パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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83.パウパウの夏とタガメ探し 18

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  ミッちゃんは、リヨスアルヴァの東側にある”ミズラウ国”にパウパウを連れ帰った。
 海が一望できる浴場と、大きな厨房がある、小高い丘の上に建つ屋敷である。

 赤いレンガ造りの家で、屋根の上に破風造りの三角屋根が付いていた。
 左右対称ではなく六角形の塔屋が奥側にあるのを見て、パウパウは頭の中で
(クイーンアン?ロマネスク様式?)と、浮かんだ分からない言葉に蓋をしておいた。
 上げ下げ窓の縁を白く装飾してある、可愛らしい雰囲気のある建物だ。

 リヨスアルヴァに出発する時は慌しかった為に、外観も庭も碌に見ることが出来なかったので、今朝、起きてから魔道人形からくりさんの案内で、ゆっくりと見せてもらっている。 
 
 玄関を入って左の部屋がリビングとダイニング。その隣には厨房があるが、仕切りが無い全部がつながった空間だ。
 来客用のリビングは無く、普通なら裏手か地下に作る厨房が一階にあるというのは、この家が来客を考えていないからだろう。

 玄関を入って右側は書斎と書庫の体裁を整えた部屋である。
 
 置いてある家具は上品なカーブを描いた繊細な足の、木目の奇麗な物ばかりだし、座り心地の良い湾曲を描いた背もたれのウィングチェアは、すっぽりとパウパウを包み込んでくれる。
 
 大人っぽい色合いの家具なのだが、ここに納められた本は、殆どがパウパウの好きそうな図鑑や子供向けの物語だし、書斎の優美な机の上に置いてあるのは、お絵かき用の画材なので、実のところはパウパウの遊び場所らしい。

 玄関から真っすぐ進むと、奥には一応、メインホールらしき開けた空間と階段。
 誰も招くことがないので、だだっ広いピカピカ床の空間である。
 ダンスが出来そうなほどに広い。
 壁側に稼動していない魔道騎士ナーターラァが2機、立っているので魔道人形からくりさんに聞いたところ「飾り、でございますかねぇ」と、はっきりしない答えが返って来た。

 2階はミッちゃんとパウパウが昨夜、使った寝室と、グーリシェダや、マールジェド用に一応、用意されている同じくらいの大きさの部屋が4つ。
 着替えに使った部屋も、この階にあった。

 あとは、海が一望できる見事な浴室がある塔屋へ繋がる出入り口。
 塔屋の一階は、外から入る酒などの貯蔵庫になっているそうだ。
「ミッちゃん、お酒、飲まないのに?」と、魔道人形からくりさんに聞くと、ガルデンが飲むので寝かせてあると教えてくれた。
「以前は、召し上がっておりましたよ」と言うので、どうして飲まなくなったのか今度、聞いてみようとパウパウは思った。

 3階にも何部屋かあるが、本当に何も置いていない。
「こんなに、お部屋いっぱい余っているんだ」
「はい。お客様もお見えになりませんので、使用しておりません」
 あとは、ドーマー窓のある屋根裏部屋だ。

「ねぇ、からくりさん。広かったけど探検する物、無かったねぇ」
 パウパウとしては、古いガラクタとか、武器とか、なにか宝物があるのかと期待していたのだが。
 
「はい。ここで暮らしている方が居ませんので、すすり泣く肖像画が有るでも、悲恋の末、身を投げた令嬢のオバケが出るでもありませんね」
 緑色の単眼モノアイを、ゆっくりと明滅させながら、パウパウに話す魔道人形からくりさん。

「……そ、そんなの出るなら、ぼく、もん!やめてよぉ、からくりさんってば」
 ちょっとだけ怖くなったパウパウは、ギュっと魔道人形からくりの手を握りなおした。
 
 無意識に子供の口から出た言葉は、ウネビの家に帰るでは無くて、雑貨屋に帰るだ。
 
 魔道人形からくりさんは単眼モノアイを小さく左右に揺らして、細かく光を明滅させる。
 そうすると、まるでクスクスと笑っているように見えるなと、パウパウは思った。

 探検を終えて、何かが焼ける甘い匂いに誘われて、ダイニングキッチンを覗いてみる。
 
 小さなカニと話をしていたミッちゃんが おいでと手招いたので入って行くと、
「ばぁちゃん、いまパウパウに変わるから。パウパウ、ばぁちゃんだよ」

「グーねぇ様!まだ、お仕事?」カニが小さなハサミを上げた。
『おぉ、パウ坊。うむ、薬を作っておる最中での、もう少し時間がかかりそうじゃ」向こうが話した声が聞こえる時は、カニがハサミを下げた。

 最初の予定が変わり、やはりグーリシェダが薬も作る事になったようだ。
 ドワーフ達の足が治るなら、仕方がないなとパウパウは思う。

「そうなんだぁ……あ、マールちゃんも?ガルデンおじちゃんも?」
『おぉ、ガルデン殿はドワーフ達と一緒に忙しそうじゃ。ぞ。もう少し落ち着いたら、お土産持って帰るからの』
「ぼく、お土産いらないから、早く帰ってきてね」
『ホホホ、分かった。頑張るとしよう。ウルジェドと仲良う、良い子で待っておるんじゃぞ』
「うん。グーねぇ様、頑張ってね!」

「パウパウ、からくりさんと庭の東屋ガゼボで待っていてくれるかい?ペルシカモモパイが焼けたら、お茶にしよう」
 まだ仕事の話があるらしいミッちゃんに言われて、パウパウは魔道人形からくりさんに連れられ、厨房の出入り口から庭へ周って出た。

 四角い石張りの小道の左右は野原メドウのような自然な草地で白くて小さな野百合や水仙に似た花、カモミールのような白い花が咲いている。薬草の赤紫の葉や、ピンクの小さな実が付いた草などが風に揺れる様は、野草とはいえ色とりどりで愛らしい。

「ねぇ、からくりさん、この野原メドウも作った庭?」
「はい。自然派様式と呼ばれておりますね」
 ならば、あの奥の背の高い雑草に見える花も草も、計算されて植えられているんだろう。
(こういうのをコテージガーデンって言うんだっけ?)

 ん~っと考えているパウパウに、
「あちらは、色々なベリーが熟しておりますので、後でウルジェド様と採取されるとよろしいかと」と提案してくれた。
「うん!ジャムとか作れるんだよね?」
 ミッちゃんが炊いてくれたら、美味しいのになるだろう。

「はい。向こうの果樹は、プルヌススモモペルシカモモが、間もなく熟しますね」
「やったぁ!楽しみだなぁ」

 なお、昨夜、主のウルジェドに命じられた魔道人形からくり12機が、ここの庭を整備し、突貫工事でこのような洒落た空間を作り上げた事は内緒である。
 実を付けている果樹のたぐいが根付くようにと、霊薬クシリオンまで使われた事は、パウパウに ばれてはならない特秘事項だ。

 それを知らないパウパウは嬉しそうに東屋ガゼボの周りの原種薔薇オールドローズに「奇麗だねぇ」と笑いかけてから、飛び回る蜂を不思議そうに見た。

「からくりさん、大きい蜂だね」パウパウの記憶の中の凶暴な蜂くらいの大きさ。これで働き蜂ならば女王は、どれほど大きいのだろうか。
 背と腹の部分の色合いは黒っぽくて、何となく地味な蜜蜂だ。

「はい、魔蜂ですね。攻撃をしなければ大人しい蜂です。パウパウ様は大丈夫ですよ」
 今日も加護付きのナイナイ袋を下げているパウパウは、が来ても平気な防御力を持っている。本人は知らないが。

「ふぅん魔物なんだぁ……どれくらい飛ぶの?。近くに巣があるの?」
「そうですね、おおよそ半径5から10Kmと言われております。巣については、ウルジェド様が お詳しいと思いますよ」
 そう言いながら魔道人形からくりさんは東屋ガゼボのテーブルに乳で煮出した薬草茶を置いてくれた。

「ありがとう」
(そういえば、距離の単位も同じかぁ……なんでかなぁ)
 そんな事を考えながら、お茶を飲んでいるとミッちゃんが蔓で編んだかごを手にしてやって来た。

 フワリとバターと甘い匂いがパウパウに届く。
「ミッちゃん。しゅーのーしないで持ってきたの?」
「うん。焼きたてが良い匂いだからね、こうやって持ってきたよ」
「すっごい良い匂いだもね!」
 甘い匂いがしたからか、魔蜂もブンブンと勢いよく飛び回る。

 パイは もう少し粗熱を取らないと型から外せないということで、二人でお茶を飲みながら待つことになった。
 絶品の匂いが漂ってくるのに食べられないのは、なかなかの苦行だが、こうやってミッちゃんと二人っきりというのが、久しぶりな気がしてパウパウは嬉しい。

「そういえば、レトケレスタガメを見ていないね、パウパウ」
 国が引っくり返った騒ぎになったが、本来の目的、レトケレスタガメは見つかっていない。

「ん~、もう、あの国には行かなくていいよ。浅い池とか沼とか探してみる!」
「そうだねぇ。この辺りにも小さい池や湖は有るからね、そこに居るかもしれないし、ゆっくり一緒に探そうか?」
 この屋敷の立つ丘から、山を含んだ一帯は、昔、ウルジェドが領主から永代貸与という形で、事実上は買い上げた土地だ。
 パウパウは好きなだけ虫を探すでも、何でも遊ぶことが出来るだろう。

「うん、ゆっくり探そうね~」
 あそこで出会ったドワーフさん達や薬師のお爺さんは、いいヒト達だったけれども、あのエルフの印象が悪すぎてパウパウにとって、あの国は”行きたくない国”になったのだ。

(あのエルフ達に会いたくないもん。特にミッちゃんの お嫁になるって言った人)

 パウパウは、静かに薬茶を口にするミッちゃんを見る。
 どれほどの腕の画家でも描くことが出来ない美貌を取り巻く、銀色の髪は光に溶けるように煌めいている。
 少し伏せた長い睫毛から覗く青紫の瞳は柔らかく優し気だ。

 (ミッちゃんは、どんな人を お嫁にするのかなぁ……)
 家族になるのだから、出来れば、ぼくも好きになれる人がいい。
 ぼんやりと、そんなことを思っていると、

「どうしたの?難しいこと考えてた?」
「ん?ううん、考えてないよ、どうして?」
「口が家鴨アワズになってるからねぇ、さて、もうパイが良さそうだよ」
 チョンとパウパウの唇を指先でつっついて、ミッちゃんが笑った。


 ついに型から外したピーチペルシカパイを、さて、切ろう、とした時、正門の方から大きな声が聞こえてきた。
 なかなか器用に風の魔力を操っているのか、声はここまで響いてくる。

「誰か!だれか、助けて‼」


 パウパウと顔を見合わせたミッちゃんは、パイを収納空間に仕舞うと、溜息を吐く。

「ミッちゃん、一緒に行く!」
「……ゆっくり出来ないのは、なんだろ。のろいかなぁ」
 ブツブツ言いながらも、パウパウを抱き上げたミッちゃんは、声のした正門へと転移をした。
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