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ほんの少しの冒険と

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 空が白む時間、タツミは私をフードにすっぽり被せて、自分も同じようにフードを被ると一張りの弓と矢筒を背負って家を出た。
 家を出る時、行ってくるねってピピとヨヨの頭を撫でたら、二人が泣き崩れてヤダヤダってピヨピヨピヨピヨ羽をバタつかせながら足に縋り付いてくるから、居たたまれなくなってこっそり肩の所に隠して連れて行く事にした、タツミは鶏小屋の隣に繋がれているお馬さんに私を乗せて自分も後ろに乗ると、行くよってキスしてくれた。

 お馬さんに乗るのは始めての経験ではない、後ろ足で蹴られると危ないから、近付かないでと言われてるだけで、お馬さんとは仲良しだし、タツミがお休みの時はこうやって一緒に乗馬を楽しんでる。
 ちなみにお馬さん名無しだったから、お名前付けてあげて? って言ったらちょっと顎に手を当て考えた後、タツミは真顔で「ウママ」って答えて……うん! 何かやっぱりタツミの法則性が分かった気がするぅ!!

 ちなみにお休みの日にお薬飲まないで眼鏡買いに行くのは全敗してるので、今日はしっかりお薬ミルクを飲んだ。
 よかったよー、タツミに後ろから抱っこされてこんな体揺らされたら薬なしの私は発情してた気がするもん。

 タツミには本当に迷惑かけてるなって思う、最近私のタツミ大好きが過ぎて帰ってくると直ぐモンモンしちゃうんだもん、ちょうどお薬の切れる夕方、一日貯まった熱に犯されて、タツミは私を抱いた瞬間匂いの濃さにグラッと体を強張らせる時もある「ご飯は作らせて」、って口の中でやらしく動いていた舌を止められちゃうんだけど、タツミ顔真っ赤にして苦しそうなんだよね。
「迷惑じゃない」
「?」
「俺とネネは相性がいいから」
「う?」
「永久に求めあってしまう」
「うん、しまう!」
「それでいい」
「うん」
「ネネ大好き」
「私もタツミが大大大大大、大好き!!」
 顔を上げて見つめ合って、ゆっくり山道を進む中、またキスしそうな雰囲気だったのに。
「ピピ!」
「ヨヨ!」
「あ、出てきちゃダメ」
「…………」
 ボック達も! って首の所から二人が出て来てタツミがめっちゃ嫌な顔してた。

 頭上の木々の隙間から差し込む朝日、新鮮な緑の匂いにワクワクが止まらなかった。
 だってこれから町に行くんだもの! 昔は町にいったら石を投げれてしまう! なんて思っていたけど、実は黒猫だったし思った程は変な目で見られないかも。
 そんな事よりも絵本で見るような、焼き立てのパン屋さんや色とりどりの野菜が並ぶ八百屋さん、お花屋さんにレンガ造りの可愛い街並み、そういうのを見たくてたまらないんだ。

 でも何というか私達は随分奥まった所に暮らしていたんだなってウママの背に揺られて気付く。だって大分時間が経ってるけど、町がありそうな気配が全然ないの。進むにつれ地面は波打っていって足場も悪くなって、上下したかと思えば迂回したりと生い茂る草木のせいでその先が見えない、まるで樹海だ。
 それでもタツミと一緒なら怖くないから、歌を歌ったり道を進んでいく、そうしたら突然霧が立ち込めてきて何かさっきとは違う空気に鼻がツンと反応した。
 すると直にタツミは頭を撫でてくれて、ピクピク勝手に聞き耳を立てる黒耳にキスしてくれた、ねえ誰か来るよ? って目で言う。
 いつの間にか私達の周りを並走しているものの気配を感じて、きっとタツミは私より先に気が付いていたんだろう、ウママのお腹を軽く蹴ると木の少ない場所に移動させた。
 縄を引いて足を止めれば、その気配は私達をぐるっと囲んで、時折木々の間から赤く光る目が見える。
 目を凝らすと、草の間を飛び交う残像が見えた。
「タツミ?」
「一応聖水をかけて気配を隠すローブを着て来たんだけど、鳥肉がついてきてれば当然かな。こいつらの大好物だし、でも大丈夫」
「「ピヨ!!!?」」
 両肩でブルブル!! って始めた二人を、入っていいよって谷間に隠してあげて、き、きっと私だって少しくらい戦えるはず?! 何の武器も持ってないけれど。

 パキっと小枝を踏む音と、生臭い獣の匂い、左右前方後方を取り囲むようにして姿を現したのは真っ赤な目をした野生の鼠の群れだった、鼠と言っても大きさは猫の私なんかよりも何倍も大きい、犬くらいはあるかもしれない。
 その群れに囲まれて、タツミがいるって分かっててもぎゅうってピヨを抱く、ウママは全く動じる様子はないけど、個体数で勝ち目はないと思うんだ。
 だけど、ふわっとフードを下げて冷静な声でタツミは言った。
「あまり価値のある素材も取れないし、相手をしているだけ時間の無駄……だけどこんなザコは俺に近寄れないはずなのに」
 首を傾げた後、まあいいかと頷いて、いつの間にか番えた弓を引き絞りその矢先を……鼠じゃない天に向かって構えていた。
 荒い息をしていた鼠たちがジリジリ近寄って来て、タツミの体が光り出した途端に一斉に突進してきた。
 思わず怖くなって皆でタツミに抱き付いて、見上げればタツミの口元が僅かに動く、体の光が引き絞った弓の鏃に集中したかと思うと、眩しい輝きが周囲を照らしてと髪が揺れる程の風が渦巻いた。
 鼠達の足音が振動となって伝わってくる、一陣が飛び上がって鋭い鋼のような歯が奥まで見えた瞬間だった。
 タツミの矢が放たれて、閃光が辺りを包んだ、あまりの眩しさにタツミのお腹に顔を突っ込んで、視界を伏せた、でも目を閉じる瞬間何本もの光の矢が鼠にぶつかって爆発するのを見た。
 音と振動と衝撃を背中で感じながら、震えていたら大きな手が優しく頭を撫でてくれて、胸の所からピヨピヨって聞こえる、見たい見たいって言ってる、なのでゆっくり顔を上げてみる。そこには嗅いだ事のない獣の焼け焦げた匂いが充満していた。
 私達の周りを囲むように煙が上がっていて、あの一瞬で鼠達は死体と化して全滅していたのだ。
「少しでも息があると仲間、だけではなく他の魔物を誘発する音を出す、遭遇したら殺すしかない」
「うん」
「その返し痛みもない間に葬った」

 私はそういうの分からないから、タツミいうならそうなんだろう、ピクリとも動かず丸焦げになって転がる鼠の中にはお腹の大きい鼠もいるけど、私だって昨日も今日もお魚食べたし、たらこ好きだ、だからこれが生きるってことなんだ。
 可哀想だけど、綺麗ごとばっかりじゃ生きていけないって、私が一番よく知っていたじゃないか、最近幸せすぎて忘れてた。

 お外に出るってこういう事なんだ、ってお胸きゅんとして、タツミは私の頭を胸に抱いてくれた、私と違ってタツミの心臓の音は全く平常で一拍の乱れも感じなかった。
 下がった耳をタツミは舐めてくれて、いっぱいいっぱいぎゅううって胸に抱き付いていたら、ピピ? ヨヨ? ってちょっと距離のある所から声がする。
 見れば二人は死んだ鼠をすんごい啄ばんでて、うおおおおおお! 何でそんな事すんの?! ってくらい首とか体とかあっちこっとツンツンしてる、そしたら、ピ!!! ってピピが何かを発見したように鼠の口を引っ張って、ヨヨがその歯に刻まれた模様を、見て見てって羽をバタつかせ眼鏡カチャカチャやってる。
 それが何を意味するのか分からないけれど、タツミは頷いて、もう一本矢筒から矢を取り出し弓を番えた、先端を地面に向けて、また鏃が光って周りの空気もキラキラ輝きだして風と一緒に一矢放たれる、矢は地面を潜り込んで意思のある蛇のようにウネウネ地中を這いまわり四方八方に伸びていった。
「何? したの?」
 弓を背中に戻してタツミは肩に飛んできた、血で汚れたピヨ達の顔を拭きながら言う。
「呪詛、歯に刻まれてた模様、この鼠達は誰かに操られて俺達を襲った」
「誰かに……って?」
「そこまでは分からない。でも追尾させたから心配いらない、俺の矢は相手が死ぬまで追いつめるから」
 だから大丈夫って頭撫でてくれたけど、それもそれで怖いな? でもタツミって本当に強いんだ。

 追尾の矢のお陰か、その後は魔物に遭遇する事もなくウママの足音も軽快で、また気持ち良く歌を歌える事には木立ちも終わり視界が開けてきた。そして、


「わあ凄い」

 そこには私の想像なんかよりも圧倒される街並みが広がっていた。
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