の横に地下へと伸びる狭い急な階段、暗くてよく見えないけど、雨足が強くなってきて、思わず階段に身を隠す、すると異世界に続きそうな扉が現れた。
怖い……ような、緊張して唇が乾く、階段の奥の扉の前に男達が座っている。グラスビールを傾けながら携帯を操作してて、僕には気付いていない、その奥の男はタバコ吸ってる。うん行きたくない、と心で呟く。
そしたら背後から「お疲れー」と声がして、僕に小さな声ですみませんと言って抜かしていった。タバコを吹かしていた男が、おお、と顔を上げて手を振った、ビールの男は携帯を見つめたままだ。
二人は挨拶をして、扉を開けたので、よしここまで来たんだ僕も便乗だ、と後に続いた。
暗闇を割いた扉は、爆音と一瞬の光、そしてまた暗闇。
普段から桜の為に声や音は大きくしているつもりだったけど、次元が違う、まさに爆音、音で鼓膜が痺れるのを初めて感じた。しかも何という音楽なのかよくわからん。こもったタバコの匂いが鼻をつく、それで一番驚いたのは人の多さだった。
駅の周りも来るまでも、ほとんど人はいなかったのに、扉を開けた所にまで人が押し寄せてて、正直奥まで良く見えない、一緒に入店したはずの二人はもう暗闇に消えている。
そのうち青いレーザービームがライブハウスをグルグル照らし出して、歓声が上がった、次の曲が始まるらしい、すると扉の前にいた男に肩を叩かれて手を出された。ああ、お金かと何となく理解して、いくらか聞こうにも音が大きくて会話ができる状態じゃないので五千円渡してみたら三千円返ってきた。
財布にしまっていたら、後ろから客が入ってきて押し出されるように会場の真ん中へと人を避けながら進む。いわゆる会場を包んでいるのはクラブミュージックのような重低音が響くサウンドで、客層は様々だった。
ぐるりと見渡せば女の子同士手を繋ぎながらリズムに乗って体を動かしていたり、カップルで端に座ってじっとステージを眺めていたり、男女比は男が多かった。外国人もチラホラいた、だいたい一人で音楽を楽しんでる様子で肩ぶつかりそうな距離間なのに平気でタバコ吸うし、それをスニーカーの裏で消していた。
後方には一段上がったスペースがあって、そこでビールや食べ物も販売していた、暗くてよく見えないけど、カレーが名物らしい、所々この狭いホールで食ってる奴がいて、たばこ臭いしこの環境でよく物が食えるなって思った。
百人位は入れるんだろうか、会場の隅にはこの場に不釣り合いな熊手が飾ってあった。今年のもので、ちゃんとしてんだな、って意外というか……ホームページには有志によって運営されてるスペースと書いてあったから、皆に愛されてんだ。
ライブハウスという単語に勝手にウェーイなパリピを想像してチャラチャラしたのに絡まれると連想していた僕は謝らないといけない。
ステージに視線を戻して、演奏している本人は人だかりで見えない。大きな装置の横ではライトとスモークを演奏に合わせて操作している人がいる。
タバコとお酒片手に仕事してて、まるでテレビで見るライブハウス光景だ、まさか僕がそんな場所にいるなんて。
耳がようやく慣れてきた、外に出たらぼーっとしそうだし、相変わらず耳元まで口を寄せないと会話が聞き取れない音量だけど。
いや、会話なんていらないのかな、ここは踊る? 場所だろうし、残念ながら僕にはまだそのスキルはないけど、そうして観客の様子や会場をあちこち見ている間に拍手が起こった、曲が終わるらしい。
誰もいなくなった一階のお店でちょっと休憩。ランチに残ったミネストローネと余ったパンを食べながら携帯を弄っていた。
そう、今日恩田さんの所に行くか正直まだ迷ってる。開始時刻は夜の七時、そもそもライブハウスってなんだ? 映画館みたいにチケット買って、もぎる人がいるのか? だがこういうコアなライブハウスに行くような友達もいなくて誰にも相談できん。
とりあえず、ライブハウスの前まで行ってみて、変な輩がたむろしているようなら帰ればいいか。地図を見れば、落合駅から徒歩二分の場所にあるらしく、しかも一階は銭湯、箱は地下にあるらしい。六本木や新宿のクラブと聞くとビビるけど、これだとちょっとワクワクするな。銭湯の下が異世界な訳だろう?
美味しいアイスコーヒーを飲みほして、体を伸ばしたら直に掃除に取り掛かった、明日はバイトが休みなので、朝手伝えない分念入りに、仕込みまでしたらもう六時を過ぎていた。店の周りにはまだファンがウロウロしていた。むしろ今到着した奴らもいたみたいだ。
彼らを横目に最後に戸締りをして、裏口から出ると煙草を咥えた。そっか、今日は雨予報だったから自転車で来なかったんだ。まあいいかライブハウスまでの全く土地勘のない道を自転車で行くのは億劫だ。
それで、電車の中で恩田さんのおさらいをして恐怖。この数日朝起きてバイト行って疲れて寝るを繰り返していて、正直彼女に会ったとして、何て話かけるかとか何も考えてなかった。
っつか僕の事を覚えているだろうか? 電車の窓につり革を掴んだ僕が映って、目を凝らす。あまり見た目は変わっていないみたいだけど、声は低くなったし外交的でもなくなった。それでも今ライブハウスに向かっているのは、やっぱり昔少し好きだった彼女に会ってみたいなんて思っているんだろうか。いやいや本題はあっち。
落合に着いた。ホームは土曜日の七時過ぎの割に閑散としていた。
地上に出て大きな交差点、全く方向感覚が分からなくて、直に携帯を開いた。目印になるコンビニを探す間に画面がポツリと水滴で濡れる。親指で拭えば、またポツポツと濡れて…………空を見上げて目を細めた、マジかよ雨か。
僕の携帯は防水とかそういう加工が施されてないから、何となく場所を頭に詰め込んでそっちの方に歩いてみる。何せ徒歩二分と書いてあったんだ、二分歩いてなければ、また駅に戻っても四分しか経ってない。
聞けるような人もいないし、この一つ目の道だったかなと、大通りから一本入れば住宅街で、間違っている予感しかしないぞ。フードを深く被ってとりあえず二分歩くかと進めば、赤い暖簾と【湯】の字が見えた。
町中に銭湯があるのは不思議じゃない、けどここにライブハウス? 銭湯の入り口の横に地下へと伸びる狭い急な階段、暗くてよく見えないけど、雨足が強くなってきて、思わず階段に身を隠す、すると異世界に続きそうな扉が現れた。
怖い……ような、緊張して唇が乾く、階段の奥の扉の前に男達が座っている。グラスビールを傾けながら携帯を操作してて、僕には気付いていない、その奥の男はタバコ吸ってる。うん行きたくない、と心で呟く。
そしたら背後から「お疲れー」と声がして、僕に小さな声ですみませんと言って抜かしていった。タバコを吹かしていた男が、おお、と顔を上げて手を振った、ビールの男は携帯を見つめたままだ。
二人は挨拶をして、扉を開けたので、よしここまで来たんだ僕も便乗だ、と後に続いた。
暗闇を割いた扉は、爆音と一瞬の光、そしてまた暗闇。
普段から桜の為に声や音は大きくしているつもりだったけど、次元が違う、まさに爆音、音で鼓膜が痺れるのを初めて感じた。しかも何という音楽なのかよくわからん。こもったタバコの匂いが鼻をつく、それで一番驚いたのは人の多さだった。
駅の周りも来るまでも、ほとんど人はいなかったのに、扉を開けた所にまで人が押し寄せてて、正直奥まで良く見えない、一緒に入店したはずの二人はもう暗闇に消えている。
そのうち青いレーザービームがライブハウスをグルグル照らし出して、歓声が上がった、次の曲が始まるらしい、すると扉の前にいた男に肩を叩かれて手を出された。ああ、お金かと何となく理解して、いくらか聞こうにも音が大きくて会話ができる状態じゃないので五千円渡してみたら三千円返ってきた。
財布にしまっていたら、後ろから客が入ってきて押し出されるように会場の真ん中へと人を避けながら進む。いわゆる会場を包んでいるのはクラブミュージックのような重低音が響くサウンドで、客層は様々だった。
ぐるりと見渡せば女の子同士手を繋ぎながらリズムに乗って体を動かしていたり、カップルで端に座ってじっとステージを眺めていたり、男女比は男が多かった。外国人もチラホラいた、だいたい一人で音楽を楽しんでる様子で肩ぶつかりそうな距離間なのに平気でタバコ吸うし、それをスニーカーの裏で消していた。
後方には一段上がったスペースがあって、そこでビールや食べ物も販売していた、暗くてよく見えないけど、カレーが名物らしい、所々この狭いホールで食ってる奴がいて、たばこ臭いしこの環境でよく物が食えるなって思った。
百人位は入れるんだろうか、会場の隅にはこの場に不釣り合いな熊手が飾ってあった。今年のもので、ちゃんとしてんだな、って意外というか……ホームページには有志によって運営されてるスペースと書いてあったから、皆に愛されてんだ。
ライブハウスという単語に勝手にウェーイなパリピを想像してチャラチャラしたのに絡まれると連想していた僕は謝らないといけない。
ステージに視線を戻して、演奏している本人は人だかりで見えない。大きな装置の横ではライトとスモークを演奏に合わせて操作している人がいる。
タバコとお酒片手に仕事してて、まるでテレビで見るライブハウス光景だ、まさか僕がそんな場所にいるなんて。
耳がようやく慣れてきた、外に出たらぼーっとしそうだし、相変わらず耳元まで口を寄せないと会話が聞き取れない音量だけど。
いや、会話なんていらないのかな、ここは踊る? 場所だろうし、残念ながら僕にはまだそのスキルはないけど、そうして観客の様子や会場をあちこち見ている間に拍手が起こった、曲が終わるらしい。
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